57 魔法具
なんだかんだ言って父は面倒見が良い方だ。
結局後始末が長引くとしばらく王都に住まいを移し、新王家になった状態での貴族たちの方向性について確認してから戻ってくるらしい。
ロミルダはある程度の社交を終えるとそんな父が安心できるよう、ブロムベルク辺境伯騎士団に戻って、アンゼルムとともに指揮をとった。
いつもどおりの魔獣を討伐して訓練をする日々。
王都に向かう前とまったく同じ日常に戻ったみたいに平穏でいつもどおり。
しかし変わったこともある。
休日にアレクシスと顔をあわせてロミルダは魔法具の作製に取り組んでいた。
彼が助けに来てくれたときに約束したアレクシスに贈るための魔法具だ。
しかし魔法具の製作は魔獣や魔力の多い森から取れる魔石に特別なペンで魔法を刻むのだが、それがなかなかに細かい作業で、ロミルダはすぐに疲弊してしまう。
「……」
目がしょぼしょぼして疲れ切って顔を上げると、ちょうど向かいには集中してペンを動かしているアレクシスの姿がある。
彼は公爵家出身とあって上品な顔立ちをしているし、今では現国王の甥という立場で王家の親族になった。
彼の元にもたくさんの社交の誘いが届いているらしい。
ロミルダはアレクシスの立場が変わったことによって態度を変えるつもりは一切ない。
前だって今だって大切なお婿さんでありロミルダの恋人。
しかし、公爵家出身で現国王の甥というのはそれなりに格上の相手になる。
しばらく見つめているとアレクシスはロミルダの視線に気がついてちらと視線を上げた。
アレクシスのアメシスト色の瞳と目があって、とっさのことに少し驚いてかまった。
「なんか難しいところでもあったか?」
そう言ってアレクシスはロミルダの手元をのぞき込もうと少し腰を浮かせた。
しかし少し首をひねる。
反対からだと見づらかったのかもしれない。「ちょっと待ってくださいね」と言って、アレクシスは自分が作業していたセットを適当にロミルダの隣に移動した。
丸テーブルなので、二人が並んで作業することはできないこともない。
しかし、片側に二人並ぶのはなんだかどこへ行っても寄り添って離れたくない恋人同士みたいじゃないか。
そんなことを考えている間にアレクシスは椅子をロミルダの隣に置いて、ロミルダの作りかけの魔法具をのぞき込んだ。
「この辺は、細かいんで、後回しにしてちょいちょい進めても良いみたいです。そこばっかりやってても全然進まないから初心者はくたびれて飽きるって魔法士が言ってたんで」
「……後回しにしていいの?」
「最終的にできあがればいいんで。大丈夫です」
先に作って練習していただけあってアレクシスはロミルダよりも魔法具製作に詳しかった。
「ほかにも、わかんないところあったら言ってくださいね」
そう言ってアレクシスは隣で自分の作業に戻った。
そうしてロミルダは改めて、先ほど考えていたことを引っ張り出してきて思った。
たしかに格上の相手だ。それになにより、かっこよくて優しくていざという時には頼りになって……素敵な人。
こう言う些細な優しさに最近、気持ちがあふれて仕方が無い。
恋愛にまごまごしているロミルダにも怒らずそばにいてくれる。
もしかしたらいつか、こんな素敵な人などロミルダにはもったいないと彼に惚れたロミルダよりもかわいらしく素敵な女の子が言うかもしれない。
そんな女子を今まで見たことはないが、いつ現れたっておかしくない。
だってこんなにアレクシスは素敵なんだから。
「……アレクシス」
彼に向かってロミルダはこっそり呼びかけた。
「?」
すぐにこちらを向く彼に、ロミルダは自然と少し腰を浮かせてその頬にキスをしてみた。
最近はずっと彼に対する気持ちが胸の中でぽわぽわしていたので、もう一つ進展したいと思っていたのだ。
「!」
「好きよ。ありがとう。私も頑張らないと。あなたに負けてられないから」
早く魔法具を完成させて彼に贈ってそれから、たくさん愛を伝えて、照れるだろうけれど、誰かに文句を言わせる隙など与えるつもりは無い。
アレクシスは他でもないロミルダの恋人なのだ。
ずっとロミルダの隣にいてもらう。
「っ!!??」
彼は頬を押さえて、顔を赤くして混乱している様子だった。
「んなっ、なんで、この文脈でほっぺにキスするんですかっ!」
「……最近あなたがとてもかっこよく見えて、もうちょっと進展したいと思って……いたから?」
「そっ、それはっ……めっちゃ嬉しいけど…………」
ロミルダが素直に言うと彼はすぐに勢いを失って、頬を赤く染めたまま眉をハの字にしてキスされた頬をやっぱり手で隠していた。
「……びっくりしたんで」
「ふふっ」
「笑い事じゃ無いんですけど……」
動揺しているアレクシスもやっぱり、かっこよくてちょっぴりかわいらしくて素敵だった。
やっぱり誰にも渡したくない。
たくさん社交の誘いが届いて人気者になってもずっと……いや、たまには友人と遊びに行ってきてもかまわないから、この屋敷に戻ってきてほしい。
「…………」
「…………」
「……あの」
「うん」
「俺も、ほっぺになら、良いですか」
聞かれてされる側になることを想像すると、ロミルダは自分がじっとしていられるか少し心配だった。
けれども、アレクシスは真剣だ。彼の気持ちをくみ取ることだって、彼と進展する上では重要だろう。
「…………ん、うん」
ロミルダはぎゅっと膝の上で拳を握って返事をした。
彼はそっとロミルダの顎に手を添えて、ロミルダは驚いて目をぎゅっとつむった。
小さなリップ音とかすかな感触がして、ロミルダにキスされたときのアレクシスと同じようにキスをされた場所をかばうみたいに頬に手を添えて頬を染めながらアレクシスを見た。
すると彼と目が合って、アレクシスはうっとり目を細めて笑った。
「俺も好きです。ロミルダお嬢様」
「う、うん」
二人の間には、照れるぐらい甘ったるい空気が漂っている。しかし、周知以上に心が満たされて、彼とそばにいることが嬉しい気持ちの方が勝っている。
ロミルダは彼と婚約話が持ち上がった当初に想像した恋人同士のように甘ったるい空気の中で愛をささやき合っていて、ロミルダ自身が端から見ていればついに猛者なれたのかと感動していた頃だったと思う。
しかし、あいにく当人になったロミルダは照れるのと嬉しいので忙しくて、気がつかず、お互いに贈るための魔法具を二人でちまちま作って、たまに愛をささやき合うのだった。
以上で完結となります。
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