決着…
『愚者の盾』頭領レン。いつも飄々としたようないい加減なような青年。年はユウナと同い年とのことだから、おそらく高校生。彼のことを知ったのは最近だが、噂はよく聞いていた。
自分よりも年下らしい青年が、誰よりも早く混乱から人々を救った。
それを聞いて、僕も動かなくてはと思った。
幸い、ゲームの世界では僕はそれなりに強い。廃人とまではいかないが、現実の都合をゲームに合わせるほどにはハマりこんだゲーマーだ。妹ともども《FO》ではβテストから参加している。
そもそも本当は、『解放軍』は『愚者の盾』に影響されて出来た組織だ。積極的に攻略へ挑み、人々に希望を保たせるために。
なんとか狙いはうまくいき、後は連携を取るだけだと思った。自分は君を尊敬していると伝え、彼に協力しようと思った。
しかし、彼は消えた。町外れの鍛冶屋としてほのぼのと生活していたらしい。
本当にあの『旦那』なのだろうか。
いつまでもくすぶり続けるその疑問を、解消したかった。
この決闘は、本当はそれだけのためだったのだ。自分勝手な都合。
もし彼が本当に噂通りなら、彼に攻略を指揮してもらおうと……。
そして、僕は彼と対峙している。
なんとかツテで集めた《建築》スキル持ちに作ってもらったステージで、それなりの数の攻略組が僕達の様子を見ている。その顔は一様に驚愕に彩られているだろう。これまでの攻略で命の危険をも冒してきた彼らも、驚きに目を見開く。それほどまでに、先程までのレンの動きは凄まじかった。
型にはまらないスタイルで、僕と渡り合っているように見える。そこに、観客は驚いているのだ。
彼はゲーマーではなく、ただ友人のミン君に誘われただけの初心者で、AMも使えないらしい。
この世界でAMが使えないというのは相当のハンデである。
しかし、それで彼を見下すことはできなかった。
その証拠に、僕の身体は、震えている。
「――行くぞ」
彼がそう言った直後、僕は頭から水を被ったように全身に寒気を覚えた。
このポリゴンの体では立つはずもない鳥肌を感じる。心臓に氷を当てられたかのような急激な変化に、僕は一瞬対応が追いつかない。
その一方で、僕は何かを悟ってもいた。
僕たちゲーマーの戦いとは何かが違う、一線を画したもの……彼を、この世界で異端たらしめるもの。
本能で感じるもの。それが、彼にはあるのだろう。
僕は震える全身を、唇を噛んでこらえる。
そして、前を見据える。
人々を救った尊敬するべき人を。
救世主を。
英雄を。
僕は、これからの戦いに、彼への敬意をありったけに詰め込む。
そして、僕たちは同時に口を開いた。
「「行くぞ、戦友」」
◇◆◇◆
激しい応酬。そうとしか言いようもない戦いが繰り広げられる。
俺が刀を振り下ろせば、確実にそれを盾で止められ、反撃の剣。それを身だけで回避し、回転を加えつつ、再び一閃。
それもまた、キンッと音を立てて弾かれる。
かたや、自らの感覚を頼りに縦横無尽に刀を叩き込み、
かたや、設定された多彩な剣技を組み込み、計画的に、冷徹に、放つ。
正反対であるはずのそれらが、同等の鋭さを以て、互いに向けられる。鋭い刃であり、しなやかな柳の葉でもあるその刀と剣は、互いに劣ること無く、凄まじいやり取りを交わしていた。
突然、ガギッと音を立てて俺たち二人の動きが止まる。
俺の刀を盾で受け止めたアルヴァ。彼の剣は、俺の足によって腹を地面に押さえつけられている。
そのまま俺が刀に力を込めた。それだけで恐ろしい量の火花が散るが、それに見せる二人の表情は、どことなく歪んだ笑顔だった。
「……本当、強いね、君は……!」
「正直……俺も、おまえがそこまでとは思わなかった……!」
そして、再開される剣戟。
空気を切り裂く刃。
すべてを受け止める盾。
流れるように変わる戦局。
観客の目も、引きつけてやまない。そこにはどこかアンバランスがあり、それゆえに一つの芸術でも作り出しているようだった。
しかし、それはいつまでも続きはしない。
俺たちは、共に、終りが近いことを感じつつあった。
俺には、刀を使うことによる精神的疲労が、AMを使っているアルヴァにも発動の際のスタミナ消費が蓄積されている。
決着は近い。
その思いが、互いの剣速を無意識のレベルから底上げしている。もはや残像すら纏い始めたそれらが火花を残して駆け抜けるのを、俺たちは反射だけで返していた。
ここで、アルヴァが勝負に出た。
急にただの足払いをかけたのだ。
今まで剣技しか使っていなかったアルヴァに対して、俺が油断していた瞬間だった。
「……《豪崩天》ッッ!」
技名発声と共に身をかがめるアルヴァ。そのまま剣が淡く光ったかと思うと、下から突き上げるように、幾度もの突きを瞬速で繰り出す。
体勢を崩している俺にはそれを避けようがない一撃であった。
「く……ッ!」
わざと床に向かって飛び出し、身を捻りつつ刀を縦に、突きを流すようにして被害を抑える。それでも多くの突きが身体に穴を開けていくのを感じながら、俺は床に着いた。
瞬間、素早く身を丸め、前転するように移動。そのまま迅速に身体を起こしつつ、刀を引いた。
そこは、アルヴァの懐だった。
「――“葬刃”」
感情のない、速すぎる一閃が燐く。
アルヴァの脇腹から赤いエフェクトが飛び散った。
俺たち二人は互いに距離をとった。
平然としているように見える俺と、切り裂かれた痛みに顔をしかめるアルヴァ。俺たちは二人とも、それぞれ自分を見た後に、互いを見る。
残った体力は、俺が二割、アルヴァが三割。
わずかにアルヴァが優勢といったところだが、しかしそれはあまり関係ない。俺たちにはそれぞれ、相手の残り体力を一息に削る力があった。
次が最後。
その事実は、観客にも伝わったようだ。静寂に支配され、逆に耳が痛くなるほどである。それでも誰も、何も言わず、ただ、俺たち二人の挙動に注目していた。
「最後、かな」
「ああ」
話すことはない。目だけで示し合わせたかのような短い応酬に、俺たちはゆっくりと得物を構える。
片方は、これから起こる幾通りもの戦闘の可能性を見極め、使用する剣技の連続を組み立て、
もう片方は、自らの鋭い感覚をこれ以上無く高めて、相手を倒すことにのみ集中していく。
引き絞られていく緊張の弦が、一瞬の後、弾けた。
《兎歩》の瞬速とただの加速。
鈍く燐く片刃の刀と光輝く両刃の剣。
衝突する強者二人が、
突如、その場を支配した轟音に遮られた。




