第9章 石碑の誓いと心核の問い
名なき宙庭の奥、淡く光る小道を進むルキアたち。
歩むにつれ、空の表情が静かに変わる。無数の星々が音もなく流れ、樹木は確かな呼吸で一行を見守っていた。
やがて、霧の中に白く聳えるひとつの石碑があらわれる。朽ちかけたその表面には、幾重にも走る名の文字――新しい魂がここに誕生する度に、静かに刻み増されてきたものだ。
「ここが…“星の碑”。」
アーデルが声をひそめる。
碑の根元には、名を得たばかりの子どもたちがそっと寄り添い、小さな爪でそれぞれの名を書き込んでいる。そのぬくもりと歓びが、碑全体を淡く包み込んでいた。
「ルキア、君もここに“ノクス”を刻む時だ。」
トゥーレの言葉に促され、ルキアは魂の書から自身の名をひとつずつ指でなぞっていく。
心の奥底に沈んでいた不安――名が奪われる怖さ、闇の囁き――がひととき蘇る。
だが、他者にも名を贈ることで知った“光”が、確かな力として佇んでいることにも気づいていた。
「僕は…ここに、“ノクス”の名を刻む。
暗闇の中にも道を照らす光であるように。」
名を刻む瞬間、碑から静かな光が立ち上がる。
長い星霜の彼方からささやくように、碑はルキアに問いかけてきた。
――「お前の心の中心は何か」
その問いは、魂の核へとまっすぐ響いた。
ルキアの心中に浮かぶのは、かつて地球で抱えた孤独、自分を見つけてほしかった願い、そして今、誰かに名を贈り、闇と向き合った時間。
「……僕の心核は、“共に名を分かち合い、闇の中でも他者の灯りになりたい”
それが、僕の“ノクス”。」
その誓いを胸に刻むと、碑の文字が輝きを増し、一筋の光が宙庭のさらに奥底へと導く“道”となる。
アーデルとトゥーレもまた、己の名を碑へ捧げ、心の核を見つめ直していた。互いの誓いが静かに響き合い、三人の前に新しい宇宙の“扉”が現れる。
そのとき、遠くでかすかな影が動いた。
前章で退けた闇食いの残滓――だが、もう彼らは怯まない。
「さぁ行こう、“ノクス”。
次の世界で、また新たな名と出逢おう。」
トゥーレがそう微笑み、三人は光の道を歩き出す。
新しい未知、大いなる挑戦が彼らを待っている――
だが今、ルキアたちの足取りには迷いがなかった。