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12話 彼と彼女の始まり

 カラオケルーム。

 ちょっと非日常的で、えっちな気がする空間。

 そこには天使の歌声が部屋中に響いていた。


「~♪」


 柑崎(かんざき)さんが両手でマイクを持ちながら歌っている。

 前回は気付かなかったけど、歌っている時の彼女はどんな時よりも楽しそうだ。委員会活動の息抜きに、と勇気を出して誘ってみたけど良かった。


 ほっと一安心していたら曲は終わりを迎えた。

 僕はマラカスを放り投げる。


「そ、そんな……拍手してもらうほどのことじゃ」


 照れて顔をうつむかせる。その姿も可愛らしい。


「いや、なんか自然と出ちゃって。本当に凄いよ」


 しみじみと返事をした。

 すると、柑崎さんは恥ずかしさからか、うなり声を上げる。……マイクの電源がついたままだから「うぅ……」という声が部屋の中に響いてしまっていた。彼女は気づいてないみたいだし、そっとしておこう。そう思っていると彼女は、はっと顔を上げた。


水原(みずはら)さんもなにか歌いませんか……? 先程から聞いて頂いてるだけですから」


 逃げたな。

 と、思いつつ僕の歌唱力を知ってもなお、歌うことを提案してくる彼女に感心をする。


「下手だけど、いいの?」


 一応確認をした。わざわざ好感度を下げるのもちょっとイヤだから。


「歌うことが楽しいと感じていれば、ぜひっ」


「……それじゃあ」


 キラキラと輝いた表情に負けて、適当な曲を検索する。

 本当、柑崎さんって歌に関することだとテンションが高い。楽しそうだからいっか。

 そう思いつつ、ある曲を見て閃めきそのまま送信をした。


「あー間違えてデュエットの曲を入れちゃったー(棒)でも、どうしよう。この曲を一人で歌っても楽しくないなー(棒)」

 

 どうしよう、どうしようと呟きながら、すっとぼけた表情をする。

 柑崎さんはそれを見てあわあわとしながらマイクを手に持った。


「私も一緒に歌います!」


 計画通り……!

 しめしめと心の中で笑いながら、前回叶うことのなかったデュエットを楽しむことにした。

 



 僕たちは息を切らしながら席に着く。

 思っていた以上に長い曲だった。しかも、途中で彼女が立ち上がるものだから僕もつい立ち上がってしまい、こう……体全体で歌った感じがして疲れた。

 でも、


「楽しかった。一緒に歌ってくれてありがとう!」


 それ以上に楽しかった。

 きっと柑崎さんと一緒に歌えたからだろう。


「あっ、いえ、私も楽しかったです。人と一緒に歌うのは久しぶりだったので……」


 それは残念だと感じた。

 彼女と一緒に歌えば多くの歌下手の人たちが救済されるのに。

 いま僕なんて「あれっもしかして自分いける?」みたいな感情が湧いているもん。


 イケイケゴーゴーとまたまたデュエット曲を入れようとして、彼女が口を開く。


「委員会活動、どうしましょう」


 ぬっ。

 彼女の言葉が僕を現実に引き戻す。ジブンノウタイケてない。


「キャンセル枠を埋められるのは明後日の朝まで。それを過ぎたら枠は休憩時間。休憩時間になったら、演劇部長さんに怒られる」


 はぁ。

 容易に想像できる未来に僕たちは揃ってため息をつく。

 そして顔を見合わせて互いに苦笑いをした。


「怒りますよね」

「まず、間違いなく」


 あの人は度々相談室へ訪れていた。

 もしかして暇なのだろうかと思いつつ彼の「絶対に枠を埋めてくれよ!」と「やはり演劇部に入らないか……だからキミじゃない!」といった言葉を聞き流している。


 うーむと頭を悩めるていたら、本日二度目の閃めきが!


「そうだ。文化祭で柑崎さんが歌えばいいんだよ!」




「無理です! できません!」


 鮮やかな薄紫色の髪が左右に揺れる。

 僕の提案は必死の抵抗により、敗北寸前。


「目立つのは苦手ですから……それに楽曲の申請は今からじゃ間に合いません!」

「それなら大丈夫だよ。著作権フリーの楽曲もあるし」


 最近ではそういったのも多くある。昔の曲や新人の楽曲は特に顕著だ。


「そ、そうなんですか……」


 沈む彼女。

 思わず反撃してしまった……! でもここまで嫌がるのならもう止めておこう。

 そう思い謝ろうとしたら彼女がうめきながら呟く。


「以前の冗談を怒ってるんですよね。ごめんなさいっ、褒めてくれたのに誤魔化したりして。恥ずかしかったんです……」 

「怒ってないよ!? というか冗談って……あっ料理部から帰ってきたときの」


 数日前の出来事を思い出す。

 僕が”柑崎さんが舞台に出たら視線を釘付けにされちゃうに決まってる!”とか恥ずかしいことを言った日だ。言った自分自身も恥ずかしかったけど、それを聞いた彼女も恥ずかしかったらしい。


 ダメだ。頭がこんがらがってきた。

 僕はそれを整理するために立ち上がって明言をする。

 

「あの時のことは怒ってないよ。それで今回文化祭で柑崎さんが歌ったらいいって言った理由は……」


 黒くて大きな瞳を見つめながら伝える。


「歌う姿が楽しそうだったから。だから、ここよりも大きな舞台で歌えば更に楽しいんじゃないかなと思って」


 あと個人的にも柑崎さんが歌う姿を文化祭で見てみたいし。


「水原さんも、見てみたいんですか……?」

「えっと、うん。見てみたいかな」


 改めて口にすると恥ずかしい。

 思わず口笛を吹く。鼻歌だけでなく、これも得意だったりする。

 音を奏でながらリラックスしようとしていると、彼女は僕を見つめながら考え込んでいた。綺麗で穏やかで……今日は力強さも感じる瞳。


「ひゅっひゅー」


 全然リラックスできなかった。

 気になる子に見つめられたらそりゃこうなりますよ、ええ。

 

 ……

 

 暫くの時間が過ぎたあと、柑崎さんは「明日まで時間を下さい」と口にした。

 僕は彼女の瞳を見てなんとなく、もう答えは決まってるように感じた。

 





 今日の朝は冷え込んでいる。 

 春から夏へと向かうはずの季節が、まるで冬へとうつろうようにさえ感じた。

 空に浮かぶ雲も、どこかどんよりとしている。


 歩いていると校門が見えてきた。

 そこに人が吸い込まれるようにして入っていく。だけど、校門の側で唯一立ち止まっている子がいた。 


「……」


 柑崎さんだ。

 浅葱色のセーラ服を身に纏いながら、茶色のスクールバッグを両手で持っている。彼女はうつむきながらも時々長い髪を揺らすようにして周囲を伺っていた。 

  

 もしかして……と、思いながら声をかけてみる。


「おはよう。今日は寒いね」


 自然に明るめに声をかける。

 いまだに偶然出会ったときはちょっと緊張してしまう。 


「お、お、おはようございます」


 彼女はめちゃくちゃ緊張していた。ちょっとどころじゃない。

 

「ひ、冷え性の私には厳しい寒さです。足元も氷みたいになってて」


 めちゃくちゃ震えていた。

 柑崎さんの足を例えるならぷるぷる震えるところてんのよう。

 僕の視線に気づいたのかスカートの裾の先にあるタイツをぎゅっと手で抑える。……なんかえっち。


 よこしまな想像をよそに、彼女は上目遣いで僕を見る。

 そして声さえも震わせながら口を開いた。


「あの、昨日のお返事をしようかと思って」


 ああ。

 妙に緊張していると思ったらそれが理由か。

 うーんでもこの雰囲気だと断られそうだ。昨日の感じだとイケる気がしたんだけどな。


 残念だと思いつつ彼女の言葉を待つ。


 

「その、やらせてくださいっ!」



 自信のない声色とは裏腹の返事が返ってきた。

 これってつまり……!


「本当にいいの!?」

「はい、自分でやってみたいと思ったので」


「よかった! 柑崎さんがやってくれるなんて夢みたいだよ!」

 

 思わず彼女の両手を握りしめた。

 すると「ふぇっ」と間の抜けた声と共に、冷たい手がみるみるうちに温かくなっていく。


「だめっ……みんな見てますっ!」


 彼女は手を離し僕の背に隠れる。

 そして周囲の生徒からの視線と言葉に気づいてしまう。


「朝から告白ー?」「女の子がヤらせてって言ってた……」


 

 とんでもない勘 違 い 発 生。



 傍から聞くと危ない会話になっていたらしい。

 いかん、誤解を解くなり早く立ち去らないと。って!


「柑崎さん、いまその態勢はマズイから!」


 彼女の態勢はまるでお尻に顔をうずめているように見えなくもない。

 実際には違うけれど、見えなくもない。つまりヤバい。


「あっ……近い。うぅすみません」


 彼女はそっと僕から離れる。

 正確に言うと距離感の話ではないのだけど、誤解を解こうとすれば僕が変態に思われるのは自明の理。ここは黙っておこう。いつものように苦笑いをしながら口を開く。


「歩きながら、歌う曲を決めようか」


 頬を赤く染めながらこくこくと頷く。

 僕たちは曲のことで盛り上がりながら校舎に入っていく――




 柑崎さんと別れたあと、クラスに入ると野山(のやま)が声をかけてきた。


「さっき校門前で淫行を働いている生徒がいたらしい。けしからんな」


 ドスのきいた低い声で喋り続けてくる。

 今日の話は墓場まで持っていこうと密かに誓った。






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