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雷神様の生贄にされましたが、家電を使いたい放題なので問題ありません。  作者: 星雷はやと@書籍化作業中


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22/22

最終話 婚姻宣言

 

「……っ、これは中々……」


 店長と分かれ山道を進むが、現代人にとって舗装されていない山道は壁のように感じられる。店長の説明通り二人からの守りは消え雨風に晒されているが、此処で弱音を吐くわけにはいかない。


「うっ……此処は?」

「……っ、琥珀! 目が覚めた? 宣言をする山道の途中だよ」


 腕の中で琥珀が動いた。布を捲ると、琥珀色の瞳と目が合う。一先ず、彼が目を覚ましたことに安堵する。


「この嵐の中で……危険です。戻りましょう……」

「え……何で? 此処まで来たのよ!?」


 雨風の音に搔き消されそうな、弱々しい声で彼は言葉を口にする。しかしその内容は引き返すことの提案であった。屋敷では行くことに賛同した筈だが、今更何故そのような発言をするのか分からない。


「僕は貴女に……危険なことをして欲しくない……」

「でも……そもそも消える原因の力を使うことを恐れた理由は……私に雷を落としたからでしょう? 私は出来た人間じゃないから責任を取るとか同情とか、そんな大層な理由でこんなことをしているわけじゃないわ……」


 琥珀が消える原因を作ったのは私である。だが此処の住人達はそれを知りながらも、私を責めることはしなかった。寧ろ優しく接し、守ってくれている。


「では……何故?」

「私は、ただ一緒に居たいと思っている。……琥珀、貴方に消えて欲しくない!!」


 自分が消えそうになっているというのに、未だ私の身を案じる彼に私は叫んだ。


「……っ、その言葉が聞けて良かった……逃げて……」


 私の言葉に目を見開いた後、彼は嬉しそうに笑うと琥珀色の瞳を閉じた。彼の身体が透明化し始め、存在の希薄化が進んでいるが分かる。一刻も早く山頂に辿り着く必要があるのだ。


「誰が逃げるものですか! 絶対に私が助ける!!」


 振袖の袖を腕に巻き付け、草履を脱ぎ捨てる。ぬかるむ泥水を踏みしめると、山頂を目指して歩き出した。


 〇


「つ、着いた……」


 どのくらいの時間、登ったかは分からないが山を登りきった。話しの通り山頂には石階段の上に、白い石造りの鳥居が存在している。後は三階建て程の高さがある、石階段を上るだけだ。


「もう少しだからね、琥珀」


 石階段を上りながら、そっと腕の中の琥珀を布越しに撫でる。本当ならば階段を駆け上りたいが、雨に当たり水分を含んだ着物と足袋ではそれが叶わない。もどかしい気持ちを抱えながら、足を進める。


「やったわ! これで……わっ!?」


 緩慢な動きで最上部へと足を付ける。琥珀が消える前に間に合ったのだ。その一瞬の気の緩みを突くように、突風が吹きつけ私は階段から足を踏み外した。


「……っ!!」


 こんな所で痛恨のミスである。三階建ての高さから転げ落ちて無事で居られる保証はないだろう。しかし弱っている琥珀に怪我をさせるわけにはいかない。せめて彼だけでも守ろうと、両腕で抱え込んだ。


「僕が言うのも難ですが、貴女はもっと頼った方が良いですよ」

「……っ、え? 琥珀?」


 硬い石にぶつかる衝撃に身構えていたが予想は外れ、逞しい腕を背中と膝裏に感じる。咄嗟に閉じていた瞼を上げると、琥珀色の瞳と視線が合う。先程まで消えそうになっていた琥珀が、人の姿で私を抱えていた。


「ええ、貴女の琥珀ですよ」

「なっ! それよりも身体は大丈夫? 早く宣言をしないと!」

「分かっています。大丈夫ですよ」

「……っ、如何したらいいの?」


 琥珀は爽やかな笑みを浮かべるが、言葉と表情とは裏腹に額には汗が浮かんでいる。相当な無理をして私を助けてくれたのだ。


「名前の後に、僕の妻になると宣言してください。僕が先に宣言しますね」

「分かったわ」


 そっと石階段の最上部に降ろされると、手を差し出された。きっと手を繋ぐのも宣言をする為の所作なのだろう。私は琥珀の手に左手を重ねた。


「私、雷神の琥珀は鈴木美智留を我妻として迎え入れ、一生愛して彼女を守ることを此処に宣言する!!」

「……っ、私、鈴木美智留は、雷神の琥珀の妻になり、ずっと一緒に居ることを宣言します!!」


 初めて聞く琥珀の大きな声は、威厳と優しさで溢れていた。彼の声の大きさにつられ、私も力の限り鳥居へと叫んだ。


「こ……これで良いのかな? わっ!?」


 宣言はしたが、これで琥珀が救われたのか分からない。私は彼に顔を向けようとすると、琥珀に正面から抱きしめられた。立っていられない程に、具合が悪いのかと緊張が走る。


「やっと……やっと美智留の名前を呼べた」

「え? そんなに呼びたかったの?」


 私の心配は杞憂に終わった。彼から伝わる鼓動と温もりが、琥珀の存在を肯定している。宣言が無事に行えたのだ。私の名前を呼ぶ琥珀の背中を撫でる。


「うん……呼んだら帰せそうにないから我慢していた……」

「ふふっ、これからはいくらでも呼べるわよ? 泣き虫ね?」


 彼の琥珀色の瞳からは涙が零れ落ちる。背伸びをすると、それを指先で拭う。初めて出会った時も泣いていた。


「泣き虫な僕は嫌だ?」

「そんなところもひっくるめて……愛している!!」


 庇護欲を誘うように、潤んだ瞳で私を見詰める。答えなど当に分かっているだろうに、この泣き虫な雷神は言葉にしないと不安なのだろう。私は琥珀の耳を掴むと、再び叫んだ。言っているこちらが恥ずかしくなる。


「……っ!! 美智留!! 僕も愛している!!」

「きゃ! 消えかけのだから、大人しくしていなさいよ!?」


 彼は満面の笑みで、私を抱き上げ強く抱きしめた。人生で初めて贈られた言葉に、全身が熱くなる。それを隠すように文句を口にするが、彼が無事で本当に良かった。


「これから宜しく、僕の奥様」

「ええ、宜しく。私の旦那様」


 何時の間にか天候は回復し、青空が広がる。私たちの門出を祝福するように虹が掛かった。



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