001 ♕ 国外逃亡→違法入国
王子篇、スタートです!
輪廻篇・人情篇とほぼ同じ時間軸ですが、王子篇だけでも読めるように、してあります。
……大丈夫なはず(自信ない)。
ただ、先にその2つを読んで頂いた方が、世界観は深まります。
潮風が心地いい。
激動だった数ヶ月間を思い返せば、今はなんて平和なのだろう。
だけど、それもあと数時間で終わる。
何せ、違法入国しようとしている日ノ本国が遠くに見えているのだから。
「王子、」
声をかけてきたのは、この逃亡を手伝ってくれた乗組員。
父親の側近だった、母国で唯一のベテラン船長。
そして入国しようとしている国は、以前から鎖国を貫いていて、密入国者は誰であろうと殺されていると聞いている。
だから恐らくは、これが今生の別れになる気がする。
「ここからはお独り、隠遁効果のある小舟で向かって下さい。既に港は厳戒態勢になっていますので」
「……すまない。私が無力のばかりに」
「いいえ。それは私も同じです。むしろ今まで、砂漠大国だったあの国で、唯一のオアシスだった沼を管理させて頂けたので幸せでした。それに反逆したハムバは私と同郷。その名を売国し、生き延びることが出来たとしても、もはやあの国に戻ることは出来ません」
「船長!」
船長の部下がやってきた。
それが何かの合図だったのだろう。
船長はわざと船を陸に対して平行にし、小舟を死角に降ろす。
もっとも、1人しか乗れない小舟に乗るのはこれが初めてだったが、今は亡国の身。故に我儘は言えない。
小舟はなかなか前に進まなかった。
船長の結界で見えなくされているとはいえ、結構な時間が経ち、例の港からはかなり流されてしまった。
だが、渡されたオールで底が突けると気付いてからは、思い切って降りてしまうことにした。
そこは小さな入り江になっていた。先ほど遠くに見えた港の周辺は岩場が多かったが、ここには小さな砂利が多かった。いわゆる、砂浜という奴だろう。
『やはりこっちに居たか』
念話でわざわざ声をかけられた。
思わず身を硬直させてしまえば、その間に対面の木々から1人の人間が現れる。
途端、小舟に乗る直前に言われたことを思い出していた。
【この国には鎌を持つ死神が居るようです。アトミという名の者には気を付けて下さい】
『お前は何者だ?』
私は先手を打った。が、
『先に名も言わぬ違法入国者に名乗るつもりはない』
そう答えられてしまった。
そういえば、この国はサムライという職業があり、サムライは互いの名を教え合ってから1対1で勝負する、という風習があったはず。
もっとも、サムライは大昔の職業であり、今は既に廃業となっているらしいが、そのような風習は残っていても不思議ではない。
『それは……失礼した。私は、』
『サム・リヴァイアサン、ね』
『っ!?』
思わず声がした背後を振り返り、更に驚きすぎて声にならなかった。
乗ってきた小舟は燃えていて、その手前にイラストで何度も見た、明らかに "死神" が立っていたのだから。
どこから出したのか、巨大な鎌が握られていることからも、どうやら鎌の風圧で故障していた動力部を切った様子。しかも死神から気配は全く感じない。
とはいえ、一瞬で自分の背後側に回られていたことにも気付けなかった。
しかも死神の手には、執事のサムに渡されたサムのパスポートが握られてしまっている。上陸の時に落としたらしい。
海の中ではなく良かった、と思うべきか。
『このパスポートは本物だ。偽物ではない。だけど入国の条件を満たしていないから密輸船に同乗した ―― そんなところかな』
死神の説明通りだったので余計に冷や汗が止まらない。
このままでは殺される。
解ってはいた。
が、体が動かない。
動かせない。
『……この国には何の目的が?』
死神の一言には、どう答えたものかと悩む。
正直に答えたところで、どれも違法入国していることには変わりない。
だが、下手に嘘をつくことも出来ない。
というのも、自分は阿修羅帝国の第三王子。
ただ、その帝国がレジスタンスの反逆で帝王一家を皆殺しにされ、地方で養成していた自分の身も危うくなったから、2人の兄が自分を亡命させてくれただけ。
つまりは、この国に匿ってほしくて違法入国した、ということ。
しかし、パスポートで行き先がバレると危険だったので、死神が本物と認めたパスポートは執事のモノ。
本物の執事であるサムは、別ルートで日ノ本国へ渡ると言っていた。
なお、サムは変身能力も持っているが、元々の顔が私と瓜二つだったらしい。
それだけの理由で私の執事に抜擢されたとはいえ、今では無二の親友だと思っている。
自分が黙っていたからか、死神はその鎌をゆっくりと振るった。
それだけで波や木々の音が消える。
まるで雑音を邪魔だとでも言うかのように。
『……阿修羅帝国は、レジスタンスに乗っ取られました。私は帝国でも帝王派に所属していたので、我が身を守る為、この国に在籍する遠縁を頼って来ました。なので、この国に害を成そうとしている訳は決してありません』
死神が冷たい目で自分を見つめた。
先ほどまでの殺意は、そこにはない。
だけど敵意は残されていた。
それはそうだろう、と思う。
帝国だって、砂漠地帯を国にしていた数ヶ国と協力関係にあったとはいえ、それ以外の国と直接取引があった訳ではなかった。
そんな国同士なのに、遠縁が居ると言われても信用するはずがない。
しかし、今の発言は全て事実。
何も嘘は言っていない。
「……だから、他国籍者の在住を許すべきではない、と父上は進言したというのに」
『?』
急に死神が哀れな目になった。
しかし、この国の言葉は解らない。
だから理解できなかったが、
『我が国の主要都市では、主に他国籍の者が悪鬼に憑依される謎の病気が流行している』
その一言に思わず目を丸くした。
そんな情報、帝国には届いていなかったと思う。
『この数十年、我が国が鎖国を続けている理由だ』
『数十年も……?』
『そうだ。未だに原因は不明、ということになっている。ただ、我が国は他国よりも悪霊や悪鬼が何倍も多く、それに伴って上級の悪神によって街が消滅している災害も多い、という情報はあっただろう?』
それは聞いたことがあったので頷き返した。
『悪鬼による魔力暴走は毎日のようにある』
『えっ』
『他国では年に数度と聞いている。それが我が国では毎日だ。そして悪神による、集落消失などの絶大な被害は年に5回以上。多い年では十を超える』
それはあまりにも多すぎる。
愕然としていれば、死神は大きな溜息をついていた。
『だから入国に年齢制限や能力の有無を設けた。憑依に耐えられるか、自力で祓えるか、手遅れになっても死を受け入れられるか。
そして我が国は恥ずかしながら、それが理由で孤児も、それに伴う違法奴隷も、それらを利用した危険な実験を行う研究者も多い。そこに他国籍者の問題まで抱えることは出来ないのが現状だ』
理解はした。
が、それでも、自分に頼れるのは1人しかいない。
どんな理由があっても他国には行けない。この国に頼るしかない。
王子なのに情けない、と自分でも思う。
それほど、自分は何も知らなかった。
帝国は上の兄が継ぐだろうと思っていたし、下の兄も優秀だったので自分には回ってこないだろうと。
まして、上の兄は10歳も離れていたのだから余計に。
だが、それも今となっては言い訳にしかならない。
ウワサでは、2人の兄も殺されて「さらし首」にされていると耳にした。
もはや、帝王の血筋は自分しか残っていない。
正直、泣きたかった。
だけど、兄なら絶対に泣かない。
兄ならば、生きて国を取り戻すことしか考えないと思う。
だから自分もそうしようと、船に揺られながらも決意したのだから。
『私はアトミ。我が国の裁判官の1人だ。先に言っておくが、決して入国管理官でも、死神でもない』
『裁判官!?』
その死神にしか見えない立ち姿で裁判官とは是如何に。
『それに、このパスポートは審査の為に預かるが、君は独特な魔力を持っているから容易に見つけられるだろう。自由にするがいい』
『……へ?』
アトミがその鎌を降ろした。
意味が解らずに呆然としてしまう。
『違法、入国では……?』
『君は嘘がつけない。目を見れば解る。そしてパスポートを持っていた。密輸船ではあるが、君はあの船で過去に何が運ばれていたのか、知っているのか?』
『いや、』
『それに、子供の亡命者を無下に扱うほど我が国は卑劣ではない。とはいえ、さっきの説明通り、我が国は自由に行動できるほどの自由は無い。こんな場所から、親の保護もない子供の身でどこまで行けるのか、やってみれば解る』
アトミはそう答えて術を唱えると、まるで煙のようにその場から消え去った。




