背負う命
執筆が、止まらない!
その後エンケも『解放軍』の人員の方へと向かい、何やら交渉。しばらくして決まったようで、ミンを連れて戻ってきた。
「一緒に狩りするんだってっ!」
「そっか。なら、今のうちに『ポーション』作っとかなきゃな」
「……レン」
「ん? ああ、わかってるよ。作るのは普通の『ポーション』だ。おまえらに渡した『ノーブルポーション』はおまえらが使ってくれ」
忠告しようとしてくれたエンケにそう言うと、俺は『ポーション』を作る。ポーション自体はそう難度の高いものではないため、簡単にそれなりの量を用意ができる。
と、そのとき、
「レンくん」
「お? ユウナ?」
予想外の人物からの声かけに俺は目を丸くした。ユウナは『解放軍』のメンバーだ。てっきり向こうで待機していると思ったのだが。
「ミンちゃんも。パーティ、組みませんか?」
「なっ……! ユウナ、それはどういうことだ! おまえは俺たちの側だろう!」
ユウナが唐突だがなんでもないお願いをしてきたと同時、見知らぬ男が割り込んできた。長身痩躯の二丁拳銃遣い。『解放軍』特有の鏡のような白銀の軽装備に身を包んだ彼が、黒縁メガネの奥から、なぜか俺を睨みつけて現れた。
「……誰?」
「あ、こちら『解放軍』の幹部のマーロウさんです」
「ん、そりゃはじめまして」
そう言って右手を差し出した俺を無視する形で、その男、マーロウは俺の手を打ち払った。
「貴様ッ! 何者かは知らんが、ユウナに気安く話しかけないでもらおう! 栄光ある『解放軍』になめた態度が許されると思うなッ!」
そう言い放つ、初対面の男。ユウナは少し顔をしかめ、ミンはうわぁ、とドン引きしている。そして俺は、
――あ、『ユウナは俺の嫁』タイプか。
と冷静に相手を分類していた。
とりあえず、俺は逆らわずにいようと決める。
「すまない。そんなつもりがあったわけじゃないんだ。俺はただの一般人で役立たずなんだが、《銀閃》の知り合いでな。それで少し縁があっただけで……これからは気をつける。非礼を働いてすまない」
自分を落として、相手の気勢を削ぐ。下手なプライドが邪魔をしさえしなければ、場を濁す方法として最良の手段だろうと、俺は思っている。
そんな俺の望んだ通り、マーロウは「それならいいが……」と俺に絡む必要性を感じなくなったようだった。
しめしめ。俺はそう思っていたのだが、直後、嬉しくないフォローが来た。
「レンくんは、役立たずじゃありません!」
ユウナである。元凶である彼女がそう言うことで、状況は一気に悪化する。俺は思わず舌打ちをしそうになった。
「レンくんは私を助けてくれましたし、一緒にお料理も食べる仲だからそんな薄い縁じゃありません!」
助けたことなんてあったっけか?
そんな風に現実逃避をしていると、ユウナが輝くような笑顔を向けてきた。邪気がないのがまたひどい。
俺が恐る恐る顔を上げると、そこには予想通りのマーロウがいた。
「貴様……!」
キレてる。この人、キレてる。
俺は戦略撤退も出来ず、どうしようか悩む。しかしその前に、マーロウが詰め寄った。
「貴様はユウナのなんなんだッ! 恋人かッ!?」
「おいおい? そんな二人に見えるか?」
なぁ、と確認のためにユウナに話を振る。
すると、彼女は頬を桜色に染めて、
「こ、恋人に、見えるんです……?」
やめて。誤解されるから、頼むから俺の方を見てそんな表情をしないで。
ユウナの意味の分からない態度に俺が半ば諦めていると、後ろに下がっていたミンが嬉々として口を開いた。
「二人はいつもラブラブだよねっ!」
……バッド援護射撃。
マーロウに襟元を締められながら、俺は危うく口汚いスラングを漏らしてしまいそうになった。
そして、ここで俺もなんだか面倒になって、口を緩めてしまった。
「おまえこそ何だよ」
「なに……?」
「ユウナの仲間だろ? それで?」
俺の言葉に理解を示していないマーロウに、俺はともすれば冷たく聞こえるような声でその先を口にした。
「そこまで言うからには、ユウナの行動を制限できるような間柄なんだろ?」
ぐ、と詰まるマーロウに呆れた表情を向けた。そもそもから『軍』という名称が嫌いだった俺は、それを目の前にいる男に吐き出そうとしていた。それこそ無駄なことなのに、だ。
「恋人か? いや、それはないか。それなら親友? なさそうだな。ただの仲間じゃ弱いからな……あ、許嫁か? はは、それは面白い冗談だな」
俺が馬鹿にしきっているのが伝わったのか、マーロウがその腰にある銃に手をかけた。すでに注目していた周りが騒然となるが、俺はそれを感じるよりも前に、すっと意識が冷えるのがわかった。
「……おまえはそれを俺に撃てるのか?」
「馬鹿にするなッ! 『解放軍』幹部の私が貴様のような低レベルな男を撃てないわけがないだろうッ!」
「技能の話じゃない。ただ、撃てるのか聞いているんだ」
マーロウは怒りに震えるその手で銃を握り、そのまま銃口を俺の額に押し付ける。ここはフィールド。銃弾が放たれれば、それは俺のHPを減らすだろう。
さすがに周りも止めようとしているようだが、下手に近寄れないらしい。
俺はそこまで状況を把握してから、冷えきった目を目の前の男に向けた。
「おまえは、俺の死をこれからも背負えるのか?」
それは、あまりに低い、ぞっとするような声音だった。
「な、に……?」
「俺の頭をその銃で撃ちぬけば、俺は死ぬだろう。それだけ、俺の防御力とおまえの攻撃力には差がある。その引き金を引けば、おまえは俺を殺すことになるわけだ」
人殺し。
その単語を出した途端、マーロウの顔はさっと青くなった。
「この世界で人を殺せば、そいつのタグには赤の警告色が付く。『私は人を殺しました』とこれから公言し続けるわけだ。おまえは蔑みと嫌悪の視線を向けられ、そして……孤独となる」
「そ、それは――」
「疑うか? ならやってみるといい」
そう言って俺は目を閉じる。そんな抵抗など欠片も見せない俺を目の当たりにすると、マーロウは俺を突き飛ばした。恐ろしくなったのだろう。
俺はそんな対応に呆れた視線を向けながらも、ここぞとばかりにわざとらしい笑顔をマーロウに向ける。
「とにかく、すまんかったな。これからはユウナとは仲良くしないように気をつける。それで手打ちにしてくれないか」
自分を落とすことで、禍根を無くす。俺が今までの人生の中で身につけた方法が、マーロウの表情に幾分余裕を取り戻させる。
「あ、ああ……わかればいい。とにかく今回は経験値稼ぎを進めることにする」
「ありがとう」
そう言って、話が終わろうとする。
俺は踵を返して、『鉄鷲』のもとに戻ろうとする。すると、いつのまにか目の前にユウナがいた。
「お、ユウナ? どうかし――」
いつもの調子で声をかけようとした時、
パシンッ、と、
俺の頬に、痛みがはしった。
「なにを、言ってるんですかっっ!」
彼女は、怒っていた。見たこともないような厳しい表情で、俺を見ていた。俺はそれに戸惑う。
戸惑ったまま言葉を出せないでいる俺を、強い感情のこもった目で見ながら、ユウナは泣くようにして言った。
「レンくんは死にませんっ!」
「いや、断言はできないだろ」
冷静にそう言う俺と、そんな俺を睨みつけるユウナ。その瞳に揺らめく感情に、ようやく俺は気づいた。
まさか、俺が死ぬのが悲しいのか……?
そんなバカな、と思う。俺は人から必要とされないただの木偶の坊で、また、そう教わってきた。
そんな俺の死を、気にしてくれる?
俺が呆然としていると、ユウナは、よろよろと立ち上がったマーロウの方にも向いた。
「それとマーロウさん! レンくんは私の大事な友だちなんですから、それを制限するみたいな真似、やめてください」
「だ、だが……そんな低レベルな奴など――」
「このゲームにレベルはありませんし、人格にももちろんありません!」
「だがユウナは俺たちの――」
「はい、同志です。でもそれだけです。私を縛り付ける道理などありません! 干渉しすぎないでくださいっ」
「な――」
キッパリと言われ、言葉をなくすマーロウ。
「あなたは強いですけど……弱いです。もっと落ち着いて考えてください。すぐにカッとなったら、戦況は見れません」
「そんな……そんな男の……どこがいいんだ」
唐突な質問を、マーロウは聞く。相変わらず俺を見る視線は見下すようなものだったが、しかしその声はすっかり弱々しくなっていた。
そんなマーロウにとどめを刺すかのごとく、ユウナは嬉しそうな顔で言った。
「全部です」
おまえは付き合いたての頭の悪いカップルか。
そうツッコみたかったが、ユウナは本当にそう思っていそうで、なんとなく、怖かった。
そして同時に、なんだか嬉しい気持ちを、俺は感じていた。
改稿前にチラリと出てきたマーロウさん。そのプライドの高さは変わりません(笑)
ただ、改稿前と違うのは、その独占欲かな?




