白毛玉の誘惑とお買い物
身体能力的には男の俺が最も有利だろう。
しかし、二人がこの世界で培った身体の操作技術は馬鹿にできない。それは時に男女差などもろともせず、自らの望みのために反映されるのだ。
「ん~! かわいぃ~!」
白毛玉に頬ずりし、満悦した様子でそう呟いたのはミンだった。
「ミンちゃん……私にも……」
「うーん、もうちょっと」
そう言って《ククリ》を離さないミン。既にかれこれ三十分ほど頬ずりし続けている。その姿を羨ましそうにユウナが見て、俺はそれを微笑ましく思いつつも見守っていた。
「……ミンちゃん」
「……わかったよー。お願いだから泣きそうな顔しないでっ」
羨ましさが募って涙目になっていたのをミンに見られて、慌てて目元を拭うユウナ。ミンは名残惜しげに《ククリ》をもう一度撫でた後、ユウナに渡した。
それにユウナが明るい顔をして受け取る。そのまましばらくうっとりと《ククリ》に見とれた後、そのふわふわの身体に顔を埋める。
キュゥ、と鳴くその小動物に癒される。
そして、俺とミンも癒されていた。
「なんかね……美少女って、セコいと思う」
「まぁ……同感だな」
呆れたように俺たちが言うその先では、白毛玉に顔をうずめて顔を極限まで緩めて笑っているユウナ。普段、『解放軍』の一員としての凛とした姿とのギャップに、その姿を見た者は大多数が鼻血を吹き出すようなレアな光景だろう。
かくいう俺とミンも、そっと上を向いていた。
しばらくその状態が続いた後、ミンはユウナのもとに歩み寄った。まさか《魅了》にかかったか、とふざけたことを一瞬とはいえ考えてしまう。
「もういいでしょっ? これはボクの特権だからねっ」
そう言ってユウナから白いのを取り上げるミン。あぁ、と言って手を伸ばしたままユウナは悲しそうな顔をする。
ここで。
ちらっとミンが俺にアイコンタクトを送ってくる。その意図に気づいた俺は、ユウナへと声をかけた。
「ユウナ、これから買い物にでも行かないか? 前にそういう約束したし、今日も一緒に夕飯食うだろ?」
「え……」
何故か、ユウナが固まった。
なにかまずいことでも言ったかと焦った後に、いや別にそんなことないよなと思い直す。そのまま三回ほど自分の言葉を確認して、ユウナに意識を向けると、彼女は慌てふためいていた。
「い、い、今からですっ?」
「ああ。そのほうが良くないか?」
視線だけで指し示す。そこには幸せそうな顔して白いのを抱えているミン。このまま二人が同じ場所にいれば、白毛玉の輪廻から解き放たれることはないだろう。
「……そうですね」
くすっと笑うユウナは《ククリ》から目を離し、俺の方を向く。そこには彼女には珍しい満面の笑顔があって。
「行きましょう、レンくん」
「あ、ああ」
その表情に少し動揺してしまう俺は、まだまだ修行が足りないなと感じるのだった。
出てくるMobもなんのその。俺の《索敵》スキルとユウナの『焔天』で近寄る前に蹴散らしていき、無傷状態で都市アインへと到着する。
しかし前衛がいないため常に《索敵》を使っていた俺は、かなり気疲れしていた。
「……やっぱミンがいないと疲れるな」
「で、でも私たち二人でも何とかなりました」
俺を慰めようとしているのか、ユウナが顔を赤くしてそんなことを言う。
それに俺は苦笑した。
「て言ってもな。俺、ただ敵のほうを指さしただけだし」
「それでも、私だけではとてもあそこまでうまくいきませんでした」
俺の自嘲的な言葉に尚も食い下がってくるユウナ。彼女にそんなことをさせていることが心苦しくて、俺は「そういえば」と話を切り替えた。
「ユウナは何を買うつもりだったんだ? さすがに夕飯の買い物だけじゃないだろ」
俺がとりあえずそう問いかけると、ユウナは「あっ」と目を丸くした。
え、なにその「考えてなかった」って顔。
「と、とりあえず見て回りましょう。夕ご飯の買い物は最後にするということで」
「おう、了解」
俺は内心ツッコみたいのを堪えて了承する。そして、ユウナの買い物の荷物が重くならないことを願う。女性の買い物はすごいと聞くし、女性といっていいのかわからないが、ミンの奴も俺がいる時に限ってすごい量の買い物をするからだ。
「それでは、最初は屋台街から回りましょう」
そう言って歩き出したその背中を、俺は追いかける。
それからアクセサリーショップやら衣服店やら、多くの店を回って。
彼女は本当に買い物を楽しんでいるようだった。
そんな彼女が、ふと、こちらを悲しそうな瞳で見てくる。
「……どうして離れているんですか」
そんな彼女の言葉に、俺は自分の立ち位置を確認する。
彼女の斜め後ろ、少し離れている。それはまるで控えている従者のようで。
それに俺は咄嗟に適当な言い訳をしようとするが、
「いや……《戦巫女》ユウナの隣に得体のしれない男がいたら不味いかなと思ってさ」
彼女の真剣な瞳に、本音をぶちまけていた。
それに彼女は一層悲しそうな顔をして、それから、
「そんなのは、いいです」
俺に軽くぶつかってきた。
反射的にその身体を抱きとめようとするところで、思いとどまり、慌ててその腕を下ろす。
それに気づいた様子もなく、ユウナは俺の傍らに立った。
「……友達、ですよね?」
「まあ、な」
「それならこれでおかしくないはず、です」
ユウナの顔を伺うと、その顔は少し寂しそうで。
俺は無意識にその手を引いていた。
「よし、じゃあ行くか」
「……はいっ」
彼女の顔は赤くて。
そして俺の顔もほんのり熱かった。
それから俺たちは二人でいろんな場所を見て回り、練り歩いた。しかし、ユウナは何も買うことなく、まさしくウィンドウショッピングだった。そうして俺はといえば、周りの視線が痛すぎてそれどころではない。改めて隣にいる少女が有名だということを実感する。
「ユウナ、なんか買うんじゃなかったのか?」
「いえ……何か一つでも買ってしまうと、全部買ってしまいそうで……」
これが女性の本能か。
俺はそら恐ろしく思った。
「そういえば……」
ふと、ユウナがそんな風に切り出した。俺は近くの武器屋に向けていた視線を「ん?」と彼女に向ける。
ユウナは不思議そうな顔をして、俺の目を見つめた。
「その、レンくん、魔法……使ってましたよね?」
その言葉にしばらく何のことかと頭を悩ませたが、しばらくして『邪の吹き溜まり』での行動のことを指していることを理解した。
「あれ、か」
「あれ、どういうことなんですか? 私、レンくんは魔法を使えないと思ってました」
「ああ、俺は使えないよ」
「?」
不思議そうに小首を傾げるユウナ。その意識しない美しさによってすれ違う通りの人々が振り返ってくる事実に俺は苦笑。しばらく悩んだものの、ユウナならいいかと正直にネタバラしをした。
「あれ、俺の《錬成》なんだ」
「……はい?」
彼女のそんな表情は、かなり珍しかった。




