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愛しい人

駅構内をめざす。

結局、夫婦の別れ際は


「気を付けてね」


『ああ』


だけで終わった。まあ想像どおりだった。

オレは改札を通り抜けて、一応振り向いた。

だが、妻の後ろ姿は小さくなっていた。

ここまでとはねえ。思わず笑ってしまう。 


特急を待つ間、オレは加瀬恭子のメールを何度も読み返した。



----------------------------------------------------------

部長。

どうか気を付けてくださいね。

環境も変わり、独りぼっちでの戦いになると思います。

新規開拓はもちろんのこと、事業所の社員さんも気がかりです。

みんなが部長のマイナスにならないよう祈ります。


日常生活も大変だと思います。

できれば私が傍でなにかお手伝いがしたいのですが。

部長のご迷惑がかかってもいけません。

心の中で部長を思います。


でもメールはします。かならず一言でいいので連絡くださいね。

おやすみでもおはようでもかまいません。


こんな私が部長の心の支えになれるなんて幸せです。

またお邪魔にならなかったら、休日にでも駆けつけたいです。

忙しくても私のこと忘れないでくださいね。


ではまたメールお待ちしています。

                       恭子

-------------------------------------------------------------


最後の名前が恭子で終わっているメール。

何度読み返しただろう。


あの夜が蘇る。


あの川べりで長い長いキスを何度もした。

寂しさに耐えきれない2人の思いが重なり合った。

最後まで行かなかったにしろ、オレは加瀬恭子を抱いたも同然だった。


向こうへ着いたら最初の休みに彼女を呼ぼう。

幸い○○県にもオレが使ってるホテルがある。

ゆっくり過ごしたい。オレを愛してくれる女と。


そんな夢を抱きながらオレは20年近く暮らした街を出た。

それは妻との別離であり、オレの不満だらけの生活との別離だった。


さらば、愛しいひとよ だっけ?

読んだことはないがそんな小説があったっけ?

たしか、探偵ものだったな。


なぜかオレはその言葉をつぶやいた。


さらば愛しいひと


待っていてくれ。

落ち着いたら必ず君を呼ぶから。


オレの異動は彼女のおかげで夢と希望に満ちたものになった。



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