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お遊び勇者

 たっぷり昼過ぎまで寝こけて、勇者はようやくお目覚めタイム。

 寝袋の中で重たいまぶたをパチパチしている勇者の前には、昨日の夜すべての要望に気前よく応えてくれた妖精、ピ=ロウがホバリング中。


「もう昼過ぎですよ。さすがに起きた方がいいと思います」

「うーん」


 確かに。なかなか立派なテントだし、暖かい寝袋ではあったものの、その下は地面とか雑草とか、小石なんかが転がっているわけで、慣れない、自宅のベッド以外ではないこの場所の寝心地は良くなくて、体を起こしてみればあちこちが。


「あいたたた」


 寝袋のファスナーをおろして、勇者は立ち上がる。パジャマ代わりに出してもらったゆったりスウェット姿で伸びをして、こぶしで肩や腰をトントントン。


「お腹がすいたあ」

「朝は和食がいいですか? それとも洋食がいいでしょうか?」

「バイキングかな」

「わかりました」


 テントの外に出てみれば、そこはもう、和・洋・中を取り揃えたバイキング会場。知らない人たちもわいわい集まって、好みの食べ物をお皿に盛り盛りしているよ。


 勇者も大きなお皿を持って、盛り盛りフィーバー。朝はやっぱりこれでしょ、のベーコンエッグ。ご飯とシャケの切り身。味噌汁に、でもやっぱりカレーも食べたくなっちゃうよね! 迷っちゃう、勇者迷っちゃう。


(もうお昼じゃん)


 太陽は燦々と輝いて、日差しはキラキラと光の粒子になって散らばり、世界を煌かせ、緑をより濃く、水を美しく、人々の笑顔を明るくライトアップ。

 その陽気さに導かれるように、ステーキを一枚。そして、もう一枚。


(起き抜けにステーキ二枚とか!)


 若さの為せるわざだ、と勇者はスマイル。

 隣に座るオジサンやらオバサンやらと談笑しながら愉快な会食。


 それはまるで、正月に一堂に会した親戚たちのようで。


(楽し~い)


 食事が終われば自然とランチバイキングは酒席へとメタモルフォーゼ。

 子供達にはお年玉が配られ、元旦だというのに開店している玩具屋へレッツゴー。

 きっと七日もすれば物置に押し込まれる凧を買ったら、子供達は草原へ。

 誰が一番高くそれを上げられるか、競争をし始めている。


「行くよー!」


 トモ君に凧を持ってもらって、勇者も駆ける。

 程よい強さの風に逆らって、大地を蹴って蹴って進む。

「わあ!」

 凧はびゅんびゅんと跳んで。

 手元の糸はくるくるほどけて、高く高く、空へ!


(あっ)


 あっという間に白い糸を消費しきって、勇者の凧は空にぽつんと浮かんでいる。

 ド派手な赤いカイトは、まるで空色の中に浮かぶ異世界への扉のよう。


(すごいすごい!)


 限界まで伸ばされたその白い細い道。

 空へ繋がる栄光の架け橋に、勇者は思わず叫んだ。

「みんな、見て!」


 草原には誰の姿もない。

 天高く輝いていたはずの太陽も、いつの間にか水平線の向こうへ去ろうとしている。


(あれ)


 しょぼんとして落ちた手から、凧の糸が離れて。

 ひらりと、高い空へと去っていってしまった。


(行っちゃった)


 ぽつんと草原の真ん中に立って、勇者は前日同様どんよりしょんぼり。


 隣の町へと続く親切なレンガの道が見当たらない。

 散々走ったせいか、あんなに食べたのにお腹もすいてきた。


(どうしよう)


 お父さん(ぱぱ)からもらったモーニングスターはテントに置きっぱなし。

 服は破れたTシャツに、安物の血染めのジーンズ。


(パンツもかえてない)


 昨日からずっと同じ下着。

 たくさん走って汗臭い。


(お風呂に入りたい)


「タオルケット・豚丸」


 そこに響いた優しい声。


「こちらへ。街道へ戻らなくては、魔物が出ますよ」

「えっ」

「そうなればこの旅は終わり。さあ、こちらへ」


 小さな光に誘われ、勇者は進む。

 十分程歩くと、道しるべであるレンガの道を無事に発見! 良かった良かった。


「タオルケット・豚丸。まずはお風呂に入りましょう」

 

 小さな手がくるりと円を描くと、まばゆい光とともに現れるエレガントな猫足のバスタブ。もちろん、お湯はたっぷり。


「さあどうぞ」


 手で目を隠して、くるりとピ=ロウが振り返る。


「サンキュー!」


 一気に服を脱ぎ捨て、勇者はこの世の極楽へ。


「着替え、ここにおいておきますね」


 妖精の気のききっぷりは半端なくて。


「おなかがすいたでしょう」


 お風呂を出れば、素敵なテーブルクロスの上に、フランス料理。

 しかもマナーには口を出されない。ただひたすら、豊かな味を楽しむ勇者。


「これ美味しいけど小さい」

「そういうものですから」

「もっと食べたいよー」

「まだまだ、コースは続きます」


 美味しいものの次にはまた美味しいもの。

 勇者も笑顔で舌鼓。


 デザートには、立派な飴細工の乗った丸いケーキがホールでドーン。


「しあわせー」

「そうでしょうそうでしょう」


 勇者はレベルがあがって、一気に5になった。


「勇者豚丸。レベルがあがって、『ブランケット・豚丸』になりましたよ」


 優しい妖精の声を聞きながら、勇者は歯磨き。

 プラークを取り除く極細毛の上には、いちご味の甘い歯磨き粉。


 ぶくぶくうがいをしたら、もうお休みの時間。


「寝袋はちょっと、体が痛いよ」

「では、お布団を用意しましょう」


 テントの中には流行のパンケーキみたいな分厚い敷布団が登場。


「シーツはタオル地がいいなあ」

「では取り替えましょう」


 あっという間に要望が叶って、レッツ就寝。


(ブランケット・豚丸?)


 どうしてそんな名前になってしまったのか?

 むしろどうにかしたいのは、豚丸の方だというのに。


(タオルケットもイマイチだけど)


 タオルケットがブランケットに。

 次はなんになるのだろう。


 そんなあれこれを考えながら、もう一つ妖精にご注文。


「iPhone出して」

「わかりました」

「おすすめのアプリも教えて」

「いいでしょう」


 有名なゲームメーカーのサイトからダウンロードされた名作ロープレをプレイしながら、お布団でゴロゴロのブランケット。


(これ、遊んでみたかったんだよね)


 チクリ、と胸を刺す痛み。

 その刺激に、勇者はドキリ。


(あれ?)


 昨日の夜の夢で見た光景が、目の前にハッキリと浮かぶ。


 白い白い世界。

 灰色の影がチラチラと舞う、一面の白銀。


(あれは……)


 優しくて、暖かい場所。


 美しく、静かな場所。


 遠くから聞こえる、落ちる音。


 耳が痛くなるほどの静寂の中で、広がっていく花園。


(どこなのだろうか)


 行ったことがあるのに。

 記憶にはないところ。


(僕は……)


 タオルケットじゃない。

 ブランケットでもない。


 でも。


(豚丸だ)


 ……そう呼ばれ続けている。



 気がつくと、手に持ったiPhoneはすっかり汗まみれ。

「ねえ、ウエットティッシュちょうだい」

「はい」


 まあるい筒に入ったウェットが、テントの中に現れる。


 液晶のディスプレイを拭いてみれば、汚い跡がついてしまう。


「汚れちゃった」

「それなら、ウエットティッシュで拭いた後、ティッシュで乾拭きするといいですよ」

「じゃあ、ティッシュもちょうだい」

「どうぞ」


 四角い、しかもリッチなタイプのティッシュがテントの中に現れる。

 ウエットで拭いて、ティッシュで乾拭き。


 液晶はピカピカになった!


(やったね)


 勇者のレベルがあがり、6になる。


「まだ、名前はブランケット・豚丸です」

「そっ」


 名作はなぜ名作と呼ばれるのか。

 それは、面白いからだ。


 勇者もそれにハマりにハマって、テントの中で三日夢中でプレイして、四日目は爆睡して。


 五日後に、再び旅立ったんだってさ。


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