告白
「えっと、そのこころは?」
「くまさんの家は中央山脈にあるのよ」
「はい~?」
声が裏返った。
「あそこは直轄領で立ち入り禁止だけど、自分の領地にしてしまえば問題ないでしょう?」
「いやいやいや。そういう問題じゃねえだろう」
「じゃ、どういう問題なのよ」
「どういうって。あそこは、魔物がいっぱいいるんだぞ」
「だから?」
「いや、つまりだな。ふもとの村にも被害があるから騎士団が出張るんだけど、最低でも十人編成だし、すそ野に広がる森だけで山には登れない。命がいくつあっても足りないからな。そんな場所なんだぞ。もらったってしょうがないだろうが」
ミリオンが力説するものの、ミュレーはやれやれとかぶりを振った。
「話聞いてた?くまさんの家は中央山脈にあるの」
「……それって?」
「くまさんは猟師なの。最大の武器は魔法なんだろうけど、ね」
「弓だって負けないぞ」
くまさんが割り込んできた。
「そうそう。弓道やってたって」
「弓道はいいけど。つまり、なにか?中央山脈の魔物よりも強い、とか?」
「今まで生きていられるくらいには、な」
「……とんでもねえな」
謙虚な言葉の裏にはゆるぎない自信が見え隠れしていた。
「戦力としてあてにするのはなしよ」
「しねえけど、本当に大丈夫なんだろうな?」
「油断さえしなければ不覚を取ることはない」
「ふ~む」
信じがたい事ではあるが、納得するしかないのかとうなるミリオンだった。
「とりあえず、被害にあった村が記載さえた地図を作って」
「お、おう」
「分かってる?そこを中心に防護壁を作ってゆけば、騎士団を開拓に回せるでしょう?」
「なるほど。それよか、防護壁を作ってくれるなら賃金を出さないといけないな」
「もう。だからあんたは馬鹿なのよ」
「今度は何よ?」
「お金を払えば、どうやって作るのかに注目が行き、魔法がばれるでしょうが」
「あっ」
「それにね、お金をもらえばつまらない仕事だけど、屋敷の周りを囲むと思えば楽しい趣味になる」
「それって、楽しいか?」
「本人に聞けば?」
「人様の役に立つ趣味は大歓迎だ」
「だって。領地にする許可をとるのは太郎の仕事よ」
「……何とかする」
「ちょっと、よろしいですかな?」
話に区切りがついたとみたのか、ご隠居様が声を発した。
「此度の改革はミリオン様が唱えられたもの。駄目でしたというわけには参りませんぞ」
「朝礼暮改くらい知っているぞ。話を聞いていたのか?」
太一がミリオンに、次期公爵に変身した。
背筋がピンと伸び、瞳が冷たく光る。周りの空気までもが変わった気がするほどだ。
「おそれながら、そのお話を伺っておりますと、新しい開墾地はスムーズに行くようですので、直轄領だけでもそのまま進めるべきかと」
「ふむ」
「ここは現場をご存知のご隠居様が正しいかと存じます、よ」
ミュレーも状況に合わせて口調を変えた。
「そんな言い方すんな、気持ち悪い」
「TPOをわきまえていると言いなさいよね。まったく、誰のために苦労していると思っているのよ」
「えっと、その、何だ。ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、お帰りはあちら。領地の件はよろしくね」
「お、おう。またな」
話が終わった途端、犬でも追い払うかのように店から出された。
「相変わらずだな」
確かにここから先は領主の仕事に違いはない。しかし、今までさんざん話をしておいて、この仕打ちはあんまりだ。
いくつも謁見が待っているのは事実としても、もう少し居たかったと言うのが本音だろう。
腹を立ててもおかしくないところだが、ミリオンはいつものことと苦笑いを浮かべるだけだった。
何度も宿を振り返りながら城へと向かうミリオンと、それには気が付かないふりをするご隠居様。そんな二人を護衛たちが囲んでいた。
「ずいぶんと惚れられていたようですな」
「え?」
ご隠居様の漏らした言葉に歩みが止まった。
「今なんと?」
「ですから、前世ですかな。その時に恋人同士というのですか、そういう仲だったのでございましょう?」
これにはブンブンと首を振ったミリオンだった。
「違いましたかな?」
「あいつはただの幼馴染だとしか思っていないよ。俺の片思いだったんだけど、高根の花だったから言い出せなくて。大人になったら結婚を申し込もうとしたんだけど、その差がもっと開いちゃって、そのまま死に別れってやつさ」
ミュレーの事ばかり考えていたせいか、思わぬ本音が漏れてしまった。何ともやるせないカミングアウトだ。
ご隠居様はゴホンと咳ばらいをすると、やおら話し始めた。
「老婆心ながら申し上げますが、女性の心を勘違いされてはおられませんかな?」
「勘違い?」
「はい。言葉は悪うございましたが、軽蔑するというより心配する気持ちの方が大きいように思えました。それに、頼みを断った事が無いとか、誰のために苦労しているとか。幼馴染ではございましょうが、ただのとは思えませなんだ。ミリオン様を思う気持ちが漏れ出ていたと思いましたがな」
「いやーっ。頼みは何度も断られてる。聞いてもらえた方が珍しいくらいだぞ」
「それは内容に問題があったのではございませんか?本当に困った時はいかがでしたかな?」
その言葉に、ミリオンはうーんと考え込んだ。
城下街のど真ん中で迷惑な話だが、多くの護衛たちに囲まれているので誰も近寄れない。
「あの娘はミリオン様をあんたと呼びました。つまり、彼女にとってもミリオン様は特別な存在なのでしょう。そんなお二人だからこそ、生まれ変わっても出会うことが出来た。これを運命と呼ばずしてなんとします」
説得力のある言葉だ。
「今世では次期公爵様。何を迷うことがありましょうや」
さらに背を押すような言葉をつなぐ。
「死に別れなぞ、一度で十分ではございませんかな?」
そして、続いた言葉にハッとしたように顔を上げた。
「行ってくる!」
そう言い残して店に駆け戻っていった。
そのころ、店でも同じような会話がなされていた。
「前世は恋人同士か。生まれ変わっても一緒とは羨ましい」
「そんなんじゃないって。ただの幼馴染よ」
ジョージの言葉にミュレーの顔が赤くなったので、まったく説得力がなかった。
「ただの、ねえ?」
「もう」
からかうジョージに怒っている表情を見せるが、ミュレーではかわいいだけだ。
「自分の気持ちに気が付かないほど初心だとは思えないんだが?」
「くまさんは意地悪だね」
おもしろそうに語るジョージ。みごとにミュレーの弱点を突いたようだ。
「告白はしなかったのか?」
「それは男がするもんでしょう?」
「そりゃまあ、そうだが」
何とも初心な二人だったようだ。
「だいたいさ。私が犬に追いかけられた時は、その犬をやっつけに行ったのに返り討ちにされて大けがよ。変な奴に付きまとわれたら、そいつと喧嘩して今度は停学。気持ちはうれしいけどさ、心配ばっかり掛けさせる駄目駄目君なんだよ」
「そりゃまた、なんとも」
「でしょう?勉強だってさ、出来ないんじゃないのやらないのよ。ほんと馬鹿なんだから」
次から次へと言葉があふれてくるようだ。
「それでも、好きだったんだろう?」
「……そうなのよね。なんでこんなの好きになっちゃったんだろうって、そんな自分を恨んだわよ」
「そこまで言うか」
ジョージは笑うが、ミュレーは渋い顔だ。
「そういえば、次期公爵様としては多少頼りないかな」
「そんなことないよ」
即答だ。
ニヤリとするジョージをしり目にミュレーが話し始めた。
「私の前だとあんな感じだけど、今までの頑張りは日本にいたころの比じゃない」
「そうなのか?」
「知識は頼りないけど、それを最大限生かそうとしているし、何より体を鍛えている。体幹というのか、動いても重心がぶれないのよね」
「重心ねえ?そのあたりはよくわからんが、そんなにか?」
「ええ。高校の時に合気道をやっていたと言ったでしょう?合気道は相手の重心を崩すことがすべてなの。自分の動きも重心を移動させるって感じで考える。私は三年しかやっていないから無理だったからよくわかるの。剣の稽古か、貴族だからダンスかもしれないけど。どちらにしても数年で身につくことじゃないのよね。
「へーっ。かなり頑張ったんだな」
「あいつのことだから、泣きながら頑張ったんじゃないかな」
「なるほどな」
「それに……」
ミュレーが不自然の言葉を切った。
「うん?」
「商人を切ったでしょう?」
「ああ。そんな話をしてたな」
「日本人ならあり得ない」
「だろうな」
「つまり、覚悟が決まっているのよ。この世界で生きる覚悟。次期公爵としての覚悟がね。まったく、あいつは時々すごくなるから困るのよね」
「なるほどね。じゃさ。もし告白されたらどうする?」
「ちょっと、急に何を言い出すのよ」
慌てて顔の前で手を振るミュレー。
「いや、例えばの話だ。今世では次期公爵様だぞ。どうする?」
「どうするって……」
「地位はともかく、奴自身もすごいんだろう?断るか?」
「断る、理由は、無い、かな?」
思案顔のミュレーが慎重に答えた。
「青春だね」
「もう。この話はおしまい。それとこの事は内緒だからね」
「了解」
「絶対の絶対だからね」
「はいはい」
いたずらっぽく笑うくまさんとまっかになったミュレー。
何はともあれ話がまとまったタイミングで、勢いよく入り口が開いた。入ってきたのはミリオンだ。
顔を赤くしながら息を切らしている。今までの話が話だっただけにミュレーの顔もまた赤い。
無理やり息を整えたミリオンがツカツカと寄ってきた。
「魔女、じゃない。ミュレー、さん」
「は、はい」
幼さの残る二人が見つめあう。
これから始まる何かを期待する二人。
くまさんはそっと足を引き見守っていた。
静寂の中、ミリオンの唇が何度も動き。ためらい。そして、言葉が生まれた。
「俺、俺と、け、結婚してください!」
「いやよ」
「「へ?」」
ミリオンとくまさんの声がそろった。
少しは迷ってもばちは当たらないだろうに、間髪入れずの否定だ。
まったく、これまでの話は何だったのかと言いたくなる瞬間だった。
しかし。
こういうことがまかり通るから、男にとって女心は永遠の謎だと言われるのかもしれない。
おしまい
プロローグだけだというのに、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
更新日予測がたたないので完結とさせていただきました。
別作品の改定と更新を経てここに戻る予定ですが、年単位にならないことを祈るばかりです。
お詫びを兼ねて、1話だけですが軽いタッチの物を載せておきます。
思い付き作品の一つで、こんな転生者も面白いかなと。そんな感じです。
ヘタレ転生者アルフレッド
夢を見ていた。懐かしい夢だった。
その夢に出てくる者たちは自分をヘタレと呼んだ。
同じ学校に通う男の子も女の子もそう言った。
だけど、母親だけは頭をなでながら「あなたはやればできる子なのよ」と言った。
だから分かったのだ。自分は出来るヘタレなのだと。
目が覚めると暖かい麦藁ベッドの中だった。
チクチクはなれれば気にならないし、どんなに寝返りを打っても布団がはだけないのがいい。
今日は旅立ちの朝。
もう少しこの幸せに浸っておこう。そのうちに誰かが起こしに来るだろうから。
隣国が多くの兵を国境に集結させ、辺境伯の領地に総動員令がかかった。
西の端も端、わずか十戸しかない小さな村でも一人の若者が出発の時を迎えていた。
薄汚れた胴着に干し肉と水袋。武器は使い込まれた鉈と堅い木を削った棒だけだ。
「まずは領主様に挨拶をして、それからみんなと一緒に辺境伯様のもとに行くんじゃぞ」
「分かった」
「挨拶をしなければこの村から出兵したことにはならんから、忘れるでないぞ」
「分かった」
「森を下って、街道を左に曲がれば日暮れまでにはつくからのう」
「分かった」
聞いているのは十二歳になったばかりの少年で、見送りにきている村人たちも心配そうな顔だ。
「分かるのは早いんだけどな」
「アルだしな」
「帰ってこられるかな?」
「魔法があるからめったなことはないと思うが」
「シールドだな。まあ、それがあるからアルに決めたんだし、大丈夫だろ」
「そうじゃなくてさ。道に迷って帰ってこられないんじゃないかって」
「一本道だぞ」
「でも、アルだし」
「…………」
心配していることには変わりはないのだが、ずいぶんな言われようだ。
それでも、大人たちは小声で話す分別はある。問題は子供たちだ。
「バカアル、頑張れよ!」
「帰ってきたら遊んでやるからな!」
「バカでも土産忘れるなよ!」
「俺はヘタレだけど馬鹿じゃないぞ!」
慕われてはいるようだが、反論するのがアルの困ったところだ。
「麦畑を半分にするのは馬鹿だって父ちゃんが言ってたぞ!」
「あれはノーホーク農法だ!」
「消し炭作るのに窯を作るのは馬鹿だって母ちゃんが言ってたぞ!」
「それは炭焼き窯!」
「変な鉄を作るのに、貴重な鉄をたくさん使うのは馬鹿だって兄ちゃんが言ってたぞ!」
「だから、たたらぶきだって!もういいよ」
「下手な考え休むに似たりって、姉ちゃんが言ってたぞ!」
「…………」
「出発の時だ、その位にしておけ」
ガックリと肩を落とすアル。見かねた村長が止めたのだが、否定はしなかった。
今までアルはいろいろな提案をし実践もしてきたが、どれもこれも的外れな物ばかりだったのだ。
「魔法は使うでないぞ」
「分かった」
「ここではお前を知っておるから問題はなかったが、よそは違う。人の形をした魔物だと言われて殺されるからの」
「分かった」
「たとえ活躍しても、恐れられて今度は暗殺だ。絶対に使うでないぞ」
「分かった。でも、シールドはいいんだよね?」
「目立たぬようにするのが条件だ。戦になっても後ろの方でワーワー言っていればいい。決して前に出るな。負けそうだと思ったらすぐに逃げろ。よいな?」
「分かった」
村長の顔を見るに、いまだ一抹の不安はぬぐえていないようだが出発の時間だ。
大丈夫だとは思うが、アルのことだ今日中につかない恐れがある。
「無事に帰ってくるんじゃぞ」
「分かった」
「寄り道なぞするでないぞ」
「分かった」
「よし、行ってこい」
「行ってきます」
心配顔の村人たちが見送る中、アルは元気よくその足を踏み出した。
「頑張れよ!」
「死ぬんじゃないぞ!」
「お土産忘れるなよ!」
「嫁さん連れて帰れよ!」
頭をかくアルの後姿が、そりゃ無理だと言っていた。
「日本じゃ東京に住んでいたのに、生まれ変わったらド田舎って左遷だよな。ヘタレよりバカの方が下だし。出来るバカになるのか、なんだかなー」
村を出たアルは木々の間を縫うような道を歩いていた。
辺鄙な村を訪れる人はほとんどなく、村長たちが年に数回領主様に会いに行くだけだからだ。
「しっかし、うまくいかないもんだな。ノーホーク農法をやったら、いろいろ育てて偉いわね、だ。そうじゃないといくら説明しても聞いちゃくれない。苦労して炭焼き釜を作っても少ししか炭にならないし、たたらぶきの炭は一晩で燃え尽きて変な鉄にしかならないし。もう疲れたよ」
アルの村での役割は猟師だった。毎日森に入っているので道の悪さは気にならないのだが、どうも愚痴が多いようだ。
「だいたいさ。現代人の知識があって、魔法まで使えたら英雄とか勇者だろ。モテモテにもなってハーレムのはずなんだけどなー。おっかしいな、何が悪いのかさっぱりだ。やっぱり戦争で活躍するしかないのかな?でも、暗殺とかされたら絶対死ぬだろうな。街を見たいから行くだけなのに、殺すとか殺されるとか、ほんと勘弁してほしいよ」
これから戦争に行く者の言うことではないが、その口と足がふいに止まった。
そのまま動かない。
風景の一部になったかのように静かに佇み、顔だけが右を向いた。
「水の音、だよな。沢か?」
変な気配でも感じたのかと思ったが、わずかな水音が聞こえたようだ。
深い藪が立ちふさがっていたが、抜けてしばらく進むと背丈ほどの小さな滝に出た。
「かわいいな。箱庭みたいだ」
岩の隙間から水が噴き出し。それが岩肌を濡らしながら水たまりのような滝壺へと落ちていた。
動物や獣の足跡が多く見えるため周囲に気は配ったようだが、さっそくとばかりに両手で水を受けて口に含んだ。
「うん、問題ない。冷たくて美味しい水だ。田舎はこうでなくっちゃな」
両手を振って水けを払い、その手を服で拭いながらしゃがみ込んだ。
「こんなにきれいな水なのになんで魚がいないんだろう?」
澄んだ水は底の石まで確認できた。綺麗すぎる水に魚はいない事が不思議なのか隅々まで視線を走らせていたが、今度は岩の隙間の沢蟹を見つけた。忙しそうに動くかと思えばじっとたたずむ。そのさまを飽きもせず見ている顔には笑みさえ浮かんでいた。
「さてと、動物たちの水場をいつまでも独占しちゃ悪いし、そろそろ行こうかな。いい狩場になりそうだし、帰りに来て半日も粘ればいい土産ができそうだ」
村長の言葉などすっかり忘れ、足がしびれるまでその場を動かなかったアルは、帰りの寄り道計画まで立てながら元の道に戻って行った。
森を下ってゆくと唐突に木々が途切れ、赤茶色の大地が眼前に広がった。
手前には左右に伸びる道があった。右に向かう馬車の遥か彼方は緑。左に数騎の騎馬が向かっていて、その先にも緑が見えた。
正面だけが地平線の彼方まで不毛の大地。緑はなかった。
「すげーっ、西部劇で見たような景色だ。ガンマンがいないのが残念だけど、騎士もかっこいいからいいか。でもって、あれが街道だな。天気もいいし、のんびり行くか」
見上げる空はどこまでも青く、白い筋雲がアクセントになっていた。
「おっ、トンビかな?ハゲタカだったりして。いや、魔物ってこともあるのか」
円を描くように飛ぶ鳥がいた。
ここからは見えないが、地上に獲物がいるのかもしれない。いつ急降下するのかと上ばかり見ながら歩くため、時々つまずいて転びそうになる。それでも興味は尽きずに見てしまうあたりがアルなのだろう。
だから、振り返って森の入り口を確認するという当たり前の事もしなかった。
それどころか、いつのまにか街道に出ていて、右に曲がったことにも気が付いていなかった。
(このあとがきは更新時に削除します)