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ドラグノアの魔女 〜竜約の少女と果ての空〜  作者: inami。
第一章 アリステラの魔女達

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第8話 ディアナって子、知りませんか?

 箱庭の正門前に、新入生たちが集められていた。

 夜の侵入で見た、月明かりの神秘的な箱庭とは違う。朝の光の下、正門は佇み、その奥へと続く道が新入生たちを招いている。ルーシェの胸は、期待で破裂しそうだった。

 

 正門の前に、二人の女性が立っていた。一人は、生真面目そうな面持ちで、書類を手にしている。

 

「そ、それでは、本日より、新入生への箱庭の開放を行います……!」

 

 緊張した声で、彼女が口を開いた。

 

「……既に竜学などで習っているかと思いますが……竜は皆さんを簡単に殺せてしまう存在です。くれぐれも、対応を間違えないように気を付けてください」

 

 その言葉に、先ほどまで笑顔だった新入生達の顔が青ざめていく。

 

「広大な土地のため、何かあった場合でも、私達が駆けつけるには時間がかかってしまいます。原則的に、自分の身は自分で守るよう、お願いします」

 

 新入生たちの間に、緊張が走る。と、その隣に立つもう一人の女性が、軽く手を振って割って入った。

 

「はいはいオトちゃん、いつもながらに脅しすぎ」

 

 砕けた、気さくな口調。先の女性とは対照的に、肩の力が抜けている。

 

「ここで暮らしてる子達は、まぁほとんどが優しい子だから、そんなに気負わなくていいよ」

 

 新入生たちの強張りが、少しほぐれる。だが、彼女は人差し指を立てて続けた。

 

「ただ一つだけ。君達が竜を選ぼうとしていると思うんだけど——逆でさ」

 

 その目が、新入生たちを見渡す。

 

「竜が、君達を見極めてるんだよね。そこを間違えてると、上手くいかないかもしれないから、頭に入れておいてね」

 

 ルーシェの脳裏に、声がよぎった。「キミを待っていた」と告げた、ディアナの声。竜が、選ぶ。その言葉が、妙に胸に響いた。

 後ろで、スカーレットが小声で呟く。

 

「オトハさん。悪気は無いんだろうが、こりゃ初日は、あんまり人残らなそうだな……」

 

 慎重な注意と、気さくな励まし。どちらも竜の危険性を裏打ちしていて、怖気づいた新入生も少なくないようだった。だが、ルーシェは違った。

 

「うーん! 楽しみだねスーちゃん、フリルちゃん!」

 

 夜の侵入を共にした三人。ルーシェの隣にはスカーレットと、それ以降よく会話をするようになったフリルがいた。

 

「……いつも通り」

 

 フリルが、ぽつりと応じる。相変わらず感情の読めない横顔。

 スカーレットが、二人を交互に見て、苦笑した。

 

「周り見てると、この不思議ちゃん二人を頼もしく感じるよ」

 

 恐れを知らないルーシェと、既に箱庭に入り浸っているフリル。この二人と一緒なら、確かに心強い。スカーレットは、そう思い始めている自分に気づいていた。

 

「……い、以上が、箱庭での諸注意になります」

 

 オトハが、書類を畳んで、声を張り上げた。

 

「それでは、開放です! 皆さんが良い出会いに恵まれますように……!」

 

 開かれた正門が、新入生たちを迎え入れる。それぞれが、緊張と期待を抱いて、箱庭へと足を踏み入れていった。

 

「さてと、まずはどこから行くか」

 

 箱庭に入ったスカーレットが、伸びをしながら言った。

 

「フリルは、あいつのところか?」

 

 フリルは小さく頷いた。

 

「……また後で」

 

 短くそう言って、フリルは一人、森の奥へと消えていく。彼女は、既に相棒を決めているようだ。

 

「ルーシェは……ディアナって竜を探すんだよな?」

「うん! だからスーちゃんは、私に構わず自由に動いていいよ!」

「あいよ。じゃあ後でな」

 

 スカーレットは軽く手を上げ、それから、ふっと笑った。

 

「お前なら、きっとディアナに会えるぜ」


 だが、広大な箱庭で、一頭の竜を探し当てるのは、容易ではなかった。

 

「あの!ディアナって子、知りませんか?」

 

 ルーシェは、出会う竜に片端から尋ねて回った。言葉が通じることに竜たちは一様に驚きつつも、応じてくれる。

 

《ディアナ?あの子は、決まった場所に居ないからねぇ……》

 

 一頭の竜が、首を傾げる。別の竜は、思い出すように言った。

 

《ディアナちゃんは氷の力を使うから、火山の方には行かないんじゃないかなー》

 

 また別の竜は、こう告げた。

 

《ディアナか。あいつはクールな奴だから、雪原エリアにでもいるんじゃないか?》

 

 クールで、氷の力を使う竜。断片的な情報を頼りに、ルーシェは箱庭を駆け回った。



 

「うぅ……何という寒さ。寒暖差で砕け散りそうだよー……」

 

 雪原エリアに辿り着いたルーシェは、凍えながら歩いていた。吐く息が白い。だが、それらしい竜の姿は見当たらない。

 途方に暮れていると、近くにいた一頭の竜が、くすりと笑う気配がした。

 

《ふふ、君がルーシェだね?ディアナなら、森林エリアの湖で待っているよ》

 

「えっ……」

 

 森林エリア。それは、ルーシェが箱庭に入って、最初に通った場所のすぐ近く。

 

「くぅ……まさか、入り口付近だったとは。下暗し……!」

 

 ルーシェは急いで来た道を引き返した。


 ————————◆————◇————◆————◇————◆————————


 森林エリアへ戻る途中、ルーシェは、ただならぬ気配に足を止めた。

 何頭かの竜が、一箇所に集まっている。その中心で、若い新入生の少女が、青ざめて震えていた。

 

「あ……あの……ごめん……なさい」

 

 少女の前で、一頭の竜が、苛立たしげに尻尾を打ち振っている。

 別の竜が、なだめるように間に入った。

 

《落ち着きなって!尻尾踏まれるなんて、よくある事じゃないか》

 

 だが、踏まれた竜は収まらなかった。

 

《許せるか!そもそもアタイは、この不自由ない環境で生きていたいだけだ!それなのに人間がチョロチョロと、人間に服従なんて、バカのする事さ!》

 

 吐き捨てるような言葉。ルーシェは、その竜の声に滲む、棘のような感情を聞き取った。その場の痛みや怒りだけではない。根本的な人間への拒絶心。

 その言葉に、なだめていた竜の気配が変わった。

 

《あんた! それは……英雄ミラドーナへの侮辱だよ!15年前を知らないからって、許されないよ!》

 

 英雄ミラドーナ。聞き慣れない名。だが、15年前という言葉が自然と竜人の襲撃事件と結び付く。

 

《人間の力を借りなければ何もできない奴の何が英雄だ!どいつもこいつもいつまでも、過去の同じ事ばかり話して!》

 

 二頭の竜の間に、火花が散る。痛みから始まった小さな争いは、いつの間にか別の——竜たちの間にくすぶる、根深い対立へと姿を変えていた。

 ルーシェは、震える少女に駆け寄った。

 

「あなた!早くこっちへ!」

 

 少女の手を引き、その場から遠ざけようとする。だが——

 

《おっと、逃さねぇよ!腕の1本が、覚悟の最低ラインだ!》

 

 人間への拒絶を剥き出しにした竜——その鋭い視線が、ルーシェと少女を捉えた。爪が、振り上げられる。

 ルーシェは少女を庇い、咄嗟に身を固くした。

 

 その時。

 風を切って、青白い何かが割り込んだ。

 振り下ろされた爪が、氷の障壁に阻まれ、弾かれる。ルーシェの前に、一頭の竜が舞い降りていた。白銀の鱗。冷たく澄んだ、氷の気配。

 

《ジェイリーン。君とは相容れないが——ミラドーナの英雄譚が嫌い、という点だけは同意するよ》

《ディアナ! テメェは!》

 

 その竜が、静かに、しかし鋭く告げた。攻撃を防がれたジェイリーンと呼ばれた竜が、怯む。

 だが、その隙だった。

 もう一頭の竜が、ジェイリーンの動揺を突いて、横合いから牙を突き立てた。

 

《ディアナはともかく、あんたみたいなのがミラドーナを悪く言うのは、腹が立つんだよ!》

《グアァ……クソッ!》


 不意打ちに、ジェイリーンが体勢を崩す。怒りに任せて反撃し、二頭は激しくもつれ合った。互いを傷つけ合いながら、その巨体が、地を蹴る。

 翼が広がり、二頭は争ったまま、空へと舞い上がっていく。


 ルーシェの前に降り立った白銀の竜が、ゆっくりと振り返った。

 ルーシェには、もう分かっていた。その澄んだ気配。あの夜、闇の中で自分を呼んだ声と、同じもの。

 

「あなたが、ディアナだよね? あの夜、私に呼びかけてくれた」

《ああ。君が、ルーシェだな》

 

 ディアナの声は、夜と変わらず、クールで、けれど確かな温度を持っていた。

 

《話したい事があったんだが——今は、ジェイリーン達を止めなければならない》

 

 ディアナの視線が、空へと向かう。争いながら遠ざかっていく二頭の竜。このままでは、互いに傷つくだけでは済まない。箱庭の他の竜や、新入生たちまで、巻き込みかねない。

 

「だったら!私も連れていって!」

 

 ディアナが、わずかに目を見開く。

 

「あの子たちを止めたい気持ちは、同じだから!」

 

 竜たちの諍いの声を、ルーシェはずっと聞いていた。痛み、怒り、そして拒絶。あの竜たちを、ただ放ってはおけない。傷つけ合うのを、止めたい。それは、ディアナと同じ願いだった。

 ディアナは、ルーシェをじっと見つめた。そして、ふっと、息を漏らすように言った。

 

《分かった。いや——ずっと前から、分かっていたか》

 

 その言葉の意味を、ルーシェはまだ知らない。ディアナが、なぜそう言ったのかも。だが、ディアナはもう、ルーシェを受け入れていた。

 

《乗ってくれ。舌を噛まないように》

 

 ディアナが、身を低くする。ルーシェは、迷わずその背に手をかけた。

 初めて触れる、相棒となるべき竜の背。冷たく、力強い。

 ルーシェが跨ると同時に、ディアナの翼が大きく広がり舞い上がった。

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