お別れ
一地方都市の駅前にありがちなロータリーを横目に見ながら
オレたちは構内に入る。加瀬恭子が帰る時間だ。
買い物を済ませ、食事を取り、2時半ごろから
ため息が増えて、彼女の態度が悪くなる。
オレも当然離れるのはイヤだし、このまま連れて帰りたいくらいだ。
でも、そんな事を言えば彼女は本当にオレの部屋に住んでしまうだろう。
さすがにそれはできない。彼女の人生を狂わせることになる。
列車の発車時刻まであと20分ほどだ。
オレたちはガラスの扉をあけて待合室に入る。
1番入口から遠い席に2人寄り添う。
他の乗車客は5人ほどしかいない。
オレは心の中で思った。
周りに誰も居なければ、抱きしめてキスしたのにな。
オレの手を握ってうつむく横顔が愛しい。
オレはなんとかこの雰囲気を明るく持って行こうと
次回会う時の相談を持ち掛けるのだが
彼女は、帰りたくないの繰り返しだった。
何度も時計を眺める。
1分、2分、時計を見るのは、2人の時間が削られていく確認だ。
10分切った。
加瀬恭子はオレの手を握るのを止め、急にうつむいた。
「嫌よ、やっぱり帰るのはイヤ・・・」
本当は叫びたかったのだろう、絞り出すような声だった。
メガネを外し、ハンカチで目を覆う。
嗚咽が止まらない。オレはどうすることもできず
ただ寄り添っているだけだった。
あまり泣いたら目が腫れないかな・・・
そんな心配をしつつ、黙って残り時間を確かめる。
短い時間だった。ほんの1~2分の涙だった。
「そうよね!時間よね!」
自分に言い聞かすように加瀬恭子は顔を上げた。
涙を拭いてコンパクトで顔を確認する。
『また戻って来てくれるだろう?』
「うん、絶対帰ってきます!」
彼女は顔を確認して、鞄を確認した。
お別れだ。
オレは彼女の手を握った。
「あ~ また泣くからダメ。触れたら」
オレは急に涙声になったのに驚き慌てて手を離す。
「もう大丈夫、また戻ってくるからね!」
『そうさ、明日から次回のデートの相談だぞ!』
「ですよねえ!」
加瀬恭子は小さな紙袋を大事そうに抱え立ち上がる。
オレは待合室のドアを開いた。
腕を組まず、手を繋がず、離れず歩く。
改札前、オレを見つめて言う。
「じゃあ、ここで!」
『ああ、帰ったらメールしろよ!』
「ええ!あ。」
『ん?』
「あの・・・」
『どうした?』
「あの・・・最後、名前呼んで・・・」
オレは恥ずかしかったが、言った。
『恭子、愛してるよ。君に支えられて、オレがんばれるよ!』
「うん!私も!愛してます!」
じゃあ。毅然とした態度で歩く後ろ姿。
その長身が見えなくなるまで、彼女は2度振り向いた。
2度目の顔はまた泣いていた。
オレは、いつも通りの50のオヤジに戻った。
平日の夕方、電車に乗るオレは少し早い帰宅のサラリーマン。
加瀬恭子と別れて30分ほどでマンションに着く。
302のオレの部屋。締め切った部屋の換気に窓を開けた。
加瀬恭子が家に着くのは6時ごろかな?
夕飯どうするんだろう?
オレは自分のことを棚にあげて、独り暮らしの彼女を思った。




