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14話 彼の為の楽曲

 物足りない。

 耳へと流れていく音は素朴で飾り気がない。

 料理を作っている時にも似たようなことを感じる。その際には塩や胡椒を振って味付けをしていく。でも出来上がった料理を食べて思うのだ。


 やりすぎた……しょっぱい。


 僕は見慣れた学校の天井を仰ぎ見る。

 そして、パソコンの画面上に表示されているドラム、ベース、ギター、シェケレ等々の見たことすらない楽器の文字を、音を消していく。残ったのはピアノを基調とした数種類の楽器のみ。十種類以上の音を混じえるのはやりすぎた。そう思っていると、小部屋の扉が開く。


「遊びに来たわよー」


 相談者かと見てみれば(すめらぎ)さんだった。

 僕は挨拶もそこそこに作業へと戻っていく。文化祭まで残り一週間。早くこの曲を完成させなきゃ。


 ……


 椅子が怒った。

 怒っているような椅子の音が隣から聞こえる。

 頭の中で、皇さんか? 皇さんだ。皇さんでしょうねと結論付けられていく。


「私を無視するなんてありえないから。本当ありえないから!」

「は、はい。すみませんでした」


 耳に付けているイヤホンを外し塩対応を辞める。

 最近慣れてきたとはいえやっぱりギャル怖い。


「で、曲の方はどうなの?」

「へぃ。それはもう完成間近という感じで」

「……なんかいきなり下手に出られてもキモいんだけど」


 ジト目で睨みつけてくる。

 それをなんとか流しつつ、作業を再開しようとして――イヤホンの片方を奪われた。皇さんはボリュームのある髪を耳にかけたあと、丸型のそれを耳にはめる。


「あっ、ちょっと!」


 抗議の声を出した。

 でも、彼女は涼しい顔でそれを聞き流す。

 数瞬後、


「ふぅん、これがあの曲なんだ」


 感心したような声。

 その声色にテンションが僅かに上がってしまう。


「最初から聞きたい」

「も、もうー。仕方ないなぁ」


 僕はニコニコとしながらパソコンを操作した。




 二分十秒。

 この曲の総時間だ。

 その時間の間、僕たちは時々肩を触れ合わせながらも無言だった。


 隣から息が漏れる。

 

「良い曲じゃない。なんか小さい頃を思い出させる曲っていうか」


 勝気な声で、でも瞳を伏せながら呟く。

 上向きの長いまつ毛が目立っていた。


「本当!? よかった」

「ふふ、喜びすぎでしょ。まぁ当たり前だけど鼻歌で聞いたのとは印象が違うわ」


 どっちも悪くない。

 皇さんのそんな言葉にほっと一安心した。


「てか、彩乃(あやの)は今日もあそこ?」

「今日も音楽準備室で歌ってるよ」


 でも今の時間だと合唱部の方にいるかも、と言葉を続けた。

 すると彼女は足を組み直しつつ「様子とか見に行ってあげてんの」と尋ねてくる。自分はその言葉に心臓がきゅんと締まってしまう。


 そしてビビリながら行ってません……と返事をした。


「はぁーマメに行かないと駄目じゃない。好きなんでしょ」


 ズケズケと遠慮のない言葉。

 好きというか、なんというか……。



「……好きかも」



 迷いながらもそう返事を返した。

 自分でも意外な言葉だったが、妙にしっくりとした気持ちになる。

 柑崎さんを好きな気がする。以前とは、答えが変化していた。

 

 僕だけでなく皇さんも驚いている。

 だけど、その表情は一瞬で不敵な笑みへと変わった。


「へぇ、あんたも成長してるんだ」


 感心したような声を上げつつ自身の鞄を漁る。

 そこからのど飴にチョコレート、グミ……コンビニで買えそうなお菓子が机の上に一通り置かれた。


「これ持って差し入れに行ったら? これだけあればなんか食べるっしょ」


 いいの? 

 僕がそう確認をすると彼女は腕を組みながら頷いた。


「ありがとう……。でも、意外だな。皇さん甘いもの苦手って言ってたからこういうのは食べないものだと」

「別に、全然食べないわけじゃないし。あと」


 人差し指を真っ直ぐに伸ばす。

 ピンク色のマニキュアが綺麗に塗られていた。 


「『僕からの差し入れ』って言いなさいよ」


 それよりも、と皇さんは話を切り替える。


「なんかこの前さ、音楽準備室から出た時に、なんかあの地味なのに地味じゃない子と話してたあれ! ほら……家に行くとか言ってたじゃない。もしかして」

 

 疑うような眼差しを向けてくる。

 あぁ、皇さんやっぱり勘違いしてたんだ。変な声を上げてたもんな。

 あの日の会話を思い出しながら事情を話す。


「幼馴染なんだ。昔から家を行き来して――行った理由は」


 そこで言葉を止め、もう一度楽曲を再生した。

 思い出を振り返るために。




 ◇




 揚げ物を揚げる音。

 この音が僕には『餅月家(もちづきけ)にいらっしゃい』と聞こえる。


「懐かしいな」


 手渡した楽譜を読んで感慨深けに呟いた。

 真正面に座っている誠彦(まさひこ)さんに知っているのかを伺う。


「もちろん。これってどこにあったんだい」

「自宅のピアノ付近です。父の仕事関係の物はそこにまとめてあるので」


 誠彦さんは納得したように首肯する。

 そして(よもぎ)色のメガネを直し、間を置く。


(こころ)から聞いたよ。この曲について知りたいんだよね」


 自分は静かに頷いた。


「これは蓮くんの為に独斗(かつと)――君のお父さんが作っていた曲なんだ」


 微笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「君が誕生日を迎える度に少しずつ書いていて、誕生日の日には彼が毎回弾いていたんだよ。覚えているかな」


 薄ぼんやりと、情景が思い出される。

 つい数年前の記憶のはずなのに、酷く曖昧だ。事故があった時から両親との記憶を思い出すのが難しい。でも、それでも確かに普段口ずさむメロディーをピアノで奏でている人がいた。


「この曲は蓮くんが二十歳になる時に完成させるって言ってたかな……って、蓮くん。大丈夫かい?」


 心配そうな顔をする誠彦さんに首を縦に振り、問題ないと返事をする。


「無理はしちゃダメだよ。それで、ほら。初めの一小節や二小節目を見て。この辺は君の誕生を祝ってる部分だ。曲調がハッピーバースデーって聞こえるように作られているんだよ」


 寂しげにでも楽しげに誠彦さんは話をしていく。

 その姿も、父さんが自分のためにこの曲を作ってくれたという事実も、妙に苦しくて悲しかった。


「――この曲は彼から見た蓮くんの成長録ってところかな。っと、本当に顔色が悪い。ここまでにしよう」

「すみません。最後に聞きたいことが」


 油がパチパチと音を立てて、


「父さんって、いつもこんな素朴な音楽を作っていたんですか」

「……いいや、普段は荒れ狂うような激しい曲だった。だからこそ、この”君のための曲”を聞いたとき独斗も変化することがあるんだって、生まれて始めて思ったくらいさ」


 弾けた。

 キッチンからこずえさんの声が聞こえる。どうやら料理が出来たらしい。

 だけど、どうしても楽譜から目を離せずに、心が僕を揺らすまでそれを眺めていた。

 



 ◇




 餅月家での出来事を掻い摘んで話をした。


「あんたと似てお父さんもロマンチックね」


 でも良い話だわ。

 皇さんは感心するように言った。


「……たぶん、皇さんが僕のお父さんの写真を見たらビックリするね」

「へっ? あんたと似たようなナヨナヨとした感じじゃないの」

「……」


 今の言葉を聞いて確信した。

 お父さんの写真を見たら絶対に驚くに違いない。

 いつか見せてみようと考えていたら、皇さんがイヤホンを外す。


「今の話を聞いて余計にこの曲を好きになっちゃったかも」

 

 てか、あんたがこの歌を歌ったり――あ、歌はないか。

 そう言葉を続けられて、怒りの反論。


「ちょっと! 下手な自覚はありますけどね!」


 怒りながらもつい同意してしまう。悔しい。 

 皇さんは笑いながら「悪かったって」と謝罪をしてきた。


「で、曲をピアノで弾いたりしないわけ? そっちの方がそれっぽいじゃない」

「それっぽいって、言いたいことはわかるけど」

「ほらそれに、文化祭でその曲を柑崎さんが歌って、あんたが弾いたらいい感じするけど」


 確かにそうかもしれない。

 一緒に舞台へ上がり曲を演奏するなんて、素敵だと思う。


「できないよ……もうずっと前から弾いてないし」


 最後の方の言葉はあえて明るく告げた。

 彼女はそれを気にするでもなく立ち上がる。


「用事?」

「そっ。これからモデルの仕事があるから」

「おぉ……! 再開したんだ!」


 思わず感嘆の声を上げてしまう。


「別に辞めたってわけじゃないし。私も夢を叶えるためにやることやってんの」


 少しだけ得意気に胸を張る。

 薄い……。心の話をしていたせいでどうしても別の見方をしてしまう。


「いたいっ」

「あんたの視線ってバレバレよね。流石火坂(ひさか)の友達だけあるわ。浮気とかそういうのやめてよね」

「し、しないし。それに火坂も二股とかはあんまり……」


 友を庇ってみせる! と思ったが、皇さんは全く興味がなさそうだった。

 颯爽と扉の方へと歩いていく。そして部屋を出る際にこちらへ振り返る。


「来月雑誌の表紙に出るから買いなさいよ。それでさっきの視線はチャラにしてあげる」


 オレンジ色の髪が舞い、素敵な笑顔を見せてくれる。

 僕がつい苦笑いをしてしまうと彼女はそれを払拭してくれた。


「でもその頃には死んでるか!」

「まだ死んでませんー!!」


 彼女は快活な笑みを残して去っていく。

 全くと思いつつ僕も笑顔を浮かべてしまう。そして楽しい気持ちを抱えたまま、音楽準備室へと向かった。


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