44話街の酒造家達
王都へ向かう途中、コンテスト会場の準備が進む街へと到着したケンイチたち一行。
王国中の醸造家たちが集まるというだけあって、街はすでに熱気に包まれていた。
街角に設けられた臨時の試飲ブース、商人たちが集まる広場では、すでに小規模な試飲会や品評会が行われていた。
「これが、王国中の酒好きの集まりってわけか……」
ケンイチは目を細めて周囲を見渡す。
ふと、ひときわ人だかりのできているブースに目が留まる。
そこには、数人の年配の女性たち――地元の主婦たちが、手作りの瓶を並べていた。
「どうぞ飲んでって!うちのは麦茶じゃないよ、ちゃんとした“主婦酒”だからね!」
「うちの子にも評判なのよ~、お酒っていっても、甘くて飲みやすいのが一番!」
「主婦酒……?」
ケンイチは興味を惹かれて近づいた。
一口、勧められた酒を口にする。
「……うん、美味い」
思わず声が漏れる。香ばしい麦の香りに、柑橘系の皮を漬け込んだ爽やかさ。
しかも、微かに蜂蜜の甘みが後味に残る。
「こ、これは……まさか、あのエールに手を加えた……?」
驚いたケンイチに、年配の女性がにこりと笑いかけた。
「院長さんのエール、美味しいって評判だったからね。うちの台所にあった乾かした柑橘の皮とハーブを少しだけ漬け込んでみたの。ほんの、ひと手間よ」
「“ほんの”じゃないですよ……これはすごい発想だ」
ケンイチは驚きを隠せなかった。家庭の知恵が、エールを別の次元へと進化させていた。
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その日の夕方、ケンイチは街の酒造組合の人々とも顔を合わせた。
「やぁ、あんたが“修道院の酒聖”か。噂は聞いてるよ」
挨拶に出てきたのは、風格のある中年の男だった。
「俺たちが出すのは、七年前に仕込んだ果実酒だ。熟成中は地中深くの洞で眠らせてた。香りと色は、どんな酒にも負けないつもりだよ」
別の醸造家が続ける。
「うちは、葡萄とベリーを混ぜた二段熟成ワイン。貴族たちに“夜の宝石”と呼ばれた逸品さ」
「数年熟成か……さすがプロの領域だな」
ケンイチは率直に感心した。
「でも、時間の差なんて気にする必要はないよ。あんたは“今を生きる味”を出せばいい」
先の男が笑いながら言った。
「……今を、生きる味」
その言葉が、ケンイチの胸に静かに残った。
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酒の祭典に乗じて、各地から商人や旅の料理人たちが集まり、広場には様々な屋台が立ち並んでいた。
「こっちの串焼きは、山で獲れた猪肉だよー!」
「甘く焼き上げた果実パンケーキだよ、あつあつ~!」
「おお……うまそう」
ケンイチは屋台の間を歩きながら、思わず唾を飲み込んだ。
熱々の鉄板の上では、スパイスをまぶした肉がジューッと焼ける音を立て、空腹を刺激する香ばしい香りが漂っていた。
隣の屋台では、蜂蜜をたっぷりかけたふかふかのパンケーキが焼き上がっている。
「すごいね……これ、もう小さな市場じゃない」
エスメラルダが目を見張る。
「前はこんなに店もなかったのに……」
「ここまで発展するとはな」
ベアトリーチェが腕を組んで唸る。
「物資も足りてるし、人も元気そうだ」
「この前の戦も乗り越えて……きっと、皆が少しずつ頑張ってきたからだね」
フェリシアが笑う。
ケンイチは立ち止まり、ふと空を仰いだ。
街の空気が、明らかに変わっている。
初めてこの世界に来たばかりの頃は、どこか物寂しく、どこか不安げな雰囲気が漂っていた。
けれど今――
人々の顔は明るく、子どもたちは笑い、食べ物の香りが街の隅々まで広がっている。
「……少しは、この世界に貢献できてるのかもしれないな」
思わず独りごちるケンイチ。
すると後ろから、ミコがそっと声をかけた。
「ケンイチさま。街が潤ったのは、あなたの“酒”と“想い”が伝わったからですよ」
「……そうだと、嬉しいけどな」
一行はひとまず屋台で腹ごしらえをしながら、翌日のコンテストに備えて英気を養った。
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夜。宿の部屋で、ケンイチは改めて“月の雫”を見つめていた。
熟成の深みはないが、素材の良さを引き出したフレッシュな仕上がり。
飲んだ者の記憶に、爽やかに、しかし確かに残る。
「俺にしか出せない味。今の季節、今の素材、今の想い……」
「ケンイチ、負けないでね」
背後から、フェリシアが声をかけてきた。
「うん。どの酒も素晴らしいけど――俺も、この国の“今”を、酒で伝えてみせるよ」
明日はついに、コンテストの本番だ。




