第三魔導学園の長い一日 その二 <改>
救出隊のほうはどうなっているのかという疑問を抑え、リョウカは待っている。今はそちらを気にしている暇はないのだ。そろそろリョウカたち迎撃隊も交戦の時間だ。
第二学年の風紀委員がやって来た。
「敵が来たようです。お願いします」
リョウカは待機していた他のメンバーに声をかけた。
「皆さん、では行きましょう」
「まっかせてー」
「ウチは大丈夫」
「俺も問題ないぜ」
アキホは余裕が無さそうである。リョウカはアキホのそばに寄り、優しく微笑みながら話しかける。
「アキホ、完璧にやる必要はないですわ。あなた一人ではありませんもの」
「わ、分かっているわよ」
「フフッ、ならいいですわ」
親友の言葉に落ち着きを取り戻すアキホ。耳が赤くなっているが、リョウカは突っ込まない。トウワがいたら、しばらくはネタにされていただろう。アキホは幸運であったのだ。
そうして彼女たちは学園を発った。
王国魔導師団からの情報では、敵の先行隊はオークとゴブリンが半々で構成されているようである。リョウカたちは学園近くの草原地帯の一区域をを任されていた。
ガサッ
音が聞こた、次の瞬間
『ブヒーッ!』
『ギャア、ギャア!』
次から次へと出現するオークとゴブリン。リョウカが武器を構えて言う。
「戦闘開始っ!」
ここからは囲まれないようにうまく立ち回らなければならない。敵の数は多いが味方は少ない。不利な状況を少しでも有利にしなければならない。
「ブヒッ」
早速オークがリョウカの方へ来た。オークの特長はその馬鹿力。並の人間が【身体活性】を用いていても簡単に負けてしまう。それほどまでに協力だ。それを理解しているため、真っ正面から力比べなんてことは誰もしない。
「参ります!」
リョウカの武器は二つの鉄扇である。通常よりも大きな扇子に刃が仕込まれている。
オークが腕を伸ばして掴みかかってきたが、リョウカはそれを避けてすり抜けざまに鉄扇を一閃。
だがオークの皮膚は厚く、致命傷にはならない。オークの脇腹に僅かに切り傷をつけたが、自然治癒ですぐに治ってしまうだろう。
「【侵食之針】」
リョウカがオークの傷口に向かって魔法を使う。
リョウカは先天、【二属性】をもっていた。属性は土と風。しかしリョウカにはあまりにも属性魔法の才能がなかった。その代わり第二属性魔法である毒魔法を使うことができた。第二属性魔法を使える人間は、複数属性持ちの人の中でもほんの一握りに過ぎない。なぜなら第二属性魔法の制御はとても難しく、繊細なものであるからだ。その反面とても強い力をもっている。
「ブギャー」
毒が傷から体に入り内部から破壊していきます。今回の毒は血管を侵食、破壊していくものです。
「【痺之粉塵】」
オークを撃破後、リョウカはゴブリンの群れの中央に飛び込んだ。そのまま魔法を発現させる。ゴブリンは体長七、八十センチメートルほどの魔物である。今リョウカが使った魔法は相手が小さいほど効きがいいので、ゴブリンには効果は抜群である。魔法はほとんどのゴブリンを行動不能にした。ゴブリンたちに止めを刺そうとしたとき、リョウカは背後から殺気を感じた。
別の群れのゴブリンが後ろから矢を放ってきたようである。矢を鉄扇で弾きながら距離を詰める。接近したところで扇の端を首筋に一撃。それで首の骨を砕いた。
そしてリョウカは次の敵に向けて駆け出す。
どれだけ倒しただろうか。リョウカの再び前にはオーク。先ほどと違うのは、それが三体もいるということ。しかも石槍を持っていた。
「【溶解之銛】」
相手の視界を奪うため、目を狙って放つ。
「!!!」
だが相手はリョウカの予想外の行動をとってきた。相手のオークは石槍を投擲してきたのだ。何とか回避したものの、魔法の制御がぶれて外してしまった。この隙をオークは逃さない。
まだ槍をもっている方のオークが突撃してきた。鉄扇で受け流しながら切りつけようとするが、横から入ってきた手に阻まれる。石槍を投げたオークが追い付いてきたのだ。リョウカは後ろへ跳び敵との距離をとる。さらにもう一体のオークも合流してきた。
「【灼灰之沼】」
オークの足元を狙って皮膚を焼く毒の沼を展開する。一体のオークが悲痛な声を上げて呑まれていった。
しかし残りのオークは前に出てきた。一体のオークが殴りかかってきたとき、タイミングを合わせて相手の重心を払い地面に倒す。しかしもう一体の動きに反応しきれなかった。
「クッ!」
リョウカ左腕を掴まれてしまった。ヒビが入ったのか、かなりの激痛がはしる。非常に不味い状況に陥ってしまった。しかしリョウカはあくまで冷静に考える。相手が自分から近づいてきたのだからむしろ至近距離で魔法を一撃当てるチャンスではないか、と考えていた。
「【フレイムバレット】」
突然オークの腹に穴が空き、腕を掴んでいた力が抜ける。もちろんリョウカもその隙にノコッタ方のオークに魔法を使い、目を潰す。そして血管から毒を入れて仕留めた。
「大丈夫か?」
「ええ、お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「じゃあな」
リョウカの前に現れたのはトウヤ・イザヨイ。この乱戦の最中他者を気遣うことができるのは、彼の実力を証明している。
油断大敵という言葉を胸に刻んで、リョウカはとりあえず腕の治療をする。毒と薬は紙一重。痛覚を感じないように麻酔をかける。左腕は使えないが、リョウカは戦闘を続行する。
「次、いきましょう」
敵の数は一向に減らない。
◇ ◇ ◇
「数が多い!」
トウヤは苛立っていた。これで先行部隊なら、本隊はどれ程の数になるのだろうか。考えるだけで気が滅入る。
本来なら魔物たちを相手にするのは王国魔導師団の連中のはずだ。それなのにトウヤたちが相手にしているのは、王国の上層部の判断が甘いからに過ぎない。
またオークが現れた。トウヤは背後に回り込み蹴り飛ばす。突然のことにオークは対応できずに転がった。すかさずオークの頭部を撃つ。
トウヤが使うのは魔導銃。それを二挺だ。片方の魔導銃は自分の魔力を圧縮し弾丸とする。弾丸は属性魔法の属性を持つ。トウヤの属性魔法は火。いくらオークといっても超高温の弾丸は防ぎきれるものではない。もう片方の魔導銃は実弾が必要な珍しいタイプである。このタイプの特徴は威力が大きいことである。
オークを仕留めたトウヤはすぐさま後ろを向き、飛んできた矢を撃ち抜く。
「ハアッ!」
そして矢を放ってきたゴブリンの群れにひたすら撃ち込む。次々と一撃で頭を粉砕されていくゴブリンたち。
視界の端で生徒会書記がオークに腕を掴まれているのが見えた。オークといえば吐き気のする習性を持っていることから、嫌われている。その事が頭を掠め、一瞬顔をしかめる。
(あいつとの距離はおよそ二百メートル。俺なら間に合うはずだ!)
「【フレイムバレット】」
一瞬でオークの後ろをとり、零距離で魔法弾をぶつける。
トウヤが間に合った理由はその先天にある。トウヤの先天固有魔法は【転移】である。この魔法は回復魔法よりも珍しいもので、この国に俺以外もっているものはいないだろう。距離は今のところ三百メートルが最大で、自分と無生物しか跳ばせないという欠点がある。
(俺が助けなくても自力でどうにかしてただろうけどな……)
トウヤは書記と少し言葉を交わしてすぐに戦場へ戻る。
「アブなっ」
ゴブリンが弓を持ち出してきた。放たれる矢を正確に撃ち落とす。そして敵の中心へ転移。【身体活性】で強化した蹴りでゴブリンたちを蹂躙する。
「イテッ」
肩に矢が刺さったようだがこの程度のダメージでは止まらない。一体あとどれくらいだろうか? そんなことを思いながら戦い続ける。
さらに一時間ほど経過して、トウヤは魔力が少なくなっていたのを感じ、多少焦り始めた。魔導銃は魔力をかなり使うため、戦闘可能時間が短いのだ。
だが、辺りを見渡すとほとんど敵はいなくなっていた。
「増援は無さそうです。ここにいるのが最後のようです」
トウヤの耳に少し嬉しそうな生徒会会計の言葉が聞こえてきた。
「あと少し、一気にいきますか!」