表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/37

番外編1 彼と火坂の一日

 昼下がりの喫茶店。

 陽光に照らされたカーテンが、気持ち良さげに揺れる。

 心地のよい店内では、品の良いおばあさんや楽しげな女子高生が、思い思いの時間を過ごしていた。


 紅茶を口に含む。茶葉の香りが全体に広がっていく。  

 

「評価はBだな。ケーキを食べたら店全体の評価も……」


 火坂(ひさか)は同じように紅茶を飲みつつ、片手でスマホを操作していた。

 そんな姿を見て苦笑いをしながら尋ねる。


「いつもの”格付け”?」

「おうよ。これは欠かせねーからな」


 街で遊んでいる途中、足休めで喫茶店に寄った。

 といっても偶然寄ったわけじゃない。火坂の要望があったからだ。

 なんでもここは結構な有名店らしく、一度は足を運んでおきたかったらしい。そして足を運んだとなれば必ず評価をつける。彼のポリシーみたいなもので、中学生の時からずっと変わらない。マメというかなんというか……モテる要因の一つだと思う。


 しみじみと振り返りながら、昔から気になっていたことを聞いてみた。


「評価の方法か。基本は自分の好みかどうかで判断してんな」


 彼はティーカップに口をつけたあと「例えば」と口を開いた。


「この店の――アールグレイ。正直に言えば紅茶の繊細な味なんて俺にはわからない。ただ、自分の好みはわかる」


 ステンレス製のミルクピッチャーを持ち、カップに注いだ。

 そしてカップの中でスプーンを一回転させたあと口に含み、喉を揺らす。

 

「紅茶は雑味のあるものが好きだ。だからこの時点で最高評価のAにはならない。でもな、不味いわけじゃない。だろ?」

「むしろ美味しいというか、癖がなくて飲みやすいよ。毎日飲みたいくらい」

「そうだ。客観的に見れば、そういう評価になる」


 俺の好みではない。だが、一般的な評価は高い……


「ってなると、評価はB。コメントには今レンが話したようなことが書いてある」

「なんか火坂らしい評価の付け方だね」


 自分の好みを重視しつつ、周りの評価も取り入れる。

 彼の良い部分が素直に反映されているように感じた。


「ま、俺だからな。それと店の雰囲気を評価するとだな」


 白いワイシャツの首元を緩めながら店内を見回す。

 そして端正な顔――顎に手を置いて喋り始める。


「落ち着いた子とのデートに適してると見た」


 始まってしまった。


「店の規模に比べて一席あたりのスペースが広く、BGMはクラシックを中心とした静かな音楽。年齢層は高校生から婆さんまで。ひと組あたりの客数は……二人から三人ってところか。割合としては高校生が少ない上に、あの制服は名門のお嬢様学校。同年代の女と比較すれば静かだ。店内は平穏そのもの。店の外も繁華街から若干外れているから――」

「はいはい、お疲れ様ですー」


 いつも通り適当な所で止めた。

 火坂は途中で話を中断されたされたにも関わらず満足気だ。女子の話ができればそれでいいのだろう。僕たちは店員さんが運んできてくれたケーキを口に運ぶ。自分はショートケーキで、彼は抹茶ティラミス。


「うんめー。クリームたっぷりもいいが、やっぱりこれだな」

 

 満足気に食べていく。

 それに習って自分もケーキを頬張る。クリームたっぷり派の設立をここに宣言。


「そうそう、皇とかこの店ぜってえ似合わねえよな」

「僕はなにも言ってないんだけど」

「あいつはスタ○とかド○ールがお似合いだって? 間違いねえ。流石はレン。すげぇよレンは」

 

 火坂がぶっ壊れた……と思っていたら、スマートフォンが震える。

 取り出してみると彼からのメールだった。中身を確認してみると……。


「うわっ、一人食べ○グ状態だ」


 メールの、正確にはメールに添付されていたファイル。

 それを開くと彼が今まで行ったであろう店の評価、感想がびっしりと書かれていた。これ何店舗くらい書かれているのだろう。


「凄いだろ? 俺直伝の店舗リストだ」

「確かに凄いけど、でもどうして僕に」


 もう一度ファイルを確認する。

 店舗リストはジャンルとAからCの評価毎に分類されていた。感想も思っていた以上にしっかりと書かれていて、お店のリンクも貼られていた。あっ、しかも食べ○グのリンクまで。痒い所にまで手が届くというかなんというか。


「これから使うんじゃねーかと思ってさ。使わないなら消してくれていい」


 不敵な笑みを浮かべる彼に、頬をそっとかく。

 

「だけどこれだけの量を調べるの、相当苦労したでしょ」


 申し訳ないよ。

 そう言いかけて止めた。これから先、柑崎さんか他の誰かはわからない。だけどデートする機会はきっとある……と思いたい。そんな時にこのデータは役に立つだろう。

 なら、ここは素直に好意に甘えてみるのもいいかな。

 

「ありがとう。使わせてもらうね」

「おうよ。ただ、Cランクの店には行くなよ。料理云々の前にやべえから」


 楽しげに笑ったあと、僕の左手を見る。


「指の調子は問題ないのか?」


 答えづらい質問だった。

 無言で首を縦に振る。


「そっか。変わらないものなんてねーんだろうな。怪我はいつか治るし、レンだって変化――成長していく」


 よく意味が分からず「なにか変わった?」と尋ねた。


「変わったよ。以前のレンなら俺のリストを受け取らなかっただろうさ。申し訳ないっつてな」

「そう、かもしれないね」


 その言葉に、彼は深く寂しげな笑顔を浮かべる。


「俺は今のお前のままでも良いと思う」


 だけど、


「頑張れよ」


「……うん」


 火坂と友人でいられる理由。

 それはきっと、お互いの気持ちを尊重し合えるから。


 ……


「それじゃ手始めにナンパでも行くか! もしくは髪色を青に染めるのもいいな」

「いいね。女子高も近くにあることだしうってつけだ」


 彼の珍しい表情に、心の中でほくそ笑む。


「変わらないものはないんでしょ? せんぱいっ」


 

 






明日も更新致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ