第四十六話
シャイナ教神殿からシャイナ教大神殿に変更しました。
(凰)
僕がシャイナ教大神殿を出ると、日が西の山並みに沈み始め、大通りからシャイナ教大神殿に至る道を仄かに照らし出す魔石灯に火が灯り始めたところだった。
僕はシャイナ教大神殿に礼拝に来る人達の間を縫うように歩き、華やかに飾り立てられた色とりどりの装飾に火が灯り、幻想的な雰囲気に包まれた大通りに出る。
大通りに出たら出たで、停戦を祝う人々や所狭しと立ち並ぶ屋台を覗く人達の人波を縫うように歩きがら僕は西の大門に向かって歩いていく。
そんな中、その人波に隠れて静かに戦闘が始まっていた。
ナーガトーさん達、影から僕を護衛する人達と僕を襲おうとする者達の穏行の能力と身体能力を駆使した戦いだ。
こんな人で混雑した所で強力な魔法や精霊魔法を駆使しての戦闘は出来ない。
そんな事をしたら、この一帯はパニックとなって双方の目的を果たせなくなる可能性が高いためだ。
その為、こういった場所での魔法による戦闘は身体能力と武器の強化を中心としたものになる。
そして、使う武器も短刀やクナイ、鋼線のような細い糸などコンパクトな物や暗器のような物になる。
更に、戦闘技は一刀両断のような大技は無く、無駄な動きを究極にまで削ぎ落とし研ぎ澄まされた動きで相手の急所を一撃する暗殺技のようなものとなる。
その上、攻防を繰り広げているのは凄腕の者達ばかりらしく、その戦闘は誰にも気付かれない静かな攻防戦となっていた。
因みに獣人は基本、生活魔法しか使えないということらしいが獣人の体毛や皮膚は魔法耐性が強くまた身体能力も人を遥かに凌いでいる為、鍛え上げられた獣人は何もしなくても身体強化した人と同等の力を発揮するらしい。
『ナーガトーさん達も凄いけど、刺客の方も相当の手練れだね。この一帯にいる人達に戦闘が行われているということを感じさせずに戦ってるなんて』
『そうだな……それに気が付くお前も相当なものだよな』
『そりゃあ、気づくよ。だってナーガトーさん達は僕の加護を付与した神護の指環と魔法武器のブレスレットを身に付けているんだから』
『ああ、……そういえば、そうだったな』
戦闘が始まって少しするとナーガトーさんの耳元で囁くような声が聞こえてきた。
精霊魔法を使って話し掛けて来ているのだ。
「シャイン様、申し訳ありません。我らより敵の数が多すぎます。我らが何とかこ奴らを押さえている内に目的の場所へ」
「分かった。ナーガトー、危なくなったら皆退くように、頼んだよ」
「……承知致しました。シャイン様もお気をつけて」
「うん、ありがとう」
ナーガトーさんからの会話が途切れると僕は大通りに溢れ返る人の流れを読み、僕の進行方向にいる人達の動きを読んで人と人の間を早足で縫うように進んで行く。
周りでは人々の喧騒の他に鋭く破裂するような音や甲高い笛の音などお祝い気分を高めようとする鳴り物のけたたましい音が鳴り響いていた。
僕がナーガトーさん達から離れて少しした頃、やっと人波の隙間から西の大門が見えてきた。
その時、鳴り物の甲高い破裂音に合わせるように発砲音が二回鳴り響いた。
周りの人達は気付いていなかったが僕にはハッキリと聞こえていた。
僕はこの人混みの中、左右から迫る二人の人物に気付いていた。
その二人の人物に対して僕は対処出来る体勢は整えつつ歩いてはいたのだけど、都市壁の上からその二人に向けて炎神鎚(銃)を放った人物がいたのだ。
その二人が僕から歩行者を三人挟んだくらいの所まで近づいた時、その弾は見事に二人の足の甲を撃ち抜いていた。
二人ともそのショックによろめき近くの人に体当たりをする形になって止まる。が、その衝撃に体当たりを受けた人は倒れ込みながら周りを巻き込み、巻き込まれた人達は、ウワッ! と更に周りを巻き込んで、両側から僕の方に向かって将棋倒しを起こしそうになる。
僕は慌てて僕の周りにいる人達の服を掴み引っ張ったり押したりして位置や体勢を操作し互いに支えあうようにしながら、左右からの倒れ込んでこようとする力を相殺し将棋倒しが起こらないようにする。
『ふう、何とかなったね』
『ああ、お前にしては上出来だ』
えへへ、『鳳に誉められちゃった』
『……まあ、そういう事にしておこうか』
『うん? どういうこと?』
『それよりも、お前を襲おうとした奴らと、それを狙撃した奴だ』
『ああ、そうだね』
僕は周りに視線を巡らすがそれらしい気配は消えていた。
それを確認してから都市壁に目を向ける。
『都市壁の上に一人、こちらに炎神鎚(銃)を向けて警戒している人物が居るね』
『あそこからここまで、約四百メーターといったところか……しかも、この薄暗い所で、獣人は夜目が聴くというが、更にこの人混みの中僅かな隙間を通して足の甲に命中させるなんて、とんでもない腕をしているな』
『うん、……って、あれ? あれってオーマンさんじゃない?』
『そのようだな……って、俺たちの目も随分といいよな』
あははは、『そうだね。……でも、オーマンさんて、やっぱり銃の腕前は凄かったんだね』
(マオーン・オーマン近衛少将)
俺は人混みに紛れるように光の神子に近づく者達の足の甲を炎神鎚で撃ち抜いた。
それから、他に光の神子に近づく者がいないか炎神鎚の照準器を覗き込みながら辺りを警戒する。が、光の神子の付近にそれらしい者達が居ない事を確認すると、フーッと一つ息を吐く。
その後、ふと照準器を光の神子に合わせて一瞬体が強張った。
フードを目深に被っているため顔は見えないのだが、確実に光の神子の目が俺を捉えているのが感じられたからだ。
俺は驚き照準器から目を離して肉眼で光の神子を捉えようと試みる。
『おいおい、この距離と暗さで俺を捉えていられているのか? まあ、確かにここは衛兵がいるだけだから誰が何をしているか見ようと思えば見えるかも知れんが、それでも俺は魔石灯の光から離れた薄暗いところに居るのだがなあ』
俺は背中に冷たいものを感じながら再び照準器で光の神子を確認すると、彼女は衛兵の詰所に向かって歩き始めていた。
『……まあ何にしても、周りに怪しい奴もいないようだし、……もう大丈夫かな?』
「オーマン近衛少将! 何を発砲しているのですか!」
俺が炎神鎚の照準器から再び目を離した時、都市壁の衛兵隊の隊長が泡を食って駆け寄ってきた。
「シルバー大将軍の命令書と発砲許可書は見せたはずだが」
「確かに、……ですが、この共同管理都市トーゲンでの発砲は我がジャカール帝国と東神名国の執政官の許可も必要なのですよ!」
「よく見てみろ! 両国の執政官のサインも入っている!」
・・・まあ、執政官のサインは偽造だがな・・・
俺は懐から発砲許可書を取り出して衛兵隊の隊長の顔の前に翳して見せる。
「うっ、……確かに、……ですが、一体何を撃たれたのですか? この発砲許可書にも命令書にも詳しくは書かれていないように思われるのですが……」
「うむ、連絡はあっただろう、このトーゲンで騒ぎを起こそうとしている者達がいる、と」
「ああ、はい、ここを一般に開放してからはそういった者達が入り込むかもしれないとは言われていました。特に、停戦条約の調印が近づいた今は警戒を厳にしろ、とも命令されています」
「分かったら、俺が今撃った辺りに怪しい者がいないか確認しに行かんか!」
「はっ! 失礼致しました!」
衛兵隊隊長は俺に敬礼すると、駆け足で去っていった。
・・・勢いで押し切ったが嘘はついていない・・・もう、奴らはとっくの昔に姿を消しているがな・・・まあ、俺も今は……騒ぎを起こそうとしている奴らとつるんでいるんだがな・・・さて、それじゃあ俺も執政官屋敷とシャイナ教神殿を見張っている者達と合流するか・・・
(凰)
「あのー、すいません、オーマン近衛少将に呼ばれて来たのですが……」
僕は衛兵の詰所の前まで来ると、目深に被ったフードはそのままに、その前に立っている衛兵二人に声を掛ける。
・・・だって、顔を見せたら、どうせまた驚かれるんだもん・・・もういい加減ウンザリだよ・・・とはいえ、流石に胡散臭げに睨まれてる・・・
僕はオーマンさんの名を出すべきか出さないべきかで悩んだが、ここに来た理由が、オーマンさんに呼ばれたから、という事の他に無かったので衛兵の詰所の前に立つ見張りの人達に素直にそう伝えた。のだが、「お前、何か聞いてるか?」「いや」と、二人は僕に警戒しながら訝しげな顔をして顔を見合わせるだけだった。
その時、「ああ、その子は奥の人のお客だよ」と、踊り子風の姿をした豹顔の女性が詰所から顔を出して言う。
それを聴くと、「ああ、そうでしたか、これは失礼致しました」と、二人の衛兵は姿勢を正した。
「お嬢ちゃんお嬢ちゃん、こっちこっち。ああ、フードは被ったままにしてね」
その豹顔の女性は僕を手招きして詰所に僕を招き入れる。
僕が詰所に入るときフードを脱ごうとすると彼女は慌ててそれを止めた。
そして、付いて来て、と言わんばかりに彼女は僕の前に立ち詰所の奥へと入っていった。
僕は衛兵の詰所に入ると一度、ナーガトーさん達に渡してある神護の指環に意識を集中した。
・・・よかった、皆無事に戦闘から離脱して執政官屋敷に向かっているみたいだ・・・
僕は小さく安堵の息を吐くと彼女の後ろに付いて歩いていく。
彼女は名乗ろうとはしなかった。
そして、僕の名を聞く気も無いようだった。
・・・まあ、この場限りの関係、ということなのかな・・・
彼女が最初の扉を開くとそこには十人掛けのテーブルと机が一台置いてあった。
恐らく衛兵の休憩室になっているのだろう。
ただ、今は誰も居なかった。
その部屋の左右の壁には扉が一枚ずつあった。
その部屋に入った彼女は右にある扉を開きその中に入って行く。
僕もその彼女に付いていく。
その部屋には丸テーブルと少し作りのいい二脚の椅子が置いてあり、テーブルの上には花を一輪生けられた花瓶が置かれていた。
その部屋に入った正面の壁には明かり取りの窓がついていた。
今は夜のため魔石灯により室内は照らし出されている。
この部屋はどうやら応接室のようだった。
どの部屋も石造りで簡素な造りとなっている。
・・・まあ、衛兵の詰所の造りなんて何処もこんなものか・・・
その最後部屋に入って右の壁には、初めて鍵がついた扉が付いていた。
豹顔の女性はその扉の鍵を開け、扉を開くと「私はここまでです。光の神子様、どうぞ奥にお入り下さい」と僕に声を掛ける。
・・・彼女は僕の事を知っていた・・・ま、当然と言えば当然だよね・・・
僕がその扉の奥を覗き込むと、そこには地下への階段があった。
僕は少しの間悩んだが、意を決して階段を下りていく。
階段を下りていく僕の後ろでは扉が閉まり鍵が掛けられる音が聞こえた。
『うーん、早まったかなあ』
『まあ、何とかなるだろう。いざとなれば先代鳳の血を使えばいい』
『まあ、そうなんだけど……それは後々のために極力控えたいんだけどなあ』
『それよりも、気付いているか?』
『うん、……ここ、随分と地脈の力が集まってるよね』
『ああ、この先にある部屋は何かの儀式場になっているのかもしれん、気を付けろ』
『うん、分かってる……けど、この力の流れ昔何処かで感じたような気がするんだけど……』
地脈を利用した儀式場、それは地脈の力で起動する魔法陣を使う事で例え魔力の無いものでも魔法を発動させる事が出来るというものだ。
ただ、こういったものは大規模魔法を使うときに利用されるものなのだけど・・・。
『恐らく、力の流れから攻撃魔法の類いではない、とは思うんだけど……』
『……お前の今使える力でも大丈夫だとは思うが、先代鳳の血も飲めるように準備をしておけよ』
『うん、分かってる』
僕は階段を下りながら腰に下げている巾着袋の緒を弛め何時でも手を入れられるようにしておく。
そして、階段の先にある部屋の入り口に辿り着いた。
『やっぱり罠だったかあ……地脈の力はここに集中してるよね』
『ああ、随分と力が高まっているのを感じるな。恐らく何時でも儀式場の効果を発動出来る状態になっているのだろう』
僕が部屋に入るのを躊躇していると、「どうした? 入ってこんのか?」と部屋の奥から声が聞こえてきた。
僕は部屋の出入り口から警戒しながら中を覗き込み、「いや、だって、これ罠でしょ、ホワイトさん、いやシルバーさん」と、僕は部屋の奥の人に声を掛ける。
アハハハ、「バレてたか。……だが、どうする? この部屋に入って俺と話をせんと、お前の家族だけでなく、このトーゲンに居る者達全てが死ぬことになるぞ」
「うーん、だから困ってるんですよねー」
「その殺戮を止めるには、この部屋に入って俺を説得するしか手はないのだがな」
僕は諦めたように一つ息を吐き、「ですよねー」と言いながら、その部屋に入りシルバーさんの前まで歩いていく。
「で、シルバーさん。貴方、僕に説得されるために僕をここに呼んだ訳じゃないですよね」
アハハハ、「分かっているじゃないか。……という事は、お前も俺を説得しに来たわけじゃないのか?」
「そうですね……出来れば説得しようと思っていたのですが……出来そうにないので力ずくで貴方を押さえさせて頂こうかと。そうすれば、停戦反対派の人達は烏合の衆も同じでしょうから、後はメフィール皇子が何とかしてくれるでしょう」
「ほお、面白い」そう言うとシルバーさんの目が鋭くなり、「本当なら、お前には事が済むまでここで大人しくしていて貰おうと思っていたんだが、そういう事なら、可哀想だがその首刎ねて皇妃に献上する事にしよう」と言いながら、シルバーさんは腰に下げた大剣を神速の速さで引き抜いた。が、僕の首筋に後数ミリという所でその刃先はピタリと止まる。
それに対し、「なっ!?」と、驚きの声を上げたのはシルバーさんだった。
何故なら、その切っ先を止めたのが僕で、しかも右手の指三本で摘まむように止めていたのだから驚いても仕方が無いだろうと思う。
「バカな! お前はまだ神の力は使えず、戦闘力も皆無なのではなかったのか!」
「うーん、何処から得た情報だか知らないけど、……微妙に違ってますね」
僕は一つ息を吐き、「僕に無いのは戦闘力ではなく攻撃力です。防御力はこの世界の誰よりも高いと思いますよ。あと、神の力だけど全く使えないわけでなく守護する力とかならある程度使えます」と言うと、シルバーさんは憎憎しげな顔になり、「オーマンの野郎」と呟いていた。
「オーマンさんの情報だったんですか、……どうせ、酔っ払いながら情報収集していたんでしょう。それに、あの人は……」と、僕は言いかけて慌ててやめた。
シルバーさんは何とか剣を僕から奪い返そうと喋りながらも努力していたが剣は僕の三本の指に押さえられビクリとも動かなかった。
シルバーさんは手技足技を繰り出そうともしたがその度に僕は三本の指で持つ剣を伝いシルバーさんの重心を崩しそれを阻止して、シルバーさんを壁際に押しやる。
そのシルバーさんの背にある壁に僕は目をやり、・・・ん?・・・と思う。
『シルバーさんの背中にある部分の壁だけ周りの壁と違う?』
『うん? そうだな、上手く誤魔化しているが、この部分だけ何か幾何学模様のように印が幾つも組まれているようにも見えるな』
『うん、でもこの印、僕、昔何処かで見たような気がするんだけど……』
僕は鳳と話しながら思い出そうとして、「あっ!」と思い出した。
その時、「シルバー! 貴様! 何をしているか!」と、後ろから怒声が聞こえてきて僕は振り返る。と同時に、シルバーさんの方から、チッ、「フィーロだけか」と言う声が聞こえてきた。
そして、カチリという音が聞こえシルバーさんの後ろの隠し扉になっていた壁がひっくり返る。
僕がフィーロさんに気を取られた一瞬の出来事だった。
「しまったー!」と叫ぶが早いか、僕とフィーロさんが入ってきた出入り口もしまってしまう。
「光の神子様、無駄な事はしない方がいい。これは、先代の鳳凰、いや凰様が造ったものだ。今の貴方ではどうする事も出来ないだろう。このトーゲンは元々神代の頃、魔法の使えない我々獣人の為に凰様が遠距離移動の手段として作って下さったこの遺跡の上に造られている。俺はこの遺跡についての古文書をある人物から譲り受けてね。この部屋の造りと機能を俺は知っている」
・・・この部屋の造りと機能なんて、僕も知っている。いや、今思い出した。あの幾何学模様を作り上げている印は先代の凰のものだ。僕のものと微妙に違うから忘れていた・・・
『追い詰めているつもりでいたけど、逆に誘導されていたのか』
『残念だが、年期の違いだな……』
「ぬあー……」と、僕は頭を抱え込みしゃがみ込んでいた。
・・・今の僕の力では先代凰の造ったものから脱出するのは不可能だ。多分、先代鳳の血を飲んで鳳に変わったとしても脱出する事は無理だろう・・・この転移装置からは・・・
「光の神子、お前をこのトーゲンから隔離する判断をしたのは間違いではなかったようだ。お前がここに居れば間違いなく我らの大きな障害となっていた事だろう……では、よい旅を」
そのシルバーさんの言葉を最後に、僕達の居る部屋の効果が静かに発動されるのを感じる。
この転移装置は、この部屋と転移先の部屋とを部屋ごと入れ替えるように転移させるものだった。
・・・ここの転移装置は何処に繋がってたんだっけ・・・と、頭を抱える僕と何故か平然としているフィーロさんを乗せて、その部屋は転移した。




