38・領主と特等席の子供(その3)
数回その車両の通路を、領主は子供を追いかけ回したけれど、結局領主はあきらめた。
追いかけるから面白がって逃げるだけなので、子供は領主があきらめると退屈して自分の席に戻ったようだった。
領主も自分の座席に戻って、共和国製のがむと、領地の工場が特許契約をして販売することになっているがむの味を確認して勉強に戻った。
日本人向けに味つけを変えてあるんだけれど、昆布味はどうなんだろう。梅干し味は悪くないな。基本的に、柑橘類のほうが無難か。蜜柑、葡萄、それに鳳梨は基本として。
領主の勉強はそれなりにはかどった。
すわっている通路側から空席をへだてて、窓の外を見ると、ほぼ田園地帯なので都市部とくらべると爆撃や戦争の被害はすくなかったけれども、ところどころにあらわれる工場群は着々とあたらしい工場の建築が進められていることが確認できた。
大都市にはたくさんの人的・物的な犠牲者・被害があったため、最新の工場は古い工場の瓦礫の撤去と並行して、田園地帯に作られている。
とはいえ、今の季節には田植えを終えたばかりの水田が緑色の稲に薄く染まっている。
予定されている新社員との宴会は、若い世代をはげますものになりそうだったので、宴会大臣のそれでは、みたいなちゃんとした挨拶のほうがたぶんよかったんだろう。
いつもというか、たまに夢に出てくる未来の自分にたいして、領主はたまに話しかけられたり話しかけたりする。
未来の大都市は、鉄とコンクリートと硝子で作られた高層建築物が並び、多数の自動車が立体の自動車専用道路を走っていた。
しかしその話はなんか嘘なんかといえば嘘だと思う。
がんがん、と領主の頭はなにか硬いもので叩かれた。
子供が半ば本気で叩く程度の痛さ、つまりそれなりに痛かったので、領主はむっとして席の後ろを振り返ると、子供がにこにこ笑っている。
手にしていて、領主を叩いたものは、乗っている電車の鉄道模型で、子供が遊ぶにちょうどいい大きさだったけれども、対おとな、あるいは子供同士で叩き合いをするような用途に使われそうな気はする。
領主はすばやく子供の手から遊び道具を取り上げて、こわい顔をすると、びっくりしたあと涙目になって顔を歪ませた。
ああもう、しょうがないな、と、領主はがむを何種類か分けてあげた。
口に入れた子供は、びっくりしたような顔をして、もぐもぐ、と慎重にかみ始めた。
これは食べるんじゃなくて、口の中で味がしなくなるまでかんだあと、紙に丸めて捨てるんだ。
領主は説明して、手持ちの違う味のがむを子供にあげた。
これはまだ試作品なんだけど、と、領主は言いながら、やや大きめのがむを口にして、ぷー、と息を吹き込んでふくらませた。
子供の口が△みたいな形になった。
これは風船がむ。味はともかく、十分な粘度が得られるかどうか、成分を研究中だけど、あげようか。
子供は激しくうなずき、領主は、はいあげた、と、ガムを頭の上のほうに上げる、という定番の冗句をかましたあと、まだ商品化されていないけれどもほぼ完成している手持ちのがむを気前よく、半分子供に、ちゃんとあげた。
がむをかみながら自分の席で、携帯端末のげぇむでもしているならすこしは静かだろう。
耳へ音楽をしばらくぼんやりと流しているうちにうしろの気配を感じなくなったので、ふと座席の席ごしに振りかえると子供はいなくて電車の模型だけが残されていた。
領主は車掌を呼び出して疑問に感じていることを伝えた。
その列車を忘れ物として扱うかと思ったのだけれど、車掌は驚いたような顔をした。
「えっとあなたはその子を見たんですか」
見たもなにも、通路を走り回ってうるさいから足を出してころばしてやったよ。
「分かりました」
模型の列車を持って車掌は歩みさった。
しかしその後ろ姿はしだいに薄くなり、影のように消えていった。
*
電車が駅に止まるたびに乗客は増えていき、領主は窓際の席をゆずってもらったので、景色を帝都の終着駅につくまで楽しむことができた。




