背伸び
人気のないオフィス街を歩く。
静かなので、靴音と会話がやけに響く。
たまに通る車のライトが2人を照らす。
ここ、歩いて行けばどこに出たっけな?
車で通ったことはあったが、歩いたことは無かった。
しばらく行くと川沿いに出た。
ああ、橋を渡るにはけっこう歩かないといけない。
『行く所なくなったなあ。どうしよう?戻る?』
「おまかせしますよ」
誘いたいなあ、今夜このまま。
でもどうしても勇気が出ない。
川の流れを見ながらまた迷ってしまう。
短い時間の沈黙だが、気まずい雰囲気になる。
彼女にしても、このあとの展開をオレに任せてるはずだ。
オレは、素直に迷ってると白状することにした。
もし、これでフラれたら異動するんだし、いい。
不倫のスタートはまだ切ってない2人だ。
『ねえ、本音で言うとさ・・・』
川べりのフェンスに寄りかかりながら言った。
『オレ、これだけ君と居て、まだ揺れてるんだよ』
『正直、君を誘いたい。でもそれは所詮不倫。同じ事ばかり思う』
加瀬恭子は返事をせず、黙って静かな川の流れを見ている。
そりゃあ、こんな男の身勝手な葛藤に返事なんかないよな。
やっぱり踏み込めない、帰ろうかと思った。
『うっとおしいだろう。これだけ優柔不断だと
オレはやっぱりダメだなあ・・・』
「私ね。この前、婚活に行ったんですよ」
『え!ほんとか?いつ?』
彼女はオレの驚きを無視して話をつづけた。
「TVでお見合いのイベント番組を見たことありますか?
大体ああいう感じなんですけどね」
「お見合いルーレットっていう感じで、私たち女性は座ったままで、
男性が入れ替わり来るのがあるんですけどね」
「お互いのプロフィール見ながら挨拶して。1人3分ほどの会話するんです」
「ほとんど男が私のプロフ見て、開口1番、背が高いですねぇ~ ですよ」
彼女はもう辟易した。という感じで変顔をした。
「もういいから って感じです。悲しくてね、ここでもダメなんだって」
『まあ、小さな男からすれば素直な感想かもな』
「でもね、聞いてください、がんばったんですよ!
話に乗っかろうと、楽しそうなフリもしたし」
『うん、せめて友達でもできたらいいんだけどな』
「フリータイムで、多くの男性と話してるでしょ?質問したりされたりで」
『うん』
「でも話してるうちに、私、心の中で何度もツッコミ入れてたんです」
『どんな?』
彼女はフェンスにもたれながら言った。
「そんな事、部長は言わない」
「うちの部長ならそんな事はしない」
わざと顔を斜めに上げ、フンっ という感じでおどけて言う。
その顔はゆがんでいた。
『加瀬くん・・・』
オレは言葉に詰まった。
「いくら探しても部長は居なかったんです」
オレはその涙声を聞いて心のタガが外れた。
何も言わずに彼女を手取り引き寄せた。
応えるようにオレにしっかりとしがみつく。
さほどオレと背が変わらないのに華奢で女らしい身体。
こんな大きな女を抱きしめたのは始めてだった。
『こんなじじいに、バカだなぁ』
この夜、加瀬恭子は生まれて初めて
背伸びをしてキスをした。




