008 撃退と不安
「くっ」
雷の直撃を、芳賀はかろうじて避けた。
電流は地面を流れて彼にも伝わったはずだが、どういう理屈か、芳賀にはほとんど効いていないようだった。トリプルセブンがどういった能力を用いているのかは、依然として不明である。
しかし、彼の部下は無事ではなかった。大半の者は稲妻に撃たれ、体が麻痺している。何が起きたのか分からず、残りの者も呆然としていた。
「一体、何があったんだ。誰が攻撃してきたんだ?」
「分からねえ。それより、負傷者の救護が優先だ」
そんな会話が飛び交い、戦場は混乱で満ちていた。
正直なところ、能見も驚いていた。自分の中には、これほど強力なパワーが眠っていたのか。
とにかく、チャンスは今しかない。脱兎のごとく、能見は通りを走った。
「陽菜さん、どこだ。陽菜さん!」
稲妻が落ちた影響か、通りの至る所で炎が上がっている。火に触れないよう注意しながら、彼女を探して駆ける。
と、見覚えのあるスキンヘッドの男が、気を失って倒れていた。その側に座り込み、陽菜は戸惑ったような表情をしていた。
「陽菜さん」
こちらに気づくと、彼女はぱあっと顔を輝かせた。
「能見くん!」
手を差し伸べ、彼女を立たせる。そのまま肩を貸してやり、二人は炎の中を縫って進んだ。
「もしかして、さっきのは能見くんが助けてくれたの?」
体重を預けられ、彼女の温もりを側で感じる。何だか誇らしい気持ちになり、能見は意気揚々と答えた。
「まあな。やっと俺の力が発揮できたみたいだ」
「ふふっ、頼もしいなあ」
戦いに巻き込んだ能見のことを責めもせず、陽菜はただ、彼が戦う力を手にしたことを喜んでくれていた。そんな純粋な彼女を、能見は「守りたい」と思った。
「とりあえず、帰って傷の手当てをしよう。芳賀たちとは、また改めて話し合えばいい」
「うん、そうだね」
炎に照らされた、作り物の街。
その中を進むのは、一組の男女のシルエットだった。
(念には念を入れて、追手がいないか確認しておこう)
深い考えもなく振り返った能見は、顔を強張らせた。
先ほど、陽菜が横たわっていた場所。そのすぐ横には、稲妻が落ちた跡があった。地面が黒く焼け焦げ、戦闘の痕跡を痛々しく残している。
もしかすると、直撃はしなくとも、陽菜も落雷によるダメージをいくらか受けたのかもしれなかった。そして、能見を不安がらせないようにと、そのことを黙っているのかもしれない。
芳賀たちに一矢報いた喜びは薄れ、能見は強い不安に襲われた。
自分はまだ、あの力を上手く制御できていない。稲妻の狙いを定めることすらままならなかったのだ。芳賀の手下を一掃できたのは、たまたまだったのかもしれない。
一歩間違っていれば、彼女を殺していた可能性もある。その事実に気づいたとき、能見の心に恐怖が巣くった。
「帰ったら、配られた食料を試してみようかな。あのゼリーみたいなやつ、美味しいのかなあ」
彼の心中を知ってか知らずか、陽菜は他愛のないお喋りをしていた。だが、能見が足を止めたのに気づき、不思議そうな顔をする。
「あれっ? 能見くん、どうかした?」
「……いや、何でもないよ」
精一杯の笑顔で、能見が振り向く。
せめて彼女の前でくらいは、ヒーローを演じていたかったのかもしれない。
しばらくの間、ぼうっとして立ち尽くしていたらしい。
「リーダー、どうしました?」
部下に声を掛けられて、芳賀はようやく我に返った。逃げ出した能見を追うこともせず、彼は紫の稲妻の威力に圧倒されていたのだった。
「いや、失礼。それで、被害状況はどうだい?」
「雷に撃たれ、体が痺れたようになっているものが複数名います。ですが、いずれも命に別状はないようです」
「そうか」
顎に手を当て、芳賀が考え込む。
あの青年の能力が何なのか、詳しいことは分からない。けれども、自然界で発生する雷をそのまま再現したわけではなさそうだ。もし再現できているのなら、直撃したらほぼ即死するはずである。
いずれにせよ、彼はまだ力を使いこなせていない。仮に使いこなせたとしても、あの稲妻程度では芳賀を破れるはずもなかった。
「……多分、あの二人はまた接触してくるだろう。そのときは僕が対処する」
「トリプルセブン様、自らがですか?」
「ああ」
万が一にも指導者を失うわけにいかない、とでも考えているのだろうか。困惑した様子の部下に、芳賀はにっこり笑いかけた。
「心配はいらないよ。僕を倒せる奴は、この街に存在しない」
笑顔からは、絶対的な自信が滲んでいた。




