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アポなし訪問

 八月から始まった、全部で三十日間の夏休み二日目。

 ユーマはルルに一枚の紙を突きつけた。


「……なによこれ」

「昨日ボクが徹夜で考えた減量プラン。四つあるうちから選んでもらうよ。言っとくけど、やらないって選択肢はないからね」

「いきなりすぎるでしょ。それに……」


 ルルは紙に書かれた文字に目を滑らせた。記されているのはタイトルのみで、箇条書きになっている。

 上から順に『ミイラごっこ』『熊鷹ごっこ』『お馬さんごっこ』『無人島極限サバイバルごっこ』と言う具合だ。


「このふざけたタイトルは何よ」

「ユーモアがあるだろ?」

「徹夜でこれだとしたら、あんたのセンスを疑うわよ」

「いいから、一つ決めなよ」

「やらないって言ったら?」


 ユーマは顎に手をやり、一瞬考えると楽しそうな笑みを浮かべて答えた。


「考えうるだけの嫌がらせを夏休み中する」

「ぬぐ……」


 冗談ではないだろう。つまりそれは、これを承諾する選択肢しかないということ。何故なら、ユーマの嫌がらせは度を越えているからだ。

 過去に一度、ユーマの怒りを買い、一日だけ嫌がらせを受けたことがあるが、あの日のことは忘れるはずもない。何をされたか、思い出すのも苦痛だが、間違いなく人生史上最もストレスが溜まった日だった。

 ルルは観念して、プランの内から一つを選ぶことにした。

 まず、『無人島極限サバイバルごっこ』。これは却下だろう。内容は言わずもがな、実行出来るのか怪しいがユーマならやりかねない。

 では、残った『ミイラごっこ』『熊鷹ごっこ』『お馬さんごっこ』のどれにするか。内容を予測すると、ミイラごっこは水分と食糧を完全に断たせる、と言うところではないだろうか。考えただけで怖気が走る。

 ――ミイラごっこも却下。残り二つ。

 慎重に選ばなければならない。下手すれば、生死が掛かっているのだから。


「……よし、決めたわ」

「へえ、何がいいの」

「『熊鷹ごっこ』にするわ」


 ユーマが感心したように首を縦に振った。


「さすが姉さん。一番楽なメニューを選んだね」

「それは良かったわ。で、どんなことをするの」

「簡単さ、シュラから逃げ回るだけ。要は鬼ごっこのクマタカバージョン。だから、熊鷹ごっこ」

「な、なるほど……」

「うん。それじゃあね」


 ユーマは踵を向けて自分の部屋に戻ろうとした。その動作があまりにも自然で、一瞬呆然としたルルだが、はっと我に返って呼び止めた。


「っちょ、それだけ?」

「何がだい?」

「いや、早速始めるんじゃないの?」

「あのさぁ……」


 やれやれと言う風に、今度は横に首を振ると、ユーマは説明をした。


「逆に聞くけど、姉さんは一日中全力疾走してられるの? 無理でしょ。運動において重要なのは『休養』の取り方だ。こっちもある程度考えてやってるんだよ」

「じゃあ、いつ始めるのよ」

「さあ?」

「は?」

「それはボクの気分次第だ。単刀直入に言おうか? これから一ヶ月、姉さんは四六時中襲われる危険に囲まれるんだ。気が向けば、三分後にでもシュラを送るし、今日は送らないかもしれない。そういうことだよ。まあ、襲撃と襲撃の間には、ある程度の時間を取るし、命を取りはしないけど」


 エグイ。そう強く感じた。やはり、この弟にはかなわない。

 今度こそユーマが去ろうとした時、一人の男が割り込んできた。


「朝っぱらから面白いこと話してるな、ユーマ。ただいま、いや、お帰りか?」

「兄さんか。帰るのはもう少し先って聞いたけど」

「て言うか、ちっとも面白い話じゃないわよ」


 ニッと穏やかな笑みを浮かべるのは、ラルグだった。少し寝癖の付いた頭を掻き、話しかける。


「予想外に仕事が早く終わってな。何でも、国王様が突然どっかヘ行っちまったらしくて、てんやわんやになってんだちょ」

「ふうん。まあそれより、頼みがあるんだけど、いいかい?」


 ラルグはびっくりしたような顔になった。

 ――まさか、あのユーマが他人に何かを頼むとは。

 少しうれしくなり、ラルグはこころよく用件を聞いた。


「俺にできる範囲なら、何でもいいぞ」

「じゃあ、剣を教えてくれない?」



 

  

 



 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 奴隷市場『アルミゼ』のとある一角。それなりに大きな店の店内にいた全ての人間が、これ以上ないほどの驚愕な表情をしていた。

 しかし、それも無理もない。何故なら――


「こ、これはこれは国王様。一体……何の御用で?」


 大国ミゼランの頂点に君臨する王、ギルゼウス・ミゼラーヌが何の報せもなしにやってきたのだから。

 ギルゼウスは全てを見通すかのような不思議な銀色の眼を店内に走らせると、口を開いた。


「とりあえず、人を除けてもらってよいか? トリックスター店主、ジャック・ベルメールよ」

「お、仰せのままに。では、一度奥に向かってもらってよろしいですか?」

「そうかしこまるな。ああ、それと……」


 ギルゼウスが、今度は店内の客に向かって告げる。


「儂がここに来たことは、くれぐれも内密にな」


 そのしゃがれた声に、その場の全員が委縮した。

 大きな声ではないが、歯向おうという気さえ削ぐかのような圧倒的プレッシャー。知らず知らず、足は出口の方向へ動いていた。

 やがて人がいなくなり、一人残ったジャックはギルゼウスを待たせてある奥へ向かった。

 道中思ったことはただ一つ。

 ――冗談抜きに胃に穴が開いちまうよ。

 ドアの前へ辿り着いたジャックは、覚悟を決めてノブを捻った。


「来たか。適当に座らせてもらっておるぞ」

 

 お辞儀だけして、ジャックも席に腰を掛ける。案件は分かっている。十中八九『あれ』のことだ。

 極度の緊張の中、何とか声を絞り出す。


「話は『魔法』についてのこと、ですね」

「うむ。まずは根本的なことから聞こう」


 ギルゼウスの皺だらけの顔が、少し険しくなる。


「魔法は存在するのか?」

「……確かに存在します」

「それは、幾度もの人体実験による成果か?」


 空気がピンと張りつめる。思い出したくない過去の記憶が、フラッシュバックする。


「そうです。あまり、話したいことではありませんが」

「そうか。まあ、詳しい話は良い。結論を聞こう。魔法は誰でも使えるのか?」

「無理です。魔法を使える人間は限られていますので」


 ギルゼウスは顎髭を摩った。嘘ではないと判断して、質問をぶつける。


「では、具体的にだれが魔法を使えるのじゃ」

「それは……」


 言葉に詰まった。言うべきか、言わないべきか。言えば、一人の少女の人生が危険に晒されることになる。

 それでも――言わないわけにはいかないじゃないか! 

 

「『ブランケット一族』。理屈は不明ですが、ブランケット一族にのみ使えます」

「ブランケットか。しかし、五年前に……いや一人だけ生き残りがおったか」


 ギルゼウスはしばらく黙考して、納得すると席を立った。


「参考になったぞ。ジャック殿よ、また来ると思うから、その時もよろしく頼むぞ」

「は、はあ……」

「うむ。ではな」


 ギルゼウスが去った後、ジャックは深い深い溜息を吐いた。

 ――色々知られたが、あの事は聞かれなくてよかった。

 

「ただ問題なのは……シエルと同じようにあいつも学園に通っているってことなんだよなぁ」


 もし国王がシエルと接触しようとすれば、あの事が露見する可能性も出てくる。 ――最悪、あの事の真実は歴史の闇に葬り去らなければ。


「下手に出しゃばるんじゃないぞ――『ハイド』」  


ジャックって誰だっけ? という人は三話を見てください。奴隷商人の彼です。

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