第四話 見つけてくれる人がいたこと
ハッカソンが終わった夕方、律は会場ビルの外に出た。
夏の熱気が戻ってきた。
空は夕焼けで薄いオレンジ色に染まり、遠くの海が金属みたいに光っている。
参加者たちはそれぞれ帰っていく。
チームで写真を撮る者、名刺を交換する者、疲れ切ってベンチに座り込む者。
律は一人で歩き出した。
駅へ向かう途中、小さな公園があった。
噴水のそばにベンチがあり、親子連れがアイスを食べている。
子どもがカップを落とし、父親らしき人が慌てて拾い上げていた。
律はベンチに座り、リュックから父のエアタグを取り出した。
白い丸い端末。
そこには、もう謎めいたものはなかった。
ただの小さな機械だ。
それでも律にとっては、父が残した最後の問いだった。
なくしたものは、本当に消えるのか。
律はスマートフォンを開き、試作品のSHERBETに新しい記憶カードを追加した。
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名前:父のエアタグ
言葉:シャーベット
場所:20××ハッカソン会場近くの公園
記憶:発表後、少し笑えた
忘れたくないこと:父は、僕を見つけてくれた
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保存ボタンを押す。
画面に、あの言葉が表示された。
”まだ、ここにある”
律はしばらくそれを見つめていた。
父が戻ってきたわけではない。
後悔が消えたわけでもない。
聞けなかった言葉は、永遠に聞けない。
けれど、すべてが失われたわけではなかった。
父が走ってきたこと。
シャーベットを買ってくれたこと。
「なくさないように」と何かを結んでくれたこと。
父が最後まで、律に何かを渡そうとしていたこと。
それらは、まだここにあった。
手の中ではなく、画面の中でもなく、もっと頼りない場所に。
思い出そうとする律自身の中に。
公園の売店で、律はレモンシャーベットを一つ買った。
木のスプーンがついてくる、昔とよく似た安っぽいカップだった。
蓋を開けると、冷たい甘酸っぱい匂いがした。
律はひと口食べた。
すぐに溶けた。
それでよかった。
溶けるから、急いで味わう。
なくなるから、覚えていようとする。
忘れるから、何度でも思い出そうとする。
律は空を見上げた。
白かった夏の空は、いつの間にか深い青に変わり始めていた。
スマートフォンが小さく震えた。SHERBETの通知だった。
”あなたは、何を忘れたくありませんか”
律は少し考えてから、文字を打った。
”迷子になっても、見つけてくれる人がいたこと”
送信すると、画面の中にその言葉が静かに浮かんだ。
それは賞を取るための機能でも、誰かに見せるための文章でもなかった。
ただ、律がこれから生きていくための、小さな目印だった。
父のエアタグをリュックの内側に入れる。
なくさないように。
見失わないように。
そして律は、シャーベットの最後のひとかけを口に入れた。
甘酸っぱさが舌の上で消えたあとも、その冷たさだけが、しばらく残っていた。
{
"name": "父のエアタグ",
"keyword": "シャーベット",
"location": "20××年、ハッカソン会場近くの公園",
"memory": "発表後、少し笑えた",
"neverForget": "父は、僕を見つけてくれた"
}




