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お目覚め勇者

「起きなさい……、起きなさい……」


 ゆっさゆっさと乱暴に体を揺すられて目を覚ますと、目の部分だけをくりぬいた覆面を被った屈強な男がのぞきこんでいた。


「わああああ!」

「どうしたの。まだ、寝ぼけているのかしら」


 優しくて、ドスのきいた低い声。

 

(あれ)


 靄のかかった頭に呼び起こされる記憶。


(不審者じゃなくて、僕のお父さんだ)


「おはよう」

「うふふ。良かった、ちゃんと目が覚めたのね。もう、いつもいつも、寝起きはぼんやりさんなんだから!」


 語尾にハートをつけた方が良さそうな口調で、「お父さん」が笑う。

 口元は覆面の中に隠されていて見えないんだけど。


「今日は十四歳の誕生日。前から話してあったでしょう? 王様に会いに行って、旅立つ、記念すべき日ですよ」


(そうだった。今日は……)


 彼の職業は「勇者」。


 勇者と書いたら読みは通常「ゆうしゃ」だが、この話では「ゆうじゃ」と読んでください。


(旅立ちの日だ)


 ベッドから身を起こし、勇者は立ち上がった。

 隣にはお父さん。ぎょろっとした目は優しげに細められていて、多分にっこにこ。

 慈愛迸る系スマイルは、きっとナイスファーザー賞にノミネートされるでしょう。


 鍛え上げられた肉体には、緑色のレスラーパンツと同じ色の膝下までのブーツ。

 そして、意味があるのかはわからないけれど、サスペンダーもついている。

 あともうひとつ、ビタミン感あふれる黄緑色のマントも着用しています。


「お父さん、今日も緑色だね」

「ええ。だって、元気が出るでしょ!」

「うん」


 父の全身像から元気をもらって、勇者は自分の部屋を出て一階のリビングへ。

 大きなテーブルの上には、まあるいパンと温かいスープ。もちろん、全部ふたつずつ。パパと、勇者の。二人分!


「さあ、一日の基本は朝ごはんよ! しっかり食べて、王様にピッカピカの笑顔で会いに行くの。いいわね!」

「うん」


 勇者(ゆうじゃ)は朝ごはんを食べた。


 それだけで、レベルアップ。ファンファーレが鳴って、レベルは2に。


「お父さんの朝ごはんは最高だね」

「やあねえ、この子は。お世辞なんていらないわよ」


 おほほ、とお父さんはマスクの中で品よく笑う。



「さあ、支度をなさい。王様との面会は午前八時三〇分からよ。時間は厳守。遅れたら……わかるわね?」


(恐ろしい事態になる!)


 勇者は洗面所へ向かって、まずは顔を洗った。歯も磨いて、仕上は糸ようじ。

 お次は着替え。

 寝巻きを脱いで綺麗に畳むと、王様との謁見のためにあつらえた服でおめかし開始。


 上は、ごく普通のTシャツ。長袖の。

 下は、ごく普通のジーパン。お買い得なやつ。なんと六八〇円税込み。


「まあ、素敵よ!」

「えへへ」

 

 お父さんは勇者を褒めると、すっとなにかを差し出した。

「これを持って行きなさい。外には魔物がいるのですから」


 長い丈夫な木の棒の先に鎖がついて、更にその先にはトゲトゲつきの鉄球まで!


モーニングスター(おもい)!」

 

 お父さんは頬に手をあてて、深いため息で風を起こしている。


「まだ、早かったのかしら?」


(そんなことない!)


 今日、旅立たねばならない。

 勇者の頭にあるのはただ一つ、そんな強い思いだけ。


「ふぬぬぬっ」


 意思の力で、重たい鉄球ごと持ち上げちゃう。


「あら。やっぱり、アタシの息子ね! 逞しいこと!」

「行ってくるよ、お父さん!」

「そうね。もう、時間が迫っているわ」


 遅刻の許されない、王様への謁見だものね。




 ベーディング王国。

 豊かな緑と水に恵まれた、美しい国。

 賢く、勇気のある王に治められしこの国にはあるしきたりがあった。


 すべての子供たちは、十四歳になると旅立つ。

 世界を巡り、「この世で最も大切なもの」を見つけて帰ってくるっていう。


 ありがちなんだけど、勇者も、そのしきたりに従って旅立つ。

 鉄球をブラブラと揺らしながら、王城へ続く道をズンズズーンと進む。


 ご丁寧に家の前から伸びている、赤茶色のレンガの道。

 その上を辿っていけば、城はもう、すぐそこ。


 でも、歩く間に鉄球のトゲが体に当たりまくって。

 すぐそこなのに。

 勇者のヒットポイントは残り僅かでもう、大ピンチ。


「これ、そこの若者」

「うう……はい……」

「いかんな。今日、旅立つ者なのだろう? なんという無茶をするのだ」

「うう……はい……」

「ほれ」


 ゆったりとしたローブに身を包んだ老人の正体は、神官なんだって。

 短い祈りの言葉を唱えればほら、光が勇者を包んで、トゲで開いた穴はみるみる塞がります。


「助かりましたありがとう」

「そうだろうそうだろう」


 城はもう、すぐ目の前。

 勇者は巨大な門をくぐって、今度は真っ赤なじゅうたんの上を、まっすぐまっすぐ。




「よくぞ来た。タオルケット・豚丸(ぶたまる)!」


 立派な装飾の施された金色(こんじき)の椅子。座面の部分は深く上品な(くれない)


 口元に白いひげをたくわえた王様は、威厳もちょっとだけ兼ね備えたキングスマイルを浮かべていらっしゃいます。


(ええ?)


 対して、勇者はへんてこりんな顔。


(そんな名前だったっけ?)


 タオルケット・豚丸って。


 聞き覚えのない妙な名前。

 でも、自分の名前な気もする。だから勇者はとっても、キテレツな気分。


「いかがした、タオルケットよ」


(えー?)


 そっちかよ! って、王様にはつっこめない。一般人なんだもん。もちょっとソフトに、はいどうぞ。


「普通、豚丸の方じゃないですか?」

「いや、タオルケットで正解だろ」


 勇者の代わりに王の隣の王妃からツッコミが入ったものの、呼び方へのファイナルアンサーはあっさり決定。


「タオルケット、本日お主は十四歳の誕生日を迎えた。記念すべき、旅立ちの日である!」

「はっ!」


 深く深く、頭を垂れる勇者タオルケット。

 

「今日、このベーディング王国を出て、お主は世界を滅ぼさんとする魔王を倒してくるのだ!」

「えっ?」


 これにはさすがに、声が出ちゃう。


「魔王ってなんですか?」

「冗談だよ! なんとなく言ってみただけ! そんなのいないし。この世はピースピース!」


 王様の可愛い悪ふざけに、宮殿の中がどっと盛り上がる。

 お城のみんなはパーティーピーポー、略してパリピなんだって。


「さ、行っておいで! バイバーイ!」


 これで謁見はおしまい。王様はどっこいしょと立ち上がると、家臣たちに「野球やろーぜ!」と朗らかに声をかけている。王者の真っ赤なマントを脱ぎ捨てれば、すぐにユニフォーム。準備万端、三秒後に即プレイボール!




 一方、再びモーニングスターをぶらさげて、勇者は旅立ち。

 またケガをしたら困るから、トゲトゲの鉄球には布を巻いておくおりこうぶり。


 穴だらけのパンクなロンTに、血のドット模様がオシャレなジーンズで勇者は旅立つ。


(それにしても……)


 世界を巡り、最も大切なものを探す旅。


(そんなこと言われても)


 どこへ向かい、なにを為すのか。


(わかんない)


 草原に伸びるレンガの道。なんと隣の町まで続いているんだって。

 迷子にならない親切設計。

 もちろん、道を外れればその限りではないけれど。



 レンガを踏み踏み、夜がやってきて、勇者は急にしょんぼり&がっくり。


(はじめてののじゅく)


 プッと笑ってみるとなおさら、自分が一人ぼっちだと思い知らされてしまう。


 そして、問題点が浮き彫りに。


 モーニングスター以外、なんにも持ってない(ナッシング)


 テントも寝袋もない。草の上に寝転がって就寝できる?


(うわっ、怖っ! 汚っ! 臭っ!)


 見事な3Kのコンボが決まってどうする、タオルケット・豚丸!


(どうするじゃないよー、もう!)


 一度戻ろう。町へ帰ろう。ちゃんと準備しよう。

 おふとんと、調理器具と、おりたたみのテーブルと椅子、LEDで省エネかつぴっかぴかのランタンとか。

 でも荷物がそんなに多くなったら、早速馬車なんかが必要な状況と思われるわけで。


 でもやっぱり草の上で直接ねんねは無理だし。


「もし、旅のお方……」


 悩めるタオルケットに、天からの囁きが。


 勇者が振り返ると、草むらの中から小さな輝く何かがふわふわと飛び出して、目の前でちかちか瞬いて。


「ん?」


 蛍じゃない。だって蛍はしゃべらない。


(妖精さんとか?)


 そんなバカな。


「妖精ですけど」


 光が弱まって、その姿は一気にあらわに。


 割と整った顔立ちのミニマム系女子。

 淡いピンク色のミニスカドレスに身を包んで、背中には半透明の羽がふんわりと。


「幻覚ではありません。この世界には、妖精がいるのです」

「そうなんですか」


 キラキラっと光の粒子を撒き散らしながら、妖精は微笑む。


「私の名はピ=ロウです。話が長くなるので単刀直入に。まずは夜ご飯を出しますね」


 小さな手がくるりと円を描く。するとまばゆい光とともに、カツ丼が勇者の手の中に現れた。


「お箸も今、出しますよ」

「お茶もおねがい」

「わかりました」


 話の早い妖精は、次から次へと旅の必需品を出してくれます。

 青くて広めのテントに、寝袋。ランプと、目覚まし時計に、おしぼり。


「他に必要なものあります?」

「iPhone6!」

「わかりました」


 不安な夜は、みるみるうちに最高のフィーバーナイトへグレードアップ。

 

「タオルケット・豚丸。明日も旅は続きます。早めにお休み下さい」

「わかった」


 お父さんとの二人暮らしから一転して訪れた、十四歳のフリーダムな生活。

 はしゃぐなという方が無理なのね。


 この日勇者は散々遊んで、明け方になる頃ようやく、眠りについたんだって。

 


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