第四十参話
(凰)
カクラ母さまがオーマンさんを追い出して、僕とカクラ母さま達とが家族の愛情を込めたスキンシップを取った後、僕はどうしても気になっていた事をカクラ母さまに聞いてみた。
「母さま、その、答えられないものならば、無理して答えなくてもいいのだけれども、……一つ質問してもいいかな?」
「なあに? 改まって」
「うん、……母さま達は、東神名国は停戦反対派の者達を上手く押さえ込めてるの?」
・・・僕が隠者の里を出る前に里の人達が集めてくれた情報では、ジャカール帝国は停戦反対派の者達を上手く押さえ込めていないということだった。だとすると、僕達を砂漠で襲った者達はまず間違いなくジャカール帝国の停戦反対派の者達だろう・・・対して東神名国はどうかというと、当然、東神名国にもこの停戦に反対している者達は少なからず居る。だが、東神名国の国主は停戦反対派の者達を上手く押さえ込んでいるということだった・・・
「そうね、……貴女が隠者の里を出る前に隠者の里の者達が情報を集めて貴女に伝えているとは思うけど、……我が東神名国は十六年程前、私達、当時の国主やその側近達は他国との同盟に反対した戦争推進派の者達の事を軽く考えていた訳では無いけれど、その考えと行動を読み切れず反乱を起こさせてしまった」
そう言うと、母さまは少し辛そうな表情をした。
「言い訳をすれば、少なからず乱世の狂気の影響があった為とも言えるけど、……それに気付いていれば、それなりの対処は出来たかもしれない」
母さまは、「今更よね」と、辛そうな表情に苦笑いを浮かべ話を続ける。
「……何にしても、その苦い経験があった為、前国主の叔父上はジャカール帝国との停戦を決めた時点で、停戦に反対する者、後々停戦に反対しそうな者達に対して、素早くそして厳しいくらいの対処を取ったということよ。領地替えや強制的な領主の代替わり等、流石に命を取ったりはしなかったということだけれど、国外追放までしたということだわ」
ここで一度母さまは話を切り、昔の事を思い返しているのか遠い目をして、「十六年前の事をずっと悔やまれていたのでしょうね」と呟くと、話の続きを始めた。
「叔父上は、貴女の大叔父に当たる人は、そういった汚れ仕事を全てやり終えてから、国主の座を私の兄上に譲ったのだそうよ。その叔父上の働きのお陰で今も完全に東神名国の停戦反対派の者達は押さえ込まれているわ」
ここまで話し終えると母さま一つ息を吐き、この話しはここまで、とばかりに明るい笑顔を見せて、「だけど、貴女の加護の守護札のお陰で乱世の狂気の影響を受けた者は無く「大きな混乱も無く事を収められた」と貴女の大叔父様は貴女に感謝をしていたわ」と話を締め括った。
「そうですか、……僕の守護札が役に立ったなら、良かったです」
そう僕は応え、母さまに笑顔を返した。
『多分、カルハンさんがカネタカ大叔父様に僕の守護札を売ったんだろうね』
『凰の加護の守護札を扱っているのはカルハン武装商隊だけだからな……まあ、母さんが里の者を使って東神名国に送った可能性も無いとは言えんがな』
『うん、そうだね……今の話の感じから、カクラ母さまは十六年前、東神名国でとても辛い思いをしたんだね。きっと、カンザブロウ父さまも』
『ああ、だが、隠者の里では父さんも母さんもとても幸せそうに見えたけどな』
『うん、きっと、隠者の里の人達が父さまと母さまの心を癒してくれたんだね』
『そうだな……まあ、それはいいとして、今の母さんの話から東神名国の方は問題はないと考えていいだろう』
『うん……ということは、注意しなければならないのはジャカール帝国の停戦反対派の者達だけでいいのかな?』
『そうだな、停戦条約の調印まではそれでいいだろう』
『まあ、その辺りは、アジーナおばさま達が手を打ってくれているとは思うけど……母さま達が狙われるなんて事は無いかな?』
『まあ、否定は出来んが、トーゲンへの火薬の持ち込みは制限されているようだし、一定数量以上の火薬を持ち運ぶと警報が鳴り響く魔法陣が各所に仕掛けられているという事らしいからな……炎神鎚(銃)が使われなければ、母さん達が遅れを取るということは無いだろう。それに、このトーゲンに入り込んでいる隠者の里の者達も、人知れず母さん達の周りを固めてくれてはいるようだし、まあ大丈夫だろう』
「なんだよう、私の事も構ってくれよう」
「カルハンさん?!」
僕が内面で鳳と相談していると、突然カルハンさんが椅子に座っている僕の背後から甘えるように抱きついてきた。が、「シャインサマニクッツクナ、ハナレロ」と、直ぐにクロガネに襟首を掴まれ僕から引き剥がされる。
「久しぶりに会ったんだから少しくらいいいじゃないか」と、カルハンさんが膨れっ面で抗議するも、「オマエハ、アウタビニ、シャインサマニダキツイテイルダロウ!」と、クロガネはカルハンさんを睨み付ける。
そんな二人に、「そろそろ、オーマンさんを店に入れてあげないと」と、微妙な笑顔を残し僕は席を立ってお店の出入り口に向かった。
「オーマンさん、お待たせしました。入ってきていいですよ」
僕がお店の扉から顔を出して、外に立っていたオーマンさんに笑顔で声を掛ける。と、「うお!?」と、オーマンさんは驚きの声を上げ、直立不動の姿勢になる。
「オーマンさん?」
僕が首を傾げながら頬に指を立て疑問顔で更にオーマンさんに声を掛けると、オーマンさんの定まらない視線は更に激しく動き回り、体は力が入りすぎて硬直しているように見えた。が、少しすると、「ひ、ひ、ひ、ひ、光の神子様! わ、わ、わ、わたひはこれでし、失礼させてい、頂まふ!」と、引きつった声を張り上げ何故だか僕に、ビシッ! と敬礼したかと思うと脱兎の如く人の賑わいの聞こえる方へと駆け出して行った。
「……オーマンさん、いったいどうしたんだろう?」と、走っていくオーマンさんの後ろ姿を見送りながら僕が呟くと、「あれは、逃げ出しましたね」と、何時の間にか僕の横から顔を出していたサーシャが確信を持って言う。更に、「うむ、間違いなく逃げ出したな」と、僕の頭の上から顔を出したキリマルさんがそれを肯定する。
「シャインの神々しい笑みを前に、隠し事をする自信が消し飛んだだけでなく、話してはならん内情をペラペラと話し出してしまいそうな恐怖心にでも駆られたのだろう」
あははは、「キリマルさん、冗談は止してよ」
僕の言葉を聞いてキリマルさんとサーシャは二人して、ハアッと息を吐き、ヤレヤレと言う様に首を振っていた。
・・・うん? どういうこと? 凰の力は完全に抑えられている筈なんだけど・・・
(マオーン・オーマン)
・・・光の神子様、シャイン様と言われたか……シーガルで御簾越しに会った時に感じた心身ともに清められるような心地の良い力を感じる事は無かったが……この世の者とは思えん美貌にあの神々しいまでの笑顔……不意打ちであの笑顔を見せられたら流石の俺でも動揺する。その上、あの何もかも見透かしてしまいそうな白銀の瞳に見詰られ、問いかけられでもしたら何もかも洗い浚い喋ってしまいそうだ・・・
俺は人々の賑わいに沸く大通りまで駆けて来ると、立ち止まり一息つく。
そこで、ふと自分の手に視線を向けると、その手は光の神子様の神々しいまでの笑顔と何もかも見透かすような白銀の瞳に見詰られた時の緊張感を思い出したかのように震えだす。
・・・ははは、あの場から逃げ出すのに必死だった為か、今になって振るえがきやがった・・・
「おい、オーマン」
「うおっ?!」
突然、後ろから低い声で声を掛けられて俺は心臓が飛び出すかと思うほど驚いて跳び退った。
そこには、黄色い体毛に黒い斑点模様の豹顔の二十代と思しき女性が立っていた。
「なんだ、ミーニャか」
「なんだとはご挨拶ね」
彼女は頭に白いヘッドベールを、顔には鼻から下を隠す白いベールを付けていた。そのベールの下の顔に少し拗ねた表情を見せ、首の下、手の首から足の首までユッタリとした白い薄手の布で体全体を覆い、腰のところに巻く下腹部全体を覆うようなベルトの両腰に手を当てて不機嫌な声を出す。
「ここに来るのが予定より随分と早いと思うんだけど、首尾は?」
「ああ、まあ、何とか、な」
「何だか歯切れが悪いわね」
「完全に力を抑えているのに、光の神子様の存在があれ程のものとは思ってもいなかったからな……天人なんて鼻で笑えるほどだ」
「そんなこと、フィーロ様の前で言ったら八つ裂きにされるわよ」
「……どうだろな、光の神子様は俺の見立てではまず間違いなく鳳凰様の生まれ変わりだろう。ならば逆に「当然ではないか」と言われそうな気がするがな」
「そんな人物相手に今回の作戦は上手く行くの?」
「ああ、まあ大丈夫だろう。存在は凄いが、俺の入手した情報だと鳳凰様としての能力はまだ殆ど使えず、攻撃力は無いに等しいらしい。然も、大切な者達の為なら無鉄砲な行動に出やすいとの事だ。姿を直視しなければ東神名国の者達を襲うよりは楽に事を運べるんじゃないか? 然も、あの方の影も力を貸してくれるという事らしいからな」
「でも、あの方の力を借りる事が出来るなんて、停戦反対派の指導者は何者なんだろうね」
「さあな、……俺も知りたい所だ。知っているのは各班のリーダーだけ。然も、そのリーダーも帝国軍の者ということが分かるだけで、顔は隠しているからな。全く、用心深いことだよ。ところで皆は?」
「まだ予定より随分と早いからね。皆、このお祭り騒ぎを楽しんでるんじゃないかな」
「なるほど、ならば俺達も時間まで楽しむことにしよう。明日には、ここ共同管理都市トーゲンに我等がジャカール帝国皇帝、グラディス・ジャカール陛下がお見えになる。そうなれば、こんなにのんびりとはしていられなくなるからな」
「うむ、そうだな、では行こう」
「あ、お、おい」
俺は子供のような笑顔を見せるミーニャに手を引っ張られ、お祭り騒ぎに溢れ返る人混みの中へと飲み込まれていった。
(凰)
僕はオーマンさんの後ろ姿を見送ると、先に頭を店の中へと引っ込めたサーシャとキリマルさんの後ろに付いて自分の席へ戻ろうと歩き始める。
『凰、フードの中に何か入っているぞ』
僕は鳳に指摘され『えっ?』と言いながら首から背中に下がるフードの中を後ろ手で探ってみる。
『あ、ほんとだ。何だろう? 小さく折り畳まれた紙のようだけど……鳳、よく気が付いたね』
『ああ、オーマンが敬礼した時に何か飛んできたように見えたからな』
『あの暗がりでよく見えたね』
『お前がボッとしすぎなんだよ』
『うっ……それは否定出来ないけど……でも、何だろう? 恐らくオーマンさんが故意に投げ入れて来たんだよね』
僕がその紙を広げようとすると、『凰、待て。お前以外に知られたく無いから、その紙をこんな形でお前に渡したのだろう。ここで広げるのは不味いんじゃないのか?』と、鳳に指摘される。
「シャイン、何してるんだ?」
僕はカンザブロウ父さまに声を掛けられ慌てて紙を手の中に握り込む。
「あ、うん、ちょっとお手洗いに行ってくる」
そう言うと、僕はお店のカウンターの横にあるトイレへと向かった。
僕はトイレに入るとトイレの扉に鍵を掛け、手の中に握り込んだ紙を広げた。
〈光の神子様へ
このトーゲンで東神名国の執政官の家族を狙ったテロの兆しあり。
テロを未然に防ぐため、貴女様のお力をお借りしたい。
明日の夜、このトーゲンの西の大門にある衛兵の詰所にて待つ。
ただし、穏便に事を済ませたい為、側仕えや身内の者を連れずお一人で来られたし。
ジャカール帝国皇帝直轄近衛軍 近衛少将マオーン・オーマン
追伸、この文書は誰にも気付かれぬように処分されたし〉
僕はオーマンさんからの文を読み終えると、その紙を種火の魔法を使って焼却処分した。
『鳳、どう思う?』
『そうだな……光の神子はオーマンと会って日が浅い。その所為もあるだろうが、あいつは光の神子に心を開いていない』
『そうだね……だとすると、用心したほうがいいんだろうけど……』
『そうだな、だが内容が内容なだけに無視することも出来んな』
『うん、……とりあえず、ここで悩んでいても仕方が無いから身内の中で一番オーマンさんと付き合いの長いキリマルさんに、オーマンさんの人となりを聞いてみてからどうするか考えようか』
僕はそう決めるとトイレから出てキリマルさんの居るテーブルへと向かった。
僕はその円卓のミーシャを抱いてあやすキリマルさんの左隣、カナコとサーシャを挟んだ位置にある椅子に腰を掛けた。
僕の左隣にはオズヌをあやすカクラ母さまがその隣にカンザブロウ父さまが座り、僕と向かい合う位置にカルハンさんとカウラスさんが座っている。
カクラ母さま達と来ていたシャリーナ姉さまとクロガネは僕の後ろに立っている。
僕は椅子に座ると同時にキリマルさんに声を掛けた。
「キリマルさん、キリマルさんに一つお聞きしたいのですが……」
「おう、何だ?」
僕がキリマルさんに声を掛けると、キリマルさんは驚いたように顔を上げ僕の方を見る。
「オーマンさんって、どんな人物何ですか?」
キリマルさんは僕の質問を聞くと、片眉を上げ訝しげな表情をする。が、直ぐに何かを考えるような表情をして右手の指先で無精髭を摘まむように弄る。
「そうだな、……一言で言えば、愛国者だな。ジャカール帝国皇帝に忠誠を誓い、帝国民の為ならその身命を賭して働く。そんな奴だ、と思う。まあ、わしも半年程度の付き合いだからな、はっきりとは断言出来んが」
「そうですか……」
僕はキリマルさんの話を聞いて思案するようにそう呟く。
「悪く言えば、ジャカール帝国の為ならどんな汚い事でもやってのける、そんな人物とも言えますね」
僕とキリマルさんの話を聞いていたのか、後ろに立ってお酒を飲んでいたシャリーナ姉さまが僕に話し掛けてきた。
「そうね、でも大切なものを本当に守ろうと思うなら綺麗事だけでは済まないわ。皆を守るために色々な意味で、周りから理解されず自分一人だけ嫌悪されるような事でも敢えてしなければならない時もあるわ」
今まで僕達の話しをオズヌをあやしながら黙って聞いていたカクラ母さまが、シャリーナ姉さまの言葉を肯定すると共に大切なものを守る為には綺麗事だけでは済まないと主張する。
それに対して、シャリーナ姉さまは否定するような事は言わなかった。
「ところで……シャイン、何故オーマン殿の事をキリマルに聞いているの?」
「えっ? いや、何となく、オーマンさんってどういった人なのかなぁ、と思ってさ。この中じゃあ、キリマルさんが一番詳しいでしょ」
僕は訝しげな視線を母さまに向けられ内心慌てたが、それを何とか表に出さないように気持ちを落ち着かせながら答える。
「そう……貴女ももう十四歳、もう一人で何をしなければならないか、何をすべきかを判断し行動できると私は思うし、その結果に貴女が責任を持つ事が出来ると信じているわ。ただ、無理だけはしないでね。私は可愛い我が子が苦しむ姿なんて、もう二度と見たくないわ」
そう言うとカクラ母さまは僕に優しく微笑みかける。
「うん、分かってる……ありがとう母さま」
そんな母さまに僕も笑顔を返した。
『キリマルさんの人を見る目を信じるとすれば、今回のオーマンさんの助力要請が何かの罠だったとしても、それはジャカール帝国の為、ということだよね』
『まあ、そういう事になるな。それに、砂漠でオーマンは停戦推進派、和平推進派だと言っていた。俺はあの言葉に嘘偽りは無いと思っている』
『うん、そうだね。だとすれば、これは東神名国の為にもなる事になるのかな? それならば、このオーマンさんの誘いに乗らない手は無いよね』
『そうだな、まあ、誰かの指図で動いているのか、それともオーマン個人の判断で動いているのかは分からないが、オーマンのジャカール帝国の平和を求める気持ちを信じてやるのも悪くはない』
『うん、何にしても、皆、平和の為に己がすべき事を考え動いている。その為に僕が必要だと言うのならば、それに応えない訳にはいかないよね』
『そうだな、……ただ、サーシャやクロガネ、シャリーナ姉さんをどうするか、だな』
『うん……』
『一番の難物はクロガネだな。まあ、それだけ凰の事を考えてくれている、って事なんだろうけどな』
『うん、そうだね……有り難いことだけど、でも、もうそろそろ僕から少し距離を置いて見守ってくれるようになってくれると、もっと有り難いんだけどなあ』
クロガネは未だに僕一人で外を出歩かせてくれない。
・・・ハッキリ言って十四にもなった僕に対して過保護に過ぎる気がするのは僕だけだろうか?・・・




