ルーリ王女と魔法訓練
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王宮 訓練場 午後
王宮の裏手にある小さな訓練場は、普段は騎士たちの訓練に使われているが、今日は貸し切りだった。
ルーリ王女は桃色のショートヘアを軽く揺らしながら、俺の前に立っていた。十歳前後くらいの見た目だが、実際はもっと年上のはずだ。彼女はいつも無言で控えめで、話すときも小さな声。今日も白いワンピースのような軽い魔導衣を着て、少し緊張した面持ちで杖を握っている。
「ルーリ王女……本当に、俺が教えて大丈夫ですか?」
俺は少し不安になりながら聞いた。
ルーリ王女はこくりと小さく頷いた。
「……アロス様が……いいです。 お兄様たちには……いつも怒られちゃうから……」
エベルやグラリスは戦闘派で、ルーリの魔法訓練を見ると「もっと強く!」「威力出せ!」と厳しくなるらしい。だから彼女は、誰かにゆっくり教えてもらう機会がほとんどなかったそうだ。
「わかりました。では、まずは初級からいきましょう。 基本は『魔力の流れを整える』ことです」
俺は自分の杖を軽く掲げ、簡単な光の玉を作ってみせた。
「まずはこれ。 《光の珠》—— 魔力を指先から少しずつ出して、丸くまとめるだけです。 無理に力を入れないで、優しく……」
ルーリ王女は真剣な目で俺の動きを見つめ、小さな手で杖を握り直した。
「……《光の珠》……」
彼女が呟くと——
ふわっ。
手のひらの上に、淡い桃色の光の玉が現れた。しかも、俺が作ったものより少し大きく、形もきれいだ。
「……え?」
俺は思わず目を丸くした。
ルーリ王女は不安そうに俺を見上げる。
「……ダメ……でしたか……?」
「いや、ダメどころか……すごく上手いです! 初級なのに、こんなに安定した魔力制御……普通の魔導士でもなかなかできないですよ」
俺が褒めると、ルーリ王女の頰がぽっと赤くなった。
次に簡単な風の魔法を試してみた。
「今度は風を起こしてみてください。 《微風》でいいです。手のひらにそよ風を吹かせるだけ」
ルーリ王女は小さく息を吸い、集中する。
すると——
ふわぁ……っ
彼女の手の周りに、優しい風が渦を巻いた。しかもただの風ではなく、淡い光の粒子が混じってキラキラと輝いている。
俺は驚いて言葉を失った。
(……これは……ただの初級じゃない)
付与魔導士として長年見てきた俺にはわかった。ルーリ王女の魔力は、純度が異常に高い。しかも制御が細やかで、属性を混ぜる才能もある。
「ルーリ王女……あなた、天才かもしれません」
「……え?」
彼女が目をぱちくりさせる。
「本当です。 魔力の流れがとても綺麗で、無駄がほとんどない。 しかも光と風を自然に混ぜてる……これは才能ですよ」
ルーリ王女は少し恥ずかしそうに杖を胸の前に抱きしめた。
「……お兄様たちは……もっと強くって……いつも言うから…… アロス様みたいに……優しく教えてくれる人、初めて……」
その言葉に、胸が少し痛くなった。
俺はルーリ王女の前にしゃがみ込んで、目線を合わせて言った。
「これからは、俺がゆっくり教えます。 急がなくていい。自分のペースで大丈夫です。 ルーリ王女の魔法は、とても美しいですよ」
「……美しい……?」
彼女の瞳が、わずかに輝いた。
その後、俺はルーリ王女にいくつかの初級魔法を順番に教えていった。どれも彼女は一度でコツを掴み、しかも俺が予想した以上の精度で成功させる。
特に《付与の初歩》を教えたとき——俺が彼女の杖に簡単な「魔力増幅」の付与をかけてあげると、ルーリ王女は自分の魔法が明らかに強くなったことに気づいて、珍しく小さな声を上げて喜んだ。
「……わぁ……すごい…… アロス様の付与……あったかい……」
その瞬間、俺の中で一つの考えが浮かんだ。
(……この子を、モンスター討伐に同行させてもいいかもしれない)
今はまだ戦闘経験が少ないが、才能は本物だ。俺が付与でフォローすれば、安全に実戦経験を積ませられる。エベルやグラリスも、ルーリの成長を喜ぶはずだ。
訓練が終わりに近づいた頃、ルーリ王女が俺の袖をそっと引っ張った。
「……アロス様…… また……教えてくれますか……?」
彼女の瞳は、期待と少しの不安で揺れていた。
俺は自然と微笑んで、彼女の頭を優しく撫でた。
「もちろん。 これからも、俺がルーリ王女の専属の魔法講師になりますよ」
ルーリ王女の頰が、ぽっと赤く染まった。
「……うん…… アロス様と……一緒に……頑張ります……」
訓練場の風が、桃色の髪を優しく揺らしていた。
その夜、王宮の廊下でエベル王女に報告すると、彼女は目を細めて嬉しそうに笑った。
「ほう……ルーリにそんな才能があったとはな。 アロス、お主の目利きは確かだ。 ……ふむ。今後、余たちと一緒にモンスター討伐に行くのも、良いかもしれんな」
ゆっくりと、しかし確実に、新しい関係が動き始めていた。




