第4話「家族」
新しい家で暮らしはじめて、最初の一週間は、家の中の音を覚えることから始まった。
朝いちばんに鳴るのは、父の目覚まし時計だった。低い音が二階の廊下を渡り、階段を下りてきた。母の目覚ましは、その少しあとだった。二つの音のあいだの隙間は、日によって少しずつ長さが違った。けれど、どちらが先かだけは、一度も入れ替わらなかった。
前の家では、朝の音は母の台所から始まった。湯を沸かす音、食器を置く音、冷蔵庫を開け閉めする音。新しい家では、父の時計が一日の最初の音になった。母は何も言わなかった。ただ、父の時計が鳴り終わるのを待ってから、自分の時計を止めるようになった。
父は朝食の席で新聞を読んだ。母はトーストを焼き、父の前にコーヒーを置いた。
「先生、今日は何時に帰りますか」
「八時ごろかな」
父は新聞から目を上げずに答えた。新聞に隠れて、父の顔は半分しか見えなかった。見えない半分を、私はときどき想像した。想像すると、新聞の向こうの顔がだんだん知らない人の顔になっていくので、すぐにやめた。
家の中なのに、母が「先生」と呼ぶたび、台所が少しだけ大学の研究室のようになった。
母は博士論文の追い込みに入っていた。夜は書斎の隣の小部屋で、遅くまでワープロを打っていた。キーを叩く音が止まると、壁ごしに母のため息が聞こえた。ため息のあとに、またキーの音。それが交互に、長いこと続いた。私は布団の中で、その音を聞きながら眠った。
「エリー、学校はどうだった?」
父は新聞を畳まずに聞いた。
「普通」
「普通というのは、いいことだね」
父は私の学校の話を、毎朝聞いた。聞いたあとで、必ず何かを言った。けれど父が知りたいのは、学校で起きたことより、私が父の問いにどう答えるかのようだった。
私は少しずつ、父が喜ぶ答えを覚えていった。
「面白かったです」
「それはよかった」
「頑張りました」
「えらいね」
勉強に似ていた。正しい答えを言えば、父は満足した。満足した父の顔を、私は一つずつ覚えていった。父の喜ぶ顔を集めているのだと、うすうす気づいていた。それがいけないことだとは、思わなかった。
◇
学校では、私はまだ鈴木江里子だった。名字を変える手続きが済むまでは、名簿も連絡帳も鈴木のままだった。早く変わらないかな、と私は毎日思っていた。
それでも、仲のいい子には話していた。
「お母さん、ドイツの人と結婚したの」
「えー、外国人?」
「東大の先生なんだよ」
みんな、少しだけ目を丸くした。それから、少しだけ遠くから私を見るようになった。遠くから見られるのは、誇らしかった。誇らしいのに、少しだけさびしかった。
先生たちのあいだでも、父の名前は知られていた。
「フォークト先生のところのお嬢さんなのね」
担任がそう言ったとき、私は背筋を伸ばした。自分の背筋が、父の名前で伸びているのだと、わかっていた。テレビで父を見たという先生もいた。父の娘であることは、そのころの私にとって、胸につけた勲章だった。重いのに、誰かに見てほしい勲章だった。
家庭裁判所へ行ったのは、秋の終わりだった。
母は、婚姻届の日と同じ紺のワンピースを私に着せた。白い襟を何度も直し、髪を耳の後ろにかけた。首の後ろに触れる母の指は、その日も冷たかった。
「そんなに緊張しなくていいのよ」
母はそう言った。いつもより少し高い声だった。緊張しているのは、母のほうだった。
裁判所の建物は、学校よりずっと静かだった。廊下の壁に、子どもの絵が何枚か貼ってあった。虹と家。太陽と犬。どの絵の家族も、笑っていた。順番に見ていくと、どの絵にも家族が三人か四人描かれていた。二人だけの家族の絵は、一枚もなかった。
調査官は、四十代くらいの女の人だった。髪を短く切り、灰色のスーツを着ていた。
はじめに父と母が呼ばれ、しばらくして二人が出てきた。それから、私だけが小さな部屋に呼ばれた。
低い机と、椅子が二つ。窓のブラインドが半分下りていて、隙間から入る光が、机の上に細い線を引いていた。私はその線の上に手を置いた。
「江里子さん。今日は、少しお話を聞かせてね。ここで話したことで、江里子さんが怒られることはないから」
「はい」
怒られることはない、という言葉を、私はうまく信じられなかった。信じられないまま、うなずいた。
「フォークトさんのことは、何て呼んでる?」
「お父さん、です」
「一緒に暮らしてみて、どう?」
「楽しいです」
本当だった。父はチョコレートをくれた。宿題を見てくれた。父の名前を出すと、学校の先生たちが私を見る目が変わった。
「お父さんは、やさしい?」
「はい」
調査官は、書類に何か書き込んだ。鉛筆の音が、小さな部屋に響いた。
「江里子さんは、フォークトさんの子どもになりたい? なりたくなければ、なりたくないって言っていいのよ」
私は少し考えた。考えるふりをした、と言ったほうが近い。答えは、部屋に入る前から決まっていた。
「なりたいです」
「それは、誰かにそう言いなさいって言われた?」
「言われてないです」
それも本当だった。誰にも言われていなかった。言ってから、自分の声が少し震えているのを聞いた。調査官は何も言わなかった。
調査官はゆっくりうなずき、もう一度、書類に書き込んだ。
「ありがとう。よく話してくれたね」
部屋を出ると、廊下の長椅子で父と母が待っていた。母が立ち上がり、私の顔を見た。私は笑ってみせた。頬が少しこわばっていた。母は何も言わなかった。
あの部屋で、大人がひとり、私だけに、私の気持ちを聞いてくれた。私は自分の言葉で、なりたいと答えた。それが、私が自分で選んだ最初のことだったのかもしれない。
光の線の上に置いた手を、私は最後まで動かさなかった。
◇
養子縁組が決まったという知らせが届いた日、父は大学から早く帰ってきた。玄関に、淡いピンクの薔薇の花束を持って立っていた。私には、少し大げさな花に見えた。
「よかったね、エリー」
父は私を強く抱きしめた。
それから右の頬にキスをし、左の頬にもキスをした。母のいる玄関で、ゆっくり行われた。
「今日から、本当に私の娘だね」
私は父の胸に顔をつけたまま、うなずいた。
「はい」
母は台所で、花瓶を出していた。こちらを見ていたのかどうか、私にはわからなかった。
パイプとコロンの匂いと外人の男性の強い体臭がした。初めて会った日と同じ匂いだった。私はそれを、安心、と呼ぶことにした。
母は台所で、花瓶に薔薇を挿していた。
「よかったわね、エリー」
母は背中を向けたまま言った。見えない母の顔を、見たいと思った。でも、見に行かなかった。
名字を変える手続きが済んで、冬休みの前に、学校の名簿が変わった。
朝の出席で、担任は少しだけ間を置いた。
「フォークト、江里子さん」
何人かが、こちらを振り向いた。
「はい」
手を挙げると、前の席の子が振り返った。
「フォークトって、外国の名前?」
「うん。お父さんがドイツの人なの」
「へえ。かっこいい」
私は笑った。少しだけ、作った笑いだった。前の席の子は気づかなかった。
担任が出席簿を閉じた。ぱたん、という音がした。
新しい連絡帳の表紙には、母の丁寧な字で「フォークト江里子」と書いてあった。鈴木の字は、どこにもなかった。私は何度もそれを確かめた。確かめるたびに、胸の奥が少しだけざわついた。
それでいいと思った。それが、嬉しいことなのだと思っていた。
家では、父は私をエリーと呼んだ。学校では、フォークトさんと呼ばれた。母はその両方を使った。
「エリー、ごはんよ」
ときどき母は、ふざけて私を「フォークトさん」と呼んだ。私はそのたびに笑った。母も笑った。母の笑いの中に、ときどき硬いものが混ざっているのを、私は見ないことにしていた。
◇
週末になると、父の書斎には研究室の人たちがよく来た。大学院生、助手、外国から来た研究者。大人たちは、父の前では少しだけ背筋を伸ばした。この家でいちばん背が高いのは父なのだと、私は思った。体の高さのことではなかった。
父は誰に対しても穏やかだった。怒鳴らない。人の話を遮らない。一度聞いた名前は忘れない。忘れない人は、一度会った人を、いつまでも持っている。
父は私にも、研究室の人たちを紹介してくれた。
「こちらは三輪君。いずれ、私の研究室を継ぐかもしれない」
ひょろりとした二十代の若い人が、照れたように頭を下げた。
「エリーちゃん、よろしくね」
ある土曜日、若い女の人が書斎に来た。長い髪を後ろでひとつに束ね、白いシャツに灰色のカーディガンを羽織っていた。研究室の大学院生だと、母が教えてくれた。教えるときの母の声は、ほんの少し低かった。
その人は私を見ると、少し眩しそうに目を細めて笑った。
「あなたがエリーちゃんね。先生から、いつも聞いてる」
その人は書棚からファイルを取り出し、父の隣に立った。
「先生、学会のポスターに、この写真を使ってもいいですか」
「どれかな」
ファイルには、研究室の集合写真が何枚も入っていた。父はその人の肩越しに写真をのぞきこみ、手元を指さした。父の指が、その人の指に触れた。
ほんの一瞬だった。
その人は、何も言わなかった。父も、何も言わなかった。
私は廊下から、それを見ていた。
お茶を運んできた母が、私の横で、少しだけ足を止めた。それから何事もなかったように、書斎へ入っていった。
「先生、お茶が入りました」
母の声は、いつもと同じ高さだった。いつもより、少しだけ丁寧だった。
その人が研究室の集まりに来なくなったのは、それからしばらくしてからだったと思う。母に聞くと、「ご実家の都合でね」とだけ言った。私はそれ以上、聞かなかった。
◇
その年の冬、母はよく咳をするようになった。
最初は風邪だと言っていた。朝食の途中で咳きこみ、すぐに水を飲んだ。
「大丈夫よ」
母はいつもそう言った。そのころ、母がいちばんよく使った言葉だった。使うたびに、その言葉は少しずつ軽くなっていった。
父は母の顔色を見て、医学の言葉をいくつか口にした。母は黙ってうなずいた。遠い国の言葉を聞いているような横顔だった。
母が病院へ行く日が増えた。母は診察券を財布に入れ、父は帰る時間を早めた。父が早く帰る日は、家の中の音の順番が少しだけ変わった。私はそのたびに、順番を覚え直した。
私は、母の病気のことを詳しく聞かなかった。聞いてはいけない気がした。大人たちは、私の知らない言葉を使った。検査。数値。入院。私はその言葉を、わざと遠くに置いておいた。
けれど病気は、少しずつ、家の中の物の位置を変えていった。
食卓の端に、母の薬が並ぶようになった。玄関の棚に、病院の封筒が重なった。洗濯物を畳む母の手が、前より遅くなった。夜の小部屋から、ワープロの音が聞こえない日が増えた。そういう夜は、布団の中で母のため息を探した。ため息さえ、聞こえなかった。
春休みの朝だった。母は台所で、流しの前に立ったまま動かなくなった。
「お母さん?」
呼ぶと、母はゆっくり振り返った。顔から、色が抜けていた。
「少し、座るわね」
椅子に座ろうとした母の体が、途中で傾いた。私はとっさに腕をつかんだ。母の体は、思っていたより軽かった。母がいつのまにか痩せていたことに、私はそのとき初めて気づいた。本当は、もっと前から気づいていたのかもしれない。気づいていて、何も言わなかったのかもしれない。
父が階段を駆けおりてきた。父は母を抱きとめ、私に言った。
「エリー、部屋に行っていなさい」
いつもの父の声ではなかった。
私は動けなかった。母は父の腕の中で、目を閉じていた。眠っているだけだと、思おうとした。
三人なら、二人より多い。誰かが倒れても、誰かが支えられる。私はそう思っていた。
その朝、私は知った。三人の家には、三人分の不安があるのだと。
数日後、母は入院することになった。
玄関に置いた大きな鞄に、母は着替えやパジャマを詰めた。父は病院から渡された書類を、一枚ずつ確かめていた。この家でいちばん落ち着いているのは、父だった。その落ち着きが、なぜか少しだけ怖かった。
私は廊下に立って、母の手元を見ていた。
母は私に気づくと、笑った。いつもの顔を、一生懸命作っている笑い方だった。
「すぐ帰ってくるから」
「いつ?」
「少しだけよ」
「どれくらい?」
母は答えなかった。私も、それ以上は聞かなかった。
その晩、母は私の部屋に来て、ベッドの端に座った。私の髪を、ゆっくりと梳かした。いつもより、ずっとゆっくりだった。母は時間を延ばそうとしているのだと思った。私は梳かされるまま、じっとしていた。
「エリー」
母は、私の耳のそばで、小さく言った。
「生理が来たら、お母さんにだけ言ってね」
生理のことは、保健の授業で少しだけ習っていた。クラスでは、もう来た子もいた。遠い国の話のように聞いていたことが、急に近くなった。
「うん」
髪を梳かす母の手は、少し震えていた。母は、その震えを隠さなかった。
翌朝、母は病院へ行った。
玄関で母を見送ったあと、父が私の肩に手を置いた。
「エリーは、私と一緒にいれば大丈夫だ」
肩に体重をかけない、そっと置かれた手だった。
私はうなずいた。
「はい」
しばらく、玄関の外を見ていた。母の姿は、もう見えなかった。代わりに、門柱の VOGT の文字が、朝の光の中で鈍く光っていた。
家の中へ入ってから、気づいた。母のいない家の音を、はじめから覚え直さなければならない。
気づくと、私は数えていた。一、二、三。四でやめた。それでも、頭のどこかで数は続いていた。五、六。
母のいない家の音が、私の数える音を、追い越していった。




