プロローグ
僕の名前は田結蒼人たゆいあおと。
先週入学式を終えたばっかりの高校1年生だ。
身長、体重は同世代の平均くらいで、成績も大体中間よりちょい上くらい。
部活でやってたサッカーもレギュラーはずっとキープしていたし、
運動神経はそこそこいいほうだったが、言ってしまえばどこにでもいる普通の中学生だった。
特徴があるとすれば誰とでも仲良くできることだった。
同じ中学だった人達とは大体仲が良かったし、特別嫌いな人も嫌われている人もいなかったと思う。
もちろん家族との関係もかなり良かった。
我が家家族の構成は父、母、僕、妹の緋菜の4人家族だ。
どこにでおある普通の家庭。
ただ、友達の話を聞く限り、割と仲が良い方らしい。
というのも部活が終わって家に帰れば母さんの夕飯の手伝いをして、
夕飯の後は緋菜と一緒にゲームをやったり、宿題を見てあげたりした。
部活も学校もない休日は、父親に誘われれば海釣りに付きあったり、
家族みんなでサッカー観戦に連れて行ってもらったりした。
特にひとつ年下の妹である緋菜はやたら僕になついていた。
毎日のようにサッカー部の見学にきては、
「アオトーほらもっとがんばれよー!」
と檄を入れてきた。
みんなの前で呼び捨てにするなっての。
ヒューヒューと茶化されるこっちの身にもなってほしい。
それで沙夜に用がなければ部活が終わるまで見学して、一緒に帰宅することがほとんどだった。
沙夜も俺と同じで大体のものは平均かそれ以上にできるタイプだったのに、
部活をサボっては僕についてまわっていた。
「緋菜もちゃんとバスケやってみろよ。お前なら余裕でレギュラー取れるだろ。」
なんて言っても
「いーの!私はこうしてる方が楽しいんだから!」
そう言って聞く耳持たずだったからもうとやかく言うことはやめることにした。
ま、いっか。
正直緋菜と一緒にいるのは楽しいし、むしろその方が自然なような気までしていた。
周りの連中も僕が沙夜と一緒にいないだけで、
「お、今日は緋菜ちゃんと一緒じゃないんだね!」
なんて言ってくる始末で、完全にそういう認識をされてしまっていた。
「アオトは顔も整ってるし性格もいいんだけどねー。でもやっぱ緋菜ちゃんとお似合いだからなー。」
そうクラスの女子に何度言われたことか・・・
ただの妹だっての。
ま、仲が良いのは認めるけどさ。
そんなこんなで恋愛関係の方はさっぱりだった。
別にそこまで彼女が欲しいわけじゃなかったし、他人を好きになるって気持ちもよくわからなった。
女友達はたくさんいたけど一番仲の良い異性と言えば、やっぱり沙夜ってことになる。
まあ、悲しくなんてないけどさ。緋菜のこと好きだし。
伊達に十数年一緒に暮らしてないしな。
だがそんな生活もこの春からは変わってしまった。
中学を卒業したということは緋菜と離れてしまうことになる。
あいつもあいつで新学期が始まったってのに
「はあ・・・アオトがいないと寂しいな・・・」
なんてことを毎日のように言っている。
お前は僕のなんなんだ・・・。
ま、妹とはいえ悪い気はしないけどさ。
でもいつまでも一緒にはいられないし、しょうがないことだからな。
ま、緋菜には悪いが僕は高校で友達作って楽しくやるつもだ。
まだ入学式から何日も経たないが、席の近い人たちとはみんな仲良くなれている。
もちろん男女問わずだ。
同じ中学だった奴らも何人もいるし、この調子ならうまくやっていけるだろう。
ただやっぱり中学の時と比べると、みんな少し落ち着いている気がする。
ひたすらバカやってはしゃいで笑いあってた中学生生活に早くも懐かしさを感じるけど
うん、これはこれで悪くない。
僕の新生活はちょっぴりの不安と寂しさを孕むと同時にと大きな期待で満ち溢れていた。
ただ1つだけ大きな悩みがある。
それは部活動である。
同じ中学あがりの友達や先輩からまた一緒にサッカーをやろうと誘われているのだが、
正直なところどうしようか迷っている。
サッカーはたしかに面白いし代表戦はかかさず見るし大好きではあるのだが、
でもどうせなら何か新しいことに挑戦してみたい気持ちもある。
なんでも人並かそれ以上にこなせはするが、逆に言えば誰よりも優れているところもなかった。
極端に言ってしまえば器用貧乏なだけの何の取り柄もない高校生だった。
中学生の時はそんなことは思わなかったのだが、今はそんな自分が嫌いだった。
卒業した僕は周囲の環境だけではなく、気持ちの面でも大きな変化があった。
何か僕が僕足りえるものが欲しい。
どこにでもいる普通な自分にはうんざりしていた、
僕にしかできないことって何かないものだろうか。
てかやって見つければいいのかな・・・
そんなことを考えながら過ごしていたある晴れた日のことだった。
普段元気いっぱいな母さんが熱を出して寝込んでしまったのだ。
母さんは専業主婦で昼間はパートにでていたが、家事のほとんどを自分で完璧にこなしていた。
僕や緋菜が手伝うまでもなかったのだが
「炊事洗濯できないと将来困るわよ!」
と言って、小さい頃から僕らにも家事が割り振られていた。
何か手抜きをしようものならきつく叱られたし、母さん自身も一切手を抜くことはなかった。
だけどその分完璧にこなしてみせると、
「やればできるじゃない!さすが私の子ね!」
と、褒めることを忘れなかった。
僕も沙夜もそんなゴキゲンな母さん見るのは大好きだったし、家事をやるのも嫌になることはなかった。
厳しくも優しくもあるしっかりとした人だった。
まさに一家の大黒柱と言うべい存在だった。
ただ今はそんな母さんも辛そうに寝込んでいる。
人間誰しもそんなことあるし、こういう時こそ親孝行してやらないとな。
ということで今日は部活を休んで家事に勤しむとするか。
まずは夕飯の食材の買い出しからだな。
ホームルームが終わり、今日は何を作ろうかと考えながら速攻で帰宅する。
家に帰ると母さんがゴホゴホと咳込みながら
「悪いわね色々任せちゃって。はい、これお金。お釣りはあげるわ。」
と言って五千円を渡してきた。
お、ラッキー。
普段小遣いくれないから助かるってばよ。
なんて思いつつもうれしい気持ちを隠し、
「大丈夫大丈夫、しっかり休んどいて。」
としっかりした息子を演じる。
「ふふ、ありがとうよ。」
と嬉しそうに答える母さんを尻目に家を出ようとしたその時だった。
「お、アオト早いね!買い物行くんでしょ?だったら私も行くから!」
と早口でまくし立ててきた。
正直なところ買い出しなんて僕一人で十分なのだが、
「アオトと買い物なんて久しぶりだなー。」
なんてゴキゲンな緋菜を置いてなんていけないよな。
それに僕も久しぶりの兄妹での買い物は楽しみだし。
そうして僕らは近所のスーパーへ歩いて向かった。
もちろん向かっている途中、僕らは歩きながらたわいもない話をする。
「やっぱアオトがいない学校なんてつまんないなー。」
「お前いつもそんなこと言ってるなあ。クラスにいい男子とかいないのか?」
「まあ、好きだって言ってくる男子はいるけどさ。正直アオトと一緒にいた方が楽しいんだもん。」
「まったくお前は・・・。」
「アオトこそどうなの?最近楽しそうだけど彼女とかできそう?」
ちょっと悲しそうな顔でこちらの顔をうかがってくるので、
「さあ、どうかな。できなくもなさそうだけど。」
とちょっと意地悪な返事をしてみる。
「ふん、アオトに彼女できたら私も作っちゃうんだから。」
とふてくされて速足で先に行ってしまった。
嫉妬しやがって、かわいいやつめ。
別に僕らの兄妹間に恋愛感情なんてない。
でも僕も緋菜に彼氏ができたらちょっと嫌かもしれない。
緋菜を取られてしまうような気がして。
今まで僕にべったりだったかわいい妹が、他の男に尻尾を振るのはさすがに思うところがある。
想像するだけでむかむかしてきた。
さっきは緋菜に悪いことしちゃったな。
今日はあいつの好きなカレーにしてやるか。それもちょっと甘めなやつ。
母さんには味噌煮込み雑炊だな。
さっき意地悪してしまったことを反省しつつ、今日の献立を考える。
そこでふとあることに気がついた。
あれ、変だな・・・。
あたりが真っ暗だった。まだ4時過ぎくらいだってのに。
それに家を出たときにはほとんど雲のない青空が広がっていたはずだ。
気が付けばドス黒い雲がそらを覆っている。
まるで3つまで願いを叶えてくれる緑色のドラゴンでも出てきそうな感じだ。
なんて思いながら立ち止まって空を見上げていると、
「ちょっとー何してんの、置いてっちゃうよー?」
と、緋菜が横断歩道の向こうで不機嫌そうにしていた。
「悪い悪い、今日の夕飯はカレーにしようと思うんだけど・・・」
と走りだしながらそう言いかけたその時だった。
ゴロゴロゴロと雷が落ちた時のような爆音が鳴り響いた。
その瞬間全身を電流が駆け抜けたかのような衝撃が走る。
「がはっ・・・。」
な、何事だ
何が起きたのかさっぱり理解ができない。
感じるのは体が宙に浮いているような感覚。
吹き飛ばされている・・・いや、倒れている途中だろうか。
わけがわからない。
受け身を取ろうにも体に力が入らない。
周の何もかもがゆっくり動いて見える。
「お兄ちゃんどうしたの!?お兄ちゃん!?」
頭の処理がまったく追いついていない。だがその言葉だけははっきりと聞こえた。
今もしかしてお兄ちゃんって言ったのか?
いつ振りだお兄ちゃんなんて呼ばれたのは。
なんてそんなことで感動してる場合じゃない。
緋菜は必死の形相で走りながら手を差し伸ばしてくる。
その手を掴もうと僕も手を差し出すが、
だめだ、届きそうもない。
「ひ・・・な・・・。」
大声で名前を呼ぼうとしたが、声にならない声しか出せなかった。
そして全身の感覚がどんどんなくなっていく。
緋菜が視界から消えた。
目の前には一面のアスファルトが広がる。
ああ、倒れる。ていうかぶつかる!
咄嗟に目を閉じ、痛みを受ける覚悟をする。
しかし、待てども待てでも痛みは襲ってこなかった。
感じるのはやはり体が宙に浮いているような感覚だけだ。
それにさっきまで聞こえていたはずの沙夜の声がしない。
不思議に思い、目を開けてみる。
するとそこは真っ暗な世界だった。
立っている感覚はないが、落下している感覚もない。空間に固定されているとでも言えばいいのか。
ただ足元には奇妙にピンク色に光る紋章が浮かびあがっている。
円の中に六芒星と見たこともない文字のようなものが羅列してある。
アニメや漫画でよく見る魔方陣ってやつだ。
「なんだこれ、どうなって・・・。」
そう思ったとき低めのトーンのいかにも悪そうな感じの男の声が聞こえた。
「我が名はーーーーー。そなたを招きし者だ。」
な、なんだ。何を言っているんだコイツは。
ガル・・・なんだって?
「聞こえるか異世界の住人よ。もし聞こえるのであれば、そなたの名を持って答えるがいい。」
何が起こっているのかさっぱり理解できない。
おそらくこれは夢なんだろう。出なければ死後の世界だろう。
まあいい。答えろっていうなら答えようじゃないか。
「僕の名前は田結アオトだ!、誰か知らないがここが何処だか知って・・・」
「フフ・・・ようこそ我らが世界へ。歓迎するぞアオトとやらよ!」
僕の言葉を遮り男が答えた。、
そしてフハハハと不快な笑い声が響くと共に、足元の魔方陣が光輝いた。
真っ暗闇だった世界が今度は真っ白な世界になる。
ちょ、まぶしっ。なんだってんだよ。
そう思ったその瞬間、今まで感じなかったものを感じた。そう、重力だ。
「う、うわあああああああああ!!!」
叫びながらすごいスピードで真っ白に輝く世界を落下していく。
死ぬ死ぬ死ぬ!これ痛いやつだろ!
てか絶対死んだろこれ!
自分が生きてるか死んでるか知らないが、無我夢中で叫びながらそう思う。
そして自分の落ちていく先を見ると、下の方に一際光輝いている場所がある。
あまりのまぶしさに目を開けていられない。
その地点を通過したとき僕は・・・意識を失ったのだった。