婚約破棄どうでもいいんですが何か
とある学院長室でその密談は進められた。
「・・・それで、どのようなご用件で?」
「大変お恥ずかしいことなのですが、シュトリア学園の生徒のことでお知恵を拝借したく参った次第で」
「ほう、生徒のことで」
「はい、本当にほとほと困っておりまして、何卒、お力をお貸しくださいませ」
「助言する分にはお断りする理由がありませんが、どういった生徒か分からないと助言のしようが無いというものですよ」
ハンカチで汗をずっと拭いていたシュトリア学園長は、目を丸くして驚いた。
「話しておりませんでしたか?」
「えぇ、それと小物じみた演技と敬語似合ってませんよ」
「そこは無視しろよ。俺なりの敬意だよ、敬意」
「貴方から敬意などという高尚な言葉を聞くことが出来るとは思いませんでしたよ」
「だろ?俺だってやる時はやるんだよ」
ソファーにもたれ掛かって吸っていなかった煙草を吸いだす。
「褒めてませんよ。それと灰、落とさないでくださいね」
「一々、小言が多いんだよ。それより力貸せ」
「それで、どんな生徒なんです?」
「ある意味、貴族より貴族らしい生徒だ。自分が一番で、自分以外の人間は尽くせというような考え方だ」
灰皿に煙草を置いて、出された珈琲を飲む。
相談をしているようには到底、見えないほどの寛ぎ方だ。
「そういった考え方の人は少なくないですが、実害があるということですね」
「あぁ、学力は平均以下なんだが、父親は娘が勉強できないようにしていると思い込んでいる。そんなもん無視したら良いんだけどな。寄付額も半端ないし、国内上位十位には入るほどの豪商だからな。そっちでも面倒なんだよ」
「平民の中での影響力が大きいということですね」
「あぁ、てか、俺が話さなくても全部知ってる気がするのは俺だけか?」
「気のせいでしょ。流石に、他校の詳細は分かりませんよ」
「続けるとだな。別に卒業して金持ちに嫁ぐなり家の穀潰しになろうが好きにしてくれなんだけどな。王族批判を学園でされるのは無視できない」
短くなった煙草の代わりに新しいものに火を付けて燻らす。
空になったカップに珈琲のおかわりを注ぐ。
「思想として持っている分には黙認するが、口に出してしまえば、それは処罰の対象になる」
「子供の戯言として受け流せば良いかもしれないが、何度も繰り返され、自分が王族になれば平民と貴族の身分差を無くすことができる。それができないまま続いている無能な王族は滅びるべきだ。要約すれば、そんな内容を言っているらしい」
「戯言とするには過激ですね」
「それでだ。どっかの貴族の養子にしてお前んとこの学院で引き取ってくれないか?」
「それが目的でしたね」
「ばれたか。それに我が儘に振り回されて学園が一触即発状態なんだよ。無茶な要望してくるし、それが通らないと寄付額減らすし、寄付が無いのは痛手でも何でもないけど、突っぱねたら外聞が悪いし、物の値段を上げて流通できなくするし、対応しきれないんだよな」
「法外に値段を上げたら王城に報告が上がり、許可証の剥奪があると思いますが?」
「実際にその金額で取引されたことは無いからな。あくまで書面にする前の口頭取引でのことだからな。そこらへんは小悪党なんだよな」
周りが娘を可愛がるのは当然と考えている父親は、どんな願いも金と権力で押し通してしまう。
証拠が残らないように立ち回る小悪党で、処罰しようにも決め手にかけて動けない。
「そんなこんなで、他の生徒から特別扱いしても良いから、どうにかしてくれって陳情が殺到してるわけよ」
「そんなことで我が儘が叶えられてしまうのは問題ですが、周りの生徒からすれば生活がかかっていますからね。特別扱いしておけば平穏な学園生活が待っているのですから陳情が殺到するわけも分かります」
「学園としては全ての生徒を平等にがモットーなんだがな。退学させようにも権力を使われると、他の生徒に影響が出過ぎるからな。そこまでになれば処罰できるだろうけどな。それまでに生活が立ち行かなくなる生徒が多すぎる」
処罰されるころには、一家離散という家も少なくない数で出てくる。
そうなれば、処罰されたところで、その原因に学園が関わっているとなれば、醜聞となり、学園運営にも影響が出る。
いくら理不尽な要求だったとしても矛先は必ず向かってくる。
「今までの話で、父親と生徒は出てきましたが、母親はどうしました?」
「この母親も問題なんだよな」
「理不尽な要求をしてくるのですか?」
「いや、全くの逆だ。何も言わない。要求もしないが、旦那と娘の所業を咎めもしない。旦那が稼いだ金を使って美貌を磨き、同じ豪商の奥様方とのお茶会を楽しむか、お得意様の婦人方とのお茶会を楽しむか、はたまたお茶会を楽しむか」
「つまりは、お茶会だけが大切ということですか」
「そういうことだ。お茶会に行けば、珍しいものを取り扱う豪商の妻として、ちやほやしてもらえるからな。元々は、金のある男を引っ掛けて豪遊三昧していたけど、結婚の年齢になって選んだのが、今の旦那だ。だから娘が何してようが関係ないんだよ。重要なのは好きに使える金だけだからな」
今では無関心の母親だが、完全に娘の存在を無視しているわけではない、十歳になるかならないかくらいまでは母親として接してもいた。
その接し方が間違っていたから今のような事態を引き起こしているが、そこには気づいていない。
母親は平民でありながら美しく、告白してくる男が絶えたことは無かった。
そんな幼少期を過ごしていくうちに、男は自分に貢いで輝かせる存在だというように認識した。
貢いでくれるのは自分が美しいからだ、美しくあれば貢いでくれるが、美しくなければ貢いでくれない。
美しければ永遠に貢いでくれる、美しさを保つのは金がいる、なら、金持ちと結婚をしよう、そうしよう。
そんな考えで、豪商で婚約者のいない男を選んだ。
豪商の男は美男子では無かった。
金があっても婚約者が決まらなかった。
そんな時に現れたのは、町中の男が手に入れたいと思う美女だ。
周りは騙されている、金目当てだと言った、それでも豪商の男は構わなかった。
我が儘を叶えるだけの金を持っていた、美しい女が身に着けた装飾品は品切れになるほどに売れた。
妻となった女が美しさを保つためなら金を湯水の如く使うのに躊躇いを持たなかった。
女は娘に、教えた、美しさを保てば女は何時でも愛される。
娘は間違えた。
美しさがあれば全て許されると、間違えた。
「しかしですね、そこまで問題な生徒を学院として受け入れるのは良識ある大人としてはできませんよ。愚痴ならいくらでも受け入れますが」
「だよな、どうしたものか」
「邪魔をするぞ」
学院長室の扉がノックも無しに開かれ、ベルガモーラが入ってきた。
「ベルガモーラ妃、本日はお日柄も良く」
「堅苦しい挨拶はよせ、それより来客か?何やら込み入った話のようなら出直すが?」
「そのお手間には及びません、わたくしが退席いたしますので、ベルガモーラ妃におかれましては、ますますお美しさに磨きがかかれたことと・・・」
「堅苦しい挨拶はよせ、それに、その学園章はシュトレア学園のものであろう。他校の学園長が何故ここに来た?つまびらかに話せ」
「それでは、お耳汚しとなりますことをお詫びいたしまして、実は・・・」
途中、回りくどい表現を嫌ったベルガモーラが雷を落としたほかは順調に最後まで説明が終わった。
「・・・・・ふむ、内容は理解した。だが、そんな生徒を貴族しかいない当学院に招くわけにはいかない。しかし、そのような状況を無視するのも寝覚めが悪い。・・・・・これは、個人的なこと故に、独り言なんだが、私の学院時代の旧友が嫁いだ先の男爵家が何やらこそこそと動いているんだ。先代と先代夫人がご存命のころは何も無かったのだが、相次いで無くなってから我が国のものではない紋章を付けた軍人らしき者との密会が多くなったとのことだ。このように疑わしいことをするなど何とも嘆かわしい。旧友は何としても我が国に不利益なことが起きる前に止めたいと手紙には書いてあったが、男爵夫人ができることなど知れている。疑わしいだけでは国王に進言することもできない。心を痛めて体を壊さなければ良いのだが・・・・・なんだか喉が渇いた」
「新しいお茶を用意しましょう。喉に良いという花が入っているのを先日いただきましたので」
「そうか、それは楽しみだ。それと私の要件だが、第一王子のリカルドのことだ」
ベルガモーラが乱入してから暫く経つが未だにベルガモーラの話には辿り着いていなかった。
自分たちの話をして満足していたが、本来ならベルガモーラの話を優先すべきだったということに今気づいた二人は背筋を正した。
「勘違いが治らなくてな。あれはもう思い込みと言わずに一種の病だと思うようになった。自分が次期王だということを未だに思っている。それでな、このまま卒業して、次期王だと宣言されると、盆暗王を御輿に乗せて裏から政を牛耳りたい鈍ら貴族どもが調子に乗ってしまうのでな。どうにかしたいのだ。知恵を貸せ」
「ベルガモーラ妃、我々しか居ないと言いましても、盆暗王と鈍ら貴族は、お言葉をお選びいただいた方が良いかと」
「盆暗を盆暗、鈍らを鈍らと正しく言って何が悪い。これでも言葉を選んだ結果だ。盆暗と鈍らでは言い足りないくらいだ」
「失礼いたしました」
「私も言葉を選びたいのは同じだ。気にするな。それよりもだ。リカルドを王族より追放する知恵を貸せ」
少し冷めたお茶を一気に飲み干したベルガモーラは物騒なことを言葉を選ぶことなく言い放った。
王の側室という立場が無ければ、即座に首を刎ねられているし、立場が無くても許される発言ではない。
「ベルガモーラ妃、あまりにも物騒なお言葉のような気がしますが?」
「安心しろ、罪には問わんし、実行するのは私だ。リカルドから王族という立場を剥がせれば生死は問わん」
「ますます物騒になっておりますが?」
「そうか?説明というのは難しいな。姪のエネミーは、リカルドを王族から追放する知恵を貸せと言えば、即座に返答をしたぞ」
学院長は冷静になるために熱いお茶を準備し、カップに注いでいく。
黙って話を聞いていた学園長は、灰皿を抱えて煙草を吸い続ける。
「ちなみに、何と申されたのでしょうか?」
「王族としての資質を問えば良いのなら、婚約破棄を公式の場で宣言させれば良いのでは?と言っておった」
「リカルド様は婚約されていなかったと記憶しておりますが?」
「エネミー曰く、学院では自分の婚約者であるようにユーリシアを扱っているとのことだ。訂正していないから思い込んだままだ。我が姪でありながら何か先のことが見えているようにしか思えないが、女特有の勘が優れているのだろう」
エネミーは転生者としての記憶で手っ取り早く婚約破棄ということを思ったのか、面倒だったから適当に返事をしたのかは不明だ。
ベルガモーラは姪であるエネミーが自分と似た思考を持っていることを気に入っており、何かにつけて助言させている。
「なぁ、ベル」
「おいっ」
「構わん、学院で共に学んだ悪友であろう。今更、呼び方程度で咎めたりなどせん」
「一石三鳥くらいの案を思いついたんだけど、どうだ?」
「年を取っても悪知恵が働くものだな。話してみろ。知恵を貸せと言ったのは私だ。それが悪知恵だろうが、ただの知恵だろうが問題ない」
「まず、俺んとこの問題児を貴族の養子に出すだろ?そんで、その養子先が、やんごとなき姫様の心痛の元となっている男爵家にするだろ?平民から貴族の養子になるほどのご令嬢がたまたま第一王子と懇意になる。ご令嬢と第一王子は懇ろな関係になりたくて、邪魔な婚約者に婚約破棄を申し渡す。それが王族の資質を疑いたくなるような理由とやり方で!そうすれば、第一王子は王族の資質無しの烙印を押されて追放、男爵令嬢となった元平民は居もしない婚約者に嫌がらせをされたと虚偽の報告をして処刑、そんな礼儀もなっていない娘を養女にして学院に編入させたとして身分剥奪、どうよ華麗なる計画は?」
「ふむ、リカルドと問題児は追放できそうだが、男爵家の追及は甘い気がするぞ。行儀がなっていない子供を学院に入れる貴族は度々居るぞ。今回だけ処罰するのは難しい」
この三人は学院時代、常に一緒に居て、いろいろな騒動を起こしては先生に叱られるというのを繰り返していた。
「なら、男爵家が隣国の間者になっていることを理由に秘密裏に処罰するのはどうです?公にすれば、隣国としては外聞が悪いので知らぬ存ぜぬを決め込むでしょう。それに我が国としても国益のために処罰したとすれば、角も立たない。それに養子にした子どもを第一王子に近づいていることを窘めもしなかったということは、第一王子から国の情報、主に軍事状況などを聞き出すためだと判断してのこと。まぁ監視を付けて平民にするかどうかは考えなければいけませんが」
「理由としては申し分ないな。だが、男爵家に問題児を斡旋するのは難しいな。貴族は総じて動かせないしな」
「その男爵家の名前は何て言うんだ?」
「コーライド男爵家だ。国境近くにあり豪商などが良く利用する」
「なら簡単だろ。豪商と男爵家にだけ噂を流せば良い。豪商には男爵家が優秀な子どもを養子に迎えたいということを、男爵家には、豪商の娘が学院の特待生になれるほどの優秀な頭脳を持っているが平民のため学園に通っているということを、それぞれ流しておけば、豪商から男爵家に打診があるさ。娘を養子にして欲しいと、な」
自身満々に話し、お茶を一気飲みする。
「だが、上手く行くだろうか?噂にどちらも乗らなかったらどうする?噂の出所を探られれば問題だぞ」
「その点は問題ない。貴婦人の嗜みに載せるから」
貴婦人の嗜み。
噂ばかりを集めた新聞で、貴族階級に応じて内容が変えられている。
あくまで噂であるから内容を楽しむだけだが、中には本当の話も混ざっている。
「出所不明の噂ばかりを集めた新聞か」
「上級貴族は読まないけどな。下級貴族ほど読みたがる。それに国内情報を売ってでも金が欲しい貴族なら金のある庶民と手を組みたいだろうよ」
「そういうものか?」
「そういうものですか?」
「金持ちめ。噂の中にある本当のことを利用して上に上がれるかもしれないだろ。そのためには情報が必要なんだよ」
「その新聞を利用するのは構わないが、新聞屋にどうやって伝えるのだ?」
「そこもちゃんと考えてあるさ。週に一回、噂の収集箱が設置される。そこに豪商と男爵家の噂を入れる。これであとは待つだけだ」
不確定要素しか無いが、表立って動けないため可能性のある手段しか使えない。
「とりあえずは頼んだぞ。別にリカルドが王になることに不満は無いが、階級主義では国は成り立たないからな」
「「御意に、ベルガモーラ妃」」
嵐のようにやって来たベルガモーラが帰ると、二人はため息を吐いた。
「学院時代から型破りだったが、まさか義理の息子を追放するとは思わなかったな」
「それだけ王家の裏側を知っているということでしょう」
「それにしても、最後の男爵家への処罰、よく考えついたな」
「それを言うなら貴方も、でしょう。それはそうと、失敗できませんよ」
「失敗なぁ・・・何か上手くいく気がするんだけど」
素性がばれないように新聞屋に情報を流し、待つのだが、これが絵に描いたように上手くいった。
コーライド男爵当主は秘密裏に豪商に連絡を取った。
そこで交わされた密約は、以下のようなものだった。
〈貴殿の優秀な子女を我が男爵家に迎え入れたい。ついては優秀な学び舎で更なる高みへと上って欲しい。アンブルディア学院への編入の手筈を整えようと思う〉
短いが手紙でやり取りをしていた。
〈我が娘が貴族の皆様と肩を並べるほどに優秀であると、平等に評価していただき感謝の言葉もありません。妻と娘も有り難く話を受ける所存〉
重要な話を手紙でしていたことも互いに捨てずに残していたことも悪事に慣れていない。
それぞれの使用人に手紙の在処を探してもらい王家が証拠を握る。
〈現王、第一王子ともに国を傾けるおそれあり、隣国につながりを持ちたし〉
コーライド男爵の謀反の証拠となる。
その隣国との手紙の運搬を豪商が請け負う。
検閲を通ることなく手紙は隣国に送られる。
「・・・ついに明日、娘が編入してくるけどさ」
「どうした?」
「まさか娘に第一王子の寵愛を受けろなんて指示する父親がいるか?」
「義父の方もな」
「第一王子の寵愛を受けた娘の父親たちがまさか隣国と繋がっているなどと疑わないことを狙ってのことでしょう」
アンブルディア学院理事長室では、悪たくみの相談が進められていた。
「しかし悪事を働く頭脳も無いのにご苦労なことだ」
「上にのし上がる頭脳が無いから悪事を働くんじゃないか?」
「ふむ、なかなか興味深い意見だ。参考にしよう。それで、首尾は?」
「問題ないぜ。家令と秘書にそれぞれ主人の謀反の疑いを王家が持っているという噂を流しておいたからな。それと、証拠を王家に差し出した者は王家が次の職を斡旋するらしいという噂も併せておいた」
「なかなか上出来じゃないか。それにしても手の平で踊ってくれるとはな。さて明日からはエネミーに任せるとしよう」
「エネミー嬢が?」
「うむ、何でも一か月後の歓迎パーティで婚約破棄をさせるらしい」
「そんなに早く?もう少し準備した方が」
「私もそう言ったのだがな。歓迎パーティなら国内来賓だけだから誤魔化せる。社交パーティや卒業パーティで宣言されると面倒だと言っていたのでな。それも一理あると思って任せることにした」
編入という形で入学にしなかったのは、門の前のイベントが入学では起きないからだ。
あくまでも編入でなければならない。
エネミーからベルガモーラへ助言があったことも大きい。
「エネミー嬢、かつてのベルガモーラのようになっていますね」
「そうか?まだ初陣に出ていない。兄が私に預けてくれないのでな」
「戦慄の戦女神に預けたら半年もしない間に戦乙女という二つ名くらいはつきそうですからね」
「なら剣の腕を上げて欲しいのだがな。振り下ろすこともできない軟弱な兄であるから私に剣を持たすはめになったというのに」
「話がずれましたね。とりあえずは様子見ですね」
ベルガモーラの目的はあくまで、第一王子の追放であり、婚約破棄の舞台は手段でしかない。
シュトレア学園理事長の目的はあくまで、問題児の退学であり、貴族への養子縁組は手段でしかない。
アンブルディア学院理事長の目的はあくまで、学院の平穏であり、学院を荒れさせるのは手段でしかない。
それぞれが持つ目的のために、それぞれの目的を利用しているに過ぎない。
最後に笑うのはきっと彼らだろう。
「しかし王子様は気づかないのかね。婚約なんて大人な契約を子どもの一言で無かったことにできるはずないってことを」
「分からぬから王族として残せぬのだよ。今なら成人していないから親権を持つ者の采配が優先されるが、成人してしまえば発言に権力が生じてしまう。王になれないことに不満を声に出されると王家の威信に関わる。子どもの癇癪と受け流せる内に王家と切り離すのが最善。王家は公を優先せねばならぬ。だからこそ与えられた権力なのだからな」
ベルガモーラは側室であり、大公家長女であり、王家を守る騎士であった。
害があると判断すれば、切り捨てる。
王が下さなければならない処罰であっても王は責任だけは逃れようとする。
それを諫めるのが王妃だが、それも限界がある。
早いうちに息子のリチャードに王位を譲り、隠居して欲しいと思っている。
そのために側室となり、影となり、動いている。
学院に編入した問題児は順調に第一王子と愛を育み、婚約破棄を行うべく歓迎パーティで宣言しようと準備をする。
「それで、明日、歓迎パーティで婚約破棄が行われるとのことだがな。いろいろ聞きたいことがある」
「何だ?」
「俺に、小ぶりだが見た目しっかり中ボロボロ、エンブレムは隣国のものを使用した船を用意しろって。何に使うつもりだ?」
「それだがな、ディーからの願いでな。偽りとはいえ婚約破棄という醜聞にしかならないことにユーリシアを巻き込むのだから平民追放程度では温い。沈めろと言って来てな」
「こえぇぇ」
「とにかく適当な理由をつけて沈めろとうるさくてな。沈めることにした」
「まぁ永久平民でも問題を起こしそうですからね」
学院で過ごしている一か月の間の身辺調査は恙なく行われている。
問題しかないと言える行動で、王家追放も爵位はく奪も苦労することなくできそうだった。
「でもそれで船を用意した理由は?」
「ディーがな、場を治めるために一旦、永久平民にすることを宣言したあと、結婚は認めると言って婚姻旅行を用意しろ。船ごと沈めろ。エンブレムが隣国のものなら男爵家のつながりで亡命するつもりだったとか何とか言って誤魔化せ。とまあ、言ってくるので作ってもらった。隣国も元とはいえ王族を亡命させようなどという疑いはかけられたくないからな。当人たちが勝手に亡命しようとしたと言ってくるからそういう幕引きにしろということらしい」
「理に叶っていますが、私情が加味されすぎているようですね」
「ユーリシアが可愛いのは分かる。やりすぎだと思う面もある。だが、私情を入れたのは私も同じだ」
「王族としての責務を忘れた王子と貴族としての責務を持たなかった娘を断罪するだけで船を用意するのは職権乱用だな」
「それでも永久平民として大人しく寿命を全うしてくれそうもない。幽閉するのも税金が勿体ない。なら廃船を見た目だけ綺麗にして沈める方が安くつく」
「私の学院を荒らしてくれたのですから相応の罰は受けてもらわないと割に合わないですよ」
「安心しろ。船は二人の夫婦を乗せて目的地に着く」
すべて自分たちで決めた婚約破棄と思っている舞台が大人たちに用意された舞台だったと気づくのはいつのことか。
※※※
「・・・エネミー」
「何でしょうか、叔母様」
「第一王子と男爵の娘、いや、元第一王子と元男爵の娘の二人が乗った船が嵐に巻き込まれたことを学院の者が知っているのだが、何をした」
「わたくしは、誰の逆鱗に触れたのかしら?と申し上げただけですわ」
「・・・エネミー」
「わたくしは王族に連なる血を持つ者として、貴族として、この侮辱は忘れませんわと皆様に申しました。だから目に余る行動のアリアネスに対して誰も動かなかったのですわ。わたくしが、わたくしに連なる王族の方が決して許しはしないことを皆様知っていますもの」
「では、本日の稽古は倍にしよう」
「叔母様、望むところですわ。それと社交界に少しは顔を出してくださいませ。叔母様が貴族どもを御さないから、わたくしが御さなくてならないのですよ。おかけで、旋律の毒薔薇と呼ばれてしまうことになりました」
「旋律の毒薔薇とはなかなか秀逸な二つ名だ」
「笑いごとではありませんわ。歌を唄うように毒を吐くという理由からですのよ。嬉しくない二つ名ですわ」
「だが、毒薔薇のおかげでユーリシアに文句をつける者がいなくなった。目的が叶って良かったではないか」
「・・・ご存じでしたのね」
「あぁ、ユーリシアを守るために第一王子の追放から男爵家娘の処罰。すべてに手を貸したのであろう」
「そうですわ。可愛い妹分ですし、ユーリシアが王妃となれば、わたくしは大公家女当主のまま好きな人を娶ることができますもの。自分のためですわ」
「相手が男性の場合は娶るとは言わぬが、細かいことは捨て置こう」




