第参十壱話
(凰)
『だめ!!鳳!!!』
僕がそう叫んだとき、鳳の体はその金色の輝きを爆発的に増し聖も邪も全てを破壊し無に帰す鳳の力を放出する。
僕は鳳のその力を少しでも抑えようとしながら、その影響を受ける範囲の生きとし生ける者を僕の力で守る。
その為、鳳の力の影響を受けた水と大気と地盤のみが消滅し、緑はそのままに、鳳を中心に一瞬で泉の水は消滅し広範囲の地面は陥没し大気が暴風のごとく吹き荒れた。
『ぐああぁあぁああああ・・・・』
『鳳!!』
カリン姉さまが邪気邪念のどす黒い闇に呑み込まれると感じた時、神代の頃の記憶が一瞬甦り自らに封印を施したことを思いだし、その解除方も思い出した。
カリン姉さまを救い出すのは、僕の力では時間が掛かりすぎ間に合わなかった可能性があった。
その為、カリン姉さまを救うために鳳に体を譲ったのだが、心臓を失っている今の鳳では、その強大な力を制御しきれず暴走をし始めている。
しかし、そんなリスクを負っても僕達は大切な人をカリン姉さまを助けたかったのだ。
『くぅううぁあああぐぅあ・・・』
『鳳・・・なんとか・・僕と・・・入れ替わって・・・』
どうにかこうにか、僕は鳳の力を抑えてはいるが鳳に体を譲ったままではその内抑えきれなくなってしまう。
どうにかして鳳と体を入れ替えられればいいのだが、鳳はもがき苦しみ僕は鳳の体の中で荒れ狂う鳳の力を抑えるのに手一杯だった。
・・・今の僕では力を封印する事も出来ない。このままでは、鳳がもたない・・・
そう僕が考えていると誰かが鳳を優しく抱き上げる感覚を受けた。
「ア、アカガネ・・・」
鳳がその相手の名を苦しげに呟く。
おそらく、邪王ガルー・ドラグルと鳳の力を感じ慌てて来たのだろうアカガネは少し息が上がっているようだった。
「シャイン様、遅くなり申し訳ありません。直ぐにクリスティーン様の所へお連れいたします。」
「待って!!私も連れていって!」
「カリン様、ですが急ぎますので。直に里の方々も参られます、その方々とお戻りいただけますか?」
「いや!私はシャインと一緒じゃなきゃいや!!」
・・・・。
「分かりました。それでは、私の首に腕を巻き付け体を足でしっかり挟んでください・・・・・いいですか?絶対に放してはダメですよ!」
・・・。
「うん!」
鳳の目や耳から薄ボンヤリ見えたり聞こえたりしてくる場景や声から、どうやらアカガネは急いで鳳をクリスティーン婆さまの所へ連れていこうとしているのだが、カリン姉さまがアカガネにすがり付き自分も一緒でなければ嫌だと泣きながら駄々をこねているようだった。
急いで鳳を婆さまの所へ連れていきたいアカガネは根負けして、カリン姉さまを背中に抱き付かせて一緒に連れていくことにしたようだ。
「サーシャ様は・・・」
・・・・。
「大丈夫。里の人達を待ってるから、それよりも早くシャインを連れていってあげて、ものすごく苦しそう・・・」
ガサガサガサ・・・
「アカガネさん、私達も居ますから大丈夫ですよ・・・・多分、あんな化け物はもう来ないでしょう。」
「ナーガトー様、リーシア様ご無事でしたか。」
「ええ。シャイン様の加護が無ければ死んでました。それよりも早くシャイン様を連れていってあげて下さい。」
アカガネが、サーシャ姉さまに声をかけるとサーシャ姉さまは震える涙声で里の人達が来るまで待っていると言う。と、森の奥から、ガルー・ドラグルに叩き飛ばされていたのだろうナーガトーさんとリーシアさんが姿を現した。
「分かりました。では、私はこれで失礼させていただきます。」
と、言うが早いかアカガネは猛スピードで駆けだしていた。
カリン姉さまは、「ひぃ・・・」と小さな悲鳴を上げたが、何とか振り落とされずにアカガネにしがみついているようだ。
おそらく、アカガネも力を使ってカリン姉さまが落ちないようにしているのだろう。
それから、あっという間に隠者の里の僕の家に着き、僕は自分のベッドに寝かされていた。
「『くぅぅ、母さん・・・母さん・・・』」
『鳳・・・しっかりして・・・このままじゃ・・・』
鳳は、中空に両手を伸ばし何かを求めるようにふらふらと漂わせ、譫言のように何度も何度も母さまを呼ぶ。と、少しして、鳳の体が優しく抱き起こされ唇に柔らかな物が優しく触れてきた。と同時に口の中に甘くトロみのある液体と共に柔らかく弾力のある物が優しく押し入ってくる。
鳳は、その鳳の体を優しく抱き起こした者にすがるように両手でしがみつき、口の中に優しく押し入ってきた柔らかく弾力のある物に促されその甘くトロみのある液体を全て飲み込んだ。
「『く・・・・ふぅぅぅぅ・・・』」
・・・・。
『あ、れ・・・?』
その甘くトロみのある液体を鳳が全て飲み込むと体の中であれほど荒れ狂っていた鳳の力が、スーッと収まってゆき、鳳は一つ小さく長めの息を吐くと深い眠りへと落ちていった。
僕もそれに釣られるように強烈な眠気を感じ、その眠気に抗いも出来ずに意識は安らかな眠りへと落ちていく。
(カクラ)
私とクリスティーンはお茶を飲みながらシャイン達が帰ってきた時にどう労おうかと雑談混じりに話をしていた。
ふと、日の位置を確認すると、もう正午に近い時刻になっている。
「そう言えば、カリン達遅いわね。」
「おや?何処かに出掛けてるのかい?」
「ええ。朝、ナーガトーから連絡があって、隠者の森の泉に行ってるみたいなんだけど・・・・まあ、ナーガトー達がついていってるから大丈夫だとは思うのだけど・・・」
・・・・ビクッ!!・・・・
「なに!?」「!!」
私がカリン達の事を案じていると、クリスティーンとアカガネが大きく身を震わせ驚愕の表情を見せた。
「アカガネ!!」と、クリスティーンが叫ぶが早いかアカガネは既に音もなく部屋を出ていっていた。
「クリスティーン、何があったのですか?」ビクッ!!
そんなクリスティーンとアカガネのただならぬ雰囲気と行動に私は不安を感じクリスティーンに問いを掛けた。と、その時、何か強力な力が隠者の里から少し離れた所で爆発したのを感じ今度は私も身を震わせる。
同時に、強い風が突然吹き出しガタガタと窓ガラスを震わせた。
「・・・・・」
・・・・・。
「うむ・・・力と気配から感じられる状況が二転三転したが・・・何とか収まったようだ。」
「いったい何が起きているのですか!カリン達に何かあったのですか!」
・・・。
「カリン達は無事なようだ。ただ、シャインが少々不味い状況にあるようだね。」
「シャインが不味い状況って?・・・もう戻って来ているのですか?」
カリン達の身に何かあったのは間違いないようだが何故そこにアルブァロム王国のグランザム公爵領に居る筈のシャインが関わってくるのか、私は情報が少なすぎて状況が把握できず頭が混乱するばかりだった。
「詳しい話は後だ、直ぐにアカガネがシャインを連れて戻ってくるだろう。私も必要になりそうな物を家から取ってくるよ。」
と言って、クリスティーンは部屋を出ていってしまった。
私が予想だにしていなかった状況に陥ったシャインを抱えてアカガネが戻ってきたのは、それから暫く経ってからの事だった。
「シャイン!!いったい何が合ったのですか!アカガネ!」
「分かりません・・・・ただ、シャイン様はカリン様達を助けるために無理な力の使い方をしたのではないかと・・・・」
アカガネに抱えられたシャインは、声にならない声を漏らし苦しそうに喘ぎながら胸を押さえ小さく丸まっていた。
何時もは艶のある黒髪は今は金色になったり銀色になったりと変化し、それに合わせるように何時も纏っている無色透明な光は今は淡い金色と銀色の光に交互に入れ換わっている。
そのシャインの体の中では私にも感じられる程の凄まじい迄の力が荒れ狂いせめぎ合っているのが分かった。
そんな状態のシャインを目の当たりにして私はどうしていいのか分からず、頭は混乱し心臓は嫌な早鐘を打ち鳴らし体はブルブルと震え知らぬまに涙が頬を伝っていた。
「いったい何故こんな事に・・・」
私が掠れた声を漏らし愛しい我が子に手を伸ばした時、「母さま!シャインを助けて!」と、アカガネの背にへばり着いていたのだろうカリンが、アカガネの背から飛び降り私にすがり付いてきた。
「兎に角、シャイン様をベッドに・・・」
と言う、少し焦りか含まれる声と共にアカガネは強引にシャインの部屋に向かって歩き始めた。
その表情は、何時もの無表情ではなく困惑し焦りの色が滲んでいた。
シャインをベッドに寝かせると、シャインは何かを求めるように両の手を力なく上に伸ばし揺らめかせる。
その時、シャインの胸に大きな穴が空いているのが目に入った。
それを見て私は絶句し溢れ出す涙を抑える事が出来なくなった。
「・・・・母さん・・・母さん・・・」
その消え入りそうなシャインの声を聞いたとき私はその手を取り、「母さまは此処ですよ。」と、掠れた声をシャインに掛ける事しか出来なかった。
その手に取ったシャインの手はまるで焼きゴテのように熱かった。
「アカガネ!何とかならないのですか!」
「誠に申し訳ありません・・・・私では・・・」
と、アカガネが悔しそうな表情で苦しげな声を漏らした時。
「遅くなったね。」と、クリスティーンがシャインの部屋の開けっ放された入り口に現れた。
「クリスティーン!シャインを!私の息子を助けて!」
「ああ、分かってるよ。おそらくこれを飲ませれば今の危機的状況は脱するはずだ。」
そう言って、クリスティーンはトロみのある真っ赤な液体の入った木製のカップを差し出してきた。
「それは?」
・・・。
「神代の頃の鳳の心臓から零れた鳳の血を溶かした物だよ。シャインにとっては力を抑える鎮静効果があるはずだ。カクラ、お前さんが飲ませておやり。但し!お前さんはそれを一滴も飲んではダメだよ。」
・・・。
「分かったわ。これでシャインは助かるのね。」
「ああ、そうだ。」
私はクリスティーンから受け取ったその鳳の血を口に含みシャインの上体を抱き上げた。
するとシャインは私の体にしがみついてくる。
その口に含んだ液体は甘くトロみがあり少し鉄のような香りがしたが嫌な感じはしなかった。
それを私は私の唇とシャインの唇を合わせて口移しで飲ませる。
シャインは嫌がる事無く、直ぐにその液体を飲んでくれた。
すると、あれ程まで苦しんで私にしがみついていたシャインは、直ぐにしがみつく力を弱め、じきに安らかな寝息をたて始めた。
私はそれを確認すると安堵しアカガネが準備していてくれた水で口を漱いだ。
シャインの様子を見ていて暫くすると、金と銀の交互に変化していた髪と光は、銀色の光が一際柔らかく輝きを増す。と同時に、シャインの体が変化し始めた。その銀色の輝きが落ち着くシャインの体の変化も落ち着いた。
その姿は一目見てシャインと分かるのだが、髪の毛は艶のある黒から自ら光輝くような白銀色となり、その纏う淡い炎のような光は無色透明からやはり白銀色の光に変わっていた。
そして一番の変化は、これ迄は神秘的な雰囲気のある男の子とも女の子ともつかない両性的な感じの男の子だったのだが、今は間違いなく神秘的な中に艶やかさのある少女のように見える。
私とカリン、それにただならぬ雰囲気に何事かと昼食の準備をおいて覗きに来たカナコは、そのシャインの変化に戸惑うばかりでどうして良いのか分からなかった。
・・・・・。
「ふむ。何とかなったようだね。」
・・・・。
「何とかなったって・・・・これは、どういう事?」
・・・。
「どういうって・・・・シャインが、女の子になった事についてかい?」
シャインが落ち着いた後、その姿を見てクリスティーンは一瞬驚いたような表情をした。が、直ぐに安堵の表情に変えそう呟いた。
それに対し私は、私達の困惑をクリスティーンにぶつける。
クリスティーンは一瞬考えるような仕草をしたが、直ぐに何でもない事のように問い返してきた。
「そうよ・・・何故シャインがこんな姿になったのか・・・」
「ふむ・・・本来の姿に戻ったと言うべきだね。カクラ、お前さんも薄々気付いていたんじゃないかい?」
「それは・・・」
「それに、男の子だろうが女の子だろうがシャインはシャインさ。中身が変わる訳じゃない。」
「う・・・そうだけど・・・」
私はクリスティーンに痛いところを突かれ何も言えなくなってしまった。
クリスティーンが言う通り、男の子だろうが女の子だろうが中身がシャインなら愛しい我が子に違いないのだから。
私がハアーと一つ息を吐くと、ずっと私の服を掴んでいたカリンが少し心配そうな顔をして、「シャイン、女の子になっちゃったの?」と、尋ねてきた。
・・・・。
「そうよ。カリンはシャインが女の子じゃ嫌?」
・・・・。
「ううん。私、男の子でも女の子でもシャインなら大好きだよ。」
カリンは少し考えた様子だったが直ぐに満面の笑顔でそう答えた。
「皆様。シャイン様も落ち着かれたようですし、もう少しで食事の準備も済みますので食堂の方へいらしてください。」
と、タイミングを見計らってカナコが私達に声を掛けた。
「シャインの様子は私が見ているから、カクラ達は食事にいきな。アカガネもだよ。食事が済んだら代わってくれればいいから。」
と言う、クリスティーンの言葉に甘えて先に食事を済ませるために私とカリン、そして少し不満そうな顔をしながながらもアカガネは部屋を出た。
(クリスティーン)
カクラ達が部屋を出ていくのを見届けると、私はシャインをまじまじと眺めた。
・・・やはりよく似ている。まあ、ある意味同一人物なのだが・・・
「クリスティーン。そんなに、まじまじと見ないでくれるかしら?娘とはいえ恥ずかしいわ。」
・・・・・。
「え!?」
私はシャインを眺めながら、ある人物の事を思い返していると、その懐かしい人物、いやシャインなのだが雰囲気が随分と大人びた、何処と無く懐かしいその人物と似た雰囲気を纏ってシャインは上体を起こし横坐りをして私に声を掛けてきた。
その姿と懐かしい声に、私は思わず驚きの声が漏れてしまった。
「お、凰母様!?」
私がそう呼ぶと、凰母様は昔と変わらぬ、ふんわりと柔らかで慈愛に満ちた笑みを私に向ける。
「おいでクリスティーン。昔のように愛し子を私に抱き締めさせて。」
と言って、凰母様は愛し子を迎え入れようと、更にその慈愛に満ちた笑みを深め両手を広げた。
「凰母様。」
私は無意識にその凰母様の胸に引き寄せられ、まるで幼子が甘えるように抱きついていた。
「クリスティーン。貴女達には本当に辛い思いをさせてしまいましたね。」
凰母様は私を優しく抱き締め愛おしそうに頭を撫でてくれる。
それだけで、私はこれ迄の苦労が報われたような気がして、嬉しくなった。
「いえ。確かに辛いことも沢山有りましたが、嬉しいこと楽しいこと幸せなことも沢山有りました。」
私は幼い子供が大好きな母親に一生懸命自分が経験した楽しかったことを話すように、しばらくの間これ迄のこの世界での出来事を話して聞かせた。
それを、凰母様は嫌な顔一つせず、慈愛に満ちた笑みはそのままに愛し子を見つめる母親のような眼差しを私に向け私の話を聞いていた。
「凰母様、申し訳ありません。私達は、鳳伯父様の・・・」
「分かっています。本来ならこの子達、シャインの力の封印が解けるのはもっと成長してからのはずでした。私は目覚める事無くシャインと同化するつもりだったのですが・・・・この子達の強い思いに当てられて目が覚めてしまいました。まあ、そのお陰で愛しい我が子とこうして話をしていられる訳ですが。」
私は最後に大切な預かりものを奪われた事と、この世界の惨状について話そうとすると、凰母様はそれを手を軽く上げることで制し、柔らかく微笑んだ。
「この子達(現鳳凰)には過去の私達(神代の鳳凰)の罪の尻拭いをさせるようで悪いのですが、この世界をどうするかは、この子達が判断するでしょう。」
・・・・・・。
「そうですか。」
「クリスティーン。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。この子達は、この世界を愛しています。余程の事でもない限り、この世界を無に帰そうとは考えないでしょう。」
凰母様は今のこの世界の惨状は暗に自分達が過去に犯した罪のせいだと言い。
そして、その罪の清算を酷にもシャインに任せると言う。
・・・。
「そろそろ、他の人達が戻って来そうですね。アテートに会えなかったのは残念ですが、魂はまだこの世界に留まっているようですから運が良ければ会えるかも知れませんね。では、私はまた眠りにつくとしましょう。」
そう言って、凰母様は私を優しく抱き締めてから、パタリと布団に倒れ込み直ぐに寝息をたて始めた。
それを見て、ハアーと一つ息を吐く。
・・・しかし、私の予測も大した事はないね。まさか、自ら力を封じていたとは。まあ、親とはいえ神の御心は人とのあいの子の私では推し測れぬと言う事か・・・それにしても、本当に、凰母様は変わらない。我我が道を行くだね。その尻拭いをさせられるシャインが不憫に思えてくるよ・・・




