33・領主とその未来
はああ、と領主はため息をついて、秘書官が座っている扉の近くと反対側の窓を開けた。
外からは暖季の終わりを思わせる、しかし爽やかな微風が窓帷をそよそよと揺らした。
役所はかつては領地を治めていた城主が、内乱に備えて設けていた城の跡で、帝国の国内統一・御一新によって、いくさのための城は取り壊され、領地の役所になった。
民間人を含む中規模の空爆によって、領内の市街地・工場とともに破壊された役所は瓦礫の山と化し、今は安い木の板で囲まれた職場で、多くの職員が働いている。
領主の執務室も、建物の3階、見晴らしのいい部屋であるとはいえ、空調はもっと暑くならないと導入されない予定で、額から流れた汗は耳の脇を濡らした。
窓際に置いた季節の鉢植えの花は、薄い赤と青の、野草に近いもので、窓からは復興されつつある中層の住宅、そして遠方には港沿岸に作られた化学工場が白い煙を出しているのが見えた。
領主の通う学園の制服は、寒季は濃紺の外衣、暑季にはそれを省いた白と金の略衣であり、それ以外の服は、自身の館でも領地内外でもめったに着ることはなかった。
巨大超人・タカムラくんが帝都へ去ってしばらく後のこと、領主はタカムラくんがたわむれで書いた猿飛佐助の忍術秘伝とか、閻魔大王の罷免状その他、数枚ほどの書を眺めていると、人事大臣がさほど重要ではない大量の業務書類を持って、秘書官の机の上に置くと、窓辺でたたずんでいた領主に声をかけた。
なにかお悩みですか、領主。
ひょっとして、物語がまだ5万字になってないことを気にしておられるのですか、と人事大臣はいつものようにめたな話をした。
そんなんじゃねぇよ、と領主は言った。
そもそも、わたしたちは別に物語の登場人物でも、作者でもないんだから、そんなこと気にしててもしかたないだろ。
領主、と人事大臣は真顔で言った。
自分たちが物語の登場人物ではないと思うのは、物語の登場人物だけです。
その話はこっちに置いといて、と、領主は手で紙をぎゅっぎゅっ、と丸めるようなポーズをして、その話を窓際にあった鉢植えの花の横に置いた。
この服、どう思う、と領主は聞いてみた。
大変お似合いです、強いていうなら、領主の証として、胸もしくは肩に領地の印を示す紋章・記章などをつけてみたらいかがでしょうか。
なんか「か」のつく言葉で褒めてみてくれないかな、と領主はすこしもじもじしながら言った。
かしこそう、かっこいい、かんどうする、かわ……ざかなのようにぴちぴちする、とかですか、と大臣は言った。
《この世界には「かわいい」という言葉は存在しないのだった。
さて、こんなふうに、物語というとはいくらでも、だらだらだら、だーらだーら伸ばせるし、領主をめぐる小話で語られていないものはとてもたくさんある》
はっ、と領主と人事大臣は顔を見合わせた。
今のは誰の言葉なんだ。
それはもう作者、創造主のお言葉ですねえ、と人事大臣は答えた。
*
実はわたしのつぎに領主になる予定の領主候補をもうひとり選びたいんだ、と領主は人事大臣に話をした。
通常は、領主候補は領主のコ、つまりステゴという、教会外で生まれたコの中から選ばれ、能力が確認できれば貴族としての身分が保証される。
ところが、現領主は戦後のゴタゴタの関係があって、まだツレも持てない年齢であり、当然のことながらコも持てない。
現在の領主候補はふたりである。
ひとりは、前領主のきょうだいだった、領主のオジのコ、つまり領主にはイトコにあたる者。
もうひとりは、かつては領主と同じく領主候補だった者。
ということで、だいたい賢者枠とバカ、というのはあれかな、知力の低めな枠はいるんで、普通・凡庸枠の人物として、軍事大臣はどうかなと思ってる、と領主は言った。
え、と人事大臣は動きを止めた。
あいつ、バカ枠ですよ。




