魔導鍛冶師?
身の危険を本能で感じ取り、俺は次の行動を決定した。
「……撤退っ!」
「あ、レンずるいっ!」
ミンが何か抗議しているようだったが、関係ない。俺はおまえと違って死ぬ可能性だってあるんだ。まぁ、それがどうした、ていう話ではあるんだが。
確かにこのまま敵に背を向けて、ミンに全てを押し付けるわけにもいかないから……。
俺はアイテムリストからある項目を選択すると、
「……“スラッシュウィンド”!」
ミンの背後を取ろうとしていた三体のモンスターを指さしてターゲティングしながら叫ぶ。
すると、
その三体は、巻き上がる烈風に体中を切り裂かれた。
後方のユウナが驚いたように息を呑む。それを感じて、俺は声を上げた。
「後は頼んだぞ、ミン!」
「任せてよっ!」
そう言うやいなや、ミンは両手で逆手に構えたナイフを交差するように構えると、
「これで……終わりっ《アドカット》!」
システムアシスト特有の急加速した腕で同時にそれを斬り払い、コウモリの両翼を断ち切って消滅させた。
「いきなり大変だったけど……何とかなったねっ」
「はい、息も合ってましたし。いいチームだと思います」
そう話して期待に満ちた目をこちらに向ける。それを感じて俺は口を開いた。
「どうかしたか、二人とも?」
「「……はぁ」」
なんか同時にため息を吐かれる。疲れたのだろうか。《武芸者》と言えど現実ではただの女子高校生だし、それも仕方のないことだろう。
「あ、そういえばユウナっていくつだ? 俺とミンは十七だけど」
「私もです。同い年なんですね」
同い年で、この落ち着きか。なんだか羨ましくもある。特にミンにはもう少し身に付けてもらいたいものだ。
そこまで俺が考えているところで、ミンがニヤニヤとしながら俺の方を向いた。
「どしたの~? いきなり歳を聞くなんて……口説きでもするつもりなのかなぁ?」
「え……」
「違うに決まってるだろ。俺がそんな軟派野郎に見えるか?」
確かにね、と笑うミンと、どことなく寂しそうにするユウナ。そんな二人を見比べて、俺は首を傾げると「ところで」と話を切り替えた。
「ユウナって体術出来るか?」
「……鋭意修行中です」
出来ないらしい。道理で、彼女は先ほどの戦闘の途中で近づいてきたゴブリンに苦戦していたのだった。
しかし修行はしているようだ。誰か師事している人物でもいるのかどうかを聞くと、ユウナはミンの方を向いて、二人でニッコリと微笑み合う。
「師匠は、ミンか……」
「なんでそんな不安そうな顔してるのっ? ちゃんと基本から教えてるからダイジョブだよっ!」
よほど俺の表情がひどかったらしい。
俺は誤魔化すように曖昧に笑うと、「さー行くぞ!」と洞窟を奥へと進んでいった。
「逃げた……」
「そうですね……」
そんな声が聞こえてきた気がしたが、反応することはしなかった。
それからしばらく歩いて、出てくる《ゴブリン》をユウナが弓で倒したり、飛んでくる《コウモリ》をミンがナイフで切り裂いたりとを繰り返していた。
もしこれがレベル制のゲームだとしたら、同じパーティの俺は何もせずにガンガンレベルが上がっていただろう。
そのまま楽をさせてもらおうとゆったりと歩いていると、
「たまにはレンも戦ってよーっ」
とミンに言われたので、二匹の《泥棒ネズミ》の時に俺が前に出た。だがしかし、ことごとく弾丸が外れ、噛み付かれて体力を減らす始末。なんとか近接射撃でその二体を葬ったときには三割ほど体力が削られていた。
「だ、大丈夫ですか……っ!」
そう心配して体力回復用の赤ポーションを渡してくるユウナに感謝してそれをぐいっと一気に飲み干す。アセロラジュースのような味を嚥下。その際に注がれるユウナの心配そうな視線に、なんだか恥ずかしさを感じた。
無傷勝利が当たり前な《泥棒ネズミ》相手に三割も体力を削られる。
カッコ悪い姿を見せたなぁ、と思った。
そのまま危なげなく洞窟を進み、モンスターを出会い頭にユウナとミンが屠りながら、やがて最奥へと到着する。その場所にある荘厳な大扉は既に開け放たれていて、中には何もいないことを示している。
「ここが例の《世界》がいたという……」
かつてこの場所にはエリアボスが君臨していた。大天使タヴ。または《世界》とも表記されるその個体は、とにかく強大な力を振るう暴走型の厄介なボスだったらしい。当然そこに集うモンスターの強さも引き上げられる。そのため、『愚者の盾』がそれを討伐するまでは、『邪の森』は第一級の危険地帯だったのだ。
「それを考えると……すごいところに住んでいますね、レンくん」
「自覚はなかったな。住んでいる場所は一応安全地帯だったし」
そんなふうに簡単に流してはいるものの、ミンは俺の家に通うために出会う強力な敵で、技を磨いたという経緯もあるのだ。俺も少しは練習すべきだったかもしれない。
俺は今一度周りを見渡す。三人が横に並べば塞げるような狭い通路と扉。そしてその向こうに広がるどでかいホールのようなボス部屋。それらをじっくりと見てから、同じように周りを見ていた二人の方を向いた。
「んで、どうする? ここで終わりみたいだけど」
「そうだねー……」
「どうしましょうか」
あまり計画性のない俺たち。だが目的は三人一緒に冒険をすることであり、無理に敵を探す必要はない。
俺たちは、互いに顔を見合わせた。
「……何かが起こっても怖いですし。今日のところは戻りましょうか」
「今日のところは……って、俺はまた狩りに行くのか?」
「「……」」
「わ、わかったよ……」
てっきり狩りのお誘いはこれっきりだと思っていた俺が発した言葉を、二人が白けた視線でじーっと見る。それにたじろいで、俺は要請もされていないのにコクコクと頷いた。それに満足そうに、安堵したように二人は笑った。
「んじゃ、帰るか。今日のところは」
「はい、今日のところは」
「……むぅ。なんだか二人が仲いいんだよっ!」
なぜだか少し怒ったようなミンの声に、ユウナが困ったような顔をする。それに疑問符を浮かべる俺。
「まぁ待てミン。帰ったらユウナがきっと菓子を作ってくれ――」
機嫌を取ろうと口を開いていたが、そこで俺の口が止まる。
そのことを不可解に思った二人がきょとんと俺の顔を見つめてくる。
「……レンくん?」
そう呼びかけてくるユウナに、俺は言葉で答えることができない。その代わり、道を引き返した先の通路奥を指さした。
それに釣られるようにしてユウナとミンの視線が向けられる。俺が共有の意思を見せたことにより伝わった索敵情報を二人が理解すると同時、二人の顔も固まった。
その視線の先にいたのは、一匹のMob。
抱え込めるほどの大きさの白い球体が宙にふよふよと浮いている。その身体はふわふわの毛に覆われていて、そこからちょろっと伸びる尻尾はとても愛らしい。くりっとした丸い目を付けたその生き物は、現実世界に存在するような動物ではなく、FO限定の想像上生物だ。
《ククリ》という個体名を持つそのMobは、レベルも存在せず攻撃性は皆無。テイムこそ出来ないものの、ある程度触ることすら出来るという珍種だ。そのため個体数は希少ながら、愛玩用の生物として知られているのだ。
そんなレアを見て、俺達の目は一様に輝いた。
「最初に捕まえた人が特権っていうのはどうかなっ」
「負けねぇ」
「ナデナデします……っ!」
普段はしっかりとしたユウナですらやや幼児退行してしまうほどの可愛らしさ。それをひたすら撫で回す特権を得るために、俺たちは互いに火花を飛ばし合っていた。
ついでに言うと、俺も可愛いものは、好きだった。
「時間は三十分。範囲は洞窟出口からレンの家まで。その胸に抱いた者勝ち」
「異議無し」
「了解です」
俺たちの間に緊張が走る。それと同時に身体のバネを収縮。そしてそれらが最高潮に達した時。
「――っ始め!」
ミンの掛け声と同時に、俺たちは《ククリ》に向かって地を蹴った。