三十四発目 俺と拓也
俺たちが精霊の能力を試したり訓練しながら三日がすぎ、ついに念願の馬車が来た。
丈夫そうな体躯の馬が引く、小さいがわりと豪華な馬車だ。
喜ぶべき瞬間なんだろうが、俺は今にも死にそうな暗い顔をして乗っていた。
「どうしたのですか、アルファ様?」
「なんかアルファ、昨日の晩からこんな感じなんだよね。何かあった?」
「いや、ちょっとな…………」
御者席から心配そうに声をかけてくれるトランテッタやサラにもそう返すのが精一杯だった。
因みに、今の俺は鏡の精霊カーミの能力で十五歳くらいの茶髪少女の姿に見えるようにしているのだが、そのカーミの能力が俺の落ち込んでいる原因だったりする。
俺は昨日の夜、宿屋でのことを思い出す。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その晩、サラは俺の作った風呂にいって汗を流しており、トランテッタも『暁』の引き継ぎのために砦に出向いて、俺は宿屋で一人だった。
「オー! 確かにエミリーだ。この仄かな胸の感じは変わんないが、何か本物より美形になってやしないか? これはやっぱり美の女神の加護ってやつの影響なのか?」
カーミの能力でいろいろな姿に変わって遊んでいた俺だったが、美の女神の加護というのは今の俺の契約している精霊の力よりも強力なようで、どんな少女を装ってもそれは俺基準で美少女と呼んでも差し障りないものに補整されていた。
年齢も自在なようで、美熟女とかもOKだ。
「美の補整は入るが誰にでもなれるってわけか。なかなか便利じゃん。カーミ、次はサラ真っ裸バージョンだ」
俺の命に応じてカーミが能力を発動する。
「オー! サラも本物より可愛い美麗バージョンじゃん! これは男どもの前で見せられない姿だな」
黒髪を肩で切り揃えた超美形バージョン、サラの生まれたままの姿。
肢体はまんまサラのもので、成長途中でありながらもうすでにワンサイズアップしたおっぱいは見事だ。
この顔と体なら、元々ロリ属性のない奴の食指も動くかもしれない。
その姿で際どいポーズを決めていく。
……………………。
うん、アホだな。
「待てよ」
俺は手を顎に添え思った。
これは転生前の男の姿を取り戻すことができるんじゃないかと。
そして、あわよくば、美の女神の加護による補整で超美麗拓也くんが誕生しちゃうんじゃね(?)、ハーレムも夢じゃないんじゃねと絶好調に調子に乗りまくった俺は鏡の精霊カーミに命じた。
俺を拓也くんにしてくれと。
そして、生まれた拓也くんモードの俺。
「あれ?」
俺は自分の姿を確かめる。
弛んだ腹、地味な顔立ちの至って普通な中年男性。
「これって元の卓也のままじゃん!」
女神だから男の姿には効果がないってことか?
試しに、他の男の姿になろうとしても、その瞬間にガシャーンって感じで打ち消された音がした。
どうやら俺のなれる男の姿は卓也だけのようだ。
残念ながら、美の女神の加護の効果もなく普通の拓也くんだったが、久々の男の姿。
ちょびっと散歩がてら外に繰り出してみた。
向こうから二十代の女の子二人組がやって来るのが見える。
日本にいた頃には怖くて出来なかったがここは異世界、思いきってナンパなんてしてみちゃったりしても…………いいよな?
「ねえねえ、そこの彼女たち、俺とお茶しない?」
「ばっかじゃない?」
「……あんたに抱かれるくらいならオークに抱かれるわ、死ね」
「……………………」
…………えーと、ひどくない?
バカはともかく、死ねはあまりにも酷すぎないか?
そして、次が俺としては大問題だ。
卓也の容姿ってオーク以下なのか?
そんな疑問に愕然とする。
第二の人生をお嬢様としてチヤホヤされて育ってきた俺のガラスのハートが砕き潰される音がした。
「いこっ」
「うん」
女の子たちが離れていっても俺は立ち上がれない。
「そうだ、本当に俺の容姿がこの世界ではオーク以下なのか、アメリアのところにいって確認しよう!」
俺はアメリアの屋敷に向かう。
ちょうど部屋に明かりが見える。
ダーチの『重力緩和』とイートの『傀儡糸』を使い、二階にあるアメリアの自室の窓から中を見る。
アメリアはちょうどパジャマに着替え中でパンツ一枚の格好だった。
う~ん、やっぱり痛々しいよな。
アメリアの細身の体の至るところには、まだ癒えていない傷が多くあった。
心の傷と合わせてまだまだ時間が必要だろう。
と、着替えも終わったようだしそろそろ声をかけるか。
「よっ、アメリア」
「! キィャァァァァァァァァァ」
「ちょっ、俺だって、話を!」
「イヤァァァァ」
俺の卓也姿を見たアメリアが大声をあげ、俺は驚きのあまりその場を逃げ出した。
まあ、着替えが終わって外を見たときに見知らぬ成人男性がいたら誰でもそんな感じになるよな。
まだ俺の容姿がオーク以下と確定したわけではない。
「サラだ、サラならちゃんと判断してくれるはず」
俺は今度はサラのいるはずの俺の作った入浴スペースにいく。
近くの森の茂みに作っていたのだが、そこには男どもがたかっていた。
どういうことだ?
「ん? なにしてんだ?」
「なんだ、てめぇは?」
「何って、俺はサラに用事があって……」
「ああん?」
何故かサラの入浴を覗きをしていたことを棚にあげ俺を睨んでくる男たち。
「俺たちの天使にちょっかいをかけようって輩はこうしてやる!」
「おおともさ」
「ええ~と、お前ら恨むなよ! イート、『傀儡糸』」
殴りかかってくる男たちを次々倒していく。
卓也くん状態でも俺というか、俺の精霊たちの力は変わらなく発揮できていた。
「お、終わった……」
エロと嫉妬に満ちた男どもを駆逐し、ようやくサラの所にいけると思ったら、足がもつれ、転がりながら茂みを突っ切ってしまった。
「あたたた」
俺が頭を押さえながら地面から空を見上げると、そこには真っ裸で立つサラがいた。
「よう、サラ、元気か」
限りなく平然と声をかけてみた俺を見下ろし、ワナワナと震えるサラ。
傭兵として鍛えた強靭な精神力でも知らないオッサン姿の俺に自分の真っ裸を至近距離から見られることには耐えられないらしい。
まあ、当然か。
「キャァァァァ」
その夜、二発目の悲鳴が上がった。
俺が怒り狂って全く話を聞く気のないサラに殺されそうになる前に逃げ出したのはいうまでもない。
オーク以下かどうかはともかく、変質者としては卓也の容姿は十分な素質を秘めているようだ。
結局、俺が宿屋に戻ったのはそれから一時間街中を逃げ回ったあとだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昨日あまり寝られんかったし、メッチャ眠い。
馬車の揺れが気持ちよく、睡魔が襲ってくる。
「そういえば、昨日街に出た変質者まだ捕まってないんだって。街の女の子たちが声をかけられたり、あたしやアメリアがお風呂や着替えを覗かれたんだよね」
サラの言葉にトランテッタが反応する。
「変質者ですか? それはまた物騒ですね。それで、その変質者とはどのような顔をしていたのですか? 必要があれば、『暁』の方で対処してもらいますし」
「う~んとね。暗かったし気が動転してたからしっかりと見えなかったんだけど、少なくともカッコ良くはなかったよ。オークみたいな体型の癖にえらい俊敏なやつだった」
「多分、二度とあの街には出ないんじゃないかな?」
「ん? 何でアルファはそう思うの?」
「なんとなくだ」
「…………ふーん?」
サラは腑に落ちない様子ながらも追求してこない。
俺は重くなってくる瞼を閉じながら、卓也姿を封印しようとそっと心に決めたのだった。




