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ドラグノアの魔女 〜竜約の少女と果ての空〜  作者: inami。
第一章 アリステラの魔女達

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第1話 私は、必ず果ての空に行くんだ

 雲の海が、眼下にどこまでも広がっていた。


 朝日に染められた雲の表面は、まるで黄金の絨毯のように波打ち、その上を一頭の竜が悠々と滑空している。白銀の鱗を持つ、まだ大人になりきっていない若い竜だ。その背に、一人の少女が跨っていた。


「んー、すっごく風が気持ちいいねー」


 少女が大きく伸びをする。長い髪が風に巻き上げられ、頬を撫でていく。


「ああ、そうだな。このまま空脈に乗っていけば果ての空へ上がれるはずだ」


 少女——ルーシェは身を乗り出して、遥か彼方の空を指さした。


「ねぇディアナ、果ての空には何が待ってるかな?」

「竜か人か、私達の空の上にいるのは『敵』だ」


 ディアナと呼ばれた竜の声は、抑揚を抑えた淡々とした調子だった。だがその下に、わずかな緊張が滲んでいる。

 ルーシェはそれに気づいているのかいないのか、明るい声で続けた。


「でも、きっとどこかでお母さん達も待ってるよ」


 ディアナが、ほんの一瞬、空を仰ぐような動作をした。


「……だといいな。聞きたい事は沢山ある」


 その声には、いつものクールさの中に、確かに別の感情が混じっていた。期待か、不安か、あるいはその両方か。

 ルーシェはそれを察したのか、思い切り両腕を広げた。


「よーしガンガン飛ばしてこー! ディアナとなら、もっとずっとどこまでも飛んで行けちゃうよ!」

「……君は本当に変わらないな」


 ディアナが小さく溜息をついた。だがその尻尾は、機嫌よく揺れている。


 風の流れがさらに強くなり、二人の身体を押し上げた。


 そして少女達は、雲を抜けた——


————————◆————◇————◆————◇————◆————————



「……ぃ……おい、お前いつまで寝てるんだ?」


 頬を軽く突かれる感触で、ルーシェはぼんやりと目を開けた。視界に飛び込んできたのは、見知らぬ少女の顔。呆れたような半笑い。鮮やかな赤い髪が、揺れる窓の光に照らされている。


「……ふぇ? あなたはだあれ?ここはどこ?」


 寝ぼけ眼を擦りながら、ルーシェは身を起こそうとした。


「はぁ……アタシはスカーレット。んでここはアリステラ・アカデミーに向かう輸送竜の中だ」


 スカーレットと名乗った少女は、もう一度大きな溜息をついた。どうやら、ルーシェはこの初対面の少女の膝の上で熟睡していたらしい。


「なぁんだ、まだ着いてなかったんだ。じゃあおやすみ〜」


 ルーシェは再び目を閉じた。


「おいおい、アタシの膝枕は高くつくぜ? それに、この空からの景色を見ないなんて勿体ないんじゃないか?」


 スカーレットがにやりと笑い、ルーシェの肩を掴んで強引に窓の方へ向き直らせた。


「そら!!」


 その瞬間、視界が一気に開けた。


「ふおぉぉぉ! 森も、建物もあんなに小さい!」


 丸い窓の向こうには、見下ろすほどに広がる大地。緑の森は絨毯のように敷き詰められ、点在する建物は積み木のおもちゃのように小さい。雲が手の届きそうな距離を流れていく。ルーシェは窓に張り付くようにして、両手を硝子に押し当てた。


「もしかしてこれに乗るの初めてなのか? ま、目が覚めたみたいで何よりだ。出来ればそのまま大人しくしててくれよ」


 スカーレットは座席にもたれ直し、足を組んだ。明らかにこの手の旅に慣れている様子だ。輸送竜の振動も、彼女にとっては心地よい揺り籠程度のものらしい。


 ルーシェは目を輝かせたまま、窓の外を眺め続けた。

 これから始まる学園生活。胸に下げたペンダントが、わずかに熱を帯びていく気がした。


 そして、しばらく穏やか時間が流れていたその時だった——


 輸送竜が、突然大きく身震いした。



「な、何だ!? お前、いきなり暴れ出して!クソッ、せ、制御が」


 客室の前方、操縦席の方から運転手の焦った声が響いた。輸送竜の鳴き声が、いつもの低い唸りから、明らかに悲鳴へと変わっていく。


 輸送竜に合わせて、掴まれている客室コンテナが左に傾きルーシェは窓から引き剥がされるようにして座席に倒れ込んだ。乗客たちのざわめきが、すぐに恐怖の声へと変わる。


「おいおい、何事だよ」


 スカーレットが姿勢を低くしながら、操縦席の方を睨んだ。


 その時だった。


《こわい……こわい……》


 頭の中に、声が響いた。


 ルーシェは弾かれたように顔を上げる。それは確かに《声》だった。


「この子、怯えてる。怖いって」


 ルーシェの口から、半ば無意識に言葉が漏れた。

 スカーレットが、驚いた顔でルーシェを見た。


「はぁ?お前、まさか契約されてない竜の言葉が分かるのか?」


 ルーシェは座席から立ち上がっていた。


「大丈夫!落ち着いて!何があったのか教えて!」


 声を張り上げる。だが、輸送竜からの返答は、震えるような繰り返しだけだった。


《こわい……こわい……こわい……》


「ここからじゃ聞こえてない……」


 ルーシェはすぐに顔を上げた。視線はもう窓の上——この大きな箱を運んでいる輸送竜の首がある方向に向いている。


「ねぇスーちゃん、この窓開けれる?」

「窓? ちょっと待ってな」


 スカーレットは窓の留め具を素早く外す。途端、開いた隙間から強烈な風が客室に吹き込み、彼女の赤い髪をはためかせた。


「うぉっ!……っと。開いたぜ、どうする気だ?」

「ありがとう!この窓から上に登って、もっとあの子の近くで話さなきゃ」


 スカーレットの表情が一瞬で凍りついた。


「冗談だろ?この高さにこの揺れ、落ちたら間違いなく死ぬぞ」


 風の音が、彼女の言葉の最後を半分かき消した。窓の外、雲が信じられない速度で流れていく。確かに、ここから身を乗り出すのは正気の沙汰ではない。


 ルーシェは、まっすぐにスカーレットを見つめた。先ほどまでの寝ぼけた表情は、もうそこにはなかった。


「でもこのままだとこの子が落ちて同じ事になる」


 声は震えていなかった。


「私は、必ず果ての空に行くんだ。だから地に落ちて終わりなんてあり得ない」


 それは、覚悟というより、もっと単純な確信のようだった。しかし、根拠のない確信には確かな意志が宿っていた。


 スカーレットは数秒、無言でルーシェを見つめた。

 それから、深く息を吐き出した。


「……お前、名前は?」

「ルーシェ……ルーシェ・アイオライト!」

「ルーシェ、お互い生きてたらいい友達になれる気がするよ」


 スカーレットの口元に、わずかな笑みが浮かんでいた。先ほどまでの呆れ顔とは違う、何か別のものを認めた者の笑み。


「やった!アカデミーでの友達第一号!」


 ルーシェは靴を脱ぎ、楽しそうな顔のままゆっくりと窓の外へと上がっていく——


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