十八話目 そして冒険へ
エミリーがオレに近寄ってきた。
エミリーの格好は辛うじて大事なところを隠せている程度で、半裸に近い状態だ。
「エミリー、その格好は刺激的すぎるだろ」
「しょうがないですよ。私だってこうなりたくてなった訳じゃないですし」
エミリーが、プンスカ怒りながら言ってくる。
あんな目に遭っていたというのに、とりあえずいつもの調子に安心する。
「エミリー、そのまま立っとけよ。イート、エミリーの服の切れ端を材料に『着衣創造』」
「何ですか? これ! ほとんどさっきまでと変わらない裸みたいな格好じゃないですか」
「ショートパンツにキャミソールだな。残っていた生地の大きさ的に作れるのがそれくらいだったんだ、我慢しろ」
「でも、スースーしてなんか落ち着かないです」
エミリーが自分の着ている服がどんなものか確認するため前屈みになった時に、ボリュームが寂しいせいで胸元が見えた。
まあ、これくらいは許してもらおう。
オークの死体を片付けた俺は、精霊たちの探知を使って方角を確かめた後、エミリーとタクトを連れて森から脱出することに成功する。
その間にオークや他の魔物と遭遇することはなかった。
「森も出たし、ここまで来れば大丈夫だろ」
「はい、私たちのことはいいですから屋敷に急いでください」
「わかった」
俺はまた全力で移動を開始する。
「ん! こんなとこでもオークと戦っているのか」
屋敷に行く途中、何体かのオークと領民たちとの戦いが行われていたが、多少離れた場所からオークたちに鋼糸の一撃を与えると、すぐにその場を離脱した。
「あとは任せた」
『おい、あれ、アルファ様じゃないのか?』
『バカを言うな。アルファ様は死んだとレイナード様が仰ったじゃないか』
遠くで俺の死亡を聞かされていた領民たちの混乱する会話が聞こえたが、きっと戦闘による緊張状態からきた幻覚だと思われるだけだろう。
さすがに全員に致命傷を与えるには至らなかったが、手や足を切り落とした手負いのオークたちなら、あとは領民たちに任せても大丈夫だろ。
俺が屋敷に着いたのはそれからしばらくしてだが、結果からいうとみんな無事だった。
最初はオークの大量発生の情報に浮き足だった領民たちだが、さすが異世界人。
数ヵ月に一度魔物が発生したときと同じように、最低五人で一匹を相手にするというフォーメ-ションで確実にオークを駆逐していった。
オークは数十匹はいたようだが、集まった数百人の人間の前に最初の勢いは完全に失っていたようだ。
まあ、元々オークたちを送り込んだリーパー侯爵も俺の父親の治める領地を全滅させる気はなかったのだろう。
オークたちの貧弱とも言える武装からもそのことがわかる。
リーパー侯爵からしたら、ただ俺を手に入れられなかった腹いせに嫌がらせをしたかったという程度なのだろうしな。
だからと言って、何も被害がなかったかというとそうではない。
建物の何件かは全壊しているし、半壊や破損も含めたらバカにならない数だ。
怪我人も重軽傷を合わせると数十人規模になった。
今現在、屋敷の広間の一室は野戦病院状態だ。
「俺は見ているしかできないか」
リーパー侯爵の八つ当たりに巻き込まれた領民たちに罪悪感を感じる。
だが、今ここで領民たちの前に出ていくわけにはいかない。
一応、俺は公には死亡したことになっているしな。
「そうだ! 水の精霊ミーズ、でてこい」
俺の呼び掛けに青い光の玉が出現する。
「なあ、ミーズ、確か人間の体は0.9%の塩分濃度の水で多少の出血は補えるんだよな。病院とかで点滴に使っていたのは生理食塩水とか言ったか。無菌状態のそれをみんなの体内に作ることはできないか?」
水の精霊の能力の一つに『水生成』っていうのがあり、水の成分を多少調整して作ることができるというものだった。
だが、どの程度のものをどこに作れるのかまでは精霊本人に聞くのが一番手っ取り早い。
俺の問いかけに青い光の玉が左右に動く。
どうやら、できないようだ。
俺の希望する水を作ること事態は問題ないが、体内には直接入れられないらしい。
空中に水を作れるのに体内には直接作れないなんて、異世界ルールはよくわからん。
まあ、あとの問題は注入方法か。
「イート、『糸作成』で中空糸って作れるか?」
イートは肯定と反応する。
なら、いけるか。
「ミーズ、『水生成』で、あの広間にいる怪我人全員に500ccくらい行き渡る量を空中に頼む。それで、イート、『糸作成』で鉄製の中空糸を作って、ミーズの作った水を怪我人たちの血管に注いでやってくれ」
整理食塩水を注入された怪我人たちは、ほどなくして元気になる。
『あれ、なんか体が楽になったような?』
『お前もか、なんかオレもそう感じるんだよな』
重傷を負っていた人も呼吸が穏やかになったような気がする。
これで少しでも助かるならいいんだが。
俺の心を覆っていた罪悪感も多少やわらいだ。
俺は屋敷の中を隠れるようにしながら父親レイナードのいる部屋を目指した。
コンコン
「入ります」
俺は返事も待たず入室する。
部屋の中では、俺の弟のルークを抱いた母親のレイシャと父親のレイナードがいた。
俺を見たレイナードがその端正な顔を綻ばせる。
「アルファ! 良かった無事だったんだね」
「本当に良かった」
「お父様にお母様も無事だったのですね。良かった」
俺はお嬢様モードで言葉を紡ぐ。
これは偽りのない気持ちだ。
もし、ライアンだけでなく、この人たちにまで何かあった場合、俺はエミリーの制止も振り切ってリーパー侯爵を殺しに行っていた自信がある。
もちろん、それはエミリーたちが殺されていた場合でも同様だ。
「すまない、今回こういうことになってしまって」
「お父様に非はありません。すべてはリーパー侯爵が悪いのです。ただ悪い知らせも。リーパー侯爵の手の者からライアンが殺されたということを聞きました」
「そうか」
レイナードはそう一言呟いただけだ。
「お父様はこうなると分かっていたのですか?」
「リーパー侯爵の傍若無人ぶりは有名だからね。アルファへの求婚を断れば何かしらの嫌がらせを受けることは想像できていたよ。だから、ライアンはそれが私たちに向かないようにすべてを自分の責任にさせてみせるって言っていたんだけどね」
「みんなが生きているんですから、ライアンは立派に自分の役目を果たしてくれましたよ」
ライアンが怒りを自分に向けさせたおかげで、この程度の被害で済んだ。
死人がでなかっただけでも僥幸だ。
「アルファ、どうする、屋敷に戻って来るかい?」
「いいえ」
俺は拒否する。
戻りたくないわけではない。
ウハウハなお嬢様生活は魅力的だった。
だが、それ以上に元の生活に戻れない理由もある。
「もし、私が生きてここにいると知られたら再びリーパー侯爵はこの領を攻めてくるでしょう。そうなったら今度こそ誰か死ぬかもしれません。そうなったら、ライアンの気持ちを無駄にしてしまいます」
自分のために誰かが死ぬ。
転生前も今も、安穏で平和な生活を送っていた俺には耐えきれそうにない。
「じゃあ、どうするんだい? また森の小屋にでも戻るのかい?」
「私は、……私は旅に出ようと思います」
「旅に!?」
この答えは予想外だったのか、みんなが呆気にとられた顔をしている。
「アルファ、お前はまだ10歳なんだよ。旅に出るのは、もう少し大きくなってからでもいいんじゃないか? もし、私たちのことを気遣っているのなら気にしなくていいんだよ。それに――」
「お父様たちのことを気遣っているっていうのも確かにあります。でもそれ以上に私は世界を見てみたいんです。私の生まれ落ちたこの世界を」
「でも…………いや、よそう」
俺のまっすぐな瞳を見て、レイナードは何かいいかけてやめる。
「わかったよ。アルファの好きにしなさい。ただ危険な場所もあると思うが大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。私にはこの子達がついていますから。出てきて」
俺の呼び掛けに五色の光の玉が出現する。
「それは、精霊?」
「はい、私の精霊たちです」
「…………いつの間にそんなことに」
「私もいろいろありましたから。そう、いろいろ」
俺がそういうとレイナードが苦笑する。
「アルファには驚かされてばかりだな。そうか、アルファは《契約者》になったんだね」
契約者?
はじめて聞く単語だが、精霊使いのことだろうか?
悪くないし、誰かに聞かれたらそう答えることにしよう。
「エミリーはどうするんだ?」
「エミリーには十分尽くして貰いましたし、タクトと共に幸せになってほしいんで、旅には連れていきません」
「…………そうか。たまには手紙でもくれるかな?」
「え~と、手紙じゃなくて、これで連絡します」
そういって、取り出したのは二つのコップだ。
コップの一つをレイナードに渡す。
「イート、ターキ、『空気糸作成』……そして、そのコップと私の持っているコップを繋いで」
空気の糸でコップ同士を繋ぐ。
といっても、空気の糸は透明で目に見えない。
そして出来たのは空気の糸を使った糸電話だ。
すこし離れた場所で会話してみたが、通話状態も問題ない。
「ここまでのことができるんだ。他に止める理由は思いつかないな。レイシャはどう思う?」
「そうですね。私たちの子を信じましょう」
レイナードとレイシャが認めてくれた。
「気を付けて行くんだよ。そして、いつでも戻っておいで。ここはお前の家なんだから」
「はい」
レイナードの言葉に、俺は極上の天使スマイルを浮かべ答える。
こうして、俺は冒険に出発することになった。




