勇者の伝説
要塞都市エーブラスの図書館。ここには十万冊前後の本が納められている。
ある昼下がり、一人の美しい黒髪の少女が一冊の本を手に取り、読書用のスペースへ向かった。少女が持っている本は子供用の絵本のようであった。
その少女の持っていた本には『五人の勇者』と、書かれていた。
『五人の勇者』は、有名な『異界の勇者の伝説』を元にして作られた本である。元となった『異界の勇者の伝説』は、数多くの劇や書物、絵画の題材となっている。およそ二千年前に本当に起きた出来事とされている。
少女以外誰一人いない図書館で、少女は静かにページをめくり始めた。
◇ ◇ ◇
《五人の勇者》
昔々のお話です。大陸には純人族以外にも知性ある生命がありました。それは『魔族』と呼ばれる者たちです。彼らは純人族と同じような外見をしている者から、獣のような見た目の者まで様々な姿をしていました。
彼らの大きな特徴は、その魔力の強さでした。その強さは魔族一人に対して純人族十人で挑まないと勝てないほどでした。また、純人族よりも何倍も長く生きることができました。
彼らは大陸の東側の魔の森と呼ばれた地域に住んでいました。他の地域に比べて隔絶した強さを誇る魔物が生息するその森に、一つの国をつくっていました。
一方で、純人族は魔物の襲来に怯えながら、いくつかの国に暮らしていました。しかし、純人族には魔物よりも恐ろしい存在がいました。そう、魔族です。魔物を操っているのは彼らだったのです。
彼らは純人族が自分たちよりも豊かな土地に暮らしていることを妬んでいました。そのため、力づくで土地を奪い取ろうと考え、魔の森の近くの国に襲いかかりました。
その国は一月も掛からずに滅びてしまいました。魔族は国を滅ぼした後、一度魔の森の中へ引き返していきました。
ある国の王は、「もう一刻の猶予もない。私たちは魔族に滅ぼされてしまうだろう……」と考え、他の国の王たちと話し合いました。
そしてついに『神遺物』の一つである巨大な魔方陣を使うことにしました。その魔方陣は、異世界から『勇者』を喚ぶことができると言い伝えられているものでした。
召喚のために必要な魔力は膨大で、大地を流れる魔力の流れである『竜脈』から、魔力を得てもなお足りません。空の星や月からも魔力を集めることにより、ようやく召喚の準備が整いました。
各国の王族たちが見守る中、魔導師たちは魔方陣を起動させます。巨大な魔方陣が目も眩むほどの明るさで輝きました。その輝きが消えたとき、そこには五人の人間が立っていました。
その場にいた誰もが歓声を上げました。勇者たちに、一人のまだ年若くも美しい姫が近寄ります。
「勇者さま、どうかお力を私たちに貸してくださいませんか?」
勇者五人の内、二人は少年、三人は少女でした。予想外に年若い姿に、「このような者たちが本当に勇者なのか?」と、疑う者もいました。しかし、姫は勇者たちを信じたのでした。一人の少年が前に進み出てきました。
「私たちに、是非任せてください」
勇者たちは、神遺物である『空剣』『地槍』『海杖』『時弓』『命盾』の五つをそれぞれ手にし、魔族討伐へと赴いたのです。
勇者たちは各地で魔族を倒していきました。そんなとき、勇者はある噂を聞きました。「【災禍の四魔】が動く」と、いうことでした。
魔族は純人族に比べると強大ですが、その魔族の中でも特に強い力を持った四体の魔族がいました。
並ぶもののいない剣技と、強力な魔眼をもつ【殲滅者】
魔族の一種である吸血鬼を統べる王【吸血姫】
総てを極寒の中に停止させるという【氷天竜】
そして、それらを率いる最強最悪の魔族【魔王】
その四体を人々は恐れを込めて【災禍の四魔】と呼ばれていたのです。
各国の王は口々に一度撤退してくれ、と言いました。勇者たちでも、今はまだ敵わないと思ったからです。しかし、勇者たちは聞きませんでした。
そして勇者たちは【殲滅者】と遭遇しました。
勇者たちが気づいたときに目に映ったのは、傷だらけの自分たちの姿でした。
そう、何一つできず勇者は破れたのでした。幸運にも命が助かった勇者たちはそれから何年もの間、力を磨き続けました。
あるときには古代竜を討伐に北へ、あるときには炎鳥を討つために南に、またあるときは町を守ってアンデットの群れと戦いました。
数多くの戦いを経て、大陸有数の強者へと上り詰めた勇者たちは、ついに魔族への反撃を開始しました。
そして彼らが召喚されてから五年、魔の森の奥の魔族国家に攻め入ることができました。
戦いは熾烈を極めました。純人族から送り込まれた兵士たちは強大な魔法の前に倒れていきます。魔族軍の強者たちの前に、勇者たちも次々に命を落としていきました。
しかしその犠牲は無駄にはなりませんでした。【魔王】と【氷天竜】は討たれ、【殲滅者】と【吸血姫】は行方不明となりました。
異界の勇者たちの活躍のおかげで、純人族が勝利することができ、敗者となった魔族たちは、ひっそりとどこかへ逃れていきました。
こうして人々を困らせてきた魔族はいなくなり、純人族が大陸を治めることになったのでした。
おしまい
◇ ◇ ◇
少女が本から目を離すと、空は茜色に染まっていた。どうやらいつの間にか夕方になっていたらしい。
少女は本を棚に戻すとその場からゆっくりと立ち去っていった。
ゴブリン・オークの襲来から六年前のある日の出来事である。
神遺物―――
現在の技術では作ることのできないロストテクノロジーの塊である。強大な力を秘めている。現存するほとんどのものは、グラシアム公国によって管理されている。