11 心配
「さぁさぁ、本日は急いで支度をいたしますわよ! お嬢様!」
ロミルダはベッドの中で上半身を起こし窓から差し込む日の光に目を細めて、険しい顔をした。
もう少し眠っていても問題ないはずだったのだが、なぜかエイミーが異常にやる気を出している。
たしかに今日は特別な日だが、何をそんなに急いでいるのだろうか。
「……あの、ちょっとねむ――」
「さっさと起きてくださいませ。あとすこし、眠ったところでなにも変わりませんわ! さぁさぁ!」
手を引かれて、ロミルダはベッドから起き上がり、うとうとしながらも着替えさせられ、華やかなドレスを身にまとう。
エイミーはいつもよりも気合いを入れてロミルダのお化粧をしているし、髪だって時間をかけて試行錯誤している。
そして時間をかけているだけあって、できあがってくるといつもより少しだけロミルダは輝いて見える。
しかしやっぱり普段と大した差はないのである。とくにユリーナのような人を引きつける魅力を持っているような女の子には叶いようがない。
そうしてユリーナのことが思い浮かぶと、エイミーの意図に予想がついた。
(あ、もしかして、今日が決着の日だと言ったことを気にして……?)
だから、ロミルダが外見で負けないように気張って準備をしてくれているのだろうか。
だとしたらなんだか連帯感を感じて少し嬉しい。
気合いを入れすぎて時間がギリギリになったとしても、ロミルダはエイミーに付き合おう。
そう思った。
その途端、ロミルダを着飾るのを終え、エイミーはロミルダの私室の扉へとパタパタと向かう。
「では、お嬢様。わたくしこれで失礼いたしますわ!」
そう言って素早く出て行った。
「え……」
ロミルダはドレッサーに座らされたままぽかんとすることしかできなくて、彼女が出て行った扉を眺めていると、数秒で代わりにアレクシスが入ってきた。
「……ちょっと邪魔するな」
「う、うん」
(ア、アレクシス……)
ロミルダは想定外の人物に目を丸くし、彼とソファーで向かい合って話をした方がいいのか、それとも何か軽い用事なら立ち話か……と思案する。
その間にアレクシスはロミルダのもとへとやってきて、じっとロミルダのことを眺めて、少し照れながら笑みを見せる。
「ドレス、かわいいな。似合ってる」
「あり、がとう……あなたといる時はこういう服ではないし、髪も凝ってないから、気合い入ってるところを見られると少し恥ずかしい……」
突然の急展開に戸惑いはあったが、彼はある程度の距離を取ってくれているので、少しばかり恋愛的な甘い空気になってもなんとか堪えられた。
(こ、この会話は少し、恋人っぽい? のかも……)
まだまだ熟練とは行かずとも、初心者としては恋愛が進んでいるような気がする。
(よし、ここから先はきっと……照れてるお嬢もかわいいよ的な感じに……進んで……もう少し甘ったるくなるのね)
そうしてこれからの流れを予測して、堪えられるように気持ちを作ろうと考えた。
「……お、お嬢が俺の言葉で照れてる……! …………抱きしめていいですか」
しかしアレクシスはよくわからないところで感動して、瞳をキラキラと輝かせる。
たしかに、今まで彼の言葉で照れることなど一切なかったが、彼がそんな距離の詰め方をしてくる想定などしていない。
感動から彼はロミルダを捕まえる姿勢でじりじりと近寄ってこようとしていた。
前回の一悶着のことを考えて、距離を開けて紳士的にロミルダをリードしてくれるのかと思いきや、まったく自分を制御できていない。
「そ、それはダメっ! わ、私今、ドレスだもの、逃げられないから」
「くっ……それを承知でも……抱きしめたい」
「ダメよ。せっかくちょうどいい難易度だったのに。急にそんなことされたら私……」
「私……?」
「…………手が出るかも……」
それか魔法が飛び出るかもしれない。アンゼルムにまずいと思ったら、攻撃をするように仕込まれているのである。
ドキドキが行き過ぎて、相手を伸してしまう令嬢などさすがに結婚など出来ない。
「っく、ははっ、それは、まぁ、そうだろうな。お嬢ですから」
ロミルダの言葉を聞いて、アレクシスは口元に手を当てて、とても楽しげに笑った。
とても野蛮なことを言ったはずなのに彼は、少し嬉しそうにも見える。
「もうちょっとか弱くなりたいわ」
「……いいえ、いいんすよ。それで。じゃないと俺、何が何でも今日のパーティーについていっちゃうかもしれないし」
続けて言われた言葉で、今ここに彼がいるのはドレスを着ているロミルダを使って恋愛の修練をしにきたのではないのだと気がついた。
「……お嬢ってまったく負かされる気もないしたしかに強いんで、俺が心配するのはお門違いかもしれないけど、お嬢に敵意向けてる人間と会うって聞くと、つい気になるんですよ」
言いながら彼は、一歩ロミルダの方へと歩み寄る。
どうやら抱きしめるつもりではなさそうなのでそのまま見守っていると、手を取られて、彼は手首にそっと何かをつけた。
見てみれば、それは魔法石がいくつかついている魔法具のブレスレットだ。
細身で、しゃらりと小さな音を立てている。金に赤い魔法石が素敵で、アクセサリーとしてもかわいらしい。
「……買ったの?」
「いや、魔法士にアドバイスもらって作ってみたんです」
「……大変じゃなかった?」
「結構、面倒だったけど、案外楽しかったってかんじだな。気休め程度だけど炎の魔法の防衛魔法とかが刻まれてるんで」
会話をしながら、ブレスレットを眺める。
ブロムベルク辺境伯家は大きな騎士団を抱えて魔獣の討伐を主な生業にしている。
魔獣とは魔力をもち魔法を操る獣だ。
当然、騎士たちも魔法を使って対抗するし、魔法具も、魔法薬も使う。
その中で魔法具や魔法薬を作ったりするのは魔法士の仕事であり、魔法士は魔獣の研究なども行うので、魔獣を討伐する上では必要不可欠だ。
そういうわけで魔法士が所属するブロムベルク辺境伯家魔法団もそれなりの規模で存在している。
しかし、彼らに聞いたところで、魔法具とはそう簡単にできる物ではない。
少なくともロミルダは理論や研究などは理解できたが細かい作業と時間のかかる作業が苦手で、完成したことがない。
製作するのには根気と努力が必要だっただろう。
すごいことだ。
「……パーティー気をつけて。お嬢に何かあったら、俺すぐに駆けつけるんで」
目を見て、アレクシスは静かな声で言った。
さすがにすぐに駆けつけるというのはそのぐらいの気持ちでいるという比喩だと思うが、その気持ちが嬉しかった。
いつだって彼は、ロミルダが心から満たされるものをくれる。それはきっと物理的な話ではなく、心の話だ。
剣も、ブレスレットも、彼の気持ちがこもっているから嬉しい。
好きという気持ちをそういう形で示してくれる彼は素敵だ。
本当にどうして今まで彼のことを意識せずにいられたのか不思議だ。そのぐらい、嬉しくて彼を思って顔が熱くなり、うつむいてお礼を言ったのだった。




