日常/非日常
二日目にしてお気に入りが五件!
嬉しかったので、投稿します!
音を立てて、トカゲが爆散する。
あまりに呆気無いその終わりに、
「んじゃ、俺はこれで」
俺はその場に背を向けて、立ち去ったのだった――
「待ってっ! 待ってよぅ! お礼は?」
「ノーセンキュー」
「それ違うよっ!」
そんないつものような会話に、俺は唇を緩めた。
「悪い悪い。助かったよ」
そうお礼を言い、ミンの方を向く。ミンは、満足そうに幸せそうににっこり笑っていた。
「えへへ……」
口でも言っていた。俺はそれを見てぐらつきそうになる心を抑えて、目の前のそいつの方をしっかりと向いた。
「ところで何の用なんだ?」
自慢じゃないが、俺の開く店は初心者が来れるような場所にない。現在最前線の敵レベル三十から十ほどしか差がない場所である。店自体は安全圏にあるとはいえ、何の用事もなく来る場所ではない。
「うん。えっとね……」
そう言ってミンは何やら空中で人差し指を踊らせる。ウィンドウを操作しているのだろう。その操作をちょちょいとこなして、ぽんっと突然ミンの前に一つの巻紙が現れる。どうやら操作していたのはアイテムストレージだったようだ。
ミンはそれをフフンと手に取ると、広げ、俺に書かれた内容が見えるようにした。どうやらポスターらしいそれを、俺は顔を近づけて見る。
「じゃじゃーんっ。今度開催される武闘会の――」
「却下」
内容を理解した瞬間、俺は拒否権を発動。それを聞いてミンは「がーんっ」とショックを受けたような顔をした。しかし、このやりとりは初めてではない。
「な、なんでっ?」
「いつも言ってるだろ? 俺はこのゲームで戦いたいわけじゃないんだよ」
「で、でもボクは……」
「俺と共闘したいって?」
コクンと頷くミン。俺はしょうがない奴だという表情を作って苦笑した。
「やっぱ無理」
「けちっ」
返事がわかっていたようで、ミンはべぇっと舌を出してから、俺に対して頭から突っ込んでくる。じゃれあいの一環としてのそれを、俺はひょいと躱した。すてんとミンは転んだ。
「ひどいっ!」
「知らんわ」
それだけ言うと俺はミンに背を向け、もともと向かっていた方向に足を向ける。傍から見れば恩人を冷たく突き放す冷酷男の図だが、ミンとはそれなりの付き合いがある。ミンも俺の感謝の気持ちをわかっているだろう。
「あー、待ってよー!」
実際そのようで、ミンは追いかけてくると俺の横に並び、俺に笑顔を向けてくる。その笑顔が、これまで数知れない誤解を生み出してきたのだが、俺は真実を知っているので問題はない。
森の戦闘エリアをミンのお陰でやすやすと抜け、俺は森の開けた場所にある丘へとたどり着いた。そこは森に幾つか存在する安全圏であり、俺のお気に入りの場所であった。
「またここで?」
「当たり前だろ。このために俺はログインしてんだから」
ミンの微妙な表情に胸を張って答えると、ため息をつかれる。おかしいことを言ったつもりはないが、多くのプレイヤーにとっては俺の行動は異常に思えるらしい。
「おまえはどうする?」
「うーん……せっかくだからボクはレンの顔を見てる」
「あっそ」
顔を赤くして言うミンにそれだけ言うと、俺は丘の上でゴロンと寝転がる。そのまま綺麗な星空を見上げて、仮想世界でのんびりと自然を満喫する。俺が現実に住む都会ではこうはいかない。
そう、鍛冶師レンは、自然を満喫してあわよくば気持ちのいい睡眠をするためにFOへとログインしているのだった。
「……おまえ、そんなに俺の顔を見て楽しいか?」
「うん」
俺と同様に寝転がってしかし俺の顔ばかり見るミンにそう言うと、何を当たり前のことをと言わんばかりに頷きやがった。
俺の顔を見てふやけた顔をしているコイツが、FO内トッププレイヤー集団である攻略組のナイフ遣い、《銀閃》のミンであるというのは、この世界が間違っている気がしないでもない。
「……」
「……」
ミンを無視して寝入ろうとすると、ミンもまた静かに俺を見てくる。そんな今まで幾度も繰り返された状況に、俺は密かに安堵しつつもゆっくりと睡魔に襲われていった。
「んぁ……今何時だ?」
「日付が変わったばかり。結構寝たね」
独り言として漏らした俺の言葉に、隣から答える声が。振り向くまでもなく、それは隣で上半身を起こして俺を見るミンで。そいつは俺が寝始めた頃から二時間過ぎほど俺の横にいたようだった。らしくないことに、そのことに俺は少し罪悪感を覚えた。
「おまえ、ずっとここにいたの?」
「うん、そだよっ」
「あー……なんか悪かったな」
「いいよっ。それにレンの寝顔も見られたし」
うっとりとした表情を浮かべるミンに、うわぁと引きつつも、内心では感謝。ゲーム内ではたまに起きた時他プレイヤーから身ぐるみを剥がされているという状況もありうるので、ミンがいてくれたほうが安心して眠ることが出来るのだ。
まぁ、襲われるリスクがあっても、寝るわけだが。
俺はなんかお返しができないかな、と考えたところでふと思いつく。
「そうだ、武闘会――」
「出てくれるのっ!?」
「――は出ないわけだが」
「けちーっ」
一瞬顔を輝かせたミンが唇を尖らせてぶぅっといった表情になる。それに俺は言おうとしたことを続ける。
「まぁ、少し狩りにでも行くか? 俺、素材集めないといけないし」
瞬間、ぱぁっと顔を明るくしたミンに、これでよかったと安堵。ミンはバッと立ち上がって、俺と向かい合った。
「いいの? これまでそんなとこまで採取に行かなかったよねっ?」
「ま、たまにはいいだろ。それに少し高級な素材欲しいしな。いつまでもおまえが置いていくものに縋ってばっかじゃいられないし」
「さすが! それじゃ、行こうよ! どこどこっ?」
なにがさすがなのかわからないが、嬉しそうにしているミンを見て俺も気合が湧いてくる。「インゴットが採れるとこで」と要望を出すと、ミンは「任せてっ」と俺の手を引っ張って歩き始めた。
ま、ダチに合わせんのも悪くないか。
そういつもと違うことを思ったのがよくなかったのか。
日常とは呼べない瞬間が来たのも、この日、この時、だった。