27・領主と明日の日記
領主がその業務についてしばらく後の、ある朝のことである。
執務室の雑に積み重なっていた背後の壁の書類や、前領主の引き出しを整理していると、引き出しのひとつに、緑色の表紙の分厚い、書籍のようなものが見つかり、こう書いてあった。
『明日の日記』
その字は領主のものであり、奇妙に感じながら中をみると、公務におけるその日の予定とそれに対する対処法が書かれていた。
これはいいものが手に入った、有能な秘書が用意してくれたのだろうか、と領主は思い、曖昧な記述以外のものにはつねに適切な対応を取り続けることができた。
日記はいつ書き足されるのかは不明だったけれども、毎朝執務室に行って開いてみると領主の字で、前日の日記の次にその日の日記が書き足されていた。
そしていつものようにある日、日記を見てみると以下のような不吉なことが書かれていた。
『領主は大蛇に飲まれる』
翌日、十分身を清めたにしても、まだなんとなく残る蛇の生臭さを気にしながら、領主はその日の日記の記述をこわごわと読んだ。
『領主は執務室で頭から血を流して倒れる』
翌日、包帯で巻いた頭の傷を気にしながらぼんやり、まだかすかに残る床の血のあとを見て、領主は考えた。
……この日記の書き手は、明日の自分であるだろうけど、「領主は死んだ」とか「命を失う」といった描写は書いてないんだよなあ。
そりゃそうだね、死んだら明日の日記、書けないものね。
それは叙述とりっくというものですぞ、と人事大臣はまたわけのわっからんことを言うけれど、死んだと読者に思わせて、実は生きていて連続殺人の真犯人、という仕掛けは推理小説ではよくあるらしい。
しばらく考えてから、領主はまだ空白のままであった日記の部分にこのように書くことにした。
『領主は明日の自分に会う』
そして翌日、領主が執務室に行くと、たしかにそこには明日の自分がいた。
やあ、わたし、と明日の領主は当日の領主に軽く挨拶をして言った。
なんでもっと早くそれを書かなかったのかなあ、この日記に書けばお互いすぐに会えたのに。
それはわたしの責任ではなく、明日のわたしの責任だろう、と今日の領主は言った。
それでは、今日の領主はこれからこの日記に、今日起こったことを書くのよ、そうすれば昨日の領主が今日の領主になったときにその日記を見て適切な行動を取ることができるだろう。
つまりあなたは今から明日の領主にになったのだと思えばいい、と、かつて明日の領主だったものは言った。
ちょっとよくわからないんだけど、そうするとあなたは何になるのと、今日の領主改め明日の領主は聞いた。
わたしは明後日の領主になるからあまり心配することはない、と明後日の領主は言った。
実はここから先ずっと、あなたが本当に死ぬ日まで日記とその未来は曖昧にだけど定められているんだ。
つまり、正しい未来はひとつではないから、変わる可能性はいくらでもあるのはご存知の通り、気象情報と同じね。
神と気象庁はせいぜい翌日、がんばって3日後のことぐらいまでしかわからないのよ。
*
明日の領主は今日の領主がいつも開けていた執務室の引き出しの扉とは違う別の場所の扉に手をかけた。
そこには表紙と文字の色が違う、しかし装丁としてはほぼ同じものが「明後日の日記」として書かれていた。
それ以来明日の領主はその日の日記を「明日の日記」というほうに記録して残しておくことにした。
しかしそれ以前の明日の領主と違うところとしては、もっと個人的で物語的なことを書いてみたのだった。
つまり軍事大臣にコクられたとか、沼地でヒュドラと戦った、みたいな。
日記に嘘を書くのは楽しい、と領主は背徳的な気持ちになりながらも、その記録は以前の日記よりも数倍の長さになり面白くなりすぎてしまっていたため、ある日「明日の日記」の最後に、その日の領主からこのようなことが書かれていた。
『嘘を書きすぎないでください、軍事大臣の好きなヒトはほかにいます』
え、と領主は思った。
これは一度、お泊り合宿でも開いて、この領地でいちばん好きなヒトは誰、はいまず軍事大臣から、というのをやってみなければあかんな。
ちなみにやってみた結果は、二番目に好きなのは領主です、ということしか聞けなかった。
東大の入試問題で、自由間接話法とか、描出話法というのが語られてましたけど、自分は意図的に人物の会話を「」「」みたいなカギカッコを使わない方法で書いています。
え? 第一話の最初に、領主が言ってるのあるって?
それは囮だ!




