番外編1 彼と火坂の一日
昼下がりの喫茶店。
陽光に照らされたカーテンが、気持ち良さげに揺れる。
心地のよい店内では、品の良いおばあさんや楽しげな女子高生が、思い思いの時間を過ごしていた。
紅茶を口に含む。茶葉の香りが全体に広がっていく。
「評価はBだな。ケーキを食べたら店全体の評価も……」
火坂は同じように紅茶を飲みつつ、片手でスマホを操作していた。
そんな姿を見て苦笑いをしながら尋ねる。
「いつもの”格付け”?」
「おうよ。これは欠かせねーからな」
街で遊んでいる途中、足休めで喫茶店に寄った。
といっても偶然寄ったわけじゃない。火坂の要望があったからだ。
なんでもここは結構な有名店らしく、一度は足を運んでおきたかったらしい。そして足を運んだとなれば必ず評価をつける。彼のポリシーみたいなもので、中学生の時からずっと変わらない。マメというかなんというか……モテる要因の一つだと思う。
しみじみと振り返りながら、昔から気になっていたことを聞いてみた。
「評価の方法か。基本は自分の好みかどうかで判断してんな」
彼はティーカップに口をつけたあと「例えば」と口を開いた。
「この店の――アールグレイ。正直に言えば紅茶の繊細な味なんて俺にはわからない。ただ、自分の好みはわかる」
ステンレス製のミルクピッチャーを持ち、カップに注いだ。
そしてカップの中でスプーンを一回転させたあと口に含み、喉を揺らす。
「紅茶は雑味のあるものが好きだ。だからこの時点で最高評価のAにはならない。でもな、不味いわけじゃない。だろ?」
「むしろ美味しいというか、癖がなくて飲みやすいよ。毎日飲みたいくらい」
「そうだ。客観的に見れば、そういう評価になる」
俺の好みではない。だが、一般的な評価は高い……
「ってなると、評価はB。コメントには今レンが話したようなことが書いてある」
「なんか火坂らしい評価の付け方だね」
自分の好みを重視しつつ、周りの評価も取り入れる。
彼の良い部分が素直に反映されているように感じた。
「ま、俺だからな。それと店の雰囲気を評価するとだな」
白いワイシャツの首元を緩めながら店内を見回す。
そして端正な顔――顎に手を置いて喋り始める。
「落ち着いた子とのデートに適してると見た」
始まってしまった。
「店の規模に比べて一席あたりのスペースが広く、BGMはクラシックを中心とした静かな音楽。年齢層は高校生から婆さんまで。ひと組あたりの客数は……二人から三人ってところか。割合としては高校生が少ない上に、あの制服は名門のお嬢様学校。同年代の女と比較すれば静かだ。店内は平穏そのもの。店の外も繁華街から若干外れているから――」
「はいはい、お疲れ様ですー」
いつも通り適当な所で止めた。
火坂は途中で話を中断されたされたにも関わらず満足気だ。女子の話ができればそれでいいのだろう。僕たちは店員さんが運んできてくれたケーキを口に運ぶ。自分はショートケーキで、彼は抹茶ティラミス。
「うんめー。クリームたっぷりもいいが、やっぱりこれだな」
満足気に食べていく。
それに習って自分もケーキを頬張る。クリームたっぷり派の設立をここに宣言。
「そうそう、皇とかこの店ぜってえ似合わねえよな」
「僕はなにも言ってないんだけど」
「あいつはスタ○とかド○ールがお似合いだって? 間違いねえ。流石はレン。すげぇよレンは」
火坂がぶっ壊れた……と思っていたら、スマートフォンが震える。
取り出してみると彼からのメールだった。中身を確認してみると……。
「うわっ、一人食べ○グ状態だ」
メールの、正確にはメールに添付されていたファイル。
それを開くと彼が今まで行ったであろう店の評価、感想がびっしりと書かれていた。これ何店舗くらい書かれているのだろう。
「凄いだろ? 俺直伝の店舗リストだ」
「確かに凄いけど、でもどうして僕に」
もう一度ファイルを確認する。
店舗リストはジャンルとAからCの評価毎に分類されていた。感想も思っていた以上にしっかりと書かれていて、お店のリンクも貼られていた。あっ、しかも食べ○グのリンクまで。痒い所にまで手が届くというかなんというか。
「これから使うんじゃねーかと思ってさ。使わないなら消してくれていい」
不敵な笑みを浮かべる彼に、頬をそっとかく。
「だけどこれだけの量を調べるの、相当苦労したでしょ」
申し訳ないよ。
そう言いかけて止めた。これから先、柑崎さんか他の誰かはわからない。だけどデートする機会はきっとある……と思いたい。そんな時にこのデータは役に立つだろう。
なら、ここは素直に好意に甘えてみるのもいいかな。
「ありがとう。使わせてもらうね」
「おうよ。ただ、Cランクの店には行くなよ。料理云々の前にやべえから」
楽しげに笑ったあと、僕の左手を見る。
「指の調子は問題ないのか?」
答えづらい質問だった。
無言で首を縦に振る。
「そっか。変わらないものなんてねーんだろうな。怪我はいつか治るし、レンだって変化――成長していく」
よく意味が分からず「なにか変わった?」と尋ねた。
「変わったよ。以前のレンなら俺のリストを受け取らなかっただろうさ。申し訳ないっつてな」
「そう、かもしれないね」
その言葉に、彼は深く寂しげな笑顔を浮かべる。
「俺は今のお前のままでも良いと思う」
だけど、
「頑張れよ」
「……うん」
火坂と友人でいられる理由。
それはきっと、お互いの気持ちを尊重し合えるから。
……
「それじゃ手始めにナンパでも行くか! もしくは髪色を青に染めるのもいいな」
「いいね。女子高も近くにあることだしうってつけだ」
彼の珍しい表情に、心の中でほくそ笑む。
「変わらないものはないんでしょ? せんぱいっ」
明日も更新致します。