10話 彼と彼女の苦難
唸れ筋肉。届けよ祈り。
蒼い球体を持ち上げ、神が雷を放つかの如く投げ放つ。
迷いのない正確無比の投擲は樹脂製の床を走り抜け、白いピンを貫き――
「よしっ!」
雄叫びへと変わった。
僕は火坂たちとハイタッチを交わしつつ、席へと着く。
「レンの強さは相変わらずエグいな。こりゃ今回のゲームもタケルと三位争いか」
「うむ。予習はしてきたのだが、敵わん」
「タケル。言っとくが、アニメのボーリングシーンは予習に入らねーから」
野山のリアクションをよそに、心は淡々と玉を放る。
「あいつも上手いから二位すら狙えねぇ」
火坂はモニターに映し出された『STRIKE!』の文字。
それと戻ってくる彼女を見てボヤいた。
「280」
「300!」
「「いえーい」」
心とハイタッチを交わす。
すると、火坂はすかさず「お前らの最高スコアは聞いてないんだよ!」とキレ始めた。
最近の若者こわーい、僕たちがキャッキャと騒ぎ立てると彼は立ち上がる。
「お前ら覚えておけよ。文化祭のライブでは見返してやるからな!」
広いボーリング場に悲しい叫びが響き渡った――――
「すまねえ」
火坂は頭を下げながら、僕と柑崎さんに一枚の用紙を差し出す。
「……キャンセルの期限はもう過ぎてるんだけど」
「わかってるけど、頼む!」
僕は椅子に深く腰を落とす。
そして用紙――ライブの参加取消し書に目を通した。
「理由」
「そりゃあ、レンさん。そこに書かれてる通りの内容ですぜ」
「グループ内で欠員者が発生したため、ね」
柑崎さんに用紙を渡しつつ、呟く。
「本当の、理由」
「嘘じゃねえさ! あれだよ、音楽性の違いだ」
「……」
立ったままの火坂をジッと見つめる。
彼は視線を彷徨わせたあと、僕をチラッと伺う。
「怒るなよ? 申請通してくれよ?」
滅茶苦茶に厚かましかった。
「……女、二股、奪い合い」
「はぁぁ、好きだね」
「違うんだよ! 今回は俺以外の男二人が奪い合ってたの。それをレン達と遊んだあとに教えられてさ。本当勘弁して欲しいもんだぜ」
「た、大変ですね」
柑崎さんの困ってそうな表情を眺めたあと、口を開く。
「文化祭で、僕と心を見返すんじゃなかったの?」
「あと二週間くらいでこの状態じゃな。せめて、楽曲の申請さえしてくれてりゃあ一人で目立つのも良いんだが」
「今年は火坂が申請しなかったんだ」
「ああ、下手に任せてみたらこのザマだ」
著作権のある楽曲を使用するには管理団体への申請が必要だ。
申請自体は簡単に通るけど、一ヶ月近くかかるはず。この手のことは今回の活動で何度も相談を受けたから、だいぶ詳しくなった。
「わかった。とりあえずこの書類は預かるよ」
「恩に着るぜ、困ったことがあれば俺も手伝うからさ!」
「はいはい」
彼は最高の笑顔を見せながら小部屋を去っていった。
「ふぅ、まずは委員長に相談しに行かないと」
キャンセル枠の穴埋め方法やその対応のやり方、それに用紙の正式な受理には委員長と先生の承認も必要だ。
相談窓口も意外と大変だな。心の中で思いつつ、立ち上がる。
「あっ、私も行きますっ」
「柑崎さんは休んでても……いや、一緒に行こうか」
隣に座る彼女へ首肯した。
すると、薄紫色の髪を慌ただしく揺らしながら立ち上がろうとする。
その姿を見てゆっくりでいいよと呟いたあと、隣を歩くチャンス! とテンションを上げつつ待った。
委員長への相談を終えた僕たちは、その足で体育館へと移動した。
道中、柑崎さんは淑女よろしく斜め後ろを歩く派だと知り悲しみましたが、委員会活動は頑張りたいと思います。まる。
「残り二週間でだよ!? 三十分の劇を作れると思っているのかい!」
そう決意した矢先に、演劇部部長から怒鳴られた。
「すみません、演劇には詳しくなくて……。枠を使ってもらう訳にはいきませんか?」
「無理だね。無理」
眼鏡の位置を直しながら言葉を吐く。
銀色の尖った眼鏡のせいか、威圧的な印象を受ける。
「ここが三流揃いの演劇部ならともかく、毎年全国の大会に名を馳せている我が部がだね、適当な演劇を見せるわけにはいかないんだよ。そもそもこれ以上枠を使えば、他所の部活からぴーひゃら言われるの。わかる? ただでさえウチは嫉妬されやすいってのに」
部長さんはボヤきつつも「今回の演劇は実際の時間と連動した推理モノー」とか「毎年その道で有名な方が見に来られるー」など、話をひたすらに続ける。
僕たちがそれを曖昧な笑みで流していると、部員が部長さんに声をかけてきた。
「む、時間を使いすぎたか。くれぐれも前の枠を埋めてくれよ! 休憩時間が一時間に伸びちゃあ、集客にも影響が出るんだ」
くれぐれもの部分を強調しつつ、部長さんは舞台裏に去っていく。
僕たちも肩を落としつつ体育館を出ようとして、
「そこのキミ。キミじゃない! 女性の方だ。よければ、舞台に出ないか。君からは素質を感じるってコラ! 待ちたまえ!」
文化祭の相談室と化した小部屋。
そこへ戻ってきた際、僕たちは揃ってため息を吐いた。
「三分クッキングを十回するのは難しいですよね……」
柑崎さんの言葉に頷く。
体育館を出たあと、料理部にも交渉しに行ったが断られてしまった。
理由は彼女の言葉がほぼ全て。補足するなら、部長曰く『毎年三分に命を懸けている』らしい。
二十人以上の部員×三分で、作られる料理は如何に。
好奇心を掻き立てられていると、吐息のようなため息が聞こえた。
「あ……すみません。暗いですよね」
「気にしないで。実は僕もため息を吐いてたから」
……
「同じ、ですね」
隣から微かに笑い声が聞こえた。
互いに気持ちを持ち直しながら、馴染みの席に座る。
「そうだ、体育館では」
これからの行動を考えつつ謝った。
すると、隣に座る柑崎さんは不思議そうな顔を浮かべる。
「えっと、なんのことでしょうか」
「ほら、演劇部の部長さんに勧誘された時その……無理矢理に外へと連れ出したから」
羞恥心を感じつつ説明した。
手、柔らかかったな……。違う、そうじゃない。
自分のことながら強引だったと思う。あの時は柑崎さんがイヤそうな顔をしていたように見えたからやったけど、いま思い返すとそうでもなかったような。
迷惑だったかなと心の中で悶えていると、否定の言葉が聞こえる。
「そんなこと、ありません。助かりました。舞台に出るなんて私には……」
淡い表情は、どこか儚げで薄幸な笑顔だった。
だからつい否定してしまう。
「そんなことないわけないよ! もう柑崎さんが舞台に出たら視線を釘付けにされちゃうに決まってる!」
……
「……水原さんのですか?」
上目遣いで尋ねてくる。
僕は慌てて「み、皆の視線」と言い直した。
これは『好意がありますよ』アピールをしてしまったことになるのか……? あ、でも実際に好意があるような気もするし訂正する必要なんてなかったんじゃ。
頭の中に時期早々の台風が発生していると、彼女はとんでもないことを言う。
「ふふ、輝かしい舞台に根暗な私がいれば、視線も集まりますよね」
「ちょっ!? 違う、そんな意味で言ったんじゃなくて、ええとええと」
誤解を生まない言葉……。
それを必死に探していたら「くすっ」と笑い声が聞こえた。
「冗談です」
思わず気の抜けた返事をしてしまう。だが彼女はそれを華麗に無視していく。
「次はどこの部活に行きましょうか」
空いた枠の前後の部活はダメでしたから、他の所へ交渉しに行かないと。
彼女の落ち着いた言葉に僕は空返事をした――
柑崎さん役者向いてる疑惑から数日後。
僕たちはいつもの小部屋で頭を悩めていた。火坂の申請書は無事に受理されたけど、その空き枠が埋まらない。委員長が言うには「空いた枠は休憩時間にしてもいい」らしいけど、あの演劇部の部長さんが絶対に文句を言う。できれば避けたいな……。
うーんうーんと唸っていたら、扉が開かれる。
もしや新規申請者! と歓喜したのも束の間、ただの皇さんだった。
「あんた露骨にガッカリしたわね」
細い腰に手を当てながら抗議してくる。
「折角遊びに来たんだから、もっと歓迎しなさ」
「あっごめん。時間だからもう行くね」
「はい、また明日です」
鞄を持って部屋を出る。
後ろから怒りの声が聞こえてきたので「用事あるんだよー」と返事をしておく。
僕、楓さんから学んだ。皇さんはちょっと雑な扱いくらいがいいって。
――後日、怒怒怒ッと怒られたのは言うまでもない。




