駅
壮行会のあと、程なくしてオレは異動した。
個人的に大事な人とはお別れも済ました。
もう思い残すことはない。
新天地でがんばろう。
オレはキャリーを閉めて部屋を出た。
「もう用意はいいの?」
『ああ、できた。そろそろ行くわ』
妻は黙って玄関に向かった。
車でオレを駅まで送るのだ。
タクシーはもったいないし、と言うセリフ。
別にお前に送ってもらいたくないなぁ。
車に乗り込む。
2台あった1台は処分した。
もちろん、妻の車を残した。
向こうでおんぼろでいいから1台買おうかな?
そんな事を思いつつ、街並みを眺める。
「ねえ、向こうで病気とかにならないように。
ちゃんと体管理してよね」
『ああ、わかってるよ。ケガとか入院はしないさ。
金がかからないようにサッと死ぬから安心しな』
「自殺はダメよ、保険降りないから」
『フッ。 わかってるさ。お前は偉いな。ちゃんと調べて』
「イヤミでお別れね、あなたらしいわ」
『明日からもう会わなくていいんだし喜んでくれよ』
「私なにもそんな事言ってないわよ」
『亭主元気で留守がいいって言うだろ、みんなそうさ』
トゲの無い会話がしたいものだ。
そう思いつつ加瀬恭子が浮かぶ。
「もう1回、抱き寄せてもらっていいですか?」
はにかむ顔が愛しい。
オレにしがみつく力の強さに愛を感じた。
離したくなかった。
「ねえ!」
『なんだよ?』
「時間は38分発だったよね?って聞いてんのよ」
『ああ、そうだよ、少し早くてもいいさ』
「なに街並み見てんのよ?2度と帰れないみたいに」
『帰れないよ、当分は』
「あら?そうなんだ」
『金さえ入ってくれば、いいんだろ?』
「そんな事ないわよ、全然帰らないみたいに言うから」
オレは返事をしなかった。
妻はオレの単身赴任になんの悲しみも無い事くらいわかっている。
奴の心配は金だけなのだ。
駅に着いた。駐車場に車を止めることなく乗り降り場に止めた。
トランクを開け、キャリーを降ろす。大きな荷物は先に送ってある。
『じゃあ、元気でな』
「ねえ、帰る時、連絡してよね?」
『帰らないよ』
「なんで?休みとかどうすんのよ?」
『オレが家に帰って、何して過ごす?』
「・・・・」
『オレは家で必要とされていない。それくらいわかってるさ』
「私、そんなこと言ったことあるっ?」
キレる顔を見て思う。般若のモデルはこいつの顔だな・・・
『当分会わないから言ってやるよ』
『若い頃はオレを大事にしてくれてたな』
『今はちゃんと食い扶持が入るか?が大事なのさ。
オレの存在が大事ではなく、大事なのは金だ』
『オレの存在を大事と思ってくれている赴任先に出向くのさ。
結果が出るまで戻る気はないよ。元気でな』
「・・・・・なによそれ」
駅に着いた。
お別れだな。
やっと。




