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婚約破棄できませんが何か

豪華絢爛な会場で一際豪華な衣装に身を包む男女が高らかに宣言した。


「我、リカルド・ロン・ジェイムカンドは、公爵令嬢ユーリシア・ロドリーとの婚約を破棄し、男爵令嬢アリアネス・コーライドと婚約をこの場を以って発表する」


「・・・・・・・・・・・・・・まぁ」


学院王家主催の歓迎パーティでの出来事だ。


※※※


遡ること八年・・・


王族以外の者が王に謁見できる唯一の部屋で、そのやりとりはなされた。


「・・・・・むっ、お前何奴だ」


第一王子、リカルド・ロン・ジェイムカンドが十歳のときだ。


「・・・・・婚約者だ」


威厳ある父王からの答えだ。


「ロドリー公爵家令嬢ユーリシアでございます」


五大公爵家のひとつ、ロドリー公爵家令嬢ユーリシアが六歳のときだ。


※※※


遡ること二年・・・


国内で唯一王族直轄経営のアンブルディア学院でのことだ。


「王家の婚約者になるのならば庶民よりも優れていなければならない。よってユーリシア」


「はい、リカルド様」


「我と同じ教室で学ぶことを許可する」


年の差、四歳であり、十二歳で入学することからありえないという暴挙でもある。


「リチャード、そなたにも許可する」


第二王子、リチャード・ロン・ジェイムカンドが十四歳のときだ。


ただ、これが無茶として終わらなかったのは、リチャードもユーリシアも優秀であり、リカルドより成績が上位だったからだろう。


そして、時は流れ、リカルド、十八歳、リチャード、十六歳、ユーリシア、十四歳になるまで大きな出来事もなく学校生活を送っていた。


※※※


「まぁ、編入生ですの?」


「あぁ、シュトリア学園で首席でより良い環境での学びをと、王家に打診があったらしい」


「優秀な方なのですね。ですが、庶民の身分では、この学院は難しいのではありませんこと?」


「コーライド男爵が養女に引き受けてくれた」


「コーライド男爵でしたら安心ですわ。男爵夫人もお優しい方ですもの」


「来週から通ってくることになっている」


「リカルド様にもお話しなくてはいけませんわ。きっと驚かれますわ」


※※※


「リカルド様、お耳に入れたいことがございますの」


「何をだ」


「来週よりシュトリア学園から編入生が参りますのよ」


「何!庶民がこの学院に来るというのか!」


「まぁ、庶民ではありませんわ。すでに男爵家の籍に入っておりますもの」


「そうか」


「えぇ、これも陛下が学びの門を広くしてくださったおかげですわ」


「我の父であるのだから当たり前であろう。ユーリシア、何を今更なことを言っているのだ」


「これは失礼致しました。つきましてはリカルド様、早く学院に馴染めるように男爵令嬢様に心配りをお願いしたいのですわ」


「何故第一王子である我が下級貴族ごときに心配りなどせねばならん。そんなもの下々の者がすれば済む事だ。我の手を煩わせるな」


「慣れ親しんだ学園を離れ寂しい思いをされていると思いますわ。第一王子の心配りがあれば寂しさを忘れるやもしれません。これは最高学年のリカルド様だからです。他の誰にも出来はしないでしょう」


「そうか。なら我直々に学院を案内してやろう」


「ご英断痛み入りますわ。来週より参られるとのことです。お手を貸していただけること感謝します」


※※※


「うぅ、どうやって開けるのさ」


ツインテールに髪を結い上げた少女が扉の前で立ち往生していた。


学院に入るための扉は脇にベルがあるのだが、出入りする使用人しか存在は知らない。


貴族は馬車に乗ったまま優雅に学び舎まで行く。


「何を迷っているのだ」


「あっ、今日からここに通うけど扉の開け方を知らなくて」


「そんなものベルを鳴らせば良いだろう」


リカルドは使用人しか知らないベルを優雅に鳴らした。


ゆっくりと扉が開かれて中には学院の紋章が描かれた馬車が止まっていた。


「さぁ行くぞ」


「はい」


問題なく案内をしているようだがリカルドがここに来るまでに押し問答があった。


※※※


「何故、我が門まで迎えに行かねばならない。勝手に学び舎なり学院室なりと行くが良い」


「学院に来たことが無い方ですので、馬車を門で帰してしまわれると思うからですわ」


「馬車を門で帰さなければ良いだけのことであろう。そんなことも分からないのか?」


「おそらくはお分かりになられないかと思います。シュトリア学園を含め他の学園では馬車は門の前で帰すことが義務だからですわ。その慣習に則って帰してしまわれます。門から学び舎まで歩くには疲れます。リカルド様だから出来る心配りをお願いいたしますわ」


「そうか。では馬車を用意しろ」


「はい、学院の馬車を用意いたしますわ」


「待て」


「はい、リカルド様」


「我が何故、学院の、それも座り心地の悪い狭い馬車に乗らねばならぬ。王家の馬車を用意しろ」


「王家の馬車は本日陛下がご使用されていますわ。リカルド様の馬車もお母上様が公爵夫人のサロンに向かわれるとのことでご使用になられています。すぐに用意できるのが学院の馬車になりますわ」


「ならリチャードの馬車を用意しろ」


「リチャード様はご自身の馬車をお持ちではありませんわ。王家は十七歳にならなければ専属の馬車を持つことが出来ませぬもの」


「ユーリシア、お前の馬車を用意しろ」


「わたくしは十四歳で、馬車を持つことが出来ぬ年ですわ。あと、六年お待ちくださいませ」


「なら誰でも良い。馬車を寄越せ」


「この学院で専属の馬車を持てるのは王家の方が誰よりも早いのです。誰もお持ちではありませんわ」


「家の馬車があるだろう。貴族なら馬車のひとつやふたつ持っているだろう」


「学院の規則で帰省以外の理由での馬車の乗り入れは禁止されておりますわ。それに男爵令嬢は学院に受け入れられているのです。王家や貴族の馬車に迎えられては道理が異なって参りますわ。学院を率いる王家の方と学院の馬車が揃って迎えるのが道理かと」


「ならリチャードが行け」


「先にこれはリカルド様にしか出来ぬことと申し上げましたでしょう。第一王子が迎えねば失礼に当たりますわ」


「我にしか出来ぬのならば仕方あるまい。馬車を用意しろ」


「はい、畏まりまして」


「王家の婚約者として恥じぬ働きが出来るようになれ、ユーリシア」


「はい、リカルド様。つきましてはリカルド様には男爵令嬢に心配りをお願いしたく書面にて書き記しました。わたくしでは男爵令嬢のお心の寂しさを埋めることは叶いません故にリカルド様のお力をお貸しくださいませ」


「最初から小難しく言わずとも素直に言っておれば良いのだ。十四歳の小娘が我の考えを知ろうとする心構えは評価してやろう」


※※※


ユーリシアの機転でリカルドは門の前にいる男爵令嬢を迎え、扉を問題なく開け、馬車に乗ることが出来たのだ。


「名を何と言う」


「アリアネスと申します」


「ふむ、我はリカルド・ロン・ジェイムカンドだ」


「何と、第一王子自ら迎えに来て下さったのですね。庶民の身分でありながら貴族のご子息の通われる学院に籍を置かせていただくなど恐れ多いと思っておりました。それを第一王子が迎えに来て下さったのでしたら学院に歓迎されていると思うことが出来て安心いたしました。何と御礼申し上げてよろしいやら」


「うむ、アリアネス。貴殿は男爵家の令嬢となっている。かつては庶民であったやも知れぬが今は男爵令嬢だ。自分を卑下するでない。我は学院に来たことを歓迎しよう」


どこかずれていながらリカルドの琴線に確実に触れたアリアネスと、第一王子と敬われることに優越感を覚えたリカルドを乗せた馬車は学び舎の玄関に到着した。


「お待ちしておりましたわ。ようこそアンブルディア学院へ参られました。よき学友となられますことを心より申し上げます」


公爵令嬢であるユーリシアとしては正しい挨拶であった。


それを良しとしない者が二名ほど居ただけのことだ。


「どうして私だけよき学友でなければならないの。貴方みたいな貴族が居るから私たち庶民が苦しむのよ」


「常々、王家の婚約者として恥じぬ振る舞いをしろと言い含めているのだが十四歳の子どもであることから見逃してやってくれ。貴族という者の在り方を学ばせるために特別に入学をさせているのだ」


「まぁ、王家の婚約者様でしたの。失礼な言い方をしてしまいましたわ。どうかご容赦ください」


踏ん反り返っていたかと思えば態度を豹変してリカルドに謝罪をする。


「構わぬ、貴殿のように身分に囚われず律してくれる者が必要なのだ」


「第一王子」


「リカルドと呼ぶことを許そう」


「リカルド様」


リカルドの中でアリアネスは庇護すべき対象に位置づけられているようだ。


「リカルド様、アリアネス様、学院長がお待ちでございます。学院室までご案内いたします」


「アリアネスは慣れぬ馬車旅で疲れている明日にしろ」


「お優しいのですね、リカルド様」


「アンブルディア学院が王都の外れにあるからいけないのだ。心配りをするのは当然であろう。アリアネス」


すっかり二人の世界が出来ているが、アンブルディア学院は王都の中心から外れていると言っても馬車で一時間ほどの距離だ。


そして、コーライド男爵家も学院から一時間ほどの距離にある。


「大丈夫ですわ、リカルド様。学院証をいただいたときに初日に学院室まで来ることが明記されておりました。学院長もリカルド様と同じく私にお優しくしてくださると信じております」


「アリアネスがそこまで言うのなら行くが良い。ただし少しでも体調が悪くなれば我の名を出して休むと良い」


「そこまでしていただかなくとも大丈夫です。庶民は逞しいのですわ。そうでなくては貴族の方に仕えるなど出来やしませんもの」


「そうか、ユーリシア。失礼のないように案内しろ」


「畏まりました」


リカルドに対する態度とユーリシアに対する態度を見事に切り替えながらアリアネスはユーリシアに付いて行く。


「アリアネス様、先日お送りしておりますドレスは如何なさいました」


「あんなの着れる訳ないじゃない。すぐに売ったわよ」


「お送りいたしましたドレスは学院の制服になります。お買戻しいただきますようお願いいたします」


アリアネスが着ているのは型遅れで古びたドレスだ。


庶民が着るには問題無いが男爵令嬢が着るのは問題があった。


「買い戻すなんて無理に決まってるでしょ。お金使ったし、誰に売ったかも分かんないし」


「アリアネス様は特待生として学院に招かれております。学院に在籍をされている間に関しましては学院が負担いたしますが、ドレスを含め教科書類は学院の備品にございます。勝手に換金なされては困ります」


「そっちが私に来てくれって行ってきたんだから備品くらいどうってことないでしょ。貴族なんだから」


おそらく学力は高いが性格で好かれては居なかったのだろう。


学院に押し付けて二度と帰ってこないようにしたかったのだと分かるような態度だ。


だが、通常なら不敬だと何だと言われるような態度でもユーリシアは受け流してしまうため問題にならない。


「明日までに制服を用意しますので、そちらをお召しください」


「公爵令嬢と言っても偉そうぶってるだけで役に立たないのね。リカルド様の恩情で通えているんでしょ。しっかりしなさいよ」


然るべき年齢になれば通えていたユーリシアはリカルドの恩情というものを理解していないが黙っていたほうが賢明という判断は年相応以上に出来た。


「こちらが学院長室です。アリアネス様、僭越ながら申し上げますと貴族の淑女というものは髪を下ろすのが礼儀となっております。学院長にお会いになる前に解かれることをお勧めします」


「いやよ。下ろしたら可愛く見えないじゃない。リカルド様は何もおっしゃらなかったわ」


「差し出がましいことを申し上げました。お帰りは学院長が案内の者を用意してくださいますので、その者に付いてお帰りください」


「そう、案内は終わったんでしょ。帰って良いわ」


これではどちらが上か分からない。


ユーリシアにとって案内が無事に出来たことが重要でその他は瑣末事としている。


案内が終わったのなら部屋で本でも読みながらお茶でも飲もうと考えていた。


庶民の身分でありながら尊大な態度を地で行えるアリアネスは貴族らしい思考をしてもいる。


「・・・入りなさい」


「失礼します」


「ようこそ、淑女としての嗜みを身に着けて卒業できるように学院は手助けをしますよ」


学院長からの遠回しな忠告だが、全てをポジティブに捉える者には社交辞令としか思われない。


学院長として学生の調査表に目を通しているが、目の前にいる少女に対しては頭を抱えるほか無かった。


「まず、この学院では社交界に出てから必要とされる令嬢としての振る舞いを学ぶことを目的としている。つい最近、養女に入った君では難しいだろうからな一人専属の教育係を付ける。その者に学ぶと良い」


「ありがとうございます。学院の名に恥じぬように精進いたしますわ」


「話は以上だ。下がりなさい」


簡単に話が終わったことにも不満だが仕方なく学院長室を出た。


廊下には女性が一人立っており、教師だと一目で分かるドレスを着ていた。


「わたくしは、サリム。今日より卒業まで指導係となりました。全てのことに指導しますのでそのつもりでいるように」


「分かったわ」


「分かりました、サリム先生。です。言葉使いを直しなさい」


「次は気を付けるわ」


「わたくしは指導をしているのです。従いなさい」


このまま寮まで案内されるつもりでいたアリアネスは全て口出しし案内もしないサリムを嫌っていた。


「次は気を付けると言ったわ」


「わたくしは貴女の侍女ではありません。わたくしの指示に従うように。何をしているのです。言葉使いを直しなさいと、指示をしました。従いなさい」


「分かりました、サリム先生」


「では、寮に行きます。来なさい」


サリムは教育係として厳しく、一部の学生からは嫌われているが、令嬢としての振る舞いを出来る者や真面目に取り組んでいる者には優しい。


そうでない者には、とことん厳しい。


以前は、リカルドの迷惑な考えでユーリシアに付いていたが、元々ユーリシアは家で令嬢としての教育を受けているため指導される必要も無かった。


「まずは貴女の行動、言動ひとつで、御義父上ひいてはコーライド男爵家すべての者の品位を疑われます。心するように。また、この学院には貴族の子息令嬢が在籍しています」


「まるで私がならず者みたいな言い方ね。学院に招かれているのだから丁重に扱いなさいよ。首にするわよ」


「わたくしは貴女の侍女ではありません。首にすることは不可能です。わたくしに従いなさい」


サリムは淡々と事実だけを述べて、寮までの道のりを歩いた。


置いて行かれれば、寮に辿り着くことが出来ないと悟り、しぶしぶ後を歩く。


実際のところ、サリムは侯爵家出身で同じ侯爵家に嫁いだ身であることから男爵家の身分の者では首にすることはおろか、貴族令嬢の資格無しと判断すれば退学にすることもできる。


教師のほとんどが公爵家もしくは侯爵家の身分であり、ほとんどの学生は教師より身分が下になる。


「学院に所属する者は皆、貴女より身分が上の者です。言葉使いに気をつけるように」


「身分でしか判断できない人間が教師をしてるなんて間違ってるわ」


「わたくしは教師ではありません。教育係です。そして、貴女は教えを乞う立場です。わたくしは貴女の侍女ではありません。また友人でもありません。言葉使いに気をつけなさい」


アリアネスは不満であることを隠すこともせずについて行く。


サリムは気にすることなく歩みアリアネスの部屋まで案内をした。


「寮の部屋の鍵は一つと教員室に一つの計二つです。失くした場合は複製されないので気を付けること。失くした場合は、卒業まで部屋の鍵をかけることはできません」


「ちょっと、何よそれ、誰かに入られたらどうするのよ」


「失くさなければ良いだけのことです。鍵の一つも管理出来ないようでは、次期当主として家を継ぐことも嫁ぎ先の家を支えることもできません。少なくとも男爵家の養子となったのならば、鍵の一つ、ひいては、男爵家に関わるものの管理ができなくてはなりません。その程度のこともできないようでは学院で学ぶ資格はありません。すぐさま退学なさい」


貴族の子息は身の回りのことを家から連れて来た侍女にやらせている。


鍵も侍女に預けてしまう。


侍女は部屋からほぼ出ずに居るため鍵を失くしたところで、常時人が居るところで盗みに入る者も居ない。


平民は鍵を掛けるが、平民の部屋にわざわざ盗みに入る者もいない。


「鍵のひとつやふたつ管理出来るわよ。貸しなさい」


「鍵はわたくしが管理いたします。この部屋での過ごし方全てに指導しますので、貴女が鍵を管理する必要はありません」


「はぁ、何言ってんのよ。自分の部屋なのに気が抜けないじゃない」


「気を抜く必要はありません。貴女が嫁げば、嫁ぎ先の家人から関係先から一挙手一投足確認されます。貴族の妻として相応しい振る舞いが出来るかどうかを。出来ないとなれば、生家に戻されるか、日陰の妻となるか、全ての判断は家長がなされます。男爵家の養女である以上は、相応しくないと判断されれば、養子縁組が解除されます。平民の子供を貴族が引き取るということは能力を買われてのことです。この学院で優秀であるということで男爵家は男爵家に嫁ぐことが多いなか、子爵家もしくは伯爵家に嫁ぎ、家の権力を上げるための政略に使うためです。優秀であれば、貴女である必要はありません」


「そうやって人格否定をして楽しいの。そうやって見下すことしかできないのなら指導者としての資質ってもんを考えなさいよ。リカルド様は肩書に囚われることなく平等に見て下さるわ」


もともと人から指示されることを嫌うアリアネスは、年上だろうと唯々諾々と従うことはしない。


義理の父に対しては、生家への援助もあり、渋々従うが、まずは反論から入る。


アリアネスに平等だと評価されたリカルドだが、貴族階級主義者の筆頭だ。


これは貴族なら殆どの者が知っていて、ユーリシアが側に居て手綱を持っているから差別発言をしていても黙認されている。


「リカルド様に言いつけて、その平民だから見下した教育係を首にするようにお願いするわ。リカルド様の思想に反するもの」


「それでは第一王子に申し付けなさい。明日、定時に起こしに参ります」


本当ならこのままサリムは部屋に残るのだが、教育は不可能だと判断し、去ることにした。


教育係のサリムに見捨てられるほどの能力しか無いと判断されれば、卒業後の嫁ぎ先は皆無になる。


反対にサリムに教育された者で、下級貴族が懇願されて上級貴族に嫁いだこともある。


そんな事情も知らないためサリムが居なくなって清々したアリアネスはベッドに飛び込んだ。


「あぁうるさかった。大体何よ。学院に来てくれって言われた私に対して、教育するなんて。図々しいにも程があるってもんよ。リカルド様に言って首にしてもらおうかな」


いくら第一王子と言っても学院の人事に口を出すことは出来ない。


だが、王族に睨まれたという事実だけで体裁が悪く辞めさせることは出来なくもない。


「・・・それにしてもお腹空いた。いつになったら食事が運ばれてくるのかしら?」


侍女が居れば食事が容易されるが、侍女が居ない場合は、自分で食堂に食べに行かなければならない。


更に言えば、今は授業中であったりもする。


「リカルド様に聞けば分かるかも」


どこかずれたことを考えて、学び舎に向かう。


ちょうど休み時間に重なったのだろう廊下には生徒があふれ返っていた。


「ちょっと、リカルド様はどこに居るのよ。教えなさい」


「第一王子でございますか?今は、魔術塔で稽古されている時間でございますわ。失礼ですが、どなたかしら?存じ上げなくて申し訳ないわ」


「人に名前を聞くなら自分から名乗るべきでしょ。そうやって上から何でもかんでも言う癖、直した方が良いんじゃない?平等に接して下さるリカルド様と同じ学院に居るのに礼儀がなっていないのね」


「わたくしは大公家令嬢のエネミー。第一王子の従姉ですわ」


平等に接することで有名な大公家は、平民の中でも知られている。


ただし、アリアネスにとっては偽善者としか見ていない。


「偽善者一家の大公家ね。平民に媚びを売って生計を立ててる一家よね。男爵家の私だったら恥ずかしくて出来ないわ。まぁ、リカルド様にしか用は無いから下がって良いわ」


「・・・魔術塔はこの廊下をまっすぐに行ったところですわ」


「そう」


アリアネスは用は終わったとばかりに廊下を進んで行く。


残された貴族子息たちはアリアネスの言動に腹を立てたが、エネミーが何も言わないから黙っている。


アリアネスの姿が見えなくなってから、漸くエネミーは口を開いた。


「皆さま、わたくしは王族に連なる血を持つ者として、貴族として、この侮辱は忘れませんわ。ただ、今は動く時ではないのです」


「エネミー様のお心のままに」


「わたくしたちは何もしなくても良いのです。この学院は貴族の誇りを持たぬ者に優しくはありませんわ」


エネミーはゆったりと微笑み、そして、アリアネスとのやり取りが無かったかのように友人とのお喋りに興じた。


「(そう、これで問題無い。まったく何で私が転生しなきゃならないのよ)」


この世界は、ある乙女ゲームの世界だ。


そして、エネミーはヒロインをどのルートに進ませるかを決める重要な役割を持っている。


ヒロインとの関わりは、この一回のみだ。


エネミーは、リカルドの逆鱗に触れて、ほとぼりを冷ますために隣国へ留学することになっている。


この乙女ゲームの主人公は二段階になっている。


まずは、エネミーの育成ゲームから始める。


その育て方によって、ヒロインへの影響が変わる。


そして、エネミーがヒロインと遭遇して、ヒロインの意志が決まり、それからヒロインを主人公の攻略ゲームが始まっていく。


違うのは、乙女ゲームの世界設定で現実の世界だということだ。


つまりは、産まれてからの歴史があるということ。


それを利用して、エネミーは未来を変えようと動いた。


※※※


まっすぐに進むと煌びやかな塔が現れた。


魔術塔だ。


「こんな豪華にする必要はないじゃない」


「・・・必要があるから豪華なのですわ」


「びっくりしたじゃない、人の後ろに立たないでよ」


「失礼いたしました、アリアネス様」


アリアネスに声をかけたのはユーリシアだ。


「で、何で必要なのよ」


「この塔の中でならばですが、特級魔術を除くすべての魔術の使用が可能です。それで土属性の魔術で歴代の王族たちが守りの術を何度も行使したことで、塔が豪華な外見になってしまったとのことですわ。これは王族たちが安全に魔術の練習を出来るようにと配慮していただいた結果です。だから必要なのですよ」


「ふーん、そう。でも人に教えるならもっと丁寧に教えなさいよ。上から押し付けたって誰も覚えないわよ」


「申し訳ございません。それでアリアネス様は明日からの登院であると思われますが、如何いたしましたでしょうか」


「如何いたしましたか?ですって、如何も何も食事が運ばれて来ないし、世話係は職務放棄して立ち去るし、一体この学院はどうなってるのよ。何が最高学府よ。程度が知れてるわ」


完全に不敬罪である発言で、食事は部屋まで運ばれないし、サリムは世話係ではなく教育係であって、自分で下がらせている。


それでもアリアネスには都合の良いように解釈されてしまっていた。


「失礼いたしました。食事は食堂で摂る決まりになっております。学業に優れていらっしゃる特待生で在られましても学院は個人に世話係を付けておりません。おそらくは教育係とのことだと思います。侍女とは異なりますので、身の周りのお世話は仰せつかっておりません。そこで、あと少しで第一王子が本日の練習を終えて出て来られます。ご一緒に食堂で召し上がっては如何でしょうか」


「そうね。そうするわ。貴女、リカルド様を呼んで来てちょうだい」


「今は授業中でございますので、お呼びいたしますのはお待ちください」


すべてが自分の思い通りに進むと思っているアリアネスは、目の前の少女が王家の婚約者だということを忘れている。


「リカルド様は学院の模範となられるお方ですので、途中で授業を抜け出すことは他の貴族に示しがつきません。お待ちくださいませ」


ユーリシアはある意味ではこう言った性格の者の扱い方に慣れている。


間を置かずに終了の鐘が鳴った。


「リカルド様、出て来ないじゃない。どういうこと」


鐘と同時に扉が開いて出てくるなど、あり得ないがアリアネスには通じない。


「・・・ユーリシア、何があった」


そして似た者同士であるリカルドは朝に迎えに行ったアリアネスのことを覚えていなかった。


「リカルド様、魔術の授業お疲れさまでございました。朝にお迎えに行っていただきました特待生のアリアネス様がリカルド様とご昼食を共にされたいと参られましたのでお伝えさせていただきました」


「そうか、アリアネス、食堂に行こう。ユーリシア、お前は魔術の授業に出ていないのだから残って学ぶようにしろ」


「畏まりました」


ユーリシアが二人を見送ると、明日より昼だけでなく、朝と夜も一緒に食事を摂る姿が目撃されることとなった。


そこにはユーリシアの姿も第二王子のリチャードの姿も大公家のエネミーの姿も無かった。


※※※


時は過ぎて、一か月


「歓迎会?」


「はい、今の一年生に社交界デビュー前にダンスやマナーなどを学院をお教えするための会でございますわ。わたくしも一年生の時に上級生に教えていただきましたもの」


「それで?」


「はい、ですが、アリアネス様は一年生ではありませんが、編入生でありますし、男爵家へ養子に入られたことから社交界にはお出になったことが無いと思いますの」


「それがどうした?」


「ホールでダンスを踊るには、殿方のリードが必要ですわ。そこで第一王子のリカルド様にアリアネス様のリードをお願いしたいのです。慣れないダンスで安心して踊るためにはリカルド様ほどの腕前を持つ殿方が必要なのですが、なかなかリカルド様の足元に及ぶ殿方はおりませんもので、どうしたら良いかと悩んでおりましたの」


「そうか。なら我が踊ろう。アリアネスのドレスも用意しておけ」


「はい、畏まりました」


※※※


「まぁ、リックが一緒に踊ってくれるの」


「あぁ、学院は一年生には手厚くフォローをするだろうが、編入生で最高学年のアリアネスのことにまで目を向けるとは思わないからな。王家が管理している学院であるはずだが、嘆かわしいことだ」


「でもリックが王様になれば変わるのでしょう?なら大丈夫よ。改革とは最初は理解されないものだから問題ないわ」


「アリアは本当に寛容だな。女神とは君のことだ」


「褒めても何も出ないわよ」


「我は、いや、俺はアリアとなら茨の道であろうとも進むことが出来る。俺の傍で支えてくれるか?」


「えぇ、もちろんよ」


「では、ユーリシアのことをどうにかしないとな。国王から王家の婚約者だと説明されている以上、無碍には出来ない。このことを伝えなければならないな」


「それでね、リック、今まで言うのを躊躇っていたんだけど、聞いてくれる?」


「何だ?」


「それはね・・・・・・・・」


※※※


冒頭に戻る


豪華絢爛な会場で一際豪華な衣装に身を包む男女が高らかに宣言した。


「我、リカルド・ロン・ジェイムカンドは、公爵令嬢ユーリシア・ロドリーとの婚約を破棄し、男爵令嬢アリアネス・コーライドと婚約をこの場を以って発表する」


「・・・・・・・・・・・・・・まぁ」


学院王家主催の歓迎パーティでの出来事だ。


そう、リカルドの伝えるとは、あくまで文字通りの伝えるだ。


壇上に上がったリカルドとアリアネスは、見下ろした。


父である国王や母である王妃だけでなく、来賓として招かれている上級貴族の親たちを見下ろした。


第一王子であるリカルドは黙認されても生まれが平民で爵位が最下位の男爵位のアリアネスが見下ろした。


それだけでもリカルドの資質や貴族としての品位に欠ける行為だと見做され社交界からは爪弾きにされる。


それでも誰も声を上げないのは、名指しされたユーリシアが何も答えていないからだ。


「リカルド様、そのように壇上から国王陛下や王妃陛下の頭上を見てはなりません。お下りくださいまし」


壇上があるのは、国王からの言葉を伝えることと一年生からの返答を行うためで、そのときだけは爵位の下の者でも上段に上がることが許されている。


そして、ユーリシアはどこまで行ってもユーリシアだった。


「うるさいぃっ、アリアに対して悪質な影口や虐めを行っていた首謀者が良くもぬけぬけと我に口出し出来るものだ。大体、誰に向かって口をきいている。我は第一王子だ。ただの公爵令嬢の貴様如きが知った顔をするなぁっ」


「リカルド様、お断りしておきますが、第一王子とは、王の一番目の男の子と言う意味でございまして、わたくしども貴族の長男と同じ意味でございますわ。それと、わたくしアリアネス様に悪質な影口や虐めなど行っておりませんわ」


「白々しい嘘を申すな。我には全て分かっている。今なら謝罪のみで許してやろうという寛容さを理解せんか」


「わたくし謝罪しなければならないことはしておりませんわ」


「黙れ黙れ、貴様は我の婚約者なのだから黙って付き従っておれば良かったのだ。それをあれもこれもと口出しし、あまつさえ特待生として健気に頑張っているアリアに嫌がらせをしていたことをまだ否定するか。そんな性根では到底王妃など務まるはずがなかろうが。婚約破棄を申し伝え、国のためにと働いている貴族たちを守ってやろうと考えている我に逆らうな」


どこか筋が通っているようで通っていない話を押し通そうとするリカルドに貴族の子息たちは冷ややかな視線を送る。


さらに、国王と王妃はため息を吐き、リカルドを見限ることを決めた。


「リカルド様、わたくし、リカルド様の婚約者ではありませんわ」


「なにっ!?この期に及んでまだ言い訳をするのか」


「嘘ではありませんわ。わたくしが六歳のときに婚約のお話を聞きましたが、お相手は、リチャード様ですわ。その時から今まで、わたくしはリチャード様の婚約者ですのよ」


八年前よりずっと自分の婚約者だと思い接して来たが、婚約者でなく、さらに弟の婚約者だと言う。


それを嘘だと言うには、国王と王妃が否定しないことで出来ない。


「リカルド様もご存知だと思っておりましたわ。だって国王陛下は申しておりましたもの・・・・・」


※※※


「(知らない奴)むっ、お前何奴だ」


第一王子、リカルド・ロン・ジェイムカンドが十歳のときだ。


「第二王子の婚約者だ」


威厳ある父王からの答えだ。


「ロドリー公爵家令嬢ユーリシアでございます」


※※※


「・・・・・きちんと申されておりましたわ」


「だが、我はずっと婚約者だと言い続けていた。それを訂正もせずにいたのは貴様の落ち度であり、職務怠慢だろう。それは我の婚約者だと認めていたのだろう」


「いいえ、リカルド様は、一度も『我の』とは申されませんでしたわ。いつも王家のと申されていましたもの。訂正する必要性はございませんでしょ」


ユーリシアの主張の方が正しいと言えるが、ユーリシアの職務とは一体何を示すのかと問い質したくなるリカルドの言い分だ。


「・・・リカルド、父である王の話をきちんと聞いていない貴方が悪いのです。それを勘違いでこのような不始末をしでかしてしまう。何とも嘆かわしい」


黙っていた王妃が口を開いた。


それを好機と見做すリカルドの思考回路は理解し難いものがあるが、それでも王妃は我が子への愛情とも言える理解力で話を続ける。


「母上、それでも、我の婚約者では無いとしてもアリアに対してしたことは消えません。そんな女が王妃になどなれば、国が食いつぶされてしまいます」


「お黙りなさい。ユーリシアが虐めを行っていたという証拠でもあるのですか?」


「あります。アリアが涙ながらに話してくれました。それは、聞くのも耐え難い酷いものでした」


「・・・そう、ユーリシアがしたとされることを全て話してちょうだい」


「はいっ、まずは、編入をして来て心細いアリアが我の場所を訪ねたところ、門前払いをされたと、そして、教科書や文房具が次々と隠されて、知らないところから出てくるようになった。それだけではありません。平民の生まれだからと、男爵家令嬢であるにも関わらず、アリアに時代遅れのドレスを制服だと言って着せ、特待生に贈られる制服やドレスを何一つ用意しなかった。今回の歓迎パーティもそうです。我が用意しなければ、アリアは他の貴族たちから影口を言われることになり、学院を卒業したあとに社交界など出ることもかなわないほど、苦しめられていたと。そんな女を庇い立てするのですか。母上っ」


「色々と愚かだと言うことが分かりました」


「母上、分かっていただけましたか!アリア、ちゃんと分かってくれて見てくれている人はいるんだ。だから何も気にすることはない。安心して王妃になってくれ」


「えぇ、リックの言う通りだったわね。王妃なら分かるって、その通りだったわ」


完全に二人の世界が出来上がり、確認していた王妃すらも置き去りにしていた。


王妃は持っていた扇を閉じて、壇上に歩み寄る。


「ひとつひとつ確認しておきますが、わたくしはユーリシアの非を認めたわけではありませんよ。門前払いをしたのは、授業中であったからに過ぎないでしょう。色々ものが無くなっていたのは寮の部屋に忘れただけ。制服にしても勝手に売り払い、手持ちのドレスを着ていただけのこと。今回のパーティのエスコートは婚約者の居ないリカルドの相手役にするためにユーリシアが全て準備をしただけのこと。ひとつひとつ確認すれば、何一つとしてユーリシアの非など見えてこないではないですか。それを勝手に都合よく解釈して婚約破棄をする理由にこじつけただけ。愚かだと分かったのは、お前のことですよ、リカルド」


「でも、婚約者でもないくせに、次期王になる我に口出ししかしないのは不敬ではありませんか」


論点が確実にずれているが、王妃は根気よく付き合う。


「リカルド、貴方は次期王ではありません。次期王はリチャード殿下です」


「なぜ、出来損ないのリチャードが次期王なのですか!?我が学院で早く学べるようにと取り計らわなければ学業を修めることができなかったのですよ」


逆だ。


リチャードは、実際の入学よりも二年も早く、それでいて、リカルドより成績が上だ。


「リチャード殿下に対しても、ユーリシア嬢に対しても、リカルドのわがままにより苦労をかけました。本来ならわたくしが諫めなければならぬところを側室のベルガモーラ様にお任せするしかなかったというのに。ベルガモーラ様のことを側室だと侮り、何一つ聞かなかった」


「母上は王妃です。何故、側室ごときの忠告に耳を傾けなければいけないのですか。むしろ側室は我に従うべき存在。母上は何を血迷ったことを言っておられるのか。耳を疑います」


「だまらっしゃい。ベルガモーラ様はお立場こそ側室であられるが、生まれは大公家当主の妹様。陛下とは従兄妹、お立場はリカルド、貴方より上のお方です。そして、わたくしは平民の娘です。ベルガモーラ様の恩情あってこそ王妃の立場に立つことが許されているのです。だから王妃であることは許されても子に継承権が許されるはず無いことは自明の理です。国を支える国王のために、国王が望んだ娘を王妃にすることは法で定められていると同時に、その娘が平民の場合は、子に継承権が与えられぬことも法の定め。それすらも忘れたというのですか」


国王と王妃のなれそめは国民が諳んじることができるほどに有名な話だ。


そして、ベルガモーラが率先して、国王と王妃の結婚を進めたのも有名な話だ。


「本来なら継承権剥奪、王族籍からの除籍、身分剥奪・・・このあたりの罰を言い渡すのが、この場を乱したことへの妥当なところと言うべきですが、リカルドは継承権を初めから持っておらず、王族籍除籍は可能としても、身分は剥奪しようにも王族籍以外に貴族籍はもともと持っておらず、婚約者として連れてきた娘は男爵位を持っているから、それを剥奪すれば良いとして、本当に面倒なことをしてくれたものです。如何いたしましょうか、陛下」


王妃の独壇場だった反論が終わり、今まで影すらも感じさせなかった国王が重い口を開いた。


その間、アリアネスは将来性の無くなったリカルドを見限って、新しい玉の輿を探そうと視線を彷徨わせていた。


王妃に断罪された元平民・元男爵・現平民の娘など好き好んで誰も関わろうとしないが、それに気づかないのがアリアネスだ。


「うむ、第一王子リカルド、男爵令嬢アリアネス、双方により虚偽の申告を行い、歓迎パーティを乱した。さらに虚偽により無実の者を断罪しようとした罪は重い。よって、永久平民の身分を与える。さて、ベルガモーラよ。それで構わないだろうか?」


「構わん、国王陛下と王妃陛下のご決断に私が異を申す訳ないだろう」


これで幕引きだと誰もが思った。


このままラストダンスが始まり、歓迎会が終わるものだと思っていた。


それを壊したのは、アリアネスだ。


「そんなの酷いです。私は、学院から来てほしいと望まれたから離れるのは寂しかったけど養子になったのに、貴族の勝手で身分を与えたり奪ったりと好きにされるなんておかしいです」


「娘、なら平民となったなら離れて寂しかった家族の元へ帰れば良かろう。せめてもの恩情で、我、側室ベルガモーラの采配としてあと一年学院に通うことは特別に許可できるが、好きにすると良い。大体、年下のユーリシアを断罪していたのに元の生活に戻るだけで許されていることを感謝すべきだろうよ。まぁ、生家に戻らずとも囲ってくれる男性は多いようだがな。たしか、仕立て屋の三男に花屋の次男、パン屋の長男、ずいぶんと『たった一人の愛する君』が多いのだな」


「なっ、いい加減なことを言わないで。出鱈目なことを言って私を貶めて楽しいのっ!大体、彼らなんてお金も地位も無くて、生きてる価値なんて無いくせに私という美少女と夢を見られたのだから感謝して欲しいくらいだわ。平民が王妃なんて出来るくらいなんだから私でもいいでしょ。貴族に養子に行けるくらい優秀なんだから。そうよ、貴女の息子のリチャードの婚約者にしなさいよ。それくらい私にしても謝罪になんて到底足りないわよ。何もできないリカルドより大分マシでしょ。本当に王族のくせに役に立たないわね」


本性が現れたのだろう不敬という言葉では言い表せないくらいの暴言だ。


今まで愛する人だと思っていたアリアネスの暴言に魂が抜けて呆然と立ち尽くす。


「私の息子の婚約者はすでに居るのでな。それにわざわざ平民の娘を側室にしなくても問題はない。・・・だが、役立たずの王族と言われたままでは心外なのでな、王の息子のリックとの婚姻を認めよう」


「最初から回りくどい言い方しないで認めなさいよ。それで、いつ婚姻式をするのよ」


「王族の婚姻式は仕来りを大切にしなければいけないからな。半年後というところか。それまで婚姻旅行を楽しむと良い。婚姻後にゆっくりと旅行を楽しむことは難しいだろうからな。旅行は明日にでも出立できるぞ。まぁ今宵は、エスコート役を体裁を整えるためにリカルドで我慢をしておいてくれ」


「そういうことなら我慢してあげるわ。旅行だけど、船旅が良いわ。豪華な船で二人で過ごしたいから」


「無論だ。さぁ、今回の主役は一年生の学生諸君だ。時を忘れて楽しむと良い」


ベルガモーラが漸くこの茶番劇とも言えない喜劇を終焉させた。


王は再び影と化していた。


音楽隊はできるだけ華やかな曲を演奏し、料理隊は新しい料理や持ち帰りできる軽食などを用意した。


アリアネスはリカルドとダンスを踊り、ユーリシアは甘いお菓子とお茶を楽しみ、護衛のようにリチャードは付き従った。


何事もなかったかのようにパーティは終わり、嵐の前の静けさのような余韻を残して朝を迎える。


※※※


「なかなか良い船じゃない。まぁ思ってたのより小さいけど」


「すぐに用意出来て、どの国の港にも立ち寄れる大きさはこれくらいなのでな」


「じゃぁ仕方ないわね。それで私の婚約者はどこにいるの?」


「すでに船で待っている。童心に帰って隠れ鬼でもしているかも知れないな。船が大層お気に入りだったからな」


「そう、じゃぁ行くわ。帰ってきたら婚姻式できるようにしておきなさいよ」


アリアネスは何の疑問も持つことなく、ベルガモーラに見送られた。


港にベルガモーラだけしか姿がなく、船には黒い船服を着た乗組員が無言で仕事をしていた。


王族と婚約者が見送られる旅行のはずが、まるで初めから船など出発していないように辺りは静まり返っている。


※※※


「さてと、リックはどこにいるのよ。それに侍女もいないじゃない」


「アリア」


「何であんたが居るのよ。私とリチャードの婚姻旅行なんだから部外者は出ていきなさいよ」


船で待っていたのは元第一王子のリカルドだ。


アリアネスは第二王子のリチャードで、次期王のリチャードとの旅行のために船に乗った。


平民へと格下げされたリカルドを待っていた訳ではなかった。


「あの時、アリアと王の息子リックとの婚姻が認められて、それをアリアが了承した」


「えぇしたわ」


「王の息子リックとは俺のことで、リチャードのことじゃないんだ」


「何言ってんのよ。リチャードの愛称はリックでしょ。母親が言ってたんだから間違いないじゃない」


話は終わったとばかりにアリアネスはリカルドを押しのけた。


船に居ると信じているリチャードを探すために。


「リチャードの愛称はリックじゃない」


「はぁ?何言ってんの。ばかじゃない?そんなんだから弟に負けんのよ。いい加減にして、私忙しいの」


「愛称は、ディーなんだ。ディックからさらに縮めた愛称で、王族内ではきちんと使い訳られている。リカルドもリチャードも綴りは一緒で、だから区別するために愛称で分かるようにしていたんだ」


「だから何よ。側室が言ってたリックはリカルドのことで、私はリカルドと結婚しないといけないってこと?ふざけないでよ。早く船を港に戻しなさい」


「戻せないよ。船員は船が出航したと同時に降りてるし、船底には穴が開いてるからあと数時間で沈没するから」


信じられない事実を突きつけられてアリアネスは暴れた。


それを穏やかに微笑みながらリカルドは抑えつける。


※※※


「リチャード、そろそろ船は目的地についただろうか?」


「そうですね、まったくユーリシアに無実の罪を被せなければ、離宮で愛する人と一緒になれたのに」


「まったく厄介なのに惚れられてしまったものだ。かわいそうなユーリシア」


「相思相愛ですので、安心してください。母上」


「まぁ、ユーリシアを守ったことだけは評価してやろう、ディー」


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