第三話 「=夢」
彼女は今日も図書室へやってきた。しょうこりもなく。
「・・・高倉さん、昨日私が言った事、覚えてます?」
「ん?進化論か?」
「いや、そうだけどそうじゃなくて。」
「分かりずらいなぁ、もっと噛み砕いてものを言っておくれ。」
「だから、私は暗に『あなたといる時間は無駄以外の何物でもない。』っていったんだけど。」
「おおそうか、そりゃあ穏やかじゃない。」
「じゃなくて。」
「そんな冷たいこというなよあいちゃん。友達だろ?」
「友達になった覚えは無いけど?」
「私はある!」
「いや、ええ?威張って言われてもなぁ。」
まったくもって出鱈目だ。
なぜ私は彼女に目をつけられてしまったのか。
彼女とお話がしたい子なんていくらでもいるのに、なぜよりにもよって私なのか。
「いやあ、珍しくってさ。」
「?何がよ?まさか、『私に興味を示さないなんて、なんてずうずうしい子なんだ!
私の魅力に気づかせてあげるわ、うっふん』なんていうおちゃらけた自意識過剰的
解釈なのではないだろうね?」
「今時図書室で本の虫~、なんて流行らないよ。」
「失礼だな!」
そりゃあ私も皮肉で失礼な事行ったけどさ。
「なんであいちゃんは本を読んでるんだい?」
「ほう、哲学の話か?言っておくが私は負けないぞ。」
「いや、そういうんじゃなくてさ。」
「人のギャグスルーしないで恥ずかしい!」
羞恥心MAXだよッ!
「その本昨日のと違うよね?なんて本?」
「・・・分子生物学。」
「はぁ?分・・・何学?」
「ぶ・ん・し・せ・い・ぶ・つ・が・く!」
「へ~、こりゃまたたいそうなもの読んでるんだね。」
「なにを分かったような口を。分子生物のぶの字も知らないくせに。」
「うん。教えてよ!」
「や~だよ。」
「うぅ~、ずるいぞ!自分だけ楽しんで!」
「ふふ、しょうがないわね、教えてあげるわ。
ただしッ!私の難題を解くことが出来たらね!」
「な、難題だとォ~!」
ふふふ、ここで彼女の心を折ってしまえばもうここには来ないでしょう。
さぁ、いくわよ!私の5つの(一つだけど)難題!
「お手!」
「わん!」
ポス
「しまったー!この人羞恥心とか無い人だーッッッ!」
「どうやら私の勝ちの様だね。」
「・・・仕方ないわ、負けを認めるわ。」
「やったー!・・・で?何の勝負だっけ?」
「いやそもそも勝負じゃないけどね!?」
なんか、ちょっと楽しかった。
「へぇ~。あいちゃんって生物学が好きなんだ。」
「うん。まだまだわからないことだらけだけど。」
「だから毎日本を読むの?」
「生物科のある大学って少ないから、勉強しないと入れるかどうかわからないし。」
「じゃあじゃあ、将来はやっぱり学者さんとか?」
「・・・ええ、私ね、生態学の研究をしたいの。」
家族以外誰にも話していない、私の夢。
どうして彼女に話したんだろう。
「立派じゃん!自分の夢をちゃんと持っててさ。」
「全然。だって、ただ自分の好きな本を読んでるだけで、今まで何かやってきたわけじゃないから・・・」
そう。私は何時だって消極的で、だからいつも苦労している。
いっそ高倉さんのようになれたのなら、どれだけ良い事だろう。
「高倉さんはあるの?将来の夢。」
「おお、良くぞ聞いてくれたな。実は私は目指しているものがあるのだ!」
「へぇ、陸上選手とか?」
「な、何故分かった!?」
「・・・いや」
分かるだろそりゃあ。
あんたは私をどれだけボンクラだと思っているんだ。
「そう、私はね、陸上の選手になって皆を笑顔にしたいんだ!」
「またそんなべたな事いっちゃって。」
「馬鹿にするなよ!?陸上はな、すっごいんだ!
なんかこう、ズバァー!ギューン!ってさ。」
「分かりずれぇ!」
「見ているほうもやっているほうも楽しい気分になれるんだ!」
「あら、どうかしらね。人の主観なんてそれぞれだし、
観測者しだいではそんなもの、ただの暑苦しいだけの
暖房機にしかならないかもしれないわ。」
「そ、そんな事無いよ!絶対!」
「観測者があなたじゃない以上あなたにそれを証明する手立ては無いわ。
もっと客観的に物事を考えて見ましょうよ。」
「このぉ~理系め!難しい言葉使えばいいってモンじゃないだろ!」
「あら、あなたも使えばいいじゃない。難しい言葉。」
「よ、よ~し、使うぞ!使っちゃうぞ!」
「どうぞ。」
「・・・」
「・・・」
「魑魅魍魎!」
「うわぁ!難しい!」
けどなんか違う!そうじゃないよ!
文章でしかわかんないような事言わないでくれ!
「こうなったらこれはもうここに毎日来て、あいちゃんにスポーツの
楽しさを説いてあげるしかないようね。」
「はぁ?なんでそうなるのよ。」
っていうか言うまでも無く毎日来てるんだけどね、あなた。
それからというもの(というわけではないが)毎日毎日彼女は図書室へと通いつめた。
部活が始まる数十分前。
陸上の話とか、スポーツの素晴らしさとか、中学校での活動だとか、
何が好きとか嫌いとか、テストの話とか、終いにはスリーサイズの話まで。
なぜだか、いつからか、私は彼女の夢を応援するようになっていた。
彼女もまた私の夢を応援してくれた。
「ふたりで必ず、お互いの夢をかなえようね。あいちゃん!」
そろそろ話題もつき始めた頃、既に期間にして一ヶ月ほどが経過していた。
しかしながらなかなかどうして私はこの他愛も無い話が心地よいもののように思えてきた。
「さて、今日は何の話をする?たまには変化球で政治の話でもしてみるかい?」
「できるのか?あんたに。」
「じゃあ小渕首相のモノマネやりまーす!」
「政治の話じゃねえじゃねぇか!」
日に日にツッコミが荒くなっていくのもまた一興である。
「おや、今日も読書をするのかい。」
「そうよ。私は勤勉なの。」
「結構な事だ。何読んでんの?」
「沈黙の春よ。」
「ほほう、私に黙れって言いたいのか。」
「まぁ、確かにそういう意味もあるわね。」
「酷い!」
いつものように軽快にめちゃくちゃに話が進んでいく。
もういったい何を話しているのかよくわからないが、
しかしそれは確かに面白く、不思議に笑いがこぼれてきた。
そんな事を話しているうちに、十分程たっただろうか。
ひとたび会話が区切れ、一瞬の静寂の後に私はふとこんな事を言った。
「いいよね、高倉さんは。陸上っていう本気で取り組んでる特技があってさ。」
私がこの日、こんな事を言わなければ、一体どうなっていたのだろうか。
皆目見当もつかないが、私は後悔しても仕切れないほどこの一件については
本当に申し訳が立たない。
私はあの時、何を言えばよかったのだろうか・・・
何故私はあんな事を思ってしまったのだろうか・・・
「いや、私はあいちゃんのほうが羨ましいって思うけどな。」
「え?」
「何かが好きで、それに一途で、決して意志を曲げないでそれに取り組み続ける。
私ね、よくみてたんだ。ここでいつもあいちゃんが本を読んでいたのを。
部活で高飛びをしていると、いつも視界にはいってきてたんだ。」
「・・・」
「何かのやりがいがあるって、いいよね。」
・・・なんだそれは?嫌味か何かなのか?
自分が得意のはもう極めつくしちゃって、何かに興味を今更もっている私が
珍しいって事なのかい?
・・・やっぱり、あんたとは分かり合えそうに無いね。高倉さん。
私が口を開こうとした瞬間。
彼女は言い放った。
「・・・私さ、陸上やめたいなって思ってるんだ。」
!?
なっ・・・
「はぁ?な、なんで?」
一瞬、理解が出来なかった。
どうして、あんなに陸上が好きだったはずの彼女が・・・
「最初はさ、私も楽しんでたの。でもね、飛べる気がしないんだ。もう・・・」
「・・・嫌いになったって事?高飛びが。」
「違うよ!好きさ、大好き!でも、耐えられないんだよ。周りの過度な期待にさ。
私、そんなに大した人間じゃないんだよ。弱い所だっていっぱいあるんだよ。
でも、私には皆からの期待があるから、だから、弱みを見せられないんだ・・・。」
「あの、高倉さ・・・
「あのね!私、なんで高飛びの選手になったのか、まだ言ってなかったよね。」
「え・・・?」
急に、不意に、刹那に、彼女は話題を変えた。
「私の6歳年上の兄貴が昔やってたんだ。高飛びを。
私はね、兄貴が高飛びをしている姿を見るのがとっても好きだったんだ。」
淡々と話をする彼女を、私はただただ呆然と見ている事しか出来なかった。
しかし、不思議とその話を聞かなくてはならないような、そんな気がした。
「兄貴が17歳の頃。つまり、今の私たちと同じ年のころ、兄貴は私と同じく
陸上での進学が決まっていたんだ。
私は11歳でいながらその事を本当に誇りに思っていたんだ。でもね、
ダメだったんだよ。大学。」
「え?」
「・・・怪我したんだ。最後の大会の前日に。
ダメだった。もう、兄貴は飛べなくなっていた。酷くひざを打ちつけたらしくてさ・・・」
「・・・あの、急すぎて、いったいなにがなにやr
「私、そのときに決めたの。私が兄貴の夢を受け継ぐって!
私が兄貴のかわりに、高飛びで皆を笑顔に、したいって、そう・・・
思ってた・・・けど・・・だめだ。
もう、飛べないよ。私は、兄貴のようには、飛べない・・・。」
「・・・・・」
「ねえ、あいちゃん。私、どうすればいいと思う?どうすればもっと、あなたみたいに純粋に
やりたい事を好きでいられるの?」
―――それは、あまりに衝撃で突然で、私はしばらく言葉を失っていた。
彼女はあまりに感情的になっていて、私の制服の袖をつかんで放さず、下をうつむいていた。
私には認識できない世界だった。若くして有名なスポーツ少女になり、
いつも周りからちやほやされて、何不自由ないように思えた彼女が今、
私の前で今にも泣き出しそうになっている。
プレッシャーに押しつぶされて、足が震えて動けない、なんていうスポーツ選手も
少なくは無いだろう。ましてやまだ17の少女なのだから、プレッシャーに耐えられなかったのだろう。
彼女は高飛びが好きであるがゆえに、得意であるがゆえに、押しつぶされてしまったのだ。
自分の『好き』に・・・
不謹慎だがそんな少女に私は今ときめいてしまっている。
いつもは勝気で男子すら物怖じする「高倉美咲」が今、私だけを頼りに支えられている。
・・・かわいい。
「・・・ごめんね、急に取り乱しちゃって、迷惑だよね。こんなの。」
「あっ、え・・・。」
どうやら我に返ったらしく、彼女はいつものように笑顔を作って見せ、気丈に振舞った。
「もう、行かなきゃ。部活の時間だ。」
そういうと彼女はふらふらと出入り口まで歩いていった。
「ま、まって!」
・・・なにが待ってだ。
何を止めているのだ私は。
「なんだい?」
「あっと、その・・・。」
「・・・」
それ以上、言葉は出なかった。
私は彼女に何を言いたかったのだろう。
彼女は私に何を訴えたかったのだろう。
どうしてこんなにも胸騒ぎがしているのだろう。
動悸が・・・止まらない・・・
感想くれたらうれしいねぇ