十発目 小屋と覗き
リーパー侯爵からの求婚話をレイナードから聞いて数日が経っていた。
「なあ、エミリー、暇じゃね?」
「そう思うなら、部屋の掃除でもしてみたらどうですか。ここはアルファ様だけの部屋ではないんですからね」
「確かにそうだが、掃除してもあんま変わんないし」
「やらないから変わんないんですよ」
今、俺とエミリーは精霊の祠のある人気のない森の近くに建てられた小さな小屋の中にいた。
何故こんなところにいるからって? 今はこの小屋こそが俺たちの家だからだ。
俺たちといっても、居るのは俺とエミリーの2人だけ。
父親のレイナードや母親のレイシャ、弟のルークは今も屋敷で暮らしている。
屋敷とは違い、簡素な作りの小屋は正直ショボい。
1DKの作りで、やや大きめのタンスの他は、木で出来たテーブルが1つと、椅子とベッドが2つずつあるだけだ。
メイドもいないし、使用人もいない。
メイドもいないし、料理長もいない。
メイドもいない。
えっ? もう一度聞きたい?
メイドもいない。
「…………潤いが足りないよな」
「そうですか? アルファ様の潤い美肌は、いつも通りモチモチプニプニですよ」
エミリーが、俺のプニプニ頬っぺたを指でつつきながら感想を述べる。
「俺が言いたいのはそういうことじゃないんだよな」
俺は、そう言いながらテーブルに頬杖をつく。
御嬢様としてはお行儀が悪いが、それを咎めるような人物はここにはいない。
そんなに、ここが嫌なら屋敷に帰ればいいじゃないかと言われそうだが、それはできない。
だって、俺は死んだのだから。
じゃあ、ここで文句をたれている俺は誰だって話になるが、ここで文句をたれている俺は間違いなく、超絶美少女御嬢様のアルファ=サファイアだ。
いや、正確には、「だった」っていうほうが正しいか。
俺は今、公には死んだことになっている。
リーパー侯爵からの求婚の手紙をもらったあの日、執事のライアンが提案をしてきたのは、俺が侯爵のストライクゾーンの12歳を超える年齢になるまで俺が死亡したということにしておくというものだった。
今は数人の使用人と、外で見張りをしてくれている若い男以外は領民たちにも死んだと説明されている。
そうして、求婚騒ぎのほとぼりが覚めた頃に、孤児の娘を養女として迎えたとかなんとか適当な理由をつけて、お嬢様に復帰予定というわけだ。
公的な発表も済んだし、今はライアンが使者となり、リーパー侯爵の元に俺の訃報を報告に行ってくれているところだろう。
今の俺は、御嬢様のアルファ・サファイア様から、ただのアルファちゃんになっていた。
まあ、期間限定だけどな。
「なあ、エミリー、なんでこうなったと思う?」
「アルファ様の常識外れの可愛さのおかげで、10歳という年齢にも関わらず変態侯爵から求婚されたことが原因ですが、それをわざわざ私に言わせるって嫌がらせですか? 19歳にもなって浮いた話の1つもない私への当て付けですか? お前なんかより私のほうが可愛いんだぞっていうアピールですか?」
「まあ、それもあるが」
「そこは否定してください、アルファ様っ!」
とまあ、こんな具合に暇で何もすることがない俺は、エミリーをからかうことが日課となっていた。
夕食も済み、俺に背を向けて片付けをしてくれているエミリーに声をかける。
「エミリー、お前は結婚とかしないのか?」
「私にはアルファ様を立派な女性にするって、重大で崇高な使命があるので、結婚なんて考えられません」
「要するに、相手がいないんだな」
「そ、そんなことは」
「じゃあ、彼氏や婚約者はいるのか?」
「…………いませんけど」
エミリーが視線を反らし、言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「エミリーも結婚に興味はあるのか?」
「そりゃ、私だって、一応は女の子ですからね。結婚して、優しい旦那様と可愛い子供たちに囲まれた暖かい家庭を持ちたいって夢はありますよ」
実にエミリーらしい夢だ。
主としては、応援してやりたい。
「俺が良い相手を紹介してやろうか?」
「本当ですか!」
「本当だ」
「どんな人なんです!」
さすが、年頃の女の子のエミリー。
グイグイ食いついてくる。
その期待に満ちた眼差しに、俺も悪乗りしてしまう。
「そいつは50代の有力貴族なんだが、予定していた嫁候補が死亡したって報告を聞いて傷心しているだろうからな。漬け込むなら今がチャンスだぞ。まあ、美幼女にしか興味がないっててところがたまに傷だが、夜の相手をしなくて済むって考えれば悪くはないぞ。みんなの憧れ、玉の輿だが、さあ、どうだ?」
訪問販売のトップセールスマンのごとくアピールしていく俺を、エミリーがゴミでも見るようなジト目で見つめてくる。
あ~、やっぱ、そんな反応になるよね。
「…………多分というか、それって確実にリーパー侯爵のことですよね。今の私の年齢でその人のところに行ったら、即刻処分されると思うんですが、アルファ様はどう思います?」
「だな」
俺が笑いながら肯定する。
「アルファ様っ! もおっ! 私の年頃になっても誰にも相手にしてもらえないってこの悲しい気持ちは、アルファ様みたいに美しく生まれた方には一生わかんないんです!」
俺の言葉に対し、エミリーが頬を膨らませて怒ってきた。
しかし、エミリーはそう自分を過小評価するが、19歳の女の子としてみたら十分可愛い。
まあ、10歳にして、いまだに成長の底の見えない超絶美少女の俺ほどではないけどな。
だが、エミリーの魅力はそんな外面的なところではなく、意外と料理もできて家庭的だったり、話していて楽しかったり、気が利いて優しかったりと内面的なものが多い。
少し口が悪かったり、主に対して態度がでかかったり、日に3度はドジをすることを差し引いたとしても、エミリーは魅力的だ。
もし俺が拓哉時代にエミリーから告白されたら、俺は即OKしていただろう。
「さあさ、アルファ様、食事と無駄話も終わったなら、早くお風呂に入ってください」
「うぇ、あれ、俺苦手なんだよな」
「ダ~メ~で~す」
「わかったよ」
俺はダイニングから出て、水道も何もない狭い脱衣所のような浴室にいく。
この世界にも一応お風呂の文化はあり、屋敷にいた頃はバスタブに他で沸かしてきたお湯を満たすことで、日本でおっさんをやっていた時とほとんど遜色ない入浴タイムを満喫できていた。
だが、今はこの小屋生活だ。
そんなバスタブを用意することも出来ず、お湯を溜めた洗面器で体を拭くだけの入浴になっている。
なんでも一般的な領民はこんな生活らしい。
「せめて、シャワーがほしい……」
元日本人としては、1日の終わりはやっぱり大量のお湯でザバァーンって、いきたいところだ。
俺は体を拭き、着替えを済ますとダイニングに戻る。
「それじゃ、私もいただいてきますね」
「ゆっくりしてきていいぞ」
俺に見送られ、エミリーが浴室に消えていく。
エミリーが入ってしばらくし、衣擦れの音がする。
「それじゃ、俺もボチボチ動くかな」
俺は外に出て浴室に回る。
覗きをするためだ。
勘違いしないでほしい。
俺が覗こうとしているのは、エミリーの入浴シーンではなく、エミリーの入浴シーンを覗こうとしている見張り役の若い男のほうだ。
「おっ、今日も居やがるな」
俺が茂みに隠れながら見ていると、見張りをしてくれているはずの若い男が小屋の壁に空いた穴からエミリーの入浴シーンを観賞していた。
地味な顔立ちの20歳くらいの細身の青年だが、見ただけで気が弱そうというのがヒシヒシ伝わってくる。
まあ、気の強いオラオラ系を用意されても、うら若き乙女である俺やエミリーのそばにいて、そいつ自身が狼になってしまっては本末転倒だしな。
こういうタイプが選ばれたのはわからなくない。
ただ俺が観察している限りでは、こいつはほぼ毎日エミリーの入浴を覗いている。
ここで自分の欲望に従い、裸のエミリーをネタに自家発電でもしているなら、即刻不意打ちかまして通報しているところだが、この男どうやら様子が違う。
この男の覗いている穴を俺も試しに覗いたことがあるのだが、あそこの穴は小さいうえに開いている位置が高い。
どう頑張って覗いても、顔から鎖骨くらいまでしか見えないのだ。
俺は、そぉっと男の隣に近づき、男の覗いている穴の下のほうに開いている別の穴を覗き込む。
エミリーは、こちらを向いて座ってくれている。
こちらの穴からは、顔は見えないが体の方は丸見えだ。
控えめな成長を遂げたオッパイ!
細い腰!
丸みのある尻!
エミリーは、スラッとした手で体の隅々まで丁寧に拭いている。
湯気もないので、細かいところまで見えすぎて、覗いているこっちのほうが恥ずかしくなってくる。
くそ、俺ともあろうものが、相手はエミリーだというのに不覚にも若干の色気を感じてしまったじゃないか。
とまあ、男なら絶対にこっちから覗くべきだろ!っていうようなロケーションが、すぐそこにあるのだ。
それなのに、この男は絶対に上の穴からしか覗かない。
やがて入浴が終わり、着替えも済ませたエミリーは浴室から出ていった。
いくら俺が10歳で小柄とはいえ、自分のすぐ隣にいるのも気付かないほど覗きに集中していた男は、その余韻に浸った幸せそうな顔をしている。
「エミリーさん、今日も可愛かったなぁ」
なんだ、ただの片想いのストーカー野郎か。
拓哉だった頃の俺と同じで、わりと人畜無害そうだ。
俺は、こういうグイグイいけないシャイボーイに、一応の理解は持っているつもりだ。
しょうがない、この超絶美少女のアルファ様が恋のキューピッドをやってやるか。
俺は男の肩にポンと手を乗せる。
「なぁ、お前、エミリーのこと好きなのか?」
「わあァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
突然、俺に声をかけられた覗き男は、本人も今だ嘗て出したことがないだろう大声をあげた。
男の淡い恋心は届いてなくても、その大声はきっとエミリーにも届いたことだろう。
………………。
ちょっと1回確認しよう。
今、俺たちがいるのは、さっきまでエミリーが真っ裸で入っていた浴室の外側だ。
…………あれ、これって、ヤバくね?
俺は恋のキューピッドどころか、恋のデストロイヤーになってしまったかもしれない。




