45話 祭典 開幕
朝日が街の石畳を照らす頃には、もう広場は活気に満ちていた。
色とりどりの旗が風にたなびき、酒と食の祭典を祝うように、楽団の奏でる陽気な音楽が街に響いていた。
「すごい人出だな……」
ケンイチは汗をかきながら、焼きたてパンの匂いが漂う通りを進んでいく。
広場の中心には特設ステージが組まれ、その周囲には各地の酒造家、家庭の主婦、貴族の嗜好家まで、実に多彩な参加者たちが集まっていた。
修道院のブースもその一角にあり、清酒・白酒・甘酒・ライスビールが樽ごと並べられていた。
「よし、設営はこれでOKね」
エスメラルダが看板を立てる。
「試飲用の小さなカップも配るか?」
ベアトリーチェが重たい箱を抱えながら聞く。
「うん。来てくれる人たちに、たくさん味わってもらおう」
ケンイチは笑って頷いた。
セラフィーナとフェリシアは、修道院の子供たちとともに屋台側の販売を担当していた。
子供たちの笑顔と元気な声が、さらに場を明るくする。
「しゅーどういんのおさけ! あまくて、おいしいよー!」
「こっちはさっぱり! つめたく冷えてるよ!」
その様子を見ていた近くの貴族風の男性が、目を細めて言った。
「ほう……あれが噂の“神に祝福された修道酒”か。興味深いな」
そんな中、ケンイチたちはコンテストのメイン会場――審査が行われるステージ前へと移動する。
数名の審査員がすでに到着しており、その中にはなんと、あの僧侶アランの姿もあった。
「……やはり来ていたか」
ケンイチは小さくつぶやいた。
「彼は酒の“奇跡”に心を惹かれている。だからこそ、見届けに来たのでしょう」
ミコが静かに言う。
ステージの鐘が鳴り響いた。
司会の男性が声を張り上げる。
「さあ、王都に集いし酒造たちよ! 本日、ここに“第一回・王都酒祭り”の幕が開けられます!」
観客たちが歓声を上げ、拍手が響く。
「準備はいいか?」
ケンイチが三姉妹を振り返ると、三人はそろって頷いた。
「任せてください。修道院の誇り、ここに示しましょう」
エスメラルダの目が真剣に輝いている。
「他の酒に負けるつもりはないわよ!」
ベアトリーチェが気合を入れ、
「みんなで作ったお酒……ちゃんと伝わるといいな」
フェリシアが優しく微笑んだ。
――今こそ、修道院で生まれた“想いの酒”を世に示す時。
⸻
王都広場の特設ステージでは、審査員たちがずらりと並んでいた。
主審は、王室付きの宮廷料理長であり、酒にも深い造詣を持つゴルバルド氏。
そして、老舗ワイン蔵の女当主、香りの魔女と称されるマダム・レイナ。
さらに、教会代表として神の奇跡に関心を寄せる僧侶アラン。
この三人による厳正なる審査が始まろうとしていた。
周囲を取り囲む観客たちは静まり、酒の香りだけが空気を満たしている。
「では、最初の審査は、ベルグ家ワイン工房による、“熟成赤葡萄酒”」
司会者の声に合わせて、グラスに濃い紅が注がれた。
「ほう……香りが豊かだ」
レイナが目を細め、ワインを軽くスワリングさせる。
「この深み……五年以上の熟成か。タンニンの角が取れて滑らかだ」
ゴルバルドも唸る。
「しかし……酒としては完成されすぎていて、驚きが薄い。奇跡には届かぬ」
アランが厳しい目で言った。
次は農民の奥方たちによる、家庭の知恵を活かした果実酒。
「こちらは、“野いちごと蜂蜜のミード”です」
ほんのりピンク色の液体は、見るだけでも甘そうな香りがした。
一口含んだレイナがにこりと笑う。
「ふふ、これは……可愛らしい酒ね。乙女の休日にぴったり」
「デザート感覚で楽しめる一杯だな」
ゴルバルドも軽く頷いた。
「だが……これは“酒祭り”の名にはやや軽いかもしれぬな」
アランは静かに告げた。
審査が続く中、ついに司会が呼んだ。
「次は、修道院代表、ケンイチ殿による出品――“白酒”と“ライスビール”の二品です!」
ステージに立つケンイチと三姉妹に、ざわつきが広がる。
「彼が……修道院長ケンイチか」
「ドラゴンを追い払った英雄の酒らしいぞ」
「飲んでみたい……!」
司会者がまずは“白酒”の審査を促す。
澄んだ銀白色の液体が、慎重にグラスへと注がれる。
ゴルバルドが一口飲んだ瞬間、目を見開いた。
「これは……力強い。香りは控えめながら、口に含んだ瞬間に芳醇な旨味が広がる。米の甘みと、まろやかな酵母の深み……!」
「ほう……このアルコール感の出し方、まるで蒸留酒のように滑らかだ。だが米の風味が消えていない」
レイナも真剣な表情で分析する。
アランは静かにグラスを口に運び、やがて言った。
「……これは祈りの味だ。神への捧げ物として、まったく遜色ない。奇跡の雫と呼ぶにふさわしい」
観客たちから、どよめきが起きた。
次に注がれたのは“ライスビール”。
透明度のある黄金色に、微細な泡が立ち上る。
「香草……なるほど、ホップの代用か。だがこれはこれで……香りのバランスが取れている。飲みやすく、それでいて芯がある」
レイナが首を傾げつつも感心する。
「ふむ、肉料理や揚げ物に合いそうだ。軽快な口当たりでありながら、香草の余韻が上品だ」
ゴルバルドも唸った。
アランはしばらく口を閉じ、最後に一言だけ呟いた。
「……面白い。あの者の酒は、まだ進化の途中にある。だが、それこそが神の導きか」
観客たちが歓声を上げ、会場は拍手に包まれる。
司会者が締めくくる。
「これにて全ての審査が終了いたしました!
結果は、今宵の星が昇るころ、ここで発表されます!」
ケンイチたちは席を下がりながら、ホッと息をついた。
「どうだったかな……?」
フェリシアが不安げに聞く。
「ううん、きっと伝わったと思う」
セラフィーナが優しく笑った。
「結果はどうあれ……私たちの酒は、最高だった」
エスメラルダが胸を張って言った。
ケンイチも頷く。
「そうだな。ここまで来たこと、それ自体が……もう祝杯ものだ」
夜が来る――
いよいよ、運命の結果発表が待っていた。




