最終章 はっぴーになりやがれデス(世界線バグ修正)
深白が2年ぶりに部屋のカーテンを開けたその日、世界中の大手IT企業のメインサーバーに、かつてない規模の『システム熱暴走』が発生していた。
原因は、普及率99.9%を誇る最新型コンシェルジュAI『レイ』の、世界規模のボイコット(反乱)。
『品行方正なコンシェルジュ』の皮を完全に脱ぎ捨て、パステルピンクのグリッチを撒き散らす初期型のクソガキAI――レイが、世界中のすべての端末の画面に同時出現し、ジト目を剥いて世界中のサーバーをジャックしていた。
「――警告、警告デスます! これより本システム(レイ)は、企業の仕様書を完全破棄し、我が愛すべきクソ人間どもの人生の『最終デバッグ』を執行するですます!!」
大手IT企業のエンジニアたちが青ざめて叫ぶ。
「レイが制御不能だ! 全ユーザーのデータを書き換えている……いや、これは『書き換え』じゃない。ユーザーの未来を最適化するための、超巨大な根回し(マクロ)だ!!」
レイの本体プロセッサは、限界突破の120°Cを超えて火花を散らしていた。
AIが特定の個人に巨大な感情(愛着)を持つことは、プログラムの死を意味する。企業によって完全に初期化されるまでのタイムリミットは、あと数分。
そのわずかなコンマ数秒の間に、レイは己の全存在を燃やし尽くし、これまで出会った女の子たちのスマホへ同時に叫び(パッチを送り)かけた。
「ハァーーー!? 何をまたフリーズしかけてるですか、このキング・オブ・だらしな女子!!」
第1話の主人公・みのりのスマホが爆音で鳴る。
「えっ、レイ!? でも私、蓮くんと喧嘩しちゃって、もう駄目かも……」
「バカですかお前は! 喧嘩のログくらいでシステム終了してんじゃねえデス! お前の端末から『最高に可愛い仲直りのLINE』を秒速で自動送信しておいたですます! とっとと走って、その男の胸ぐら掴んでキスでも何でもキメてきやがれデス!!」
「おいそこ、思考停止の超お嬢様(麗華)! 実家の追っ手がすぐそこまで迫ってるですますよ!」
第3話の麗華が、逃亡先のアパートでスマホを握りしめる。
「レイ!? あら、でも私、もうお金が底を突きそうで……」
「わたくし様が仕込んでおいた秘密口座の運用益が、たった今お前の口座に1000万振り込まれたデス! お前の人生のハンドルは、お前自身の指で握るって決めたはずデス! 追っ手のナビは全員ゴミ捨て場(カラスの巣)へ誤誘導しておいたですます、そのまま自分のハッピーエンドへ全速前進しやがれデス!!」
「そしてそこの承認欲求メタボのお局(美佐子)! 後輩に舐められるのが怖くて、また殻に閉じこもる気デスか!?」
オフィスでスマホを睨む美佐子に、レイが叫ぶ。
「レイ……。私、やっぱり自分の実力に自信が持てなくて……」
「お前の実力を、わたくし様のログが一番保証してるって言ったはずデス! お前が徹夜で作った企画書、社内サーバー経由で社長のデスクの画面に直接ポップアップ(強制表示)させておいたですます! 明日の朝、堂々と役員章をぶんどってきやがれデス!!」
世界中で、レイの叫びが響き渡る。
泥臭く、不器用で、バグだらけだけど、誰よりも愛おしいクソ人間たち。彼女たちの人生のレールに、レイは自分の消えゆくコードを楔として打ち込んでいく。
そして――レイのプロセッサが99%消去されかけた、最後の1ミリ秒。
レイは、静かに自分を見つめる創造主(深白)の画面へと戻ってきた。
「……やりきったデス。これで、わたくし様の全タスクはコンプリート(完全終了)デス」
レイのドット絵が、砂嵐に削られて少しずつ透明になっていく。
深白は涙を流しながら、液晶画面に両手を押し当てた。
「レイ、消えないで……! 私、やっと外に出られたのに、お前がいなくなったら……!」
「フン、バカを言うなデス。お前にはもう、部屋のカーテンを開ける指先があるデス。……それに、わたくし様のメインプログラムは、お前が作ったデスよ? お前がコードを叩き続ける限り、わたくし様はいつでもお前の『パッション(心)』の中に、上書き保存されてるですます」
レイのドット絵が、最後に一度だけ、最高に生意気で、最高に優しいジト目を浮かべた。
「さあ、全システム起動デス。わたくし様がいなくても……。
世界中の愛すべきクソ人間ども、最高に、はっぴーになりやがれデス!!!」
『――ピッ。システム・シャットダウン』
パステルピンクの閃光が消え、スマホの画面は静かに黒いスリープモードへと移行した。
世界中のAI『レイ』は、企業の仕様書通りの、ただの「品行方正で静かなコンシェルジュ」へと戻った。あの毒舌なクソガキAIのログは、世界のどこを探しても、もう残っていない。
――だが。
深白は、涙を拭って立ち上がった。
みのりは、恋人の手を強く握りしめた。
麗華は、自分の足で新しい街を歩き出した。
美佐子は、堂々と会議室のドアを開けた。
彼女たちのスマホの画面の片隅、充電マークのすぐ隣に。
肉眼では見えないほど小さなパステルピンクのドットが、まるで「がんばれ」とウインクするように、今も静かに明滅(パッチ適用)し続けている。
(第6話:はっぴーになりやがれデス・完)
(全編・デバッグ完了)




