第3話(未完成)
未角来人は所謂座学というのが苦手だった。聞いているだけで眠くなるし、少し難しい話になるとそもそも理解ができない上に、理解しようともしない。故に高校の授業でも居眠りの常習犯であり、ノートも後から親友の将真に見せてもらい、書き写す事は少なくなかった。
しかし、"E.X.I.S."での能力者についての座学はそうもいかず、ましてや講義を受けているのは自分一人で話し手は風谷葵と飛奈朱莉の二人のみ。
しかも、だ。前者の少女は鬼教師でもあった。
「それじゃ、まずは基本的な説明から。一度しか言わないからちゃんと聞くように」
「はいはい」
「はい、は一回。言っておくけど、一通り説明し終えた後、模擬戦で実際に実演してもらうから。その時できなかったら……」
「できなかったら?」
「話を聞いてなかったとみなしてボコる」
「それはもはやボコすの前提だろッ!」
相変わらずめちゃくちゃな女だと来人は心の中で教官チェンジを求めた。唯一の救いはもう一人の教官である朱莉がまだまともそうであること。天真爛漫な彼女は葵とは違い、新人へのフォローはしっかりしてくれる。
「まあまあ、来人ならできるよ」
「何かアドバイスとかあるのか? あるなら先に教えといてくれると……」
「うーん、能力を発動するにはセンス、勘、それに感覚だね!」
「……ダメだこりゃ」
これ以上ないまでに大雑把なアドバイス。もう一人の教官の適当具合に来人は途方もない先行き不安に見舞われる。もうこうなればなるようになれ、と葵の講義に聞き入るしかなかった。
「まず能力が発動する原理について、ね。私達能力者の体内には能力を発動する為のエネルギーが存在するの。ただし、そのエネルギーを能力として扱うにはかなり高度なエネルギーコントロールが必要。とはいえ戦闘でそんな慎重なことはしてられない。だからその役割を代わりに果たしてくれるのが……」
来人自身や葵の左腕に着けられた装備。腕時計に近い端末ではあるが、これは重要である為に肌身離さず持てと葵は何度も口にしていた。
その装置の名前は"ネーヴェ"。"E.X.I.S."から黒白の制服、そして寝泊まりする為の部屋と共に支給された物。
「この機械ってことか」
「なかなか良い勘してるわね。その通り、これは私達能力者にとっての生命線。この"ネーヴェ"を通じて、私達能力者は能力をまともに扱うことができる」
「"ネーヴェ"は体の内に巡る能力エネルギーを集めて、放出する機械って思って貰えると分かりやすいかも。それにこの"ネーヴェ"は個人個人の能力者用に調整されてるから他の人のものは使えないんだよねぇ」
葵、朱莉の説明に一先ず「なるほど」と来人が答える。もっとも未だ慣れない能力という未知数の力とそれを操る"ネーヴェ"についてなんとか理解したように思い込んだだけではあったが。
しかし、そこで同時に来人の中では疑問も浮かび上がってきた。
「質問、いいか?」
「ええ、もちろん」
「例えば、"ネーヴェ"を使わずに能力を使うことは可能なのか? それともエネルギーがコントロールできないから全く使えないとか?」
「それについては能力者としての個々の技術、多少のイレギュラー的要素はあるけど、基本的には”安定はしない”と覚えておくと良いわ」
「例えば私なんかは元々能力者の素質が低いの。だから"ネーヴェ"の手助けなしじゃ、まともに能力扱いこなせないけど、葵は能力エネルギーのコントロールが上手いから属性の風なんかを使えたりするよね」
要するに如何に能力エネルギーを操るかが能力者としての力量を決めるという事。知れば知るほどに能力者という存在に驚くしかないが、葵や朱莉にとってはこれが当たり前なのだろうと来人はこれから自身が身を置く現実を飲み込むしかない。
結局、自分自身にどんな力が備わっているかは来人自身未だに分かっていないのだから。
葵曰く、"E.X.I.S."からお声がかかるということは通常ならば、何かしらの能力が発動したのを確認して、ということだった。が、来人についてはそれもなく、単純に上(上層部)から連れて来いと言われたのだ、とも。
「ここまで説明されて能力者じゃなかったとかなら笑い事にもならないな」
「来人に関しては経緯がちょっと特殊だからね~。本部から保護してこいって命令が出たぐらいだからそんなことないとは思うけど」
「適正訓練で実際どうなるか、ね。もし能力者じゃないって分かったら……」
朱莉が「大丈夫だよ~」と落ち着かせようとしてくれる一方、鬼教官の少女は両腕を組んだまま目を閉じた。
もし、能力者じゃなかったら……どうなるのか。来人は嫌な汗を背中に感じつつ、息を飲んで問いかける。
「どうなるんだ?」
「記憶を消してもらうしかないわね」
葵のうっすらとした笑いに来人も堪らず引きつった笑みを浮かべるしかなかった。そんな映画みたいなことをされる可能性があるとは、と。しかし、既に能力者や能力といった創作物ではお馴染みの物が出てきている以上、宇宙人が出てきても、今ならそれほど驚きはしないだろうとも。
「葵ってば悪いんだから。来人、ジョークだからね、ジョーク」
「なんでだろうな、お前らが言うとジョークに聞こえない」
「冗談はさておき、続けて説明するわね」
そもそもタチの悪い冗談を言ったのは誰だったか、と来人は口を挟みたくもなったが、これまた冗談の通じない相手(葵)であるだけにやめておくことにする。そんな葵の左腕から紅い光が舞い、彼女はさも簡単に能力を発動して見せた。その右手には身長の半分強ぐらいはある剣が握られている。
その剣は通常の剣とは異なる形状をしていて、所謂刃部分は片側しかなく、握る柄部分にはまるで銃の引き金のようなトリガーが混在していた。
「能力者は大概自分の武器を持ってるの。これは私の”アストリア”っていう銃剣。剣
と銃の二つの形態を使い分けて戦うの」
「なるほど、だから銃の引き金みたいなのがついてるのか」
「そういうこと。朱莉のも見ておくといいわ」
”アストリア”をリリースし、光へと変えた葵に促される形で朱莉もまた能力を発動し、赤と金の二色で構成された弓が現れる。それを掲げた朱莉は「じゃーん」と得意げに説明をし始めた。
「私のは”オリフラム”っていって、見た通り弓矢なの。私の属性は炎だから、矢に炎の属性を付加して戦うのが基本線かな」
「葵が風で、朱莉が炎、ってことは能力者って火とかの属性……的なものを持ってるのか?」
「ええ、ただし火や水みたいな属性だけとは限らない。例えば、よくあるパターンで言えば、能力エネルギーを盾に変えられるバリア持ちだったり、体の一部を強化するような相手もいるしね」
「葵の“風”能力って実は貴重なの。だって、言っちゃえば自然の一部を操るようなものだからね~」
朱莉が貴重な能力に羨望のような眼差しと同時に自分が炎というのが気に入らないのか「む~」と口を尖らせる。しかし、その葵は所謂”レア”な能力持ちという自覚がないのか、はたまたどうでもいいと思っているのか、さらに話を続けていく。
「アンタの能力も実戦で”ネーヴェ”を扱えればすぐに分かるはずよ」
「扱えれば、ね」
「と、まぁ一先ず基本はこんなところかしら。何か他に質問ある?」
「一つ思ったんだけどさ、能力を発動したのを確認したら"E.X.I.S."や”ジェネラル”が『あなたは能力者です』ってお前らみたいにスカウトしにくるんだよな。それって、要するに戦力の取り合いって事だろ? 能力者って発動でもしなきゃ本当に見分けがつかないのか? 例えば瞳の色が違うとか、健康診断の結果とかで見分けついたり……」
能力者という存在を保護、あるいは仲間に引き入れる。それはつまり"E.X.I.S."という組織の戦力が上がり、”ジェネラル”が強引に戦力にすること、つまり攫われることを防ぐことにもなる。
来人が疑問に感じたことを率直にぶつけてみると、葵と朱莉は視線を合わせ、互いに首を傾げた。それから葵は「ん~」と回答に困った様子を見せて、口元を右手で抑える。
「なかなか難しい質問ね。少なくとも能力者だからって体の作りとかが無能力者の人と違う訳じゃないのは事実よ。"E.X.I.S."の本部ももっと早く保護できるならそうしてるでしょうけど、現段階じゃそれができないって事が答えになるかしら」
「基本的に能力や能力者なんて言葉自体が空想と捉えられがちだからね~。能力を発動したとしても自分の意志じゃなく、感情の昂ぶりで起こった偶然の産物って事も多いから」
朱莉の言葉に来人は思わず納得してしまった。
確かに来人自身も初めて葵と出会った時、能力を見てもなおその存在はありえないとして、彼女の話も冗談半分で聞いていたに過ぎない。その時に見せられた能力者同士の戦いや"ジェネラル"の悪行に関しての資料を見せられなければ、もしかしたら考えは変わらなかったかもしれないとも。
それほどに能力や能力者という類はごく普通の一般人には程遠いし、魔法同様に自分が扱えるかどうかを試してみるなんて事はそうそう有り得ない。
「確かに普通の人間からしてみりゃ、能力が使えるってどころか、その存在自体を知らない訳だから当然か。そう思うと”ジェネラル”よりもお前らに拾って貰えて良かったよ。……まぁ、能力を使えるかどうかは知らないけど」
「さっきからえらく自信なさげじゃない」
「そりゃまぁ。お前らを信じてない訳じゃないし、能力者や能力だって今更疑うつもりはないけど、いざ自分がそういう別次元の力を持ってると言われてもピンと来ないっていうか」
未だ自分が能力者だなんだと言われても、来人にとっては実感など一切なかった。
強いて言うなら体の動かし方は知っているつもりだし、剣道や格闘技は齧ったこともあった。しかしプロ野球選手やプロサッカー選手のような体力がある訳でもないし、あくまでアマチュアの部類に過ぎない。
そんな来人の不安を他所に葵は「まっ、大丈夫よ」と気軽に言い放つ。
「だったら、もう始めましょうか。アンタの場合、聞くよりも実際にやってみる方が呑み込みが早そうだし」
「始めるって……何を?」
「言ったでしょ。──適正訓練、よ」
◆◆◆
葵と朱莉によって連れてこられたのは質素な白い壁と白黒タイルの床で構成された何もない空間。広さで言えば、学校の体育館のような巨大空間に、来人は改めてこの"E.X.I.S."第二支部という場所の巨大さを把握する。
案内されたは良かったものの、葵と朱莉の二人は「ここで待て」とだけ言って、どこかへ消えてしまった。
──適正訓練……どんなことやらされんだ?
そもそも未だにぼんやりとしたビジョンしか浮かべられないが、生死を伴う戦いであるというのは間違いない。葵曰く、"ジェネラル"の能力者はそれこそ容赦などしてくれないし、こちらを殺そうとしてくるというのだ。
だとしたら、来人は自分自身にその覚悟があるのか、と今更そんな疑問が浮かんでくる。
人を助けたい、自分のような大切な人を失くす痛みを誰にもさせたくない──。その甘い考えが激しい戦いの中で許されるのだろうか、そんな事ばかり考えていれば、耳元の通信装置から葵の声は聞こえてきた。
『あー、あー、聞こえる? 来人』
「聞こえてる。で、どうすればいい?」
『これからあなたの前に”アビリティ・フレーム”、通称”AF”っていう機械が現れる。適正試験はその機械との戦闘を行い、能力がどんなものかを掴んでもらう試験よ』
「機械相手か……」
『勝てなくても全然気にしなくていいからね~! 私も初めてやった時は逃げ回ってるだけだったし』
自慢げに敗北談を話すのは朱莉だ。葵が「もう」と呆れたように呟くのを聞くと、彼女はどうやら勝てたのだろうと予想がつく。
どう見ても負けず嫌いな葵同様、来人自身もまた勝負事ならみすみす負けるつもりはなかった。
「ようはその機械ぶっ壊して能力者の素質って奴を見せればいいんだな」
『そういう事。ただその前に……』
葵が何かしら操作したのだろう、左側に地面が割れて現れたのはガラスケースのようなもの。そこには刀やモデルガンと思いたい銃、弓や槍など様々な武器が展示品のように並べられていた。
もっとも、素材は何を使っているのか全体的に黒みがかった鋼のものばかりだ。
『ここから自分に合いそうなものを一つ選んで。自分の武器を生成する時にきっと役に立ってくれるはずよ』
「武器、ねえ」
最初に選ぶものに迷いはなかった。黒色の剣、物干し竿ほどの重さのそれを持ち上げて、握り締める。
剣の道を少しだけ齧ったことがあるからこそ、銃や槍などに目もくれずに剣を選んだ。
何よりも格闘のことを考えれば、接近戦の行える武器、それも片手の空いた状態で使える武器を取るのが最善策だと来人は考えた。
「これでいい。始めてくれ」
『じゃあ始めるわね。制限時間は10分。実弾は積んでないから安心して戦って』
それは当然なのでは、というツッコミは置いておくことにして、来人はこれから戦う機械のことを頭に思い浮かべていた。
どんな姿をしているのか、某映画のように赤い目を光らせて、構造丸見え状態の銀色の塊だろうか、など。
そして、その全貌が床から現れてようやく明らかになる。しかしその姿は予想よりも遥かに丸みを帯びていた。
「なんか気が抜けるな……」
白いボディに、丸みのツルピカ頭、胸元には訓練用と書かれていて、全体的に線が細い。もっとゴリゴリのガタイをしたものが出てくると思っていた分、拍子抜け。
しかし、その鉄兵の目は突如として赤く光った──。
「──あぶね……ッ!」
白い鉄兵士、通称”AF”の右腕が即座に変形し、キャノン砲のような形態に変わったと同時のことだ。
来人の足元を正確に狙った砲撃を放ったのは。間一髪、反応だけで後ろに飛んで躱したが、あまりに速い動きに来人は驚かざるを得なかった。
「このやろ……!」
地面にぶつかった砲撃はマーカーで塗り潰された様に赤く染まっている。恐らくはペイント弾、どちらにしても食らってベタベタになるのはゴメンだと来人は絶対に当たらないことを心に誓った。
「目標の回避行動を確認、続けて攻撃します」
「逃げてるだけじゃ終わるもんも終わらねえな」
そもそも、逃げるということ自体、来人はあまり好きではなかった。喧嘩一つでも相手と互いにボロボロになるまで殴り合うのが未角来人のスタイルだ。
その上、剣という武器を与えられている以上、キャノン砲を持つ相手なら接近戦の方が有利と見た。
両足に力を入れ、一気に踏み出す。当然、相手の鉄兵も立ち尽くしてくれている訳ではない。決して連射速度こそ早くないが、確実かつ正確に来人の位置を目掛けてペイント弾を打ち込んでくる。既に来人の駆け走った道筋は赤いペンキで所々が汚れている。
そんな抵抗を受けながらもようやく間合いを詰め終え、黒染めの剣を振り上げる。
──ここまで近寄れば絶対に当たる。
剣道を齧った身として、相手との間合い、特に剣を使った間合いは把握しているつもりだ。故に来人はこの勝負は貰ったと確信を持った。
が、しかし、追い詰められた鉄兵の右腕が可変している事に気付いたのは剣を振り下ろすと同時のことで──。
「ッ──!」
もはや振り下ろす動作を止めることはできず、来人にとって剣を振り翳す以外の選択肢はない。
黒の刃が”AF”のボディを捉えるかと思われた瞬間、鉄と鉄がぶつかった鈍い音と共に来人の一太刀は留められた。
「──腕が剣に……!」
そこで来人は自身の見立てが甘かったことを痛感した。普通の人間相手ならやれる事は限られている。それこそ魔法や能力を使わない限り。
しかし、今相手にしているのは機械。それもどんな性能でどんな機構を持ち合わせているかも分からない未知数の敵。咄嗟にキャノン砲から剣に腕を変化させる事など幾らでも可能な相手ではないか、と。
「チッ……!」
機械じみた力で剣を押し返され、後ろへと飛んで後ずさる。一から策を練り直す。改めて自分がとんでもない世界に身を置こうとしている事を再認識し、来人は常識という狭い世界を捨てた。
──どうする。
剣の打ち合いになったところで無尽蔵の体力を持つ機械、それも馬力もあるとなるとどの道形勢不利になるのは明白。
かといって、接近戦を選んだ以上、目の前の質素な兵器を刻む以外に勝つ術はない。
残り時間は後8分。逃げるにしても決して短くもなく、倒すにしても長くはない時間。
考えている時間はない、とにかく体を動かす。動かしてから考える他なかった。
「うおおおおッ!」
剣同士のぶつかり合いは集中力がいかに持続するか、相手の動きをどれだけ見切り、どれだけ体でその動きに対応できるかが大部分を占める。
黒い剣もどきと刃に変形した鉄兵の右腕が幾度となく、競り合う。
──いける、動きにはついていけてる……!
それは過信ではなく、紛れもない自信だった。未角来人にとって、不安だったのは自分の体力が自堕落な生活をしていたのもあってどれだけ落ちているかという事が一つ。
しかし、今こうして試験官代わりの機械と渡り合えている事は未角来人にとって大きな自信へと繋がっていた。
◆◆◆
その動きには目を見張るものがあった。確かに武道や剣を習っていたというのは聞いていたが、それを加味したとしても未角来人には間違いなく戦いに対するセンスがある。
が、肝心の能力者としてはその力の一端をもまだ見せてはいない。
「“ネーヴェ”の数値に変化は?」
葵の問いかけに朱莉がホログラフィックのモニター画面を指一つで操作し、提示するように示す。
そこに映し出されているのは来人が身に着けている“ネーヴェ”の能力エネルギー数値。能力の片鱗が少しでも出てくるのなら、波程度でも反応があってもおかしくはなかったが、今のところその反応はずっとグラフの地面を這い続けている。
「今のところはないね。というか、全く反応なし」
朱莉が「う~ん」とキャスター式の椅子にもたれかかり、頭を抱えるように両腕を組んで大きなため息。その一方で葵は反応なしという現実に嘆息をつきながらも、どこか違和感を覚える。
「……妙ね」
「まさか本当に能力者じゃないとか? 本部が連れてこいって言ったんだから、これって私達のせいじゃないよね」
「でも、これだけの身のこなしは素人がそうそうできるものじゃない」
「運動神経が抜群に良いんだよ、きっと。それにほら、格闘技や剣道もやってたって言ってたし」
確かにそう言われればそれで納得こそできるが、どうしても葵には腑に落ちない部分があった。
なぜ本部は運動神経抜群である以外、ごく普通の平凡な青年を連れて来いと直々に指名したのか──と。少なからず、能力者としての片鱗を微かにでも見せた、あるいは付近で確認したから調査しろという事ならまだ理解もできる。しかし、彼──未角来人に関しては名前も、姿すらも確認済みでまるで能力者と確信しているような待遇っぷりだった。
「──葵、あれ!」
考え込んでいた葵の意識を朱莉の指差しと叫びが来人と鉄兵の勝負に戻させる。
そこに広がっていた光景に葵は驚愕せざるを得なかった──。
◆◆◆
幾度となく鍔迫り合いを繰り広げても、相手の機械は息を乱すことはない。
しかも、だ。何製なのかは来人には検討もつかないが、右腕の刃はこれだけ刃をぶつけ合っても折れるどころか欠けることもなく、輝きを放ち続けている。
一方で自身に与えられた黒い剣は目に見えて痛み始め、一向に葵の“ヴィスティリア”のようなカッコいい剣に代わる気配もない。となると、来人はもはや笑うしかなかった。
「やっぱ俺……能力者じゃないとか?」
ここまで色んなことを知った上にこんなことまでしているというのに、全くシャレにならない現実に来人は言葉を失った。
しかし、相手の機械はそんな心情を理解し、待ってくれなどする訳もなく、まるで今がチャンスとばかりに真正面から踏み込んでくる。相手の動きに咄嗟に来人も剣を左下方から切り上げ、迎撃する──はずだった。
鉄兵の振り下ろした刃と激突した黒い剣もどきが、もはや剣の体裁を失って粉々に砕けるまでは。
「──は? 折れた?!」
ほぼ柄だけになった武器、迫りくる”AF”の追撃。
それら二つの状況から導き出される結論は一つ。間違いなく、このままでは直撃を食らう。
全信頼を置いていたのに裏切られた黒い剣の残骸に「クソッたれッ!」と悪態を吐き捨て、重りと化したそれを投げ捨てる。
──相手の動きを見ろ、相手の動きを……!
瞬時に判断できるほど人間の脳は上手く出来てはいない。例えこのままここに立ち尽くしていれば、叩き斬られると分かっていても、だ。
しかし、未角来人に関しては違った。負けてたまるか、能力者でなかろうが、この機械相手に負けることそのものが癪。それほどまでに彼は”負けず嫌いで我儘”だった。
──剣さえ……いや、棒っきれの一つさえありゃ……!
何気なく、心の底で呟いた嘆願。例え躱したとしても、間違いなく勝ち目はないと悟る。惨めに逃げ回るぐらいなら、真正面から一太刀食らって正々堂々負けるのがいいか。
そんな諦めすら脳裏に過った時だ。"ネーヴェ"から紅い粒子が大量に漏れ出し、やがて右手を覆っていく。
「なんだ……!?」
明らかに感じた異変に思わず度肝を抜かれた来人はただ立ち尽くすことしか出来なかった。それはほんの数秒の出来事。
"ネーヴェ"から溢れ出した光はゆっくりと剣のような形を帯び始め、そして──未角来人の右手には白く鋭く光った片手剣が握られていた。
「この剣、どこから……?」
彼はまだ知らなかった。その剣こそ自らが生み出したものであることを。そしてそれが未角来人という能力者がついに目覚めた瞬間であることも──。
訳が分からないまま、白い剣を握りしめる。一連の流れなど知らぬとばかりに鉄兵は来人目掛けて直進してくる。
その動きは来人にとって酷く単調で、まるでスローモーションで”振り下ろすまでの一連の動作”を見せられているような感覚だった。
──相手の動きが……読める……?
そのモーションを信じていいものかとも思ったが、相手の動きがその通りのものなら、これ以上簡単なことはない。要するに相手の攻撃を避けながら、敵の急所に目がけて剣を振るだけで済む。そのビジョン通り、鉄兵の突進を右回りに反転して躱す。一瞬の交錯、それでも動きを全て見切った来人からすれば十分すぎるほどの猶予時間。
どこからともなく現れた白い剣を右手で握りしめ、それを反転する勢いのままに振り切る。
「──これでッ!」
間違いなく当たる。今度こそこの一撃で仕留められる。そう確信を持って振るった一閃が”AF”の腹部上部を切り裂く。来人自身も驚かざるを得ない切れ味、先ほどまで握りしめていた黒い剣とは比べ物にならないほど刃は鋭く光る。
上下で真っ二つとなった鉄兵は機械音を唸らせ、地面へと倒れこんで赤く発行させていた目も幾度か点滅と消灯を繰り返し、やがて完全に沈黙した。
「やっ……た……?」
その相手の姿を見た来人は”自分が勝った”という事実を飲み込みきれず。しばらくの間呆然と立ち尽くす。それから、自身の右手に握られた白銀を光らせる剣を見やり、改めて頭の中で今の状況を理解しようとする。
──勝った……、にしてもこの剣……。
能力、なのだろうか。
信じられないことばかりが続いて、頭の中までごちゃごちゃになっている来人の元に渇いた拍手の音が聞こえてくる。
振り返って入り口付近を見やるとそこには微笑を浮かべる葵と「おめでと~!」と満面の笑みを浮かべながら飛び跳ねる朱莉の姿があった。
「葵、朱莉、俺……」
「まだ自分でやったことが信じられないって顔ね。でも、初めて”能力を使った”時は誰だってそんなものよ」
「これが能力、なんだな」
自身が生み出したものであるという事実を突きつけられ、来人は改めて握っていた剣を見つめる。白銀に光る両刃の片手剣、イメージする間もなく咄嗟に生み出した剣を。
次の瞬間、ドッと一気に疲労感が来て、来人はその場に膝をつく。同時に剣は赤い光となって消えた。
「大丈夫?! 来人……!」
咄嗟に駆け寄ってきてくれた朱莉に「ああ」と短く答える。
しかし、立ち上がるべく、体を動かそうとするも思ったように動かない。来人は言い様のない疲労感に歯を食いしばるしかなかった。
「っ……体が重い……」
「能力を発動するのは体力を消耗する。初めて能力を使ったんだから、そうなるのは無理もないわ。……それにしても、武器を一から生成するなんて初めて見た」
葵の言葉に来人は「え?」と間の抜けた声を漏らさざるを得なかった。
何気なく剣を生み出してみたものの、それが能力者としては当然のことだと思っていたからだ。
「ああいうのが普通じゃないのか?」
「全っ然! 普通は用意された武器を変化させて生み出したりするんだけど、来人の場合一から作り出しちゃうんだもん。葵と一緒にびっくりしちゃった」
葵と朱莉が感心する一方で何気なくそれをやってのけた来人はイマイチその凄さにピンとこないまま。「いずれにしても」と葵が呟いて、来人の前にそっと右手が差し出される。華奢なものの、綺麗な右手。
「改めて、私達と一緒に戦ってくれる覚悟はある? ……未角来人」
差し出された手。これを取ってしまえば、もう後戻りはできない。
断っても、記憶を消されたり、それこそ命を取られたりなんてことはないだろうと思う。葵や朱莉といった”EXIS”の面々を見ていれば分かることだ。
そして、未角来人の中で既に答えは決まっていた。
差し出された手を右手で取り、ようやく戻ってきた体の感覚のまま力を入れて立ち上がる。
「──ああ。これからよろしく頼むぜ、葵、それに朱莉」
「やったぁ! こちらこそよろしくね、来人!」
朱莉の喜び具合に苦笑しつつ、来人は握っていた右手をそっと離す。
葵は「よし」と小さく意気込んだ後、いたずらっぽく笑みを浮かべた。
「そうと決まれば、ビシバシ鍛えてあげる。覚悟しなさい、”後輩”」
「へ……上等。すぐに抜いてやるぜ、”先輩”殿……!」




