第45話 騒がしくも幸せな日常
【瑛視点】
「ま、眞美……信じてくれるの!?」
「危険だから、二人はここにいて」
すがるように問う萌真を制し、眞美は鋭い声で言い放つと、迷うことなく開け放たれたドアの向こう――不気味な静寂に包まれた部屋の中へと飛び込んでいった。
「おい、眞美!お前一人じゃ危ないって!」
俺が止めようとした瞬間、部屋の中から凄まじい物音が響き渡った。
『ええい、悪霊退散!』
『そこね!逃がさないわよ!』
『があああっ!』
ドタバタと何かが倒れる音、空気を裂くような眞美の凛々しい叫び声、そして、あの男の霊の苦しげな呻き声。見えない結界でも張られているのか、部屋の中の凄絶な戦いの気配が、廊下にいる俺たちにもビリビリと伝わってくる。
「ま、眞美……あんた、いつからそんな霊能力者に……!」
「そういえば……最近、眞美が何度も萌真の部屋の様子を見に来てたのって……あれは俺たちの様子を窺ってたんじゃなくて、悪霊の気配を察知して見回ってくれてたってことか!?」
点と点が繋がり、俺たちは戦慄した。リアリストだと思っていた妹が、実は裏で家族を霊的脅威から守り続けていた孤独な戦士だったなんて。
やがて、部屋の中からバタンッと大きな音が響き、ピタリと静寂が戻った。
ゴクリと生唾を飲み込んで見守る中、暗がりからゆっくりと眞美が姿を現した。肩で息をし、うつむき加減で廊下へと出てくる。
「ま、眞美……大丈夫か!?」
俺たちが駆け寄ろうとした、その時だった。
眞美はゆっくりと顔を上げると、いつものクールな表情を一変させ、見たこともないような悪戯っぽい笑顔を浮かべて、右手のピースサインを突き出した。
「うっそーんw」
「…………は?」
俺と萌真は、完全に思考がフリーズした。
眞美はポケットから自分のスマホを取り出すと、画面を操作して俺たちに見せた。そこには、音声編集アプリの波形が映し出されている。
「霊の声は、私がAI音声で作って、部屋のBluetoothスピーカーから流したの。伊之助と夕顔の台詞合わせするって言ってたから、ちょうどいいタイミングだと思って」
「えっ……じゃあ、さっきの部屋の中での戦いは……?」
「ただ壁を叩いて、一人で叫んでただけ。……ふふっ、二人とも完全に信じ切ってて傑作だったわ」
ケラケラと笑う眞美を見て、俺たちはようやく全てが茶番だったことを理解した。
恐怖から解放された安堵で、萌真は膝から崩れ落ち、床にへたり込んだ。
「うわあああん!眞美のバカーッ!本当にあの世に連れて行かれるかと思ったぁぁっ!」
「今までお姉ちゃんにくだらない嘘をつかれ続けた仕返しよ。瑛くんも巻き込んじゃってごめんね」
眞美がぺろりと舌を出す。萌真は「ごめんなさーい!もう絶対くだらない嘘つきません!」と平伏して謝り始めた。
怒りよりも安堵が勝り、俺は思わず吹き出してしまった。
「いや……萌真のすぐバレる嘘とは違って、完全に騙された。眞美ちゃん、演技の才能あるよ」
「お姉ちゃんの嘘が低レベルすぎるだけ。私ならこれくらい余裕よ」
得意げに笑う眞美を見て、俺は呆れながらも深く感心してしまった。
「しかし……血は争えないな」
俺のその一言に、三人の間にドッと笑いが弾けた。
真夏の夕暮れ。恐怖の密室は、いつの間にか騒がしくて温かい、俺たちだけの日常の風景へと戻っていた。
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嘘告から始まり、悪霊のフリ、アラ塩ぶっかけ公開告白、そして今回のAI幽霊騒動。
本当に色々なことがあったけれど、その度に俺たちは不器用な距離を乗り越え、確かな絆を深めてきた。
これからもきっと、呆れるようなドタバタは絶えないだろう。でも俺は、嘘つきですぐに逃げ出すくせに、誰よりも真っ直ぐで愛おしいこの幼馴染を、これからもずっと愛し続けていく。
騒がしくて、笑いが絶えない俺たちの最高に素敵な日々が、これからもずっとずっと続いていきますように――。
第1章 完
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