錬成鍛冶師の日常
6月4日 「AM」概念の追加
キンッ……キンッ……――
空気に響く澄んだ音を奏でながら、俺は作業に没頭する。
熱した金属を取り出し、手に握る鎚で灼熱の鋼を打ち付ける。それを数回、再び炉に放り込んでは取り出し、また打ち付ける。
それを何度か繰り返し、最後に確認をしてから、よし、と俺はその金属を脇に用意した水に浸けた。ジュワァァという音が、胸中に達成感を沸き上がらせる。
しかしまだ終わらない。水から引き上げた金属を回転砥石に当てて、調整していく。
しばらくそこで集中して、そして作業を終了する。手に持つその金属をなんとなく布で拭って、店の在庫から鞘と柄を適当に見繕い、近くの作業台に置く。
「オープン」と発音し、ウィンドウを呼び出す。そこにある《合成》タブをタップして、対象を目の前に置かれた金属、柄の二つを選択し、決定。
すると対象に設定した二つが淡く光り、合体した。そこに現れたのは、柄が取り付けられた、鍛えぬかれた大剣。
うん、と満足して頷いて、俺はその大剣を鞘に収める。これもまたピッタリと収まる。そのままそれを持って、作業場から出た。
「うい。注文の品、できたぞ」
「おお、早いな」
入口兼、土間兼、品物展示場所であるそこにいたのは一人の大男。もちろん現実世界とは違う体格なのだろうが、その巨躯は、確かに俺の手にある大剣を扱うにふさわしい姿だった。
「……相変わらずいい腕をしているな。コイツのお陰で【ネツァク】戦も行けそうだ。礼として約束通り、今度裁縫屋のやつに枕の注文をしとくよ。……それと、今度どうだ? いい狩場を見つけたんだが」
「おう、それはまた今度な。さんきゅ」
それだけ交わすと、「そうか」と言って攻略組のその男は店を出ていく。
そこでガランとなる店内。毎回感じる寂寥感をまた感じながらも、気まぐれで俺は店じまいを始めた。
月もない星空の下。大都市アインから南に少し距離を置いた森。レベル二十エリア《邪の森》と呼ばれるそこで、俺は店を構えている。
鍛冶師。それもこのゲームで用意されている《鍛冶》スキルを用いずに《錬成》を使った珍種であるのが、俺――レン、だ。
スキルとは、この世界がこの世界たる所以と言うべき要素である。
大きく分けて《特殊職業》、《能力向上》、《魔法》の三要素に分かれているこれは、このゲーム内で最重要であると言えるだろう。
《特殊職業》スキルは、鍛冶師や革師など、この世界でしか出来ない職業を行使するために必要な名刺のようなもので、《能力向上》スキルはその名の通り膂力などを増加させるものだ。これには索敵なども含めた役立つ機能も分類されている。
そして《魔法》。これが人気を独り占めし、最大の人気を誇る。《魔法》スキルはポイントとの交換では手に入らず、初めに特殊職業スキル《魔術師》を取得した上でダンジョンやショップ、その他イベントで手に入る魔導書を読むことで、使える《魔法》の種類が増えていく。
しかし魔術師にはその分不利な点がある。それは、MPと体力が密接に関わり合っていることである。この場合の体力というのはHPのことではなく、スタミナのこと。高度な魔法を使えば使うほど、MPを消費し、また仮想の肉体の息も上がるよう設定されているという話だ。まあ、俺は魔法を使わないのでよくわからないが。
そんなこんなで、魔法はVRRPGで使ってこそ、と主張するゲーマーも数多い。
しかし俺はというと、森の端でのんびりと錬成鍛冶師ライフを送っていた。
「さて、と」
店の扉を閉め、「CLOSE」の表示を出しておく。そのまま、小屋の裏に回るように移動し、そのまま森の中へと向かう。ふと見上げると、澄み渡った空。最高の天気と設定されているだけあって、その星空は綺麗だった。
と、そこで突然、俺の視界内に黄色いサークルが出現する。警告色としてのそれは、まさしく敵の接近を示すものだ。索敵スキルを上げていた俺は、それがレベル十二《プレーンリザード・丁》というトカゲ型モンスターだと知る。
既に相手は俺を捕捉しているようだ。俺は仕方なく腰から吊るしていた二丁の拳銃に手を伸ばした。
この世界の武器は多岐にわたる。
剣でさえ形状や付加属性などで万通り以上あるものを、他にも銃、斧、槍など、プレイヤーに合わない武器は存在しないとまで言われている。噂では、フライパンのようなネタ武器も存在しているらしい。
俺はその内の、自動拳銃。詳しい名前は忘れてしまったが、店で一番使いやすいものとして渡されたものである。
その拳銃を一丁だけ右手に握り、抜く。そしてそのまま狙いをつけて引き金を引いた。仮想の衝撃が俺の肩を襲い、悲鳴をあげさせる。と、同時にトカゲの方も鳴き声を上げた。どうやら初弾は命中したらしい。
なぜ「らしい」なのか。それは俺が射撃の腕に自信がないからだ。
たかがゲーム内での射撃だろ? そんなの補正でなんとでもなるだろ? そんなふうに思われたかもしれない。しかし、それは不可能だった。
【フラジール・オンライン】には、モーションアシストが存在しない。
この世界最大の特徴といっても、過言ではないだろう。
従来のVRゲームのように、設定された剣技などを使って相手を倒すことが出来ないのだ。確かにわずかに補正がかかったりもするが、プレイヤーを鍛える要素は主に細々したスキルぐらいしかない。
唯一の例外として、《創作家》のスキルを持つ者が生み出した『Appendage Moves』、略してAMという技スキルが存在しているが、それらも大概が高値で取引される代物なので、片手剣で言う《縦切り》、《横切り》レベルのものしか一般には出回っていない。
なぜアシストが少ないのか。諸説言われているが最も有力な候補は、「仮想世界の過信を現実に持ち越さないようにするため」。現実との区別がつけられない者による無謀な犯罪を防ぐためという話だ。つまり、現実世界でセンスのないことには仮想世界であっても不得手であるということだ。先ほどのAMの習得についても、最低数百回の素振りが最低条件という話だ。
よって、俺の手から放たれた銃弾がトカゲに当たったことは、かなりラッキーなことがわかるだろう。現実世界で拳銃など使う者はいない。
が、
さすがにそれ一発では死ななかったトカゲがシュルル、と音を立てて威嚇を始める。どうやら無駄にダメージを与えてしまったことで、怒らせてしまったようだった。
キィィッ!と鳴き声を上げてこちらへまっすぐ近寄ってくるトカゲ。あまり速いものではないその動きに、しかし俺は慌てていた。
生産職として防具に気を配らなかったツケが来て、今の俺の装備は麻で出来たこの世界での普段着だ。
プレイヤーの設定体力は、どんなに戦闘を重ねようと大して成長しない。レベルというものがもともと存在しないのだから、あたりまえのことだ。よって、最低限の防具がないというのは、かなり危機的状況だ。唯一鍛えられる肉体のパラメータも、防具ほどには及ばない。
せめて敵が人型だったら、なんて意味のないことを考えながらも、何度か発砲してみる。が、焦って撃ったそれが当たるはずもなく、仮想の銃弾は地面を穿つだけに終わる。その間にもトカゲは地面を這って俺の元へと近づき、そして牙を剥いた。
あ、これは死に戻りか?
自分の間抜け加減に呆れつつも諦めて目をつぶりかけた俺に、そのとき救いの手が現れた。
突如、トカゲが後ろへと吹っ飛び、そのHPを半減させたのだ。
俺がやったわけではない。やったのは、いつのまにか俺の目の前に現れていた、一人の人間だった。
この仮想現実内では不思議でも何でもない碧色の髪に小柄な身体。その身に纏う革製の防具は何の飾り気もなく、一見すれば初心者用のそれと勘違いしてしまうが、鍛冶屋の俺に備わった《鑑定眼》スキルがかなり高級な品だと告げている。
そして、その可憐な横顔を真剣に目の前のトカゲに向け、両手にダガーナイフを構えている。そいつは、俺のことを間一髪で助けてくれたようだった。
と、そこでそいつが俺に意識を向けた。
「丁型のリザードに負けそうになるなんて……らしくないよ?」
「らしいってなんだよ、ミン」
ミンというアバターネームを持つナイフ遣い。そいつはこの世界で俺の店のお得意様であり、そして現実での知り合いでもあった。
俺が憮然とした顔でもしていたのか、くすっと笑ってミンはトカゲの方へと向き直る。敵はすぐそばまで寄って来ていた。
「わわっ」
「人のこと言えねぇし」
慌てて飛び退くミンを見ながらそう言うものの、元々の装備からして違うミンは、レベル二十ほどのトカゲの攻撃などほとんど通さないだろう。ミンが避けたのは、ただの反射行動だった。
ちなみにミンが口にしていた丁型というのは、モンスターのランクである。
甲、乙、丙、丁と四つに分けられ、順番に親玉、幹部、部隊長、下っ端みたいに俗称されることもある。ただし再湧出をしないボスにはこのランクはついていない。逆を言えば、このランクの付くモンスターは再湧出するということである。
このランクは出現するエリア内での格付けを表すものであり、これを知ることにより戦術をたてることが可能になる。代表的な特徴としては、より高いランクの奴を先に倒せば、下のランクの奴らは統率が取れなくなる、などだ。
つまり俺は、一番下っ端のトカゲにやられかけていたわけである。
「なにか倒しちゃいけないわけでもあるの?」
「いや、ないけど」
「じゃ、倒しちゃうね」
ミンは気軽にそう言うと、トトン、とステップを踏む。それは彼女がナイフ遣いとして身につけた固有の調子取りで、同時に短距離瞬速移動スキル《兎歩》の前フリでもあった。ミンの姿が霞む。
次の瞬間、トカゲの目の前に移動しているミン。一瞬にして距離を詰められたトカゲが後退しようとするのを、
「えいっ」
華奢な見た目からは考えられない容赦無いスキル無しの横薙ぎの一撃で切断。トカゲは金切り声を上げたかと思うと、硬直し、やがてポリゴンの欠片に爆散した。




