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挑んではならぬもの

 彼らの視線の先には、標的となる《アイスフェニックス》がいた。しかし、その身体は、もう動いてはいない。まるで生気が抜かれたように、ピクリとも動かない。

 そして、その《アイスフェニックス》の傍らに、



 氷の不死鳥の身体を喰らっている、一体の巨大な龍が、いた。



「あれは……ひ、《氷龍》……ッ!」


 ケイが叫ぶ。俺は素早くそれに対して《索敵》を絞る。そして見たものは、

 ――レベル四十、《氷龍・甲》

 という無慈悲な表示。


 これは、戦えない。


 直感がそう告げる。戦うことなど考えてはいけない。

 しかしそれでも、俺が腰の『翠雨』に手を触れていると、




 今まで《アイスフェニックス》を食らっていた《氷龍》が、




 こちらを、向いた。




「ッッ!? まずいッ! 全員、巣から退避!」


 エンケが大声で通達。それで我に返った者たちが、足をもつれさせながらも巣を駆け下りていく。

 しかし、


 グアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!


 《氷龍》が、咆吼を放つ。同時に、命を欠片も残さず失った《アイスフェニックス》が超多量のポリゴン片となって爆散する。それはまさに舞い上がる雪のように幻想的だが、それに見とれるには、少しばかり現実が厳しすぎた。


「レンくんっ! 逃げましょうっ!」

「……ああ」


 俺は他のメンバーと同じようにその場に背を向けるが、来る時に使った洞窟まで逃げるには、正直もう遅すぎる。


「すまんッ! ユウナ、遅れるなよッ!」


 俺が突然急加速すると、ユウナを置いていくような形になる。今ならまだなんとかなる。そう思った故の行動だが……胸が、痛い。

 俺は後先考えない全力の加速で、逃げていたメンバーに追いつき、追い抜く。そして、アイテムストレージから『転移メダル』と呼ばれる硬貨型アイテムを五個取り出した。


 そして発動させるスキルは――《錬成》。


 俺が目の前に投げた五枚のメダルが光を帯びながら地面へと落ち、そこでまばゆい蒼光を放った。


「全員これに入れッ!」


 俺が叫ぶと、逃げていたメンツがこちらへと来る。その場所には、一つの魔法陣が出来上がっている。


「『転移陣』だ! アインの入り口につながってる! 急げ!」


 全員を急き立てるように叫ぶ。そこで、足の早いものがまずはたどり着いた。『解放軍』のメンバーだ。

 彼らは感謝を述べると、その陣へと消えて行く。その次に来たのはケイたち『鉄鷲』だ。


「ありがとうございますっ」

「レンさんも一緒に!」

「いや、俺が通るとこれは消える。だから俺は最後だ」

「……分かりました。お気をつけて!」


 状況判断の上手い対応だ。これからも『鉄鷲』は強くなるな。

 そんなことを考えつつ、俺は遅れている奴らのほうを見た。

 図体のでかいエンケ、スタートダッシュの遅れたユウナとそれを引っ張るミン。そして、


「何やってんだ、アイツ……!」


 マーロウが最後尾を走っていた。しかし、その後ろには『巣』から出てきた《氷龍》が迫ってきている。

 俺は、迷う。

 しかし、真っ直ぐ前を見据えた。


「――“ウィンディムーブ”!」


 俺は駆け出す。

 ミンが入れてくれた風系魔法が後押しし、俺の速度が若干だが早くなる。それを見て驚いたような顔をしたユウナとミンがこちらを見て悲痛な声を上げる。


「レンっ!」

「レンくん!」

「おまえらは早くあの陣をくぐってろッ!」


 俺は叫んでそう言いながらも、最短距離を駆け、マーロウの元へと駆け寄る。


「何やってんだ!」

「うるさい……」


 そう言うマーロウの顔はかなりの苦痛に歪んでいた。見れば右足を引きずっている。加えて、赤のエフェクトがその脚から発せられている。


「食らったのか!?」

「ブレスが掠ったが……問題はない」

「大有りだ!」


 そう言うと俺はマーロウを強引に背負い、走りだす。幸い即席魔法の効果は未だ切れてはいないようだ。それほど速度も落ちることはなく、俺は足を動かす。


「なぜ……助ける……」

「俺はおまえの死なんか背負いたくないんだよ!」


 自分の言った言葉で、理由を述べる俺に、背中のマーロウはふっと笑った気がした。


「礼は、言わん」

「ほしくないわ、ボケ」


 そんなことを言いつつも、かなりの速度で走っている。前の方で、俺たちを待っているユウナたちがいる。

 早く陣に入れ!

 そう言おうとした時、俺の左側すぐそばを、一つの光条が走り抜けた。



 途端、その路が爆発する。



 凄まじい轟音を響かせ、ことごとくを破壊する攻撃。


「くそッ! なんて威力の光線だ!」


 悪態を付いている間に、背後で再び高威力の攻撃が来る気配を感じる。


「俺を置――」

「馬鹿言うなッ!」


 マーロウの言葉を制して、俺は直感のまま右側へ方向を変える。すると、先程までいた位置をレーザーが通り過ぎ、それはその先にいるユウナとミンにも向かっていった。

 俺の背筋が凍る、が、しかし二人はなんとか陣に逃げこむことで回避していた。


「俺たちも急ぐぞ!」


 『転移陣』まであと少し。間隔的にレーザーを一回避ければ、間に合うだろう。

 そんなことを考えていた俺は、まだ考えが甘いことを痛感する。


「レーザーが、来ない……?」


 攻撃がなくなったのを不思議に思って、俺が背後を向こうとすると、《索敵》が発動する。


「ッッッ!?」


 俺は迷わず、背中にあるものを掴んだ。


「? な、なにをす――」

「吹っ飛べぇぇッ!」


 マーロウが驚いた声を上げながら『転移陣』の方へ飛んでいくのを確認して、自分はすぐにバックステップでその場を離れた。


 直後、《氷龍》の巨体が、俺の元いた場所に鋭く降り立った。体当たり攻撃だ。


 その衝撃で舞い上がった雪に飲まれないよう気をつけながら、俺は警戒を絶たないまま睨みつける。それを感じたのか、《氷龍》もまた、俺の方をターゲットに選んだようだった。


 近くで改めて見ると、恐ろしい威圧感だ。仮想世界でのポリゴンの集まりにすぎないはずのモンスターとは思えない。人間十人分ほどはある高さから小さな人間にすぎない俺を睥睨してきている。そんな《氷龍》に、俺は負けじと睨み返す。


 そして、さり気なくその巨体の向こう側を見てみると、そこには雪に半分埋まりながらもなんとか『転移陣』へと向かうマーロウがいた。

 よし、このままコイツを引き付ける。


「おい、こっちだ、くそトカゲッ!」


 俺は声を張り上げて蛇行しながらその場から離れる。マーロウから距離を取る。

 《氷龍》もそれを見て、俺の方へと、その巨体を動かして近寄ってきた。そうなるはずだった。


「な……ッ!」


 野生の龍としての力か。《氷龍》は無様に俺を追いかけようとはせず、手近な獲物を先に始末しようと動いた。

 つまり、突然マーロウの方にターゲットを移したのだ。


「マーロウッッ!」


 彼の顔は恐怖に歪み、その瞳には、近づいてくる龍の顎が映っている。《氷龍》は大口を開けて、マーロウに迫る。


「く、そ……ッ!」


 俺は半分賭けに出ながら、駆け出した。




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